1947独立戦争謀略戦18
よく見るとサマラハン農園の桟橋に接近してくるのは日沙商会が所有する大発だけではなかった。後続するのも大発だったが、型式や塗装が異なるものだったのだ。
二式力作車をサマラハン農園に持ち込んだときは、間に合せの機材で行われた浮揚材の追加や水密性向上目的の工事で不細工に膨れ上がった日沙商会所有の大発だったが、その後の改修工事でその様子は一変していた。
河口近くのクチンにある日沙商会本社の方が担当していたから、サマラハン農園で二式力作車を駆使して土木工事に明け暮れていた谷技師は大発の再改造工事には関わっていなかったのだが、クチンの造船所では徹底した工事を行っていたようだ。
サラワク王国に高度な技術力のある造船所があったという話は聞かないが、大発がサマラハン農園に姿を見せなかった期間を考慮すると日本本土や対岸に渡っていたとは思えないし、それ以前に島伝いに移動するのでもなければ大発では外洋に出ることは出来ないはずだ。
そうなるとやはりクチンの業者に工事を依頼したということになるのだろうが、あるいは日沙商会に払い下げられた型式が初期の小型艇であったのが幸いしたのかもしれない。
10トンにも満たない小型艇であればこそ、サラワク王国の簡単な修理工事位しか経験のない造船所でも改造工事が可能だったのではないか。
改造工事後の大発は整形された浮揚材を舷側に追加していた。過積載時には浮揚材も水面下に没して浮力を担当するのだが、流麗な形状に整形されているから急流でも抵抗は最低限に抑えられているはずだった。
ただし、工事内容は過積載時でも転覆を抑えることが目的だったから、機関など船内の諸機関は無改造のままだった。どのみちサラワク王国でエンジンの換装などが行えるとは思えない。
サマラハン農園で使用する分にはそれで十分だった。大発の改造工事は、言ってみれば二式力作車など重量級工作機械の搬入という不定期の作業がなければ必要ないものだったからだ。
ところが、谷技師の目の前でサラワク川を遡行してくる大発は、喘ぐように黒煙を吐きながら航行していた。過積載状態で長時間の航行を強いられていたのは間違いなかった。
最初は谷技師が休暇を取ったサマラハン農園を離れた後で散々にこき使ってきた二式力作車が故障してクチンに送られていたのかと思ったのだが、後続船の姿が見えたことでその可能性は低くなっていた。
無理な改造とサラワク川の険しい環境にさらされて汚れきっていた日沙商会所有の大発と比べると、後続船は同じ大発とは一瞬思えない程に整備された船だった。
サラワク川に流れる薄茶色の腐葉土混じりの川水が付着していることを除けば塗装は真新しいものであったし、日沙商会船が視界を重視して強引にもぎ取った操舵周りの装甲板もきっちりと取り付けられたままだった。
ただし、そちらも過積載状態であるのは同じであるようだった。日沙商会船よりも無理なく改造を行って浮力を高められている形跡はあるのだが、それでも舷側は深く沈み込んでいた。
―――大発に積み込まれているのは戦車、なのか……
唖然としながら谷技師は接近してくる大発の中身を見つめていた。桟橋からでは大発の舷側に遮られて車体は殆ど判別がつかなかったのだが、車体の上には大砲が突き出された砲塔が載せられているのは間違いないようだ。
重量軽減のためにすぐに取り外されていたとは言え、クチンの日沙商会本社に納入された直後の二式力作車にも自衛戦闘用に全周旋回可能な銃塔が設けられていたのだが、兵隊が担いで歩く小銃と同じ弾を使うと聞いていた二式力作車の機関銃などよりも、遥かに巨大な砲身が砲架に載せられていたのだ。
谷技師が唖然としていたのは、大発に戦車が載せられていたからだけではなかった。桟橋に集まっていた他の作業員達には緊張感は見受けられたものの、戦車の姿を見ても驚いたような顔をしたものは一人もいなかったためだ。
連絡船から降ろした旅行鞄を抱えたまま右往左往していた谷技師は、首を傾げながらも状況を知っていそうなものを探していたが、それよりも早く大発の編隊の中から躍り出るように先行するものがでていた。
