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1945ドイツ平原殲滅戦27

 最終的に撤退するまでに確認されたソ連軍の規模は大きかった。IS-2重戦車やそれに同行するT-34中戦車の後方には歩兵部隊も遠望出来ていたから、部隊規模で言えば連隊にも匹敵するものではないか。

 彼らが後退した理由はよく分からなかった。元々大規模な威力偵察であったのか、本格的な攻勢であったとしても、強力なマウス重戦車まで含むこちらの陣地が思ったよりも堅固であったので態勢を立て直すつもりなのかもしれない。

 こちらが単なる前衛部隊であると判断したのであれば、ソ連軍は損害を顧みずに撃滅を図っていたのではないか。



 いずれにせよ危ういところだった。池部大尉達から見て街道の反対側に布陣していたパンター戦車隊は壊滅寸前だった。敵集団の先鋒に立っていたIS-2を長距離射撃で思うように無力化出来なかった事に焦ったのか、パンター戦車の一部が不用意に突出して接近戦を挑んでいたからだ。

 IS-2を接近戦で仕留めた時には、その直後を進んでいたT-34からの狙いすました砲火でパンター戦車も次々と個別に撃破されていた。


 混戦に巻き込まれていたパンター戦車隊が全滅を免れたのは、街道付近で静止射撃を繰り返していたマウス重戦車の援護と、池部大尉達の前面に展開していたソ連軍が街道を越えてパンター戦車隊の側面を突こうと機動していたのが理由だった。

 前面が手薄となったことを素早く察知した池部大尉は、第2小隊を援護に残した上で残りの2個小隊を直卒して敵戦車隊の背後に回り込んでいたからだ。

 そして無防備な側面、背後を突かれたソ連軍は、しばらくしてからまるで損益の分岐線を越えたと上級司令部が判断したかのようにあっさりと後退していたのだ。



 もっとも、チェコ共和国首都であるプラハを狙うソ連軍の行動をこれで完全に阻止出来たとは思えなかった。撤退したのは単なる前衛部隊に過ぎないはずだからだ。

 ソ連軍の規模がウランフ中将の予想通りであったとしても、後方には軍団級の部隊が行軍を続けているのではないか。


 国際連盟軍側もいち早く行動する必要があった。有力な戦車隊による陣地を確認したソ連軍は、大規模な師団砲兵や軍団砲兵を投入してこちらの急造陣地を破壊にかかるはずだったからだ。

 時間が惜しかった。ここで無駄に戦力をすり減らすことを許容するほど余裕は無かった。いち早く後方に移転して予備陣地に入らなければならなかった。ここは位置を暴露してしまった陣地に拘泥することなく、思い切って後退するべきだった。


 次の陣地は2キロほど南下した反斜面陣地だった。ただし、視界が悪化するから中隊に配属された観測挺進車に乗り込む砲兵前進観測将校だけは別行動で敵部隊の進行方向を側面から観測できる地点に進出する予定で先発していた。



 戦車中隊に配属される観測挺進車は二式軽戦車を原型としたものだった。機動力の高い中戦車部隊に随伴するためには前進観測班も戦車に乗り込まなければ追随出来なかったのだ。

 観測挺進車仕様の二式軽戦車は、主砲は欺瞞用の鉄管となっていることから武装は最低限の自衛戦闘が可能な機関銃を備える程度でしかないが、後方の砲兵司令部と連絡を取るために長距離用の強力な無線機を備えていた。

 戦車隊に随伴する観測挺進車に必要なのは路外走行能力と、戦車戦闘に巻き込まれても自力で撤退できるだけの断片防御程度を越える装甲だった。


 イタリア戦線の頃から前進観測班が隷属する砲兵団司令部の権限は大きく強化されていた。近接戦闘部隊に配属された前進観測将校だけではなく、回転翼機を装備する砲兵情報連隊など、独自の偵察部隊を含めた多くの「目や耳」から得られた多数の観測情報を元にして射撃地点を定めていた。

