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1947独立戦争謀略戦25

 日の当たらない部長室は季節の割に寒々としていた。

 軍内外から集まってくる極秘情報を扱うことから統合参謀部の中でも特に情報を管轄する2部の管理体制は厳しいのだが、その中枢である部長室は外部からの視認や盗聴を避けるためにさらに日中でも分厚いカーテンに覆われていた。


 窓の外はどんな光景が広がっているのだろうか、ぼんやりとカーテンを見つめながら水野大尉は執務机の向こうで部長が書類を読み終わるのを待っていた。部長室内には部長と水野大尉、それに内務省から出向している後藤分析官もいたのだが、室内の三人とも沈黙を通していた。

 そのせいか部長が書類を卓上に置く音がやけに大きく聞こえていた。



「この内容に間違いないのだな」

 書類を確認する前から部長も予めわかっているはずだが、水野大尉と後藤分析官は同時に頷いていた。続きを促す部長の視線を受けた水野大尉は淡々とした口調で言った。


「全般的には我々の目的は達成されつつあります。

 治安部隊に追われてマレー半島を南下、その後オランダ領東インド諸島に脱出した共産党系武装集団の大半は、現地に潜入した日満の特殊戦部隊の襲撃に加えて、我々が誘導した現地オランダ軍の討伐を受けて弱体化しました。

 おそらく彼らには既に大規模な蜂起を行う力は残っていないでしょう。残る手段は終戦前にパリで行われたような爆破テロなどでしょうが、そうした強引なテロ行為は現地に浸透して間もない共産党勢力に大して共感を抱いていない地域住民に対しては反感を強める結果になると分析しています。

 ただし、オランダ総督府による搾取的な統治が継続された場合、貧困化した農村部の不満をすくい上げる事で共産党が聖域を手中にして勢力を盛り返す可能性は捨てきれませんから、今後も厳重な監視体制の構築が必要不可欠であると考えられます。

 一方でアチェ地方及びサラワク王国が進攻したボルネオ島中心部は何れもオランダ総督府の支配下には既にありません。

 現地軍の数上の主力であったドイツ人自警団も、既に戦時中に武装親衛隊の幹部であった戦犯指定者の拘束で指揮系統が寸断されている為に、小規模部隊に分割して警備活動を行う程度の能力しか有しておりません。戦略的な機動性は失われたと言って良いでしょう。

 先日までオランダ本国はサラワク王国を支援する我々に内政干渉を抗議しておりましたが、情勢の変化は彼らも理解しています。それにサラワク王国に兵器の輸出を行った実績はあるものの、軍事力の支援は表立っては行っていませんから、抗議もおざなりなものになっています。

 おそらく近日中にオランダ本国政府も日英の仲介という形でアチェ王国の分離独立、ボルネオ島中心部のダヤク族居住地域のサラワク王国への割譲といったところで手を打つことになるかと思います」


 そこで一旦口を閉じると、水野大尉は後藤分析官に視線を向けていた。

「外務省は既に特使を英国に派遣しています。英国と共同でオランダ政府への説得にあたることになるでしょう。彼らにしてみても、国際連盟から爪弾きにはされたくないし、目的が本土復興に必要な資金の獲得にある以上は、最終的には面子を捨てて統治費用が過大となる旨味の少ない地域を切り離すことを決断する可能性が高いと思われます。

 おそらくはオランダ領東インド諸島は開発が進んだジャワ島を除けばスマトラ島南東部の油田地帯、ボルネオ島沿岸部、その他の島嶼部といった程度になるでしょう。

 ただし、その後も各地の独立派との闘争は続くでしょうが……」



 二人の説明を聞いていた部長は、目を閉じると不快そうに腕を組みながら言った。

「もしかすると火付けがうまく行き過ぎた事が問題だったということかもしれんな……フィリピンの件も間違いないのだな」


 水野大尉と後藤分析官は顔を見合わせていた。

「アチェで行動していた部隊は、これを支援する民間航空会社と共に現在も同地で作戦行動中です。サラワク王国軍は日英の装備等の支援と内陸部の原住民を味方につけたことで、ボルネオ島の中央部の原住民居住地域の制圧を完了しています。

 どうやら英領北ボルネオを経由してフィリピンに流れたのは、このサラワク王国の進攻部隊に加わっていた傭兵部隊のようです」


 水野大尉に続いて後藤分析官がいった。

「報告書にも記載しましたが、旧スールー王国系の独立派に合流した傭兵部隊の装備や資金の提供には、亜細亜主義を掲げる右派政治結社が関与しているようです。

 しかし、そうした結社の一員の中には退役した将官も含まれているようなので、統合憲兵隊による詳細な調査は妨害を受けるかもしれません。こちらに関しては私の方から警保局に捜査を依頼しております」



 二人の報告を聞いていた部長は、瞑目したままで言った。

「我々が主導したアチェの騒動では日満露以外の装備を投入していたはずだな……」

「アチェの独立派に供与したものは、中華民国内の軍閥が製造したものを入手して英国資本の民間航空会社を経由して引き渡しています。現地に潜入した部隊の装備には日本製も含まれていますが、いずれも一度東南アジア諸国に売却されていますから書類上の消毒が済んだものです」


 水野大尉の返答に頷きもせずに部長は続けた。

「サラワク王国に関してはどうか」

「そちらは鈴木商店を通じて活動していましたから、完全に合法的な商取引として装備品の輸出が行われています。元々外資の制限を行っていたサラワク王国は鈴木商店系の子会社が食い込んでいましたので、鈴木商店を通じて介入するのが一番自然でした。

