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1945中原内戦7

 家屋の中に潜む陳達の目の前に現れた国府軍の兵士達は、それほど大勢ではなかった。歩兵による偵察隊のようだからそれも当然だが、数の上では陳達の分隊と殆ど変わらないのではないか。

 ただし、彼らの装備は充実していた。軽量で取り回しがしやすい割には連続発射が可能な機関短銃の装備数が多いから、射程が必要な野戦ならばともかく市街地での遭遇戦では一方的な結果となるおそれもあった。


 中国共産党の武装組織である工農紅軍は、ソ連から多数の物資を援助されたにもかかわらず、急な拡張によって装備面では貧弱な部隊も多かった。市街戦に投入された陳達も屋内での使用が難しい小銃ばかりを装備していた。

 分隊長などは連射の効く機関短銃を装備していたが、歩兵部隊では重量がある割には敵歩兵との戦闘で射程が短いことから不利となるソ連製機関短銃の評判はそれほど良くなかった。


 戦車と同行する跨乗歩兵部隊では、ソ連製の機関短銃も好評であるらしいと陳も聞いていた。全く逆の評価とはなるが、確かに戦車跨乗歩兵であれば戦車やトラックで移動するから大重量はさほど問題とはならないし、小銃に劣る遠距離火力も戦車が装備する大口径火砲の前では些細な差に過ぎなかった。

 だが、目前の国府軍兵士が手にする日本製の機関短銃と比べると、ソ連製の機関短銃は木製銃床を折りたたむ事もできないし堅牢な分重量も小銃並みにあった。

 少人数で行動する偵察部隊、特に市街地で活動する部隊にとっての使い勝手では彼らの方に軍配が上がるのではないか。



 ―――だが、装備で負けていても実戦経験ではこちらが勝っているのかもしれない……

 陳自身も実戦経験はそれほどないのだが、その乏しい経験から敏感に彼らの練度を悟っていた。装備が充実しているにも関わらず彼らの動きは鈍かった。

 敵地に踏み込んでいる事を悟って慎重になっているのかもしれないが、市街地で援護も難しい一塊の集団となって動いていることなどあまり褒められたものではない動きが多かったのだ。

 しかも、慎重さが被発見率の低下には繋がっていなかった。おっかなびっくりという様子で動く彼らの様子が逆に目立っていたから、陳達に早期に発見されて隠れる暇を与えることになったのだ。


 戦場の経験に関しては陳よりもずっと場数を踏んでいるフリードマンも敵兵士の様子には気がついていたようだ。いつの間にか棚の後ろから身を乗り出すようにしてカメラを向けようとしていた。

 流石にぎょっとして陳もフリードマンを無言のまま必死で止めていた。カメラのシャッター音で敵兵に気が付かれれば一巻の終わりだった。いくら敵兵が素人くさかったとしても、室内に向かって連射してくる機関短銃が相手では抵抗も出来ないだろう。



 しかし、必死になってフリードマンを押し留めている間に段々と陳は腹立たしくなってきていた。自分勝手に死にたがるフリードマンへの怒りだけではなかった。どうして自分よりも素人くさい敵兵から逃げ隠れしなければならないのか、自分をおいてどこかへ去っていった分隊員達はどこへ行ったのか。

 次々と自分を苛立たせる原因が思い起こされていた。あの小さな村を出て工農紅軍の一兵士としては行軍する間に、遠い欧州を放浪していたフリードマンの存在もあって、陳はようやく世界の広さを実感していた。

 共産主義は富を平等にするというが、世界の中ではほんの僅かな針の一本程度も無いあんな小さな村の中でも富は偏在していた。陳は次第に友を焼いた共産主義は絵空事ではないか、そう考えていた。


 陳の目にあるものが飛び込んできたのはそんな時だった。場違いとも言えるものをしばらく見つめていたが、急にあることを思い付いた陳は憂さ晴らしをする悪童の様に笑みを浮かべていた。

 いつの間にか路地から敵兵の姿が消えていた。視界の隅でそれを確認した陳は、無言のまま棚から次々と必要なものを掴み取っていた。


 陳の田舎村では季節の節目位にしか使い道のないものだったが、大都市では祝い事の度にでも使われるのか在庫は多かった。しかも一つ一つは大した値でもない為に避難するこの商家の人間や略奪者が持ち去る事も無かったようだ。

 一瞬、その場で火をつけようとした陳は、マッチに手をかけたまま踏みとどまっていた。何かが足りない気がしていた。

 無意識の内に視線を彷徨わせた陳は、不思議そうな目で陳の様子を見つめるフリードマンを無視して、扉から見えていた路地の片隅に打ち捨てられていた鉄箱に目をつけていた。


 元々の用途は分からないが、この商家に納品されたものだったのかもしれない。近寄ってみると実際には木金混合の構造物の様だったが、まだ木製部分も腐ってはいないから陳の思惑には使えそうだった。

 鉄箱の中にはガラクタなのか雑多なものが転がっていたが、陳は無造作に路地に放り投げて空間を作っていた。今度はさっきと逆にフリードマンの方が陳を止めようとしたが、真剣な様子の陳の動きに途中で何かを察したのか無言でレンズを陳に向けてシャッターを切っていた。