 それに砲兵団司令部から命令が下るのは、野戦重砲兵連隊などの直轄部隊だけでは無かった。統制された火力戦闘に限って砲兵団司令部は通常の指揮系統を飛び越えて師団砲兵隊や歩兵連隊、大隊が保有する迫撃砲まで含む全軍の火力をまとめて指揮する権限が与えられていた。

 更に付近を飛行する対地攻撃可能な襲撃機や爆装した戦闘機などの航空隊や、海上の各種艦艇から放たれる艦砲射撃に関しても基本的には攻撃地点の決定権は砲兵団司令部が有していた。


 これまでの日本軍からすると空前とも言える火力の指揮統制権を与えられていた砲兵団だったが、今回の戦闘に関しては配属された前進観測班が出来るのは文字通りの観測に限られるのではないか。

 師団主力が集結しきっていないからまだ後方から投射すべき火力がないし、情報が集中する砲兵団司令部が何処にいるのかもわからなかった。



 先発する前進観測車が負傷兵を乗せた損傷車両を伴って後退するのを見送ってから、池部大尉は中隊本部に連絡車両として配備されていた小型乗用車に飛び乗っていた。

 3人乗りの車両は狭かった。運転手の他に池部大尉と満州共和国軍歩兵大隊のジャムツェ大尉まで乗り込んでいたからだ。軽快なエンジン音を響かせた小型乗用車は、あっという間に動きの鈍いドイツ軍のそばに停車した。

 損害が一番大きいだけにドイツ軍部隊は後退に手間取っているようだった。


 だが、残存するドイツ軍の戦車の中でも一際目立つマウスのそばに降りた池部大尉とジャムツェ大尉は顔を見合わせていた。最初にすすり泣く男の嗚咽が聞こえてきたからだ。

 二人が視線を向けると、不揃いに並べられてぼろ布のような毛布を被せられたいくつもの遺体とその前に膝を着いて泣き崩れる戦車兵達の姿があった。


 彼らの指揮官であるベルガー大尉は、火の付けられていない煙草を咥えながらマウスにもたれかかっていた。感情が抜け落ちた顔で戦車兵の様子を眺めていたが、二人に気が付くと陰鬱な様子で敬礼していた。

「先程は申し訳ありませんでした。先走った兵が射撃を行ってしまいましたが、責は自分に……」


 ベルガー大尉の先を手で制すると、池部大尉は言った。

「それは後でいい。君のところの損害を先に報告してくれ。うちの中隊は戦車1撃破、1両は破損したが戦闘可能、ジャムツェ大尉の方は幸い負傷者若干だ」



 ―――ただし、特別弾は使い果たしたがな……

 切り札を使い切ったことは口には出さずに池部大尉は眉をしかめていた。一番損害が大きいのがベルガー大尉達特設実験大隊の面々であることは間違いなかった。ベルガー大尉の方も苦々しい表情を返していた。

「パンター隊は戦力半減、いやそれ以下かな。中隊のうち戦闘に耐えるのは5両が限度です。他は全損4両、戦闘は無理でもなんとか自走することだけは出来そうだけなのが2両ほど。

 マウスは射撃は随分と喰らいましたが、1号車は戦闘可能、2号車は足回りに不調があり今曹長が見ています。牽引出来そうなら1号車で牽引しますが、足回りが故障していたならこの場で爆破します」


 僅かに眉をしかめて池部大尉は口を開いていた。

「もちろん撤退までの時間は限られているが、足回りの修理は試みないのか」

 ベルガー大尉は苦笑していた。

「マウスの重量は見ての通り膨大なものです。修理部隊のいない野戦環境で満足に修理できるものではありません。我々の部隊につけられた名前はご存知でしょう。特設の実験大隊に配属されたこいつは実験段階のものなんですよ」


 ベルガー大尉がこつこつと側面の装甲を叩きながら言うのにつられて池部大尉がマウス重戦車を見上げると、巨体に群がる様にして作業する兵隊達の姿が見えていた。

 重そうな砲弾を次々と無事な方のマウスに積込もうとしているらしい。



 二人の視線に気が付いたベルガー大尉は、ばつの悪い表情を浮かべていた。

「マウスは図体は大きいんですが砲弾の定数は限られてるものですから2号車から砲弾を抜き取ってます。牽引するにしてもあっちを少しでも軽くしないとね。尤も2号車の砲手が焦って撃ち過ぎたせいで、残ってるのは副砲弾ばかりですが」


