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1945中原内戦23

 ―――あれはひどい船旅だった……

 苦労して欧州から持ち帰ってきた四五式戦車の車長用展望塔から身を乗り出して周囲を監視しながらも、無意識のうちに池部大尉は輸送艦で日本本土まで引き返してきた時の事を思い出していた。



 池部大尉達の予想通りに輸送艦の揚陸艇格納庫内は押収した兵器類で一杯だったが、収容された頃にはまさかそれが居住区にまで及んでいると考えていた隊員はいなかった。

 しかし、少しばかり知恵が働けば予想できる事態だったのかもしれない。格納庫に入りきれない機材が飛行甲板まで占拠していたのだから、輸送艦固有の乗員からすれば便乗者に過ぎない揚陸部隊用の居住区まで倉庫代わりにしていてもおかしくはなかったのだ。

 ましてや今回の航海では戦闘部隊は輸送艦の定数よりも遥かに少なかったのだから倉庫転用は不自然ではなかった。


 もちろん兵員居住区に押し込まれていたのは格納庫に収まっていたような車輌などではなく、もっと小さな機材だった。。

 ただし、体系だったものが収められていたかは分からなかった。人間が抱えられる程度の何が入っているか分からない頑丈に梱包された木箱に加えて小銃、対戦車用の噴進弾、重車両用の補修部品といった飛行甲板以上に雑多な代物が押し込まれていたのだ。

 そのような荷物が居住区内に散らばっているものだから、これを目的地で全て船内から一つ一つ降ろすのは手間がかかるのではないか。そんな空間に、人数が少ないとはいえ戦車中隊の隊員達が更に押し込められたものだから、一人分の寝床を作り上げるのも一苦労だった。


 しかも、便乗者は池部大尉達だけでは無かった。先客となっていたのは、陸軍技術本部から欧州に技術調査のために派遣されていた技術将校だったが、一部は海軍で同様の任務を帯びて技術部門から派遣されたものも含まれていた。

 何れにせよ大半は池部大尉よりも上級者であったし、乗船中も熱心に技術的な議論を行っているらしい彼らとは話が合わなかった。やはり技術資料と共に帰国する彼ら技術将校達こそが輸送艦の本来の乗客であって、池部大尉達は四五式戦車の付属品扱いされる便乗者に過ぎなかったのだろう。



 大隅型輸送艦の速力は戦時標準規格船などと比べても高かった。正規の戦闘艦程ではないが、大発同様に海岸に直接座礁する方式の特1号輸送艦などと比べると格段に船体部の線型が整っている分だけエンジン出力に見合った速度と航洋力を備えていたのだ。

 それでも第7師団本隊が乗船していた高速の元客船と比べると速力には格段の差があった。あるいは輸送艦の方は過積載によって速力が諸元表の値よりも低下しているのかもしれなかった。

 しかも貨物の隙間に押し込められるようにして窮屈な思いを強いられた船旅だったから感覚的にも長かった。船酔いに苦しむ由良軍曹で無くとも、中隊の将兵たちがいい加減飽き飽きしてきた頃にようやく本土に帰還していたのだ。



 だが、中隊が降ろされた場所でも第7師団の他の将兵は見当たらなかった。池部大尉達が我先にと輸送艦から離脱する特型大発から放り出されたのは、海軍の横須賀鎮守府だった。

 降ろされた積み荷の中でも四五式戦車は鎮守府の敷地の中で後回しにされていた。池部大尉達よりもあとから降ろされた鹵獲車輌の方が次々と移動されていったのだ。


 横須賀が寄港地に選ばれたのはどうやらドイツやソ連の装備を目立たずに別の軍施設まで輸送したかったらしい。

 軍港や司令部施設に加えて、横須賀には大規模な工廠施設が併設されていた。当然のことながら原材料や各地で生産された機材などを搬入する為に重量物でも輸送できる幹線並みの高規格で敷設された引込線も存在していた。

