表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
484/818

1945ドイツ平原殲滅戦31

 高度を上げて接近してくる機影を見つめながら、桑原大尉は不満げに鼻を鳴らしていた。不機嫌さを隠そうともしない大尉の様子に、後席の竹内一等飛行兵曹が呆れたような声を上げていた。

「分隊士、まだ気にしとるんですか……」


 桑原大尉はじろりと後席の偵察員席に振り返ろうとしたが、いくら陸上爆撃機を原型としているとは言っても、夜間戦闘機である極光の風防は狭く偵察員の竹内兵曹の顔は見えなかった。

 それに原型機では機首に備えられていた爆撃手席を潰してまで機内に電子兵装を満載した極光は、後席に電探表示面や各種計器盤が集中していたから、仮に風防が巨大でも後席の様子は伺えなかったのではないか。



 苛立たしげな顔で桑原大尉は視線を前に戻していた。顔を大きく動かすと酸素瓶に繋がるマスクが煩わしかった。

 極光の飛行高度は高かった。後方には同速度で追随する一式重爆撃機隊があったが、陸軍機と同仕様だという重爆撃機に飛行高度を合わせると自然と酸素瓶が必要になる程の高度になってしまうのだ。

 今回の作戦では長時間の高高度飛行を行う極光の機内には酸素瓶が定数を越えて搭載されていた。


 ただし、酸素瓶を必要としているのは、海軍の公式書類では大攻扱いされている一式重爆撃機も同様の筈だった。

 長距離偵察機の中には長時間の高高度飛行を想定して低圧環境に対応できる高性能の与圧装置を備えるものもあるが、既存機に圧縮率の高い排気過給器を追加した一式重爆撃機のような機体は、人間が乗り込む操作空間が広大なこともあって与圧装置はなかった。

 機体自体は高高度飛行が可能であっても、乗員の身体の順応や装具の開発はそれに追いついていないから、限界を超えた酸素不足を避けるために必要な酸素系統は排気過給器と共に強化されたと聞いていた。


 極光の乗員はたった2名だし、機体中央部に乗員区画が集中しているから高高度飛行の連続でも酸素瓶を追加する程度で済むが、機内容積の大きい重爆撃機の場合はそうも行かなかった。操縦席以外の各部に分散した機銃座や爆撃手席にも十分な量の酸素を供給しなければならないからだ。

 一式重爆撃機の尾部には旋回機銃座も設けられていたから、酸素系統は機首から尾部まで長大な機体の全域にまたがって配管されているはずだ。

 本土では高速化した迎撃戦闘機向けに与圧装置付きの飛行服が開発中だとも聞くが、少年達の憧れだった颯爽としたこれまでの海陸軍の飛行服とは全く異なるものになってしまうのではないか。


 それに敵迎撃戦闘機からの熾烈な銃撃を受ける重爆撃機隊は、酸素マスク以外の煩わしい装具も多かった。敵地上空では重量のある防弾衣や鉄帽を着込むというから、陸軍の歩兵部隊よりも重装備となって狭い機銃座では身動きすら取れないのではないか。

 それに比べれば口の減らない偵察員と二人で操縦席に押し込まれている自分の方がまだましなのかもしれない。そこまで考えてから桑原大尉は思考が妙な方に飛んでしまっていることを自覚して頭を振っていた。



 視線は自然と酸素圧計に向かっていたが、残圧の指標は正常値を示す緑色に塗られた範囲にまだ収まっていた。結局は気分の問題に過ぎないのだろう。

 あるいは、これから先は操縦席に与圧装置を備えるのは常套化していくのかもしれない。桑原大尉はそう考えていた。

 桑原大尉が海軍に入隊した頃は、まだ九六式艦上戦闘機などの開放式風防の機体が多かったし、零式艦上戦闘機などの完全に封鎖することの出来る風防を備えた機体でも戦闘中や離陸時は視界悪化を防ぐために天蓋を開放する搭乗員も多かった。


 ところが、最近の機体はいずれも離着陸時も巡航時も高速化が進んでいたから、従来の様に風を感じながら飛んでいては人間の生理的に耐えられない所まで来ていた。

 桑原大尉は眉をしかめていた。まだ自分は若いつもりだったが、自分たちに操縦技術を仕込んだまだ操縦士と冒険家が大差無かった世代にとっては、今の機械的に進められる戦闘はどう感じるのだろうか、そう考えていたのだ。



 だが、感傷に浸っていた桑原大尉に後席から無遠慮な声がかけられていた。

「友軍機合流します。飛行計画通り、烈風の編隊です」

 同時に竹内兵曹が高倍率の双眼鏡を手にする気配があった。

 物好きなやつだ、そう呆れながらも桑原大尉は彼方の陸軍機に双眼鏡を向ける竹内兵曹の様子を伺っていた。


 そろそろ前線に近づいていた。北アフリカを出撃した直後は遠く離れていた一式重爆撃機を装備する陸軍の飛行団との距離は狭まっていた。肉眼ではきらきらと太陽光を反射する機影が遠望できる程度だが、高倍率の双眼鏡を使えば機種の特定くらいは出来るのではないか。

