表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
532/813

1947独立戦争謀略戦13

 新興民間航空会社エアアジアの操縦士という思ってもみなかった職をデム曹長に紹介してくれた第53爆撃航空団の元上官は、ジェットエンジン搭載機の実戦投入に関する情報を伝授する為に英国に招聘されていた。エアアジアの幹部に伝手が出来たのも英国空軍関係者からの線らしい。

 拠点となる格納庫などを有する空港はマラヤ連邦にあるものの、エアアジアの本社はその名に反して欧州の英国本土に存在しており、英国資本かつ首脳陣も英国人で占められていた。

 それにドイツ空軍から放り出されたデム曹長が元上官の紹介で面接を受けたのも英国本土のロンドンにある本社建屋だった。



 旧宗主国の関係者が、元植民地に残してきた資産と、戦後になって安価に取得出来るようになった輸送機を活用した商売を始めたとすればおかしくはないのだが、どことなくデム曹長は最初から自分を雇った会社に胡散臭いものをかぎとっていた。

 アジア各地の航空便を開拓するという会社の目的も少々怪しいものがあった。目的の割に事前の需要といった市場の調査が不十分なところがあったからだ。


 エアアジアに正式に雇われてマラヤ連邦に到着したデム曹長を待っていたのは、これから愛機となる一〇〇式輸送機に加えて相棒となる肌黒いフランス人のジャン・ル・プレー少尉だった。

 歳はいくらかデム曹長の方が上のようだったが、曹長よりも先に会社に雇用されていたことと、戦時昇進の促成教育ながら尉官となっていたプレー少尉が戦時中の階級は上だったことから彼が機長となっていた。


 新しい相棒といってもプレー少尉は経歴のよく分からない男だったが、陰気な雰囲気ながらも腕は確かだった。

 肌の色は純血のフランス人には見えなかったから、最初はこの辺りの旧フランス植民地出身の混血児かとも思ったのだが、実際には僅かな期間をシリアで過ごした以外はフランス本国を離れて暮らしたことはないらしい。

 混血児かどうかは分からないが、つまりプレー少尉はフランス本国のヴィシー政権軍に所属していたということなのだろう。デム曹長は密かにプレー少尉がこんな胡散臭い会社に就職した理由を察していた。



 ドイツ程ではないにしても、戦後のフランス本国も混沌とした政治状況が続いていた。政治的な勢力は本国に凱旋した形の自由フランスが主導権を握っていたが、政府機関を実働させている官僚達の多くは旧ヴィシー政権から顔触れが変わっていなかった。

 自由フランス独自の軍事力である国際連盟軍内部で一大勢力を築いていた自由フランス軍も、戦後はヴィシー政権軍を取り込む形で新生フランス軍となっていたが、東南アジア諸国で徴募された兵隊がそれぞれの国に帰還した後の彼ら独自の兵力ではヴィシー政権軍に圧倒されていた。

 そうした勢力差もあって軍内部では主導権争いが盛んであったらしい。自由フランス系の将兵ばかりが優遇される現在のフランス軍では旧ヴィシー政権軍の鬱憤が溜まっているという噂もあった。

 ヴィシー政権軍に所属していたはずのプレー少尉もそうしたフランス軍内の勢力争いに嫌気が差して除隊していたのではないか。



 何にせよ、彼らの本国から遠く離れた極東で訳ありの元戦闘機乗りからなる輸送機乗りペアが誕生していた。

 奇妙といえばこの二人で組まされたこともそうだった。確かに、エアアジアには他にも戦闘機乗り出身の搭乗員がいたのだが、双発の爆撃機や輸送機隊にいたもののほうが多かった。


 戦後の軍縮体制の中では、どこの空軍でも平時から使える輸送機隊はともかく大規模な攻勢にしか使い道のない爆撃機隊は一挙に縮小されていたから、多発機の操縦経験を持つ正規の操縦士も世にあぶれているのではないか。

 元から何らかの職がある予備役操縦士は家庭に帰ればいいが、デム曹長の様に軍隊以外に行き場所のないものも少なくないだろう。


 デム曹長は、プレー少尉と共に一〇〇式輸送機の実機を用いた訓練期間中からそんなことを考えていたのだが、最低限の訓練期間を終えて実務として飛行するようになると何となく会社がこの二人を組ませた理由が分かり始めていた。この一〇〇式輸送機を操縦するには戦度胸が必要になっていったからだ。



