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1949飛島―呉6

 実験的に八雲に搭載された新型射撃管制装置を確認してみても、方位盤としての機能にはさほど目新しい部分はなかった。

 精密測定が可能な短波長を使用する電探が設計当初から最適な位置に搭載されていたから大遠距離でも安定した電探射撃が可能となっていたが、光学観測が不可能な状況で電探のみを用いた射撃を行った実績自体は先の大戦中に得られていたから、機能面での進歩はあっても画期的とまでは言えなかった。

 将来的には射撃管制用電探を用いた自動的な追尾まで想定されているらしいが、今のところ電探も手動での操作に限られていたから砲術科員が操作に習熟する時間も最短で済んでいた。


 それに対して、方位盤で観測された数値を元に最終的な射撃値を算出する射撃盤は、外観からしてもこれまでに八雲乗員が見たことがないものだった。操作用の把柄や計器盤は存在するのだが、中身は歯車のお化けである機械式の計算機ではなく電気式の計算機となっているらしい。

 実はこれまでにも機械式ではなく電気式の計算機自体は存在していたらしい。だが、計算式に使用される回路に高品位の真空管をいくつも要求するようなものであったから部屋一つ、建物一つまるごと使用するような代物だという話だった。

 射表の作成などでは真空管式の計算機を用いて射撃管制用の計算を行う事もあったらしいが、とても野戦での運用や艦載が出来るような代物ではなかったようだ。結局は歯車を組み合わせた射撃盤以上に場所をとる上に膨大な電力も要求していたのだろう。



 八雲に搭載された新型射撃指揮装置で最も画期的であったのは、計算式を解くのに必要な回路を形成する部品が真空管ではなく固体の素子となったことであるという説明だった。

 相当に専門的であるのか、あるいは機密に属するのか山岡大尉は計算機の原理などの詳細は説明しなかったが、従来の射撃盤の機能をその画期的な計算機に置き換えた事で、使用電力と専有空間の圧縮に成功したのは間違いないらしい。


 こんな未来的な計算機がいつ開発されたのか、半ば興味本位で尋ねる声もあったが、機能面に関しては立て板に水を流すように説明していた山岡大尉も口を濁していた。

 それに射撃管制装置の筐体に収められた計算機自体にも形式番号などの記載はあったが、開発した組織や会社を明記する文言は無かった。どうやらこの計算機は開発場所自体に相当に分厚い軍事的な機密があるようだった。


 射撃盤を構成する計算機の詳細にはわからないことが多かったが、八雲における運用には実質的に大きな支障はなさそうだった。射撃指揮装置の内部に刻まれた計算式自体は従来の射撃盤同様であるし、電気化されていても入出力される数値は従来と変わらなかったからだ。

 極端なことを言えば八雲側から供給するのは電力と方位盤の操作員だけでいいのだ。射撃盤の運用に関わる人員を削減出来るだけでも大分効果があるのではないか。


 将来的には電気化された事で射撃指揮装置の筐体に対する中央指揮所からの管制や情報の入手も可能になるようだったが、まずは方位盤、射撃盤本来の機能を試すことになっていた。

 山岡大尉の説明が正しければ以前後部射撃指揮所に備えられていたドイツ製のものや、今搭載されている日本製の方位盤と艦内の巨大な射撃盤を組み合わせたものと同等の機能を新型射撃指揮装置は備えているはずだった。



 ところが射撃試験が開始された当初は、開発陣側からの高い期待に反して新型射撃管制装置の実験は失敗続きだった。

 最初の不具合は、方位盤で観測された数値が入力されてから計算が終了して射撃値が得られるまでの時間が理論値よりも遥かにかかっていることだった。どうやら内部に刻まれた計算式が誤っており、人力で計算する従来型の射撃盤よりも時間がかかってしまったらしい。


 山岡大尉など実験に立ち会った技術者の話を総合すると、新型射撃指揮装置に組み込まれた計算機は計算機本体としての理論が先行する一方で、従来の射撃盤が内包していた技術的な基盤が軽視されていたらしい。

