1948バミューダ諸島沖哨戒線4
1935年にワシントン軍縮条約の改正を伴う延長があった際に日本海軍は保有枠の拡大が認められていたが、それと同時に米国海軍においても戦艦の新規建造が認められていた。日本海軍に先んじて米英には旧式艦の代替艦を建造する権利が与えられていたのだ。
しかも、日本海軍の保有枠拡大分が16インチ砲搭載艦となることとバランスをとるために代替艦は16インチ砲の搭載が認められていた。対する日本海軍が後に建造する代替艦は、軍縮条約の破棄によって制限がなくなっていたが、本来は廃艦となる旧式艦と同口径に抑えられるはずだった。
だが、条約規定の3万5千トン以下という基準排水量の中で攻防速の3点を高い次元で保ちながら16インチ砲艦を建造するのは難しかった。
現に条約改正以後に英国海軍が建造したキング・ジョージ5世級戦艦は、紆余曲折の末に条約規定よりも一回り小さい14インチ砲を採用していたし、16インチ砲を装備した日本海軍の磐城型戦艦の方は長門型と同型らしい主砲塔の装備数を3基6門に抑えていた。
米海軍もノースカロライナ級戦艦において新機軸を用いて重量問題に対応しようとしていた。主砲の前方集中配置がそれだった。
英国海軍のネルソン級やフランス海軍のダンケルク級などが先行していた主砲塔の前方集中配置は、砲塔下部の弾火薬庫を一箇所に集中させて分厚い舷側の垂直装甲を張る面積を節約させる効果が求められたものだった。
実際には、ノースカロライナ級戦艦は高速性能を追求して大容量化した機関室が第3砲塔直後から配置されていたのだが、防御が必要な箇所を集約させる効果は期待できる筈だった。
もっとも設計中に長大な機関部を防護するためにずるずると長くなっていった垂直装甲分の重量が過大となったことでノースカロライナ級戦艦の装甲は減厚されていた。
就役時のノースカロライナ級戦艦は、水平装甲が貫通されないほど近距離かつ垂直装甲が貫かれないほどには遠距離である安全距離が狭くなってしまっており、自艦の主砲に耐えるにはやや心もとないことになっていたが、安全距離が存在しない純然たる巡洋戦艦であるレキシントン級ほどではなかった。
だが、ノースカロライナ級戦艦の配置は防御力を抜きに見ても結果的には失敗だった。注意深く情報を収集していれば、ネルソン級戦艦が全主砲を一斉射撃している姿が殆ど公開されていない事が分かっていたのではないか。
その理由もノースカロライナの公試中には米海軍でも判明していた。集中配置された主砲を一斉に発砲した際の衝撃は想定以上に大きく、艦橋周辺の艤装品に与える影響は大きかった。
また、物理的には可能であっても砲口が艦橋に近づいて衝撃波が更に大きく観測される為に、後方に向けて主砲射撃を行うのにも制限がかかっていたから、ノースカロライナが射撃可能な射界は現実にはひどく狭かった。
とどめを刺すように、ダンケルク級に引き続き前方集中配置をとっていたフランス海軍のリシュリュー級戦艦が後続艦では艦橋前後に主砲砲塔を振り分ける常識的な形状をとるという情報も入っていた。
戦艦主砲の前方集中配置は各国で誤りであったと認識されるようになっていたのだ。
結局米国海軍が主砲の集中配置を行った戦艦はノースカロライナ級戦艦が最初で最後になっていたが、戦間期に建造されたアーカム級航空巡洋艦がノースカロライナ級戦艦の主砲位置に影響を及ぼした可能性もあった。
後部に飛行甲板を配置したアーカム級航空巡洋艦は主砲塔3基を艦首側に集中配置していたのだが、軽巡洋艦の6インチ砲と戦艦主砲では艦に与える影響が違い過ぎたのだろう。
そもそもアーカム級航空巡洋艦の設計はブルックリン級軽巡洋艦を原型としており、後部の兵装と艦橋構造物までを航空艤装に割り当てたものといっても良かったから、これを他艦種に適用するのは無理があった。
何れにせよ高速性能を優先していたノースカロライナ級戦艦の設計思想が頓挫したことによって、後続のサウスダコタ級戦艦は速力よりも防御力を重視しつつ艦橋構造物前後に主砲塔を分散させた常識的な配置に戻されていた。
