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1947独立戦争謀略戦4

 ―――もしかすると鈴木商店の担当者は、サマラハン農園の改造工事に必要な土木量の総計だけをみて購入する車輌を決定したのではないか。

 クチンの日沙商会本社倉庫に無理やり収めた巨大な二式力作車を眺めながら谷技師はそう考えていた。二式力作車の原型となったのは第二次欧州大戦参戦時に日本陸軍の主力戦車であった一式中戦車であったから、巨大であるのも当然だった。


 本来であれば戦車隊に直属する段列に配備されていた二式力作車は、従来の日本軍戦車よりも格段に大重量化した一式中戦車を回収するための車輌だった。

 終戦時の主力であった三式中戦車には既に重量比などによって対応出来なくなっていたのだが、それでも25トンもある一式中戦車を牽引可能な能力はサワラク王国首都クチンから百キロも離れた片田舎にあるサマラハン農園には過ぎた代物のはずだった。



 確かに土木工事の内容によっては大型の機械を投入した方が有利な場合もあったが、仮に重量と工作量が比例したとしても1トン級トラクター20両と20トン級の力作車が同工数の作業をこなせるとは限らなかった。

 むしろ大部分の作業は二式力作車では過剰であるだろうし、それ以前に規格もなしに構築されているサマラハン農園内の道路が二式力作車の大重量に耐えられるとは思えなかったから、最初に力作車が行うのは自らの移動を行う為の道路の補修作業という本末転倒なものになるだろう。


 耕作地に投入しても、二式力作車の大重量で本来田圃になるはずの土地が固く敷き詰められてしまう可能性が高かった。つまりサマラハン農園の稲作地拡張事業という開拓工事の中でも、二式力作車を使用できるのは本格的な開墾作業前の地形を造成する過程に限定されるということになるのではないか。

 第一、高速で走り回って連続した射撃を行うのが前提の戦車用の足回りでは、巨大な排土板を用いて野戦で戦車壕を作ることは出来ても、低速で慎重な動作を要求される耕作や土木工事にどれだけ対応できるのか分かったものではなかった。



 本社は一体何のつもりでこんな化け物を送りつけてきたのか、そう憤ってみたところで事態は進展しなかった。あるいは、予想外に造成工事が難事業となって大型機械を投入したほうが効率が良くなる可能性もまだ残されている。

 そう自分たちに言い聞かせつつ、谷技師たちは二式力作車を置くと急に狭苦しく感じられるようになったクチン本社の敷地内で最低限の操作手順教練を行っていた。

 港から本社まで移動した際の操縦手と教官を兼ねていたのも退役した軍人だった。もしかすると教官を務めてくれたのは本来もっと小型のトラクターを想定していた谷技師達が何から手を付けていいのかも分からずに右往左往しているのを見かねていただけかもしれない。


 教練に使うことが出来た時間はさほど長くなかった。早期にサマラハン農園に帰還して造成工事を始めないと、土壌流出を防止する本格的な工事が終わる前に雨季がやってきてしまうからだ。

 尤も造成工事は二式力作車で可能でも開墾作業はトラクターや耕運機で行うしか無いから、来年の田植えに間に合うかどうかは分からなかった。

 本社の事務員にはサマラハン農園の地形に適した車輌の調達を必要な性能を詳細に説明しながら追加で依頼していた。谷技師達はそれでサラワク川の遡行を始めようとしたのだが、実際には大発に乗り込む前に教官を勤めていた退役軍人に止められていた。



 次にクチンに到着した便で帰国予定だった退役軍人の教官は、サマラハン農園に帰還する谷技師たちを見送るだけのつもりだったのだが、彼らが大発に二式力作車を載せようとしているところで青くなって止めていた。

 谷技師たちは知らなかったのだが、彼らをクチンまで乗せてきた大発は初期に建造された二式力作車とは一世代の違いがある旧式艇だった。


 大発は戦車を乗せて上陸する能力があると聞いていたものだから、旧式化して払い下げの対象となった二式力作車も載せられるだろうと谷技師たちは安易に考えていたのだが、本来大発が想定していた「戦車」とは自重25トンの一式中戦車とは一世代異なる自重12トンしかない九七式式中戦車だった。