 エアアジアの仕事は多岐に渡っていた。東南アジア諸国で高速で移動する必要のある一部の高級官僚や政治家を乗せる事もあったが、そうした表向きの仕事が一〇〇式輸送機を操るデム曹長達に回ってくることは少なかった。


 一〇〇式輸送機の客室内装にはいくつかのバリエーションがあるのだが、旅客用に使用されているのは独立した二列座席が配置された司令部要員などの高級士官を輸送するために製造された型式のものが多かった。

 高級士官用と言っても、元々の民間旅客機と比べれば内装は質素なものであった。元々日本陸軍の輸送機は航空部隊の整備兵などの人員を輸送させるためのものだったらしいが、そうした一般の兵隊を乗せる為の機体であれば取ってつけたような長椅子を据えてあるだけだった。

 エアアジアが購入した一〇〇式輸送機の中にはその質素な座席すらすべて取り払って貨物専用機として運用されているものまであった。


 デム曹長達が操縦する一〇〇式輸送機は更に少数派に属する型式であるらしい。座席が胴体側面に沿って設けられた長椅子である点は兵員輸送型と同一であるはずなのだが、機内で重武装の兵士が移動することを前提に長椅子の上には操縦席直後から後部扉まで続く手すりが設けられていた。

 さらに後部扉がやや大型化している二型相当のものに交換されている上に、空中で後部扉を開放できるように歯車式の開閉装置まで設けられていた。


 会社がどうやってこの機体を入手してきたのかはよく分からないが、この機体は空挺部隊が使用するための専用機として製造されたものの一機であったらしい。

 細かな艤装の違いに目を瞑れば運用上は人員や貨物輸送用の機体と大差はなく、実際のエアアジアの運用でも大半は他の機体と変わらない雑多な仕事についていた。



 だが、時たま妙な仕事が舞い込んできたときにはデム曹長達のペアに優先的に任務が分け与えられている雰囲気があった。

 ある時は空港を訪れた客を乗せて言われたとおりに飛べとだけ言われていた。現地政府の機関に提出する書類は整えられていたが、申請書類に記載された空路で消費されるものよりも遥かに多くの燃料が積み込まれていた。


 怪訝そうな顔を見合わせたデム曹長達の前にあらわれた客も妙な集団だった。

 一見すると独立により急成長すると思われる東南アジア諸国の市場を開拓する為に最近になって大挙して現れるようになったアジア人の商社社員らしい人間に見えるのだが、背広を着込んだ男達は、他のものとは違って商売気よりもどことなく剣呑な雰囲気を漂わせていた。

 しかも一〇〇式輸送機に乗り込む彼らは書類鞄の他に写真機を持ち込んでいた。


 機内で容器から取り出されたのは大型の軍用品だった。操縦席から眺めている限りでは、高価で大口径の明るいレンズが据えられた本来なら専門の偵察機に搭載されるような特注品に見えていた。

 胡散臭さが増すことに一〇〇式輸送機の客席窓枠下部には写真機を固定する金具が予め取り付けられていた。窓枠の一部だと考えていた部材が実際には独立した金具だったのだ。



 その日の飛行ルートも妙なものだった。一旦アンダマン海に抜け出した一〇〇式輸送機は、スマトラ島の海岸線をなぞる様に南東に飛行しつつ目的地であるパレンバンに向かって飛行していた。

 これは経済性を無視した航路だった。マラヤ連邦からシンガポール付近を通過する最短距離を取ることなく、ひどく迂回しながら飛行するというものだからだ。


 輸送機に乗り込んだ客は、表向きは近い将来における原油の大規模買付を前提にオランダ領東インド諸島におけるパレンバン油田の視察を行う外国政府の関係者とされていたが、おそらくは油田自体がこの飛行を行う為にでっち上げられた目的地なのではないか。

 実際にはスマトラ島の沿岸地帯における写真撮影を行うことが目的だったのだろう。



 勿論デム曹長達がパレンバンに送り届けた客達の口から真相が語られることはなかった。大型の写真機も手際よくパレンバン郊外に着陸する頃には目立たない容器に格納されてまるで一〇〇式輸送機の備品か何かのように脇に寄せられていた。

 パレンバンのオランダ人がどんな目利きであったとしても、機内に乗り込んで相当詳細に確認しない限りは、商売人達を乗せてきた輸送機が偵察機紛いの行動をしていたことには気が付かなかったのではないか。



