1947独立戦争謀略戦28
派手な割には短時間で上空の輸送機からの射撃は終了していた。
何処かからともなく湧いてくる得体の知れない虫に辟易しながら、擲弾筒の発射後に支援射撃からの爆風を避けるために地面に伏せていた厨川少佐達は、うんざりしながら上空を緩やかに旋回しながら高度を上げる輸送機の巨体を見つめていた。
きっかりと周囲に爆風を撒き散らしながらも、目標地点に命中した砲弾は皆無だったからだ。
「電波妨害は続いているのか……」
厨川少佐は李が不在の間に無線手代理を押し付けられた南に振り返ったが、背中に担いだ無線機を地面に下ろしてあれこれいじっていた南は、しばらくしてから首を傾げていた。
「先生、さっきからこいつは雑音だらけでさっぱりですぜ。こういう時のために電気が得意な李がいるんだろうが、あいつ今頃はあっちで楽してるんでしょう」
気楽な様子で上空の輸送機を指差す南を睨みつけながら、厨川少佐はここしばらくの追跡行で伸びた無精髭をさすっていた。
満州共和国軍の中でも最精鋭、ということになっている特務遊撃隊の保有装備はその大半が最新鋭の日本製だった。南が手荒に扱っている無線機もその一つだった。
その最新鋭機材を持ってしても目と鼻の先を飛んでいる機体と交信できないということは電波妨害は確実に行われていると考えるべきなのだろう。
厨川少佐が日本陸軍に入隊した十年ほど前の時点でも今目の前にあるものと同程度の性能を持つ無線機が存在していなかったわけではなかったが、当時の無線機は車載か馬匹輸送を前提とする巨大なものだったし、性能も不安定なものだった。
それ以前に、無線機を使用するのは師団本隊に先行して偵察を行う捜索隊や、間接砲撃時の弾着観測に必要な砲兵を除けば、旅団や師団直轄の通信隊程度で、一般の歩兵部隊にはほとんど縁のない装備だった。
日本軍の特殊戦部隊である機動連隊に所属していた厨川少佐は無線機の取扱いも一通り教育されていたが、当時の歩兵連隊には無線の知識を欠くものも多かったのではないか。
軽量で高性能な無線機がふんだんに歩兵や戦車などの近接戦闘部隊に導入されていったのは先の大戦中のことだった。北アフリカ、イタリア半島と地中海戦線を転戦していく中で、日本軍が近接航空支援を含めた火力戦を指向し始めていたからだ。
あるいは日本本土において工業界が消耗戦に耐えうる体制を整えたことで、先の大戦の教訓を生かした火力戦に国際連盟軍の戦法が回帰していたと言ったほうが正確であったかもしれなかった。
だが、統制された火力戦闘を実施するのに一番に必要な機材は、火砲や砲弾そのものではなかった。
むしろ火力を発揮する手段は何でも良かった。最重要なのは最前線の塹壕に据えられた迫撃砲から巨大な戦艦から放たれる艦砲射撃、更には航空攻撃までを含む各級火力の特性を把握して必要な時、必要な箇所に火力を集中させる事のできる指揮統制機能であったと言える。
大戦中盤以降の日本軍は、複数の軍を指揮下に置く遣欧方面軍の直下に第1砲兵団を配属させていた。砲兵団は特殊な火砲である列車砲や軍団砲兵級の野戦重砲兵連隊などを直下においていたが、それ以上に全軍の火力を統制する砲兵司令部としての機能が求められていた。
砲兵団には大規模な火力戦を実施する為に、砲兵部隊に限って通常の指揮系統を飛び越えて師団や軍の指揮下にある各隊に対する特別な命令系統まで有していたのだ。
師団長級の将官を指揮官とする砲兵団司令部の指揮機能は高かったが、効果的な火力の統制を行うにはそれだけではまだ不十分だった。頭脳だけではなく、手足となって情報を収集する手段が必要だったからだ。
そのために砲兵団司令部の指揮下には野戦重砲兵連隊などに並んで複数の砲兵情報連隊が配属されていた。
砲撃に必要な情報を収集する部隊である砲兵情報連隊は、各種観測隊や気象隊などで構成されていた。
以前は観測気球を装備していた部隊も最近では更に簡便なオートジャイロや回転翼機を運用していたが、連隊に所属する老練な砲兵士官の多くは前線部隊に観測将校として配属されていた。
配属先が戦車隊となる場合は観測機材を満載した軽戦車まで用意して前線部隊に随伴する事を求められた観測将校達は、前線の情勢を正しく把握し、場合によっては航空攻撃を含む周辺に展開するあらゆる火力を観測、統制する権限が与えられていた。
この次第に高度化、高速化していく火力統制には高性能かつ軽量の無線機が必要不可欠だった。搭載量に余裕のある観測戦車が配属された戦車隊や機動歩兵はともかく、歩兵部隊に随伴するには軽便な可搬式の無線機がなければならなかったからだ。
厨川少佐の本来の原隊である機動連隊では、各兵科から選抜された人員が配属されていた。単純に数が多かったのは母数の多い歩兵科だったが、旧騎兵の機甲科や工兵科に混じって砲兵科の将兵も配属されていた。
友邦シベリアーロシア帝国とソ連との間に戦端が開かれた場合、特殊戦部隊である機動連隊は落下傘を利用した高高度降下やスキーなどの特殊な機動を駆使してソ連軍前線の後方に浸透して兵站線などに対する破壊工作を実施するものとされていた。