 すぐに竹内兵曹の興奮した声が聞こえていた。本人は独り言のつもりだったのかもしれないが、興奮しているせいかその声は大きかった。


「陸軍さんも張り込んでるなぁ……四四式特が出てきてるぞ」

 ある意味において、本来は夜間戦闘機である極光を一式重爆撃機隊の護衛に借り出してきた遠因である戦闘機の名前を聞いた桑原大尉は、更に不機嫌そうな顔になっていた。


「本当に特殊戦闘機なのか、普通の三式戦闘機じゃないのか……」

 桑原大尉の疑問に間髪を入れずに竹内兵曹が否定の声を上げていた。

「ラジエータは主翼下にもついてるみたいですし、胴体からも排煙を出してます……それに両翼に落下増槽付けてますから、マーリンを2基装備した特殊戦闘機に間違いないですよ」



 機首と胴体中央部にそれぞれ水冷エンジンを備えた四四式特殊戦闘機は、性能は高いものの高価であることから陸軍航空隊の中でも精鋭部隊にしか配属されていないと聞いていた。

 だが、四四式特殊戦闘機が開発された経緯からすると、場合によっては海陸軍の共有機種となる可能性もあったらしい。


 四四式特殊戦闘機が開発された切っ掛けは、本来は陸軍が欧州本土に進攻する重爆撃機隊に随伴可能な護衛戦闘機を求めたことだったが、搭載量の余裕を確保するために発動機は双発が望ましいとの条件が付けられた上で各航空業者に対する競合試作が行われていた。


 それ以前も海軍の陸上攻撃機を含めた長距離攻撃機の援護を目的とする長距離戦闘機が開発された事があったが、海陸軍共に開戦前の万能機の流れをくむ双発複座の形式をとった長距離戦闘機は、純粋な戦闘機としてみるとその性能は不満が持たれるものでしか無かった。

 結局は、海軍の一式双発戦闘機は戦闘機としては鈍重すぎて陸上偵察機や旋回銃塔を備えた夜間戦闘機月光といった派生型に転用されるしか無かったし、陸軍の二式複座戦闘機も夜間戦闘機や襲撃機として運用されていたらしい。

 二式複座戦闘機の場合は、一式双発戦闘機よりもより小柄であったことからまだ機動性という点では有利であったが、軽快な単発単座戦闘機に対しては程度問題でしか無かったようだ。


 おそらく何事もなければ長距離機を求めた護衛戦闘機計画も当時の焼き直しにしかならなかったのではないか。

 航空技術は戦前よりも格段に発達していたが、高度化した技術が投入されるのは単発単座戦闘機も同様なのだから、双発機にしか搭載できない条件で革新的な技術が開発されない限りは性能の格差は埋まらなかったからだ。



 実際、競合試作を指定された業者の中には、従来機に毛の生えたような案を出したものもあった。中島飛行機などは、桑原大尉が乗り込んでいるこの極光ほぼそのままの設計案を出していたらしい。

 陸海軍共有機種となった一式重爆撃機に加えて各種戦闘機や攻撃機の生産に手一杯であったことにくわえて、どのみち要求性能を分析した限りでは画期的な案などあり得ないという消極的な理由だったのだろう。


 最終的に遠距離戦闘機競合試作の結果は三菱の全く新規の機体設計案になったのだが、試作後の改修に手間取って実戦化はまだ先の話であるらしい。それどころかこのまま今次大戦が終結するということになれば、生産計画そのものが見直しされることすら予想できた。



 ところが計画の遅延を招いたのはある意味で川崎航空機が提出した2案にあるという話だった

 川崎案の一つは、二式複座戦闘機の改修案だった。変更点は大出力エンジンへの換装や生産性の向上といったところにあるから、既存機の生産体制に大きな変更を加える必要は無かった。

 すでに陸軍では提出された案の一部をそのまま二式複座戦闘機の生産に反映させているらしい。同機には使い勝手の良い万能機として現在でも一定の需要があるからだ。


 だが、計画に混乱をもたらしたのは最終的に四四式特殊戦闘機となった案の方だった。

 単座ではあったが、確かにこの案も双発機ではあった。ただし、左右両主翼に空気抵抗ともなるエンジンナセルを設ける双発機としては常識的な構造ではなく、単一の胴体に2基のエンジンを収容する特異なものだった。


 あるいは、川崎航空機の技師たちには三式戦闘機の時点で最終形態としての四四式特殊戦闘機の形状が見えていたのかもしれない。三式戦闘機と同時期に、胴体中央部にエンジンを搭載して延長軸で機首のプロペラを回転させる三式襲撃機が制式化されていたからだ。