その大発は後続のものと同じ型式のようだったが、艇内に収められていたのは巨大な戦車ではなくトラックだった。大型の軍用車であるようだが、戦車や力作車に比べれば遥かに軽いのだろう。
ただし、その舷側には何人かの人間が待機していた。慌てて桟橋の作業員がもやい取りの為に駆けつけようとしていたが、艇内の人間は手を振って作業員を遠ざけていた。
桟橋の手前で減速した大発は、不規則な川の流れを読み取って巧みに桟橋に寄せていた。桟橋が大発と接触した瞬間軋んだ音を立てていたが、それも僅かな間のことだった。
こんなことには慣れているのか、その一瞬で舷側で待機していた人間は殆どのものが危なげなく桟橋に飛び移っていた。日本軍らしいカーキ色の開襟姿の軍衣を着込んだものだけは手をついていたが、他のものが手を貸して川面に落ちるのだけは避けていた。
反動を利用したのか、大発は早くも川岸に船首を向けて座礁を始めていた。他の大発も先行したものを波除にするようにしながらゆっくりと回頭を始めていた。むしろ何度もサマラハン農園を訪れている筈の日沙商会船の方が足を引っ張っている様な有様だった。
唖然としながらその様子を眺めていた谷技師の耳に自分を呼ぶ声が聞こえていた。
先程一人だけ危なっかしい様子で桟橋に降りていた軍人だった。まだ三十代の谷技師よりも年嵩のようだったが、それでも四十に達しているかどうかだろう。
谷技師を名指しする声に作業員の視線が自然と向けられていた。作業員達の視線の先を追うようにしながら、その男は意外そうな顔を向けて谷技師の目前に立っていた。
「失礼だが、君が日沙商会の谷技師か。私は派遣隊の服部少佐だ。主任技師がこんなに若いとは思わなかった。
だが、桟橋まで来てもらえるとは探す手間が省けて有り難いことだ。この農園は拡張を重ねて村一つ収まるくらいだと聞いていたからな……それで、二式力作車はどこにあるのかね。ああ、それと……」
川岸に整備された箇所に座礁する大発や、そこから降ろされる車両ががなり立てるエンジンの轟音に負けないように、谷技師に向かって服部少佐は大声を出していた。
矢継ぎ早に服部少佐は質問を重ねていた。最初に二式力作車の所在を訪ねているのに、その答えを待つことなく次々と質問を重ねていた。どうやら少佐の中ではサマラハン農園に二式力作車が存在すること自体は自明の理であり、その所在も二の次になっているらしい。
服部少佐の質問は、サマラハン農園の全体的な配置や整備状況に集中していた。工作機械の整備場はともかく、造成されたばかりの田圃の状況まで尋ねてきたときはさっぱり意味が分からなかったのだが、どうやら田圃の地形やあぜ道を把握することで車両が通過できるかどうかを確認したいらしい。
いきなり戦車部隊がサマラハン農園を訪れた理由はよくわからなかったが、もしかすると走行試験でも行うつもりなのではないか。ぼんやりとそう考えながらも谷技師は服部少佐の質問に答えていった。
だが、最後の質問にだけは生半可には答えられなかった。服部少佐の質問は最初に戻っていたのだが、しばらくサマラハン農園を留守にしていた谷技師には二式力作車の所在など分かるはずはなかった。
そんな谷技師の怪訝そうな様子に気がつく様子もなく、服部少佐は降ろされたばかりのトラックを指さしながらいった。思ったよりも大型の車両だった。二式力作車によって大きく造成され直す前の畦道しかなかったサマラハン農園では主要通路しか通行できなかったのではないか。
だが、軍用の六輪トラックの荷台には、どこかで見たことがあるような気がする塊が載せられていた。
「車体機銃は用意できなかったが、取り敢えず銃塔は日沙商会の倉庫から貨車に乗せて持ってきた。出来れば早々に二式力作車に戻しておきたい。谷技師が車長を務めると聞いているが、機銃の使用と再装填もうちの兵隊から説明させるから安心してほしい。