 このときの胡散臭い客を乗せてからは一〇〇式輸送機に細々とした改造工事を行うことが増えていた。

 例えば最新の航法装置だった。元々英独間の航空戦で開発されていたこのような機材は、不動である地上の基地局からの電波を受信する事で自機の位置を把握するためのものらしい。


 一〇〇式輸送機にも専用の航法員席はあるものの、長機に付いていけばいい編隊飛行を行うこともあるせいか、航法員は定員表では員数外とされていた。元々こうした輸送機が未知の空域を飛行することは少ないし、大戦中は乗員が不足していたから普段は省かれていたのだろう。

 勿論ベテラン操縦士を雇用することで機関士すら省こうとする会社だったから、航法員もなく普段は地図一つ渡して海岸線や顕著な地形を目標とする地物航法を行わせるだけだったのだが、厄介な事に電波航法装置が搭載された事でデム曹長達の負担は増大していた。

 地物が確認できない洋上での飛行まで増えていたからだ。


 大体の飛行路は、タイ湾に抜け出して航法装置の電波に導かれるままにふらふらと飛ぶだけだった。表向きは新機材の試験請負と言うことになっていたのだが、会社がどこから仕事を請け負っているのかはよく分からなかった。



 そんなことをしている間に通常業務の合間に一〇〇式輸送機に追加される機材は更に増えていた。

 レーダーの増設程度ならばデム曹長達も理解できたのだが、機内に追加された機器はそんな分かりやすいものだけではなかった。主翼や尾部の一部が樹脂製のものにすげ替えられて内部にはアンテナが追加されているらしい。

 気になって確認してみるといつの間にか機内にはレコードのようなものが追加されていた。勿論やかましい機内でレコードを聴くためのものではなく、それどころか再生ではなく書き込み機能を持たせたものだったらしい。

 デム曹長とプレー少尉はお互いに顔を見合わせてから、視線で二人とも何も見なかった事に決めていた。


 おそらくは追加された装置は電波情報を記録する為のものだった。二人共戦時中は単座機を操縦していたから高度な電子機材は専門外だったが、アンテナとの関係性からみてほぼ間違い無いだろう。

 つまりこの一〇〇式輸送機は通常業務と言える交易に従事する一方で、いつの間にか平時から偵察機の役割も負わされていたのだ。純粋な軍事目的の偵察機というよりも諜報、間諜用のスパイ機といったほうが良かったかもしれなかった。



 どう見ても胡散臭い仕事だった。今更ながらにこの二人がスパイ機の一〇〇式輸送機の操縦士に選ばれた理由がわかり始めていた。爆撃隊ならばともかく、戦時中に安全な後方空域で輸送機を飛ばしていたような操縦士では、いざという時には頼りにならないとでも会社の上層部は考えているのではないか。

 つまり、鉄火場に放り込まれることを前提に、デム曹長達は戦闘機乗りとしての経験を活かすことを期待されているということなのだろう。


 二人共げんなりとしたが、ここで仕事を投げ出すわけにはいかなかった。契約書の片隅の契約破棄による莫大な違約金や守秘義務の厳守が記載されていたこともあったが、逃げ出したところでエアアジアよりも給与の良い仕事など見つかるわけがないと考えていたからだ。



 ―――結局、世の中金がない事には何事も自由にならんもんだな。

 脳裏でそう考えながらも増設を重ねた計器盤を監視していたデム曹長は、急に聞こえだした警報にぎくりとして顔を上げていた。計器盤の片隅で赤ランプが点灯して警報が鳴っていた。

 しばらく計器盤を睨んで追加された機能を思い出していたデム曹長は、無言で副操縦士席を見てきたプレー少尉に苦々しい表情を向けていた。

「やばいぜ機長。逆探がレーダーを捉えた音だ。この前はこんなことはなかったんだがな……」

 プレー少尉が絶句する様子を横目で捉えながらデム曹長も暗然たる表情を浮かべていた。

一〇〇式輸送機の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/100c.html

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] デム軍曹とプレー少尉、出てくるキャラクターの中でも特に好きな人達です。 この先二人がどうなるのか… [一言] クロード…グローン…ううう…
[一言] この2人可哀想に...せっかく戦争が終わったのに騒動に巻き込まれて...
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