 その時は射撃指揮装置の筐体から計算機がまるごと取り外されていた。どうやら電気的な機材は艦内の工作室などでは修理や改造ができないたぐいのものであるらしく、開発元に送り返されることとなったのだ。


 たった一度の試験航海で取り外されて何処ともしれない場所に送り返される為に搬出される計算機を、八雲乗員は唖然として見送っていた。

 乗員からすれば欠陥品とも言える計算機であるのに、輸送中の破損を恐れたのか実験のために八雲に乗り込んでいた技術科将兵によって頑丈に梱包された機材は人間よりもよほど丁重に輸送されていた。

 一体なんの為に実験室段階の機材を持ち込んだのか、そう考えながら技術者達を見送った砲術科の将兵が振り返った先には射撃盤機能を失って無用の長物となった射撃指揮装置の筐体が鎮座していた。


 勿論使用不可能だったとしても勝手に八雲から筐体を取り外すわけにはいかなかったし、艦橋上部の射撃指揮所に不測の事態が発生しない限りは後部射撃指揮所が機能不全であっても主砲射撃は問題なく行える筈だった。

 その一方で射撃指揮装置の試験がなくとも八雲は訓練航海や他の実験などを行なっていたから、しばらくは仕事が無くなった後部射撃指揮所の乗員は暇を持て余していた。



 開発元で不具合を解消する改造工事が行われたという計算機が前触れなく八雲に差し戻されてきたのは、それから暫くしてからだった。放置されていた筐体に慎重に再接続された計算機は、内部の計算式が見直されると共に部分的な改良も施されたと言う話だった。


 再び八雲に乗艦した山岡大尉の説明は嘘ではなかった。

 再開された射撃指揮装置の実験は、一般的な曳船に牽引された水上標的にとどまらずに、曳航される空中標的に対するものも珍しくなかったのだが、最初の不調が嘘だったかのように何れの場合も新型射撃指揮装置は従来よりも早く、正確な照準を可能としていた。

 特に連続した動目標への追随性は、計算手の疲労を考慮しなければならない機械式計算機である従来の射撃盤よりも格段に有利という判定を受けていた。


 ところが、実験結果が良好な数値を示す一方で実験の最後の頃には不調を訴える操作員が出ていた。実験に立ち会っていた砲術長が言うには、射撃指揮装置の狭苦しい筐体に熱が籠もって耐え難いほどの熱気を感じていたらしい。

 八雲乗り込みの兵たちの間では缶室勤務の機関科員とどちらが過酷な環境なのかという話にもなっていたらしいが、ある程度の空間は広がっている機関室と違って射撃指揮装置の筐体には発生した熱の逃げ場がなかった。


 元々高射装置を原型にしていた筐体は、外気の積極的な取り入れを考慮していなかったのだが、実際には計算機が発する熱量は結構なものとなっていたようだ。

 しかも直近の改良によって計算機の能力は向上したらしいが、同時に使用電力も増大していたから発生熱量も比例して増えていたようだ。



 いくらなんでも通電すればその程度のことは開発中でも分かりそうなものだが、山岡大尉の言葉端から推測するとこの射撃指揮装置の開発地は八雲が普段訓練や実験で航行している九州の太平洋沖などよりも相当に寒冷な所であるようだった。

 それで発生熱量の増大を甘く見積もってしまっていたようだが、九州沖で耐え難くなる位では更に南下して赤道付近で行動することも珍しくなくなっていた日本海軍の装備としては不適切だった。


 これを受けて筐体内部で操作する将兵の環境改善というよりも、過剰に発熱する計算機を冷却する為にさらなる改造が行われていた。今度は電気品である計算機ではなく筐体が対象となる為か、八雲の工作班と出張してきた工廠の工員による艦内工事が行われていた。