 試作段階の軽戦車に関しても泥濘地における実地試験という名目で送り込まれたものです。まさか、あそこまでサラワク王国が必要とした時期に送り込めるとは思っていませんでしたが、結果的には正解でした。

 それに大使館付武官や英国が介入するまでもなく、ブルック王はダヤク族保護の目的で大々的な進攻作戦まで決断していたので、こちらは装備を融通すれば済む話でした。

 まさか貧弱な王国軍を補完するためにブルック王が募集した傭兵部隊が作戦後に北上するとは思いませんでしたが……」

「その勝手にスールー海に向かった部隊は、鈴木商店が輸出した装備を持ち出しているのか」


 水野大尉は一瞬言い淀んだが、すぐに答えていた。

「その可能性は低いと思われます。フィリピン方面に向かったのは正規軍ではなく傭兵なので重装備を持ち出せるような立場ではありませんでしたし、人数も大した数では無かったようですから。

 小火器の類は隠匿されていたかもしれませんが、そちらは正規にサラワク王国に輸出されていたものですから……」



「この傭兵部隊の指揮官は日本人なのだな」

 目を開けた部長は、書類をめくりながら独り言の様にいった。

「指揮官というよりも親分といったほうがそれらしい規模の集団のようですが……指導者となっているのはサラワク王国の民間農園で技師をしていた男のようです。現地では虎と呼ばれているようですが、詳細は不明ですが回教徒だったらしいので、旧スールー王国に渡ったのもその流れかと……」

「技師ということは重装備を扱う技術を有している可能性はあるな……漏れ伝わってくる戦果からすると民間の技師上がりとはとても思えんが、ある種の天賦の才なのか……それで、例の政治結社の方は日本製の装備を持ち出して彼らに渡しているのだな」


「政治結社といっても民間団体ですから数は限られていますが、元将官あたりのつてで入手した払い下げの小銃などの火器と資金が持ち出された形跡があります」

「米国に知られると厄介だな……そもそも、その結社はなんでスールー王国に手を付けていたんだ。滅亡したスールー王国は今の米国と英国領にまたがっていた筈だな。我々の計画では東インド諸島に逃走した共産主義勢力を掣肘することが目的であった筈だが……」


 険しい表情を浮かべた部長に、同じ様な顔の水野大尉が言った

「東インド諸島各地の独立派と接触する為にアチェ地方で使用したイラン王国経由の回教徒ルートや、南洋庁経由の原住民ルートなど様々な線を辿っていましたが、その中から亜細亜主義の結社に話が漏れていったようです。

 彼らはおそらくは我々が主導していることには気がついてはいませんが、東インド諸島の独立運動が盛んになっていたことから、植民地解放を支援する行動を独自に行おうとしていたのでしょう。我々にしてみればその場所が問題でしたが……」


 部長が眉をしかめたままで再び目を閉じたことで、水野大尉も口をつぐんでいた。三人とも押し黙ったまま部長が机の端を指で叩く僅かな音だけが部長室内に響いていた。



 部長が口を開いたのはしばらくしてからだった。

「ここまで、だな。これ以降我々は東インド諸島の独立運動からは手を引くとしよう。すでに必要な成果は得たと言えるだろう。

 欧州航路の安全確保に必要なマラッカ海峡南岸は実質的にアチェ独立派に抑えられているし、共産党が聖域化する恐れがあったカリマンタン島中央部は鈴木商店が支援するサラワク王国によって制圧された。

 東インド諸島がカリマンタン島沿岸部、ジャワ島他の島嶼部に限られるのであれば、むしろオランダも負担が減って収支の釣り合いが取れるだろう。後藤君、外務省に対してオランダ政府に実効支配していない地域を手放す事を説得するように出来るな」


 後藤分析官が首肯するのを確認してから部長は自分に言い聞かせるように続けた。

「東インド諸島における我々の目的はほぼ達成された。共産主義勢力はスマトラ島、ボルネオ島からは一掃されつつある。ドイツ人も目的を達成した。植民地で悪評を立たせていた元武装親衛隊は排除出来た……

 一応、それでも他の地域の独立派との連絡手段は確保し続けるべきか……」



 独り言のようにつぶやきながら考え込んでいた部長に向かって、水野大尉は淡々とした口調でいった。

「フィリピンに向かった連中はどうしますか。おそらく彼らは回教徒という強い繋がりを持った集団です。我々の統制は効かないでしょう。あるいは米領フィリピンの独立派をそのまま支援するのも一つの手かとは思いますが……

 太平洋の向こう側に位置する米国が直接統治する現在のフィリピン情勢には矛盾が多く見られます。また、太平洋に中継地点が少ないことから治安維持用の大兵力を緊急展開するのも難しいはずです。

 フィリピン全域に騒擾を起こすのは難しいかもしれませんが、回教徒の多い地域を分離独立させることは不可能とは思えません」


 部長は渋い顔になっていた。

「今は可能性ではなく必要性を重視すべきだ。我々は帝国の国益を鑑みて、オランダ領東インド諸島を安定化させる事を目的に介入したのであって、亜細亜主義という思想を実現させるのは目的ではない。手段としての亜細亜主義は便利な存在だろうが、アジアの統治や支配など帝国には必要ない思想だ。

 それに最終的にはオランダは損得で植民地を切り捨てられるだろうが、米国を刺激するのは避けたいところだ。

 例の政治結社に関しては内務省に任せよう。国内は彼らの担当だ」


 部長はそう言うと書類に視線を戻していた。水野大尉がその政治結社の事を思い出したのはそれからしばらくしてからのことだった。

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