 引込線の乗り場まで移動した鹵獲車輌は、回送されてきた無蓋貨車に載せられると頑丈に防水布を被せられていた。しかも中の形がわからないように防水布の下には何本もの当て木を追加されるという念の入れようだった。


 池部大尉達よりもひと足早く鹵獲車輌を載せた無蓋貨車は次々と長編成の貨物列車を編成して何処かへ移動していた。

 鹵獲車輌や機材が運び出されてからようやく池部大尉達の四五式戦車の移送が始められていたのだが、鹵獲車輌に輸送力が集中して十分な数の重量物輸送用の無蓋貨車が用意出来なかったのか、何編成かに分けての移動だった。



 てっきり他の第7師団の将兵も本州の何処かで臨時の駐屯地にでも収容されて再編成されているのだろうと思ったのだが、予想は外れていた。

 あとから分かったのだが、一足先に到着した師団本隊は原駐地の旭川近郊に一旦帰還して装備の補充と再編成を行っていた。考えてみれば当然だった。1万人を越える将兵と重装備を簡単に収容できる拠点など早々に用意出来る筈は無かったからだ。

 しかも、再編成期間中を利用して師団本隊の将兵たちには休暇が与えられていた。欧州から帰国した直後に別の戦線に投入されるという過酷な状況を加味した温情だったのだろう。


 ところが、広大な演習場を有する富士戦車学校まで技術本部や機甲本部の差し金で移動していた池部大尉達にはそんな暇はなかった。

 新設された少年戦車学校に付随する整備場で待ち構えていた整備部隊の手によって、四五式戦車には欧州での戦訓を経て技術本部で考案されたという改修がいくつか施されていた。


 池部大尉達の四五式戦車は初期生産の増加試作に近いものだったから、早期に改修作業が行われる事自体は当初から予想されていた事態ではあったらしい。

 本来なら四五式戦車の改修作業中は池部大尉達も暇になりそうなものだったが、技術将校だけでは無く参謀本部から派遣された参謀達まで加わった本格的な聞き取り調査が中隊の将兵達に行われていた。

 増加試作ではなく本格的に四五式戦車を生産する為に必要な戦訓調査であったらしいが、四五式戦車に関することだけではなく中隊員には最終的に共闘関係になったドイツ軍や今次大戦終盤で交戦したソ連軍に対する所感まで求められていた。


 そうしたあれこれから池部大尉達が解放された頃には、既に四五式戦車の改修作業は終了していた。

 しかも、一足先に帰国していた師団本隊はその頃には北海道からの移動を開始していた。作戦計画を動かす事は出来なかったから、池部大尉達の戦車中隊も再び横須賀に移動すると輸送艦に載せられていた。



 船酔いする性質だという由良軍曹のような人間には残念であったが、戦車中隊が載せられたのは座礁式の特1号型輸送艦だった。移動先は山東半島だというから、航行距離が短く座礁式の輸送艦でも十分到達出来ると考えられたのだろう。

 横須賀から出港した池部大尉達を載せた特1号型輸送艦は、本州付近を南下する途上で師団本隊を乗せた輸送船団と合流していた。護衛艦艇を随伴させた多数の大型輸送艦からなる船団は大尉達を安心させていたが、東シナ海に入ってから唐突に船団は姿を消していた。


 上陸まであと1日となった日の朝だった。目が覚めた兵達が上甲板に上がった頃には既に大船団は姿を消していた。夜半の内に船団が分離していたらしい。池部大尉達の乗り込む特1号型輸送艦に同航するのは、1隻の一等輸送艦だけとなっていた。

 松型駆逐艦を原型にして機関と兵装を半減させた分を輸送用の空間に割り当てた一等輸送艦は、純粋な輸送船と見ると輸送量は少ないが駆逐艦の半分の機能を剥ぎ取った後でも自衛戦闘能力と相応の速力を有する高速輸送艦だった。