 当初は筐体背面に熱気抜き用の開口部が設けられていた。開口部は風雨が侵入しないように鎧戸とされたのだが、実際に連続した射撃試験を行った結果、自然給排気だけでは通風量が不足することが分かったためにこの段階で通風機まで増備されていた。



 これで過剰な熱気の問題は解決されたのだが、皮肉なことに次はその開口が仇となっていた。大時化の中を航行した後に射撃を行おうとした時に、計算機がうんともすんとも言わなくなっていたのだ。

 通風機の追加で更に狭苦しくなった筐体に潜り込んだ技術兵達は、点検の途中で顔を青ざめていた。通風開口から大時化の際に吹き込んだ海水が計算機に被っていたのだ。


 再び筐体から計算機が取り外されていたが、その間にも筐体の開口部は徹底した改造を受けていた。風雨が吹き荒れても直接給排気口が外気と接触しないように経路は複雑化し、抵抗の増大に伴って追加されたばかりの通風機の容量も抜本的に拡大されていた。

 しかも、この時はさほど間を置くことなく復旧作業が行われていたし、八雲に再搬入された計算機は実際には取り外されたものではなかった。


 取り付けられたのは最終的な八雲での実験結果を待たずに製造された増加試作扱いの計算機だったらしい。運用実績を反映した細かな改良が施されていたが、実験結果を詳細に検討したものではなかったのかあとから考えると無駄に思える機構もあったらしく操作員は首を傾げていた。

 次々と増備される機材に筐体内部は足の踏み場も無くなるほどだったが、その頃になるとようやく射撃指揮装置は安定して真価を発揮し始めていた。



 新型射撃指揮装置は細々とした問題で実験中は散々砲術科の将兵を振り回していたが、順調に稼働する限りはやはりこれまでの方位盤、射撃盤よりも格段に高性能だった。

 対水上、対空射撃の切り替えは素早く、それでいてどちらも高精度の射撃値を連続して算出可能だった。


 八雲や同時期に実験が行われていた地上施設での結果を受けて、既に改良点を織り込んだ新型射撃指揮装置は47式として制式化されていた。

 実験艦となった八雲では既存の方位盤との交換という中途半端な形であったが、建造中の新鋭艦ではこの射撃指揮装置の搭載を前提として、最適化した配置が行われているようだった。



 これで射撃指揮装置の実験も一段落したと思われたのだが、実際には制式化した後も射撃指揮装置の実験は終わらなかった。

 従来方式の方位盤、射撃盤や高射装置との比較や射表の改正、煙幕や電波妨害環境といった負荷状態の試験といった基礎的な実験値の蓄積に加えて、もとが試作品であるゆえか八雲搭載の射撃指揮装置は改造を受ける機会が多かった。

 制式化されたものとは大分形状も違うらしいが基本的な原理には変わりはないらしい。


 実は制式化された型式も後に八雲に追加搭載されていた。実験機とは異なり、今度は主砲射撃指揮所に隣接した艦橋頂部の方位盤と換装されていたのだ。

 あるいは、制式化されたものが八雲に搭載された改造工事は、既存艦に新型の射撃指揮装置を搭載する際の問題点や実績を確認する為のものだったのかもしれなかった。



 だが、47式射撃指揮装置の搭載は機構的なものとは別に職務上の問題を顕にしていた。

八雲型重巡洋艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cayakumo.html

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― 新着の感想 ―
[一言] 大戦後の艦艇改修で、発電機室等の追加に苦労した話をどこかで読んだ様な記憶があります。 艦内の電源と合わないから始まって、発電機が(現代より)デカいとか、発電機の燃料を別に積まなきゃとか、電源…
[一言] 明けましておめでとうございます。 今年も楽しませていただきます。 アナログ式計算機(C/Rで弾道特性とか合わせてるんでしょうし、電圧も高いでしょう)は発熱量大きいから……74式戦車の試作型…
[一言] 明けましておめでとうございますm(_ _)m
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