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1948バミューダ諸島沖哨戒線8

 客観的に言ってカーチス政権の安全保障態勢は破綻していた。政府と議会の思惑がばらばらであったこともその理由の一つだったが、米軍の装備体系自体がフィリピンでの騒乱に全く対処出来なかったのだ。



 カーチス政権下における安全保障態勢とは、一言で言えば米海陸軍が保有する最新装備を使用した抑止効果だった。

 つまり他の列強諸国よりも優れた性能と数を誇る海軍主力の戦艦群と、陸軍航空隊が保有する重爆撃機による威圧効果によって米国に脅威を与えようとする勢力を諦めさせようとしていたのだ。


 戦艦を用いた抑止効果に関しては、古典的な砲艦外交だと言えた。こうした効果に関しては、4基もの主砲塔を掲げたモンタナ級戦艦の威容は最適なのだろう。

 それに対して、陸軍航空隊が保有する重爆撃機は、戦艦に代わって外交を行う際の棍棒となり得る新たな手段だった。カーチス大統領は、古典的な戦艦による砲艦外交よりも、むしろ短時間で実施できる重爆撃機による威圧効果を目的とした飛行計画を重視していたのではないか。

 陸軍航空隊による新たな砲艦外交は、すでにカーチス政権時代に実績があった。中米のある国が反米的な政策変更を試みているとの報道があった直後に、陸軍航空隊の重爆撃機がパナマを経由して同国で親善飛行を行っていたのだ。


 表向きは親善飛行でもそれが棍棒をむき出しにした威嚇行為である事は明らかだった。

 第二次欧州大戦において英国がドイツに仕掛けた戦略爆撃が大きな成果を上げていた記憶はまだ新しく、新鋭重爆撃機が一糸乱れぬ姿で編隊を組んで飛行する姿に、中米諸国の首脳部も米国が本気を出した場合にどうなるのかを悟ったのではないか。

 結局、パナマに急速展開した重爆撃機隊は、戦わずして中米諸国に蔓延る反米主義を彼らの政府から一掃するという大きな戦果を上げていたのだ。



 しかし、戦艦と重爆撃機を用いた抑止効果は、腐敗臭が漂って来ていたとしても一応はれっきとした主権国家である中米の政府首脳部を震え上がらせて政策を方針転換させる事は十分に可能だったが、フィリピンの無学な原住民に無謀な抵抗を諦めさせる効果はなかった。

 学が無さ過ぎてモロ族には飛行機が何なのかを理解することすら出来なかったのか、あるいは失うものが何もなかったからなのかもしれない。理由がどうであれ、モロ族の反乱分子にとって実際に眼の前を飛び交う銃弾に比べれば、上空の重爆撃機や海上の戦艦は無視できる存在でしかないのだ。


 しかも、カーチス政権下の国防予算はその多くが海軍の大型艦と陸軍航空隊の重爆撃機隊という目立つ大型装備の整備に集中する一方で、地上部隊に関する予算は人員にせよ装備開発にせよ最低限に抑えられていた。

 頭数が多く人件費が莫大となる割には陸軍地上部隊は米国を取り囲む地勢上カナダ国境を除けば仮想敵国の間近に展開出来ないから、抑止力に劣ると判断されており、最低限の本土防衛戦力さえあれば充分だという方針だったのだろう。

 それにどの国が相手であっても広大な北米大陸に上陸して米国の中枢に攻め込む事は相当難しいのだから、開戦の予兆を察知してから動員を開始しても兵員数さえ揃えば良い陸上戦力の構築は間に合うとも歴代の政権は判断していたのではないか。


 正面装備に集中する国防予算の中でも海兵隊には多少の予算が割り振られていたが、それは海軍艦艇を使用した急速展開が可能であったからだ。

 つまり力を目前でちらつかせて内政干渉を強いる棍棒外交が破綻した際には海兵隊に実際に振るわれる棍棒の役割を担うことが期待されていたのだが、国軍の規模も練度も貧弱な中米諸国に対する政治介入を目的とする限り過大な戦力や重装備は必要ないから、部隊の規模自体は小さかった。



 それでもルーズベルト政権時代からの総額で言えば、フィリピン駐留軍には少なくない額の予算が投入されていたのだが、その多くはフィリピン中枢を防衛するためのマニラ要塞の構築に投入されていた。