 一等輸送艦の後部は大発発進用の軌条が設置されていたが、軌条に固縛されている合計4隻の大発にはいずれも装甲兵車が載せられていた。

 おそらくは装甲兵車1両あたりに1個分隊が乗り込む典型的な機動歩兵小隊なのだろう。形だけ見れば2隻の船団が輸送するのは歩兵小隊の配属を受けた増強戦車中隊ということになるのだろうが、この部隊で何をさせようというのかはその時には分からなかった。



 池部大尉は思わずため息をついていた。結局は上層部の思惑など自分達に分かるはずはないのだ。

 ―――実際の所は、ここでソ連戦車を圧倒する我軍の新型戦車を見せることで満州や国府軍に売り込むのが理由かもしれんしな……


 埒もないことを考えていた池部大尉の目に唐突に光が飛び込んできていた。眉をしかめながら素早く太陽との位置関係を考えつつ大尉は何かが反射した地形を確認していた。

 だが、結論に達した池部大尉が何かをいうよりも早く、どこか栓が抜けるような音が聞こえていた。そしてわずかに遅れて擦過音が空中から聞こえたような気がした。



 反射的に池部大尉は砲塔内の車長席に滑り込みつつ、同じ動作で展望塔天蓋を体重をかけながら閉じていた。天蓋扉の施錠までは手が伸びなかった。どのみちそこまで必要とは思えない。

 素早く展望塔に据え付けられた潜望鏡で確認すると、周囲の四五式戦車も周囲の監視を行っていた車長たちが車内に踊りこんでいるところだった。その光景に池部大尉が安堵しかけたところで戦車中隊の周囲に着弾が発生していた。


 予想していたよりも着弾の衝撃は少なかった。着弾よりも早く発射音が聞こえてきたことや空中を弾頭が飛翔する時の音からすると射撃地点は近く、撃ち込まれているのも軽易な迫撃砲程度のようだった。

 その程度の火砲では仮に直撃しても重量級の戦車を撃破できるか怪しいものだが、初速が遅く山なりの弾道となる迫撃砲の射撃精度は低かったから直撃弾が発生するとも思えなかった。



 池部大尉はあえて落ち着いた声で中隊系無線機に向かって座標点を言った。

「中隊長指示の座標に対して中隊全車で榴弾射撃を行う。発射開始は中隊長車の発砲を合図とする。各車榴弾2発を発射後この場を離脱する。

 前進観測所は主砲で制圧出来るだろうが何処から見られているか分からんぞ。各操縦手と車長は地形を把握してゆっくりと後退だ。迫撃砲など滅多に当たるもんじゃないんだ。焦って無様に側面を晒すなよ。奴らに日本軍の余裕を見せてやれ」


 そこまで言うと各小隊長からの返答を聞きながら池部大尉は無線のマイクを車内系に切り替えていた。

 既に池部大尉の声を聞いていた砲手の由良軍曹の指示で主砲には榴弾が装填されていた。それに大尉が話している間に僅かに砲塔と車長席のすぐ脇にある主砲機関部が僅かに揺れ動いていた。由良軍曹は既に照準を定めていたのだ。


「砲手、目標が見えるか」

 池部大尉はそう言ったが、照準器を覗き込んだままの由良軍曹の声は冴えなかった。

「それらしい地形には照準しましたが、連中も必死ですからね。隠蔽してるのかそれらしい影はありませんな。それにこいつは榴弾の炸薬量も少ないし……」

 照準器を覗き込みながら由良軍曹は高初速砲故に巨大な主砲の機関部を叩いていた。砲弾に高初速を与える高い腔圧は同時に弾殼強度も要求するから、構造材に重量を取られて榴弾の炸薬量を減少させていたのだ。


 池部大尉は、由良軍曹には見えないのを承知で首をすくめていた。

「まぁ、敵観測所を制圧できればそれで十分だ」

 内心でこんなところで命を失うのはもったいないと考えながら、池部大尉は発砲を命じていた。

四五式戦車の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/45tk.html

大発動艇の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/lvl.html

大隅型輸送艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/lsdoosumi.html

特1号型輸送艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/lsttoku1.html

松型駆逐艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/ddmatu.html

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