だが、海軍が推していた前方集中配置が頓挫した事で、これにつけ込む形でサウスダコタ級戦艦の建造には政治的な介入が見られていた。
ノースカロライナ級戦艦以上に防御力を高める手段として、サウスダコタ級戦艦では全長を圧縮して防御範囲を狭める工夫がなされていたのだが、その結果いくつかの民間造船所での建造が可能となっていた。
だが、それは手段が先だったのか、目的が先だったのか定かではなかった。あるいは巡洋艦のように民間造船所に大型艦を発注するために設計に前提が設けられていたのかもしれない。
いくつかの民間造船所で建造されたサウスダコタ級戦艦は、船体だけ見ればノースカロライナ級戦艦から全幅をそのままに前後を縮めたようなものだった。機関や防弾装備の重量は概ねノースカロライナ級戦艦と同等であると言えるが、全長が圧縮された分だけ速力は低く、装甲は増厚されていた。
全長の圧縮で船首部の予備浮力が少ない点などが公試後に指摘されてはいたが、米国海軍の評価ではサウスダコタ級戦艦は概ねバランスの良い艦艇とされていた。
だが、同時期に日本海軍の巡洋戦艦戦力が増強されていた事が、米海軍に脅威を抱かせてサウスダコタ級以後の戦艦整備に影響を与えていた。
第二次欧州大戦の開戦に前後して、金剛型巡洋戦艦は若干の速力低下と引き換えに防御力を高めて戦艦に再類別されたとの情報が入っていた。
速力低下がどの程度かは分からなかったが、新鋭の磐城型戦艦も速力は高く、事実地中海では日本海軍最古参の金剛型と最新鋭の磐城型は揃って艦隊行動をともにしていた。
この時のマルタ島沖の海戦では金剛型に撃沈された艦も出ており、日本海軍の巡洋戦艦戦力は低下していたはずだった。
ところが、米海軍では公開、非公開を問わず収集されていた情報からむしろ日本海軍はこの時期も継続して巡洋戦艦の増強を図っていると推測していたのだ。
金剛型が相次いで近代化改装されていた頃から、日本海軍では高速戦艦という言葉が使用されるようになっていた。公式な艦種別ではなかったが、防護力の強化によって速力が低下した金剛型戦艦を指す言葉であることは間違いなかった。
当初米海軍は高速戦艦という単語を重要視していなかった。単に巡洋戦艦から二線級の旧式戦艦に格下げされた金剛型を他の戦艦と区別しているだけなのではないか、そう考えられていたからだ。
しかし、軍縮条約の保有枠拡大を受けて建造された新鋭の磐城型戦艦までが高速戦艦に類別されているらしいことが判明した頃には、次第に米海軍の認識も変化していた。
あるいは、日本海軍の高速戦艦という用語は従来の巡洋戦艦を言い換えたものであると考えられ始めていたのだ。そうした認識の変化の切欠は磐城型戦艦だけではなかった。入手された日本海軍の基本戦策の一部に高速戦艦の運用法が記載されていたのだ。
いくつかの書類や公開情報から垣間見える高速戦艦の用法は恐るべきものだった。艦隊決戦においては主力となる戦艦群と合流して決戦戦力の一翼を担うが、それ以前のあらゆる戦闘にも投入される可能性があるというのだ。
つまり、主力艦隊前衛となる巡洋艦で編成された偵察艦隊の援護や、艦隊決戦前の前哨戦となる対地攻撃などに従事する空母部隊の護衛などにも高速戦艦が投入されるというのだ。
裏を返せば、米海軍もあらゆる戦闘において敵戦艦を意識しなければならないということだった。
しかも同時期には無条約時代を迎えた日本海軍がドイツ海軍が保有する装甲艦のような戦艦と巡洋艦の中間、12インチ砲搭載の大型巡洋艦を建造するという情報も入っていた。
旧式化した金剛型が近い将来に除籍されたとしても、搭載門数は少なくとも16インチ砲を搭載する磐城型やこれを補佐する実質的に小型戦艦とも言える大型巡洋艦が太平洋を暴れまわるというのは、米海軍にとって悪夢となり得た。
米国には、本土の西海岸から太平洋における勢力圏の最前線であるフィリピンまでの補給線が、グアムとミッドウェーを結ぶ乏しい航路しかないという戦略上の弱点があったからだ。