 本来の想定とは倍も重量が異なるものだから、初期型大発では一式中戦車を搭載すること出来たとしても重量過多で沈み込んで川面に引き出すことも出来ないのではないか。

 二式力作車は多少原型となった一式中戦車よりも軽かったが、それでも九七式中戦車よりも格段の重量があった。一式中戦車以降の大重量戦車を揚陸させるには大型した大発を使うらしいが、そんな都合の良いものはサラワク川には浮かんでいなかった。



 急遽改造工事が行われていた。工事の対象となったのは載せる方と載せられる方の両方だった。

 二式力作車からは取り外せる部品は全て取り外されていた。車体付きの工具や同時に輸送される筈だった牽引式農機具に加えて、機銃を取り外した後も何故か車体に載せられたままだった銃塔も引き剥がされていた。

 積み込まれる燃料さえ最低限自走できる程度に抑えられていたから、追加の燃料や資材は再度大発で輸送するしかないだろう。


 谷技師は取り外した銃塔も他の何かと一緒に大発の改造工事用資材に転用しようと思ったのだが、将来別の用途に使えるかと思ってとりあえずは倉庫に仕舞っておくように本社事務員に依頼していた。

 どのみち銃塔は防弾鋼製だろうから加工も難しいだろうという判断もあった。旧式の鋲打ち構造であれば車体付きの防弾鋼板も引き剥がすところだったが、原型となった一式中戦車の構造を踏襲した溶接箱組の二式力作車からは無駄な重量である装甲は剥がせなかった。



 事務員への依頼は倉庫の確保だけでは無かった。クチン市内から大発の改造工事に使用する資材を調達すると共に牽引車の借り出しも必要だった。

 国土の開発が少ないサラワク王国でも、流石に首都であればある程度は大規模工事もあるだろうから、本気で探せば工事用の牽引車の一台か二台は見つけられるのではないか。。

 大発は、水密性を上げるために内外部の補強が行われる一方で、舷側にはあちらこちらから強引に調達された浮力材がくくりつけられていた。抵抗が増大して速力は低下するだろうが、サマラハン農園まで遡行するには形振りは構っていられなかった。

 軽量化した状態でも二式力作車を載せた状態では浮力材を強引に取り付けた大発では、沈み込んで川底との抵抗が大きくなって離岸出来なくなるだろうが、そこは対岸から牽引車で引っ張ることで強引に離岸するしかなかった。


 ただし、こんな強引なことが出来るのは離岸時だけだった。上流のサマラハン農園に設けられた着岸地点の整備は貧弱なものだったから、大重量の二式力作車を下ろせば大発自体は浮力が増して離岸出来るだろうが、設備もないから再度二式力作車を載せることは難しいだろう。

 つまり二式力作車はサマラハン農園に到着したらもう帰還するすべが無いということになるが、谷技師たちにはそこまで考えているような余裕は無かった。故障したら現地で修理するか、身の丈に合わない装備がどうなるかの教訓としてその場で放棄するしかないだろう。

 高温多湿なこの国では、整備もせずに野外に放置すれば、強力無比な戦車も短時間のうちに使い物にならなくなるはずだった。



 時間に追われた皆が剣呑な雰囲気になって行っていた改造工事が終わる頃になって、さらなる厄介事が舞い込んでいた。急遽雇用した日雇い人足を含めて改造工事を指導していた谷技師を訪れた集団があった。

 名前を呼ばれて振り返っていた谷技師は、おそろしく険しい表情を浮かべていた。視線の先にはそんな谷技師に気圧されたのか、困惑した様子の兵士達がいた。


 やってきたのは下士官を指揮官とする分隊規模の集団だった。谷技師は眉をしかめていた。考えていたのは彼らが工期の遅れの原因になるのではないかという懸念だけだった。

 川岸で勝手に溶接機まで持ち込んで工事を始めてしまった谷技師達を不審に思った警備部隊が派遣されたのではないかと考えていたのだ。

 疲労していた谷技師は、工事を進める事だけが頭にあった。だから咄嗟に言葉が通じない振りと王室に食い込んだ日沙商会の威光で乗り切ろうとしたのだが、ダヤット曹長と名乗った下士官の話は要領を得なかった。