 三式襲撃機の中央部配置は、機首の空間を空けてそこに37ミリという単発機に搭載するには破格に大口径となる機関砲を搭載するためであったが、四四式特殊戦闘機の場合は、機関砲の代わりに三式戦闘機同様にもう1基の水冷エンジンを搭載してしまったのだと言える。


 完成した四四式特殊戦闘機の姿は、やや長い胴体の中央部にもエンジンがある事、冷却液ラジエーターの開口が多い事を除けば単発の三式戦闘機とさほど変わらないものだった。

 少なくとも正面投影面積では単発戦闘機とほぼ同等だったから、大雑把に言えばエンジン出力が倍の単発戦闘機ということになるし、実際横転率などは従来の双発機とは隔絶したものだった。



 ただし、四四式特殊戦闘機はその特殊という名が明らかにするように通常の戦闘機と同じ扱いはされなかった。卓越した戦闘能力を持つ一方でエンジン2基とラジエーターなど関連機器を満載した機内は整備性を悪化させるとともに、遠距離戦闘機として十分な燃料を積み込む事は出来なかったからだ。

 川崎航空機は余剰出力で強引に搭載する大型増槽で航続距離の帳尻を合わせていたが、結局増槽を捨てた後の帰還用の燃料が確保できないのでは意味はなかった。

 結局は競合試作の目的であった遠距離戦闘機としての採用はされなかったものの、戦闘能力の高さから迎撃機、制空機として少数採用されることになったらしい。


 そのような四四式特殊戦闘機の影響をもっとも受けたのは競合試作相手の三菱製の双発戦闘機だった。

 もう一つの川崎案である二式複座戦闘機改装や中島案は何れも対戦闘機性能は当初から高くない万能機扱いであったから最初から単座戦闘機との格闘戦は不利であることは諦めていたようなものだったが、本質的に戦闘機を目指していた三菱案は航続距離以外で四四式特殊戦闘機に対抗できないとされてしまったからだ。

 中途半端に予備席を残して複座運用も考慮していた機体は、高速性能をさらに追求徹底する為に軽量化される際に、完全な単座機に改修されていたが、そうした改修作業によって今回の作戦、というよりも実戦投入の機会を逃してしまったということになるのではないか。



 ソ連占領下にあるルーマニアのプロエスティ油田地帯への爆撃作戦は日英混成の大掛かりなものだった。

 少なくとも半年は復旧を断念させることを期待された徹底した爆撃とその後予定されている司令部偵察機の活発な行動は、ソ連最大の油田であるバクーへの圧力ともなると言うが、それがどのような結果になるかは桑原大尉にもわからなかった。


 作戦の主力は当然一式重爆撃機と英国空軍のランカスターだったが、参戦直後に行われた同地への爆撃作戦とは異なり、ルーマニア上空では大規模な護衛戦闘機隊も合流して進撃する予定で、現在桑原大尉達の目の前に現れた四四式艦上戦闘機烈風も護衛部隊の一つだった。

 航続距離も短い単発戦闘機が合流できたのは、適度な距離に出撃拠点が得られたからだ。

 出撃毎に膨大な物資を消費する重爆撃機の群れは後方のイタリアや北アフリカに出撃拠点を設定せざるを得ないが、単発戦闘機であれば国際連盟軍が最近になって展開し始めたばかりのユーゴスラビア王国やブルガリア王国でも輸送機部隊を集中投入して仮設拠点を設けることが可能だったのだ。


 ただし、本来は夜間戦闘機として制式化されていたはずの極光のみはその例外だった。一式陸上攻撃機に代わる陸上爆撃機として開発されていた原型機譲りの極光の長大な航続距離は爆撃機主力の全行程に随伴出来る程だったからだ。

 しかも、夜間長距離侵攻作戦に投入されることもある極光の電子兵装が充実していたものだから、合流した単発単座戦闘機の誘導までが任務に加えられていた。


 ―――この戦争では俺のような陸攻乗りは戦闘機乗りに転身したと思ったら、仕事は戦闘機の引率ばかりだ……

 合流してくる戦闘機隊をうんざりとした表情でみながら桑原大尉はそう考えていた。国境線を越えるまであと少しだった。

四三式夜間戦闘機極光の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/p1y1.html

一式重爆撃機四型の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/1hbc.html

零式艦上戦闘機の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/a6.html

四四式艦上戦闘機の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/a7m1.html

四四式特殊戦闘機の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/4sf.html

三式戦闘機の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/3hf1.html

夜間戦闘機月光の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/j1n1.html

二式複座戦闘機の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/2tf.html

二式複座戦闘機丙型の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/2tf3c.html

三式襲撃機の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/3af.html

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