そうした後方撹乱目的の爆破など共に、満州を経由して投入されるであろう長射程の列車砲の着弾観測を行うことも機動連隊では想定されていた。
機動連隊は部隊編制上の単位では連隊ということになっていたが、部隊を構成する人員は通常の歩兵連隊を構成するには到底足りなかった。
さらに長駆進攻を想定した特殊戦部隊であるがゆえに、基本的に少人数での行動を前提としていたこともあって、独自の判断で行動できる将校、下士官の比率も高かった。
将校はともかく、部隊編成が開始された直後は兵の数が足りずに、下士官でも初年兵の様に衛兵をやらされてくさっていたものもいた程だった。
自然と数が少ない将兵は自分の兵科以外の知識も要求されていた。敵地への潜入という少人数での行動中に専門家が一人負傷しただけで部隊が崩壊する様では任務はこなせないからだ。
当然だが厨川少佐も機動連隊に所属していた時期に砲兵観測将校の行動に必要な基礎知識を学んでいたし、本来は顧問として派遣されていることになっている馬賊上がりで無学な特務遊撃隊の隊員たちにも同様の知識を苦労しながら叩き込んでいた。
それなのに今回の襲撃では厨川少佐達が航空攻撃を誘導する事は出来なかった。討伐対象である共産主義勢力が外部に連絡を取ることを防ぐために、攻撃直前から航空機による電波妨害を行っていたからだ。
厨川少佐には今回の作戦計画がどこかちぐはぐであるように思えていた。急造の電波妨害装置はこちらの無線機も使用不可能にしていたから、連絡手段は事前に連絡されていた色付きの擲弾筒を使用した信号弾しかなかった。
森林地帯を長距離踏破する特務遊撃隊が持ち込めた信号弾の種類は少なかったし、そもそも上空から地上で炸裂した信号弾の微妙な色合いが見分けられるとも思えないから、使用できる信号弾は視認性の優れた数色に限られていた。
それ以前に上空からの支援砲撃という初期の作戦計画自体が無謀であったかもしれなかった。
敵拠点を発見した厨川少佐達は、無線機で航空機を呼び寄せつつ信号弾で砲撃地点を指示していたのだが、擲弾筒の射程はさほど長くはないから、自然と少佐達の待機地点は着弾点から安全距離を確保することが難しかった。
しかも、予想以上に上空から放たれる砲弾の散布界は広かった。
輸送機に搭載されているのは戦時中も主力野戦高射砲として使用されていた運用実績のある長砲身砲のはずだった。新造砲であるかどうかは分からないが、砲身命数の尽きた中古砲を特殊戦に投入するとは思えない。
それ以前に正規の一式重襲撃機であれば上空から放ったとしても着弾点が描く散布界はずっと狭いはずだった。戦時中に厨川少佐は何度か一式重襲撃機の航空攻撃をこの目で見たことがあったのだ。
―――輸送機改造のでっち上げ重襲撃機に期待するほうが間違っていたのだろうか……
そう考えていた厨川少佐の耳に唐突に銃声が聞こえていた。
眉をしかめた厨川少佐は、反射的に銃声のした方向を見ていた。伏せ打ちの姿勢のままの美雨が保持している狙撃銃の銃口からは僅かに白煙が上がっていたがすぐに消えた。
伏せ撃ちにも関わらず、長い間に水分が染み込んでいた森林地帯の地面は、黒々とした色をしてしっとりとしたままだった。狙撃銃の発砲程度の熱量では地面は乾燥しないようだ。
そのせいか美雨は即席の銃座から動く気配も見せずに、狙撃銃に取り付けられた高倍率の狙撃鏡を覗き込んだままだった。
「一人やったよ兄ぃ。あとはまた穴倉に引っ込んだね……」
美雨の淡々とした口調に思わず厨川少佐は溜息をついていた。短時間かつ散布界の広がった射撃はやはり敵部隊の制圧に不十分だったようだ。少なくとも共産主義勢力の最後の根拠地と思われる箇所に直撃は得られていなかったからだ。
溜息を付きながら厨川少佐は周囲を見回しながら言った。
「念の為擲弾筒で上空からの射撃中止を指示する赤色を適当なところに撃ち込め。擲弾筒は美雨から離れてから撃てよ」
擲弾筒を持った兵士が頷くのを見てから厨川少佐は他の隊員に向けて続けた。
「美雨と南はここで援護、南は周囲の観測と無線機を監視しておけ。ほかは俺に続け。奴らを制圧するぞ……いいか、制圧だぞ。捕虜がいないと情報が取れないんだからな」
いつもやり過ぎる馬賊達に向かって厨川少佐は念を押したつもりだったが、隊員の誰かが呆れたような声で言った。
「真っ先に先生が誰かの首を刎ねちまえば、他の奴らも恐ろしくなって大人しくなりますぜ」
声を上げた隊員をじろりと厨川少佐は睨めつけたが、再び銃声が美雨の狙撃銃から聞こえた。素早く槓桿を引いて次弾を装填しながら、美雨は呆れたような声で行った。
「どうでもいいから、僕の射線を塞がずに早く行ってくれないかな。さっさと終わらせるよ」
厨川少佐はげんなりしながら言った。
「小隊長の言うとおりだ。手早く終わらせて帰国するぞ」
自分が帰る国が生まれ故郷の北越の雪国なのか、満州の大平原なのかは、厨川少佐はとりあえず考えないことにしていた。
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