 鉄箱はまだ空になっていなかったが、空間は出来ていた。一緒にかっぱらって来たマッチで火をつけると、陳は次々に店屋の棚から持ち出した爆竹を放り込んでいた。

 フリードマンも陳を手伝って両手に抱えていた爆竹の束に一気に火をつけると鉄箱に放り込んでいた。最後の方は、勝手に火がつくことを期待して束ごと放り込んでいた。



 陳の思い付き通りだった。鉄箱の中で次々と破裂する爆竹の音は、まるで連続射撃される機関銃の音のように聞こえていた。

 炸裂音を一つ一つを分離すれば然程の迫力ではないはずだが、まだ雑多な品物が入れられた鉄箱の中で炸裂した不協和音が狭い路地内に反響すると、不気味な程機関銃の音そのものに聞こえていた。



 炸裂音が聞こえ始めると、陳は有無を言わさずフリードマンの手を引っ張って移動していた。もうこの場に用は無かったのだ。

 この炸裂音は、間違いなく敵兵にも機関銃の連続発射音に聞こえる筈だった。唐突に彼らにとっての後方から聞こえてきた銃声を耳にすれば、国府軍の偵察隊も混乱する筈だった。

 そのすきに離脱して分隊と合流することが出来れば御の字だった。


 だが、陳はすぐに単なる自分の思い付きが予想外の効果を発揮していた事に気がついていた。陳達の背後で聞こえる炸裂音は、思ったよりも長続きしていた。適当に放り込んだ爆竹の束に次々と着火しているのだろう。

 それに路地を一つ曲がると、炸裂音が周囲の建屋の壁に反響してしまうから、もう爆竹の音とは思えなくなっていた。


 陳の思い付きは上首尾にいったのだが、友軍との合流は難しかった。くねくねと曲がる路地が続くものだから、周囲の地形を確認するのが難しく、すぐに方角が分からなくなっていたのだ。

 後方の炸裂音を印にすれば良いようなものだが、実際には反響した音の方向も定かではなくなっていた。


 周辺は寺院などが多く、近代的な背の高い建物などはなかったから、家屋に邪魔されて市街の様子を探るのも難しかった。次第に焦ってきた陳は、2階建ての家を探して上から確認してみようかと考え始めていた。

 そうやって建物を探していたのが悪かったかも知れなかった。さして警戒もせずに路地の曲がり角を抜けた陳の目の前に、唐突に敵兵が姿を表していたのだ。



 陳は呆気に取られていた。いくら道に迷っていたとしても、陳達は敵兵が来そうもない方向に向かっていた筈だった。

 爆竹を点火した場所から敵兵が去っていってからそれほど時間は経っていなかった。だから彼らはまず後方の機関銃らしきものを捜索するはずと考えていたのだ。

 ところが彼らの行動は陳の予想とは反対のものだったようだ。彼らはむしろ機関銃の音から逃げ出していたのではないか。


 呆気に取られていたのは陳だけでは無かった。お互いに間抜けな面を交わしあった瞬間が過ぎると、咄嗟に陳は手にした小銃を構えようとしていた。

 だが、ボルトアクションの小銃では咄嗟射撃出来るのは装弾済みの一発だけだった。敵兵の数はずっと多かったから、仮に一撃で敵兵を殺傷出来たとしても状況は格段に不利だった。



 陳は焦っていた。それに手にした小銃にも満足に慣れてもいなかったから、曲がったばかりの建屋の端に振り回した銃口が思い切り当たっていた。

 銃身につられて陳は体勢を崩しかけていた。慌てて銃身に身を委ねて体を屈めるようにして変則的な射撃姿勢を取ろうとしたが、恐れていた銃撃は無かった。


 ようやく陳は銃口を敵兵に向けていたが、彼らの敵意は既に無くなっていた。何事かを彼らは叫んでいた。中国語には変わりはないが、フリードマンと同じく陳には分からない方言だった。

 大陸の何処か遠くから連れてこられた促成の兵士達は、一斉に手を上げようとしていたが、それよりも早く焦っていた陳は発砲していた。


 無理な射撃姿勢であったものだから、妙な方向に反動を受けた陳の体は倒れ込みそうになっていた。

 しかし、なんとか体を立て直した陳の目に信じられないものが映っていた。敵兵は算を見出して逃げ出していた。陳の射撃が命中していた様子はなかった。倒れ込む人影も、負傷して他のものから遅れるものも見えなかったからだ。



 唖然としていた陳は、殆ど無意識の内に足元に転がっていた機関短銃を拾い上げていた。ぴかぴかの機関短銃を検分した限りではやはり新品同様だった。潤滑油の匂いはするが硝煙の焦げ臭い匂いは全くないから、一発も撃たないうちに彼らが逃亡したのは明らかだった。


 彼らが打ち捨てていったのは一丁の機関短銃だけではなかった。人数分の銃の他に手持ちの装備はもれなく投げ捨てられていた。検分を続ける陳の様子をフリードマンが興味深げに撮影し続けていた。

 フリードマンは何も言わなかったが、国府軍の装備を調べる陳の顔立ちは、いつの間にか一人前の兵士の顔になっていた。



 陳達が銃声に驚いて引き返してきた分隊の仲間と合流したのは、それからしばらくしてからの事だった。


 彼らが遭遇したのは国府軍の斥候だったが、国府軍主力は北平の市街地中核に立てこもっていた。

 斥候を確認した陳達は、鹵獲品を抱えて意気揚々と市街地の外れに設けられた司令部に戻って来ていたが、陳達が開拓した道筋を辿って市街に突入するはずの戦車の姿はそこには無かった。

一式短機関銃の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/01smg.html

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