ただ、早いうちから力作車の排土板を使って農園周辺と畑に壕を構築しておいたほうが良いだろう。陣地の形成自体は、今頃クチンでサラワク王国軍の顧問に任命されている兵科の将校待ちだが、彼らが来る前に準備だけはしておきたいな……
それで、二式力作車はどこにあるんだ……」
服部少佐の質問の前提が分からずに谷技師は唖然としていた。まるで今日にでも戦争が始まりそうな勢いだったが、熱帯雨林に囲まれたこんな辺境の地で戦争など起こるはずもなかった。
谷技師は何か自分だけが世界から取り残されているような奇妙な感覚を覚えていたが、よく見れば確かに川岸を走り始めたトラックの貨物は以前軽量化のためにクチンで取り外した二式力作車の銃塔だった。
―――そういえば、あの時は外した銃塔をよく見ると高級鋼で作られているようだったから、捨てるのももったいないと思って何かに使えるかもしれないと本社に保管させていたのだったか……
半ば現実逃避するように谷技師はそう思い出していたのだが、さらに銃塔からは払い下げられる際に取り外されていたのであろう機関銃の細い銃身までが突き出されていた。
だが、事情の分からない谷技師が口籠っている間に事態が急変していた。順調に走っているように見えていたトラックが、河岸近くの泥濘に足を取られて立ち往生していたのだ。
大発から降ろされたのは、不整地での使用も視野に入れた高級仕様の軍用トラックだった。足回りは頑丈に作られている上に、履帯を履いて半装軌車両としても使えるという話だったが、サラワク川の上流から運ばれて分厚く堆積した腐葉土にタイヤをめり込ませてしまったのだろう。
二式力作車から取り外された銃塔が何トンあるのかは分からないが、重量物を荷台に詰め込んだ分軸重も増しているはずだった。
実際には足を取られないように川底の地形を読んで移動すれば、トラックでもある程度は川岸を通過できるのだが、サマラハン農園に初めて訪れる運転手では地形を読み取るのも難しいのだろう。
尤もこれは谷技師にしてみれば幸いだった。自然に聞こえる様に周囲の作業員に二式力作車をよんでこさせることが出来たからだ。
サマラハン農園の何処かで工事を行っていたのだろう二式力作車がトラックの牽引に駆けつける前に、他の大発から戦車が引き出されていた。
二式力作車を待っていた谷技師は首を傾げていた。サマラハン農園にも何ヶ月か遅れて新聞が届けられるし、履帯式の足回りは土木機械とも共通性があるから日本製の戦車の型式くらいは見覚えがあるはずだが、そのどれらとも目の前の戦車は違っている気がする。
単に型式が違うというだけではない。設計思想そのものが違う気がするのだ。
搭載されているのはやはり巨大な大砲だったが、砲身はさほど長くないのか砲口は車体前縁よりも後ろにあった。最近の戦車は大口径かつ長砲身の高初速砲を積むというから異様さを感じたのだが、その理由はすぐに分かっていた。
確かに思ったよりも砲身は長くないのだが、それ以上に報道写真で見た他の戦車と比べて砲塔の位置が著しく後方にあったのだ。
それに河原をゆっくりと前進する戦車からは、エンジン出力が増減している事を示す様に不規則に白煙が上がっていたが、その位置は砲塔よりも前側にあった。
エンジンを前方に置いて装甲代わりにしているのだろうか。谷技師はそう考えながら首を傾げていると、服部少佐は言い訳をするようにしていた。
「あれは制式化前の輸出用軽戦車だ。おそらくは我が軍では補助的な運用にとどまると思われるが、重装甲車の野砲砲塔を積んでいるから火力は十分にあるはずだ。装甲兵車転用の車体さえ隠してしまえば、立派な戦車にしか見えんさ」
こんな辺境の農園でこの戦車で何をするつもりなのか、谷技師は首を傾げながら上陸部隊を見つめていた。
二式力作車の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/02arv.html
大発動艇の設定は下記アドレスで公開中です。
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/lvl.html