 マニラ要塞の詳細は海軍にも知らされていないが、強固な防御施設と年単位で立て籠もれるだけの物資が備蓄されているらしい。そんな大規模な要塞を建設する為にフィリピン駐留軍の予算は大部分を吸い取られていたのだ。


 神出鬼没に各地で散発的な襲撃を続けて民衆にアピールする独立派を鎮圧してフィリピン情勢を一転させるには、大規模な陸軍地上部隊の投入が必要だったが、陸軍地上部隊の整備を怠っていたカーチス政権はフィリピン情勢に関しては右往左往するばかりで明瞭な解決策を示す事は出来なかった。



 尤も海軍も陸軍の事をとやかくいう資格は無かった。フィリピン駐留軍からは、海上を自由に行き来する独立派を取り締まる為に、スールー海に哨戒部隊を常駐させて欲しいと要請が出ていたのだが、マニラ湾に駐留するアジア艦隊はその要求に満足に対応出来ていなかった。

 無理もなかった。小舟を隠す場所には事欠かない小規模な島嶼が連続するスールー海に十分な哨戒線を引くには、膨大な数の艦艇を派遣する必要があるが、巡洋艦を主力とするアジア艦隊は個艦の戦闘能力はともかくその数は少なく、そうした任務を遂行する能力は無かった。


 米海軍にはルーズベルト政権時代に大型の巡洋艦ばかりを建造していたつけが今にして来ていた。

 アジア艦隊が駐留するマニラ湾は大規模艦隊を支援する容量はないから、単艦でも戦闘能力の高い巡洋艦を集中して少数精鋭という方針を取っていたのだが、広大な哨戒範囲を要求された場合その方針は破綻していたのだ。



 米国本土から遠く離れたとはいえども米領であるフィリピンで反乱が頻発している事に、次第に米国市民の間には鬱憤が生じていた。彼らは既に終結した国内のインディアン討伐とフィリピンの独立派の脅威を同程度にしか考えていなかったのではないか。

 乏しい補給線の存在を無視して本土から引き抜いた大軍をフィリピンに投入すべきという声も上がっていたし、報道の中にはフィリピンの反乱分子を背後で操る日英の悪辣さを言い立てるものもあった。


 国内世論において勇ましい意見を唱えるものが米国の若者が遥か彼方で戦死する可能性をどれだけ考慮しているのかどうかは分からないが、そうした世論は俳優上がりのカーチス政権を弱腰と糾弾する傾向が強まっていた。

 政治基盤の貧弱なカーチス大統領と彼を補佐するスタッフには世論を覆すだけの力はなく、先日の大統領選の結果は世論を反映させたものとなっていた。強い米国の復活を掲げるマッカーサー候補がカーチス政権の2期目を阻止していたのだ。

 今のところホワイトハウスに入ったばかりのマッカーサー新大統領の政権方針には不明瞭な所もあったが、フィリピン防衛への意欲は強いらしい。新大統領は軍人一族の出身でフィリピン駐留が長かったから強硬な路線でフィリピン問題に挑むのではないかと考えられていた。



 軽巡洋艦タラハシーの艦橋脇に設けられた見張所の手すりにもたれ掛かっていたルメット大佐は、真っ青な海の上で巨体をもたつかせていた戦艦カンザスがようやく針路を整定させた姿を見て溜息をついていた。

 マッカーサー大統領は強い米国を唱えて当選したことから見ても対外的には強硬路線を取るはずだった。だから新政権がフィリピンに兵力を増派する可能性は高かった。


 軍縮条約が無効化になった後に建造された新鋭戦艦の中でも大型巡洋艦並みの船体規模であるコネチカット級戦艦は、パナマ運河を通行可能な戦略的機動性に加えて戦艦としては小柄な使い勝手の良い戦力としてフィリピンに派遣される可能性も否定できなかった。

 策源地となる本土の西海岸からフィリピンまでの距離を考慮すれば、大量の物資を消費する戦艦を長期間フィリピンに駐留させるとは思えないが、スールー海に戦艦を展開できれば地上の独立派に対する効果は巡洋艦の比ではないだろう。


 騒乱のフィリピンに本当に必要だったのは、図体が大きく友軍諸共吹き飛ばしてしまう威力過大な巨砲を積んだ少数の大型艦ではなく、個艦の戦闘能力は低くとも数を確保できる駆逐艦や哨戒艇であるはずだが、米海軍にも無い袖は振れなかった。