日本海軍の高速戦艦や大型巡洋艦に対抗するために2種類の艦艇が整備された。民間造船所の建造を諦めて大型化したアイオワ級戦艦と12インチ砲搭載のアラスカ級大型巡洋艦だった。
もはや駆逐艦並の速力とまで言われた両級の想定される運用は、米海軍にとってはまごうこと無き巡洋戦艦のそれであり、ようやくレキシントン級巡洋戦艦で不満であった数上の不利を覆す事が出来る筈だった。
アイオワ級戦艦とアラスカ級大型巡洋艦はそれぞれ6隻と大型艦としてはまとまった数が一挙に建造されていたが、同時期には議会側も激化する第二次欧州大戦に備えるための戦力整備案を主導しようとしていた。
議会が提出した建造案は大雑把に言えばパナマ運河を通過可能な最大限の寸法の戦艦建造というものだった。軍縮条約締結前にティルマン議員が唱えた案の現代版といったものといえるだろう。
ティルマン議員の提案が出された当時は、年々に戦艦の設計が大型化する一方であり、いっそ最大寸法の戦艦を建造すればどうか、そうした趣旨の案であったらしい。
東西に強大な仮想敵を抱える米国海軍にとって、パナマ運河の存在は戦略的な機動力に大きく関わってくる因子だった。政治的な中心地である東海岸から西海岸に向かう場合、パナマ運河を越えた場合は南米大陸最南端のホーン岬を越える航路の半分以下で到達できるからだ。
米国国内流通路にとってパナマ運河がもつ経済的な効果は計り知れないが、軍事的にも重要な拠点であり、米軍は防衛戦力を勢力圏の内懐であるはずのパナマに駐留させている程だった。
国際連盟の主要国である英日が強固な同盟関係を築いている現状では、米海軍の戦力を大西洋と太平洋のどちらか一方に固定配置するのは難しく、自在に配置を変換できる艦隊に対して戦略的な機動性を与えるパナマ運河の存在は国防上も無視できなかった。
だからパナマ運河を前提とした新たな標準型戦艦の仕様を策定するという議会の勧告そのものには、一定の妥当性が存在することは米海軍も否定できなかった。
議会案に従って建造されたモンタナ級戦艦は、ほぼ同時期に建造されていたアイオワ級戦艦の設計案を原型として、ルーズベルト政権後期の巡洋艦建造計画の一部予算を切り替える形で建造されていた。
米海軍の戦艦として最大となる巨大戦艦の建造費用を捻出するのは容易ではなかった。大型化に伴って単純に予算が増大するだけではなく、一部の建造に関わる機材の刷新も必要不可欠だったからだ。
既に予算が承認されて発注されていたボルチモア級重巡洋艦やクリーブランド級軽巡洋艦の建造こそ中止されなかったものの、モンタナ級と引き換えにデ・モイン級重巡洋艦やアーカム級航空巡洋艦の後期建造艦は予算が凍結されていた
ルーズベルト政権末期のどさくさに紛れて本来英日海軍の新鋭空母に倣って大型化する予定だった空母も、戦艦隊随伴用途のワスプ級の発展型とも言えるエセックス級に縮小されていた。
だが、そこまで米海軍の総合的な軍備計画に影響を及ぼしたモンタナ級戦艦は、就役前から部内で不安がささやかれる存在となっていた。
磐城型戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。
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ノースカロライナ級戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。
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レキシントン級巡洋戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。
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アーカム級航空巡洋艦の設定は下記アドレスで公開中です。
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