 人懐こい笑みを浮かべたダヤット曹長は流著なマレー語を喋っていたが、英領マレーでの生活が長かった谷技師には顔付きがどことなくマレー系とは違う気がしていた。

 もしかすると、ダヤット曹長はボルネオ島に古来より居住する現地民族がマレー化した帰化マレー人であったのかもしれない。


 ダヤット曹長は、彼らが便乗する予定の船舶のことを聞いていた。どうやら彼らは大発に便乗するつもりだったらしい。

 実際の所、サラワク王国ではまだ珍しい車輌を搭載可能ながら河川航行が可能な小型艇である大発への便乗要請は多かった。現地民保護の観点から道路網が未整備である為に河川航行が重要な交通手段となっていたからだ。


 だが、今回は便乗者を受け入れる余地はなかった。余計な人数を乗船させる余裕が無いということもあるが、よほど立派に浚渫された桟橋でもない限り、今の状態で大発が着岸すれば沈み込んで二度と離岸出来無いだろう。つまり航路の途中で彼らのためにどこかに立ち寄る事はできなかったのだ。

 谷技師は僅かに躊躇ったが、マレー語が喋れないふりはやめていた。下士官とはいえ、サラワク王国軍の軍人を説き伏せるには、こちらも腹を割って説得するしかないと考えたからだ。

 日沙商会がサラワク王室と関係が深いといっても現場の下士官にまで話が伝わっているかは分からない。



 ところが便乗を丁重に断る谷技師の説明を聞いてもダヤット曹長は首を傾げただけだった。説明する谷技師の言葉が理解出来ないわけではない様だったが、その内容が分からなかったようだ。

 一通り説明を終えた谷技師に曖昧な笑みを浮かべながらダヤット曹長は言った。


 ―――そもそもサマラハン農園からの要請で出動する、だと……

 前提からして話が違っていたらしい。谷技師は唖然として気恥ずかしく思いながら、しどろもどろになって事情を確認するとだけ言うとその場を逃げ出すようにして本社に引き返していた。



 本社でも大して事情は分からなかった。ダヤット曹長達は本隊に先んじて状況を把握する為の先遣偵察隊であるらしい。つまりクチンではさらなる兵士の派遣を考慮しているということになる。

 サマラハン農園からの無線通信は、武装した難民が来園したことと彼らをサマラハン農園で保護していることを告げていた。


 電文用紙を掴みながら谷技師は首を傾げていた。サラワク王国では基本的なインフラ網が整備されていないから辺境のサマラハン農園から連絡しようとすれば無線通信しか手段はなかった。

 だが、百キロ程も距離がある上に平坦とは言い難い地形が続くものだから通信は冗長性のある長距離無線機に限られていた。

 それ以前は河川を利用した数日がかりの船便しか連絡手段が無かったから、無線が使用できるようになっただけでも隔絶の感があるのだが、簡素化された通信内容にもどかしさを覚えるのは避けられなかった。


 本社の人間が書き留めた電文用紙の行間を見る限りでは、詳細は不明だがサマラハン農園に差し迫った危険があるとは思えなかった。つまり二式力作車を輸送しつつ便乗者も乗せねばならないと言うことなのだろう。

 少しばかり考え込んでから谷技師は決断を下していた。ダヤット曹長達を乗せるために、帰還する人数は二式力作車を自走させるのに足りる最小限に留めることにした。

 残りの要員は二式力作車からおろした機材の管理をしつつ次の便を待たせる事にした。その事を本社の人間に伝えるが早いか谷技師は慌ただしく河川にとって返していた。


 ―――自分たちが留守の間にサマラハン農園では何が起こっているのだ……

 大きな流れの中で自分が阻害されているような気がして谷技師は苛立ちを覚えていた。

二式力作車の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/02arv.html

大発動艇の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/lvl.html

一式中戦車の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/01tkm.html

三式中戦車の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/03tkm.html

九七式中戦車の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/97tkm.html

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