 それに戦艦主砲の艦砲射撃であれば独立派の蜂起など簡単に吹き飛ばせるはずだった。独立派を発見できずに空振りとなったとしても、フィリピン独立派よりもその背後で蠢動する日本人共に米国が本気であることを見せつける効果はあるだろう。



 ―――だが、太平洋を越えた補給線を確保し得ない限りはフィリピンで大規模な戦闘を行うことは難しい、か……


 憮然とした表情を浮かべながらカンザスから視線を外してルメット大佐は艦橋に戻ろうとしたが、それよりも早く慌ただしい雰囲気が艦橋から伝わってきていた。

 眉をしかめたままルメット大佐が急いで艦橋内に入り込むと、電話員を下がらせた副長のフェル中佐が安堵したような顔で大佐に向き直っていた。


「今艦長を呼ぶところでした。レーダー室からの報告です。連絡の無い機影をレーダーで確認したとのことです」

 副長は海図盤の上にかがみ込むと、長い海上生活で節くれ立った指で海図上でタラハシーの現在位置を指してからそっと指先を動かしていた。

「方角はこちらからのようですが……距離は不明です。大型機なら相当遠距離のはずとレーダー室は言っているようですが……」

 航海経験は豊富でも最新技術には疎いのか、フェル中佐の言葉ははっきりしなかった。



 海図を睨んでいたルメット大佐は無言のままタラハシー、バッファロー、カンザスの3隻の配置を確認していた。結論はすぐに出ていた。

 この3隻の配置とレーダーで確認された方位を考慮すると、タラハシーやバッファローに建造時から搭載されているレーダーでは方位角の分解能が低すぎて3隻の観測結果を突き合わせて三角測量を用いても正確な距離を算出することは出来そうもなかった。

 それでもルメット大佐はレーダーで得られた情報を先導するバッファローに転送するように命じていた。慌ただしく無線室に連絡する電話員の声を聞きながら大佐は海図に視線を戻していた。


 まだ海図を指さしていたフェル中佐は、ルメット大佐の目前で更に指先を動かしていた。ごつごつとした中佐の指が海図で留まった先を見て大佐もため息をついていた。

「まぁこの方角ならそこしかないだろうな……」

 海図上でバミューダ諸島を指さしていたフェル中佐は眉をしかめていた。



 北大西洋に位置する孤島群で構成されたバミューダ諸島は、北米からの距離が近く米国市民が観光で訪れることも多かったが、米国が独立した後もカリブ海のいくつかの島国と共に英領に留まっていた。

 米国市民にとっては観光地に過ぎないバミューダ諸島も、先の大戦中は大西洋に存在する貴重な島嶼として軍事基地化が進められていた。

 カナダや英本国から多大な犠牲を払って送り込まれた補給船団によって維持されていた英空軍の哨戒機部隊は、大西洋航路に出没するドイツ海軍潜水艦隊に対抗するための対潜哨戒網を構築していたのだ。


 しかも米国の抗議にも関わらずバミューダ諸島の軍事基地化は大戦が終結した後も終わらなかった。

 流石に東海岸の富裕層も、戦時中は温暖なバミューダ諸島を観光先に選ぶことを我慢していたのだが、基地化が進んで殺風景となった上に未だに観光客の受け入れを限定している英国の方針に不満の声も上がっているらしい。



 艦長と副長の横から潜り込んだ航海士のビール中尉は、移動するタラハシーの軌跡を海図に記載しながらもフェル中佐の指先を一瞥して不満そうな声を上げていた。

「レーダーが捉えたのはバミューダ諸島から飛来したライミー共の哨戒機でしょうか。カンザスの最新レーダーならもっと遠距離から詳細を確認できそうなものですが……

 しかし、どう考えてもこの島はライミーではなく我々のものですよ。島の住民だって老いた帝国から支配されるよりも、大人しく米国市民となれば国内扱いになって観光客が落とすドルだって増えて大喜びでしょうに」


 海軍士官が口にするには軽率な発言に、内心は同感でもルメット大佐はビール中尉を叱責しようとしたのだが、それよりも早く電話員がレーダー室からの報告を上げていた。

 機械的に読み上げる電話員の声を聞きながらルメット大佐はフェル中佐と顔を見合わせていた。


 ―――機影が分裂した、だと……

 それが何を意味するのか、ルメット大佐にはしばらく分からなかった。

モンタナ級戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbmontana.html

コネチカット級戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbconnecticut.html

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[一言] 555話達成おめでとうございます! 米国周辺が騒がしくなってきましたね~
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