 ジャムツェ大尉は呆れたような顔になっていた。

「そういう時はもっと早く言うべきだぞ。うちの兵隊を手伝いに来させなきゃならんな……」

 彼方に見え隠れする部下達の姿に振り返りながらジャムツェ大尉は無線を積んだ小型乗用車の方に行った。



 池部大尉は、無意識の内にため息をついていた。

「あまり時間は無い。その自走できる破損車両に負傷兵も戦死者も乗せてとにかく街道をウースティー市に戻してくれ。あの丘の向こうまで移動しなきゃならんのだ。

 1両だけでもマウスはまた街道に陣取ってくれ。最悪マウスが立ち往生して道を塞いでくれるだけでも何かしらの遅延効果は望めるだろう。左翼は内側を生き残ったパンター隊に任せるが、勝手な行動はさせるな。次は左翼外側に無傷だったうちの第2小隊を入れる。右翼は俺達が変わらず務める。

 それで……あのパンターはいつ動かせるんだ」


 池部大尉は泣き崩れる戦車兵に冷ややかな視線を向けたが、その兵の顔に違和感を覚えていた。


 ―――少年兵、なのか……

 大柄なものだからてっきり大人の兵だと思っていたのだが、涙でくしゃくしゃにした顔立ちは意外なほど幼かった。西洋人の顔立ちはよくわからないが、精々十代半ばを過ぎたばかりといったところではないか。


 池部大尉の視線に気がついたのか、ベルガー大尉は苦々しい表情になっていた。

「彼らはヒトラーユーゲントですよ。この大隊は、自分達のような負傷兵を除けば、彼ら元ヒトラーユーゲント師団の兵隊ばかりなんです。

 俺は東部戦線で負傷して本国に送られた間に、原隊がロシアで文字通り消滅してしまってね。それで国内予備軍に送られたら部下があの子供達だったんですよ」

「……そのヒトラーユーゲントというのは何なんだ……」



 唖然とした様子の池部大尉に、ベルガー大尉は不満顔で鼻を鳴らしていた。

「要するナチス党に支配されたボーイスカウトですよ。他国風に無理に言うならね。

 日本にも英国のようなボーイスカウトがあるのかどうかは知りませんが、何にせよ誰かが武装親衛隊の人手不足を解消するためにヒトラーユーゲントから志願者を募って少年兵の装甲師団を編成しようとしたんですよ。

 武装親衛隊は陸軍とは補充系統が異なるんで詳しくは知りませんが、陸軍に編入された師団のなかにもドイツ系民族の外国人どころか、捕虜収容所から出たくて志願した元ソ連軍捕虜の外国人義勇兵の部隊もあるくらいだと聞いています。

 ドイツ国内の少年団であるヒトラーユーゲントの出身者なら、少なくとも純粋なゲルマン民族でしょうから、武装親衛隊の理念にはふさわしい兵士なんでしょう。

 ヒトラーユーゲント師団は、兵隊はヒトラーユーゲントの子供たち、下士官、将校は武装親衛隊の他の師団や陸軍からの出向者で、一昨年に編制が完了したそうです……」


 池部大尉は、脳裏の片隅に追いやっていた記憶を呼び起こしていた。以前ドイツ軍陸上戦力の一翼を担う武装親衛隊の各師団に関してはある程度教育されていたのだ。

「そういえば、前にそんな部隊のことも聞いたような気がするが、ナチス党の武装親衛隊は解体されたんじゃないのか……いや、そもそも君たちの所にはバルカン半島やフランスから撤退した将兵もいるだろうに……あんな子供たちを使わなきゃならんのか」


 ベルガー大尉は複雑そうな表情になっていた。

「武装親衛隊はたしかに解体されました。一部の古参……正真正銘のドイツ人で編制された部隊は師団ごと陸軍に編入されましたがね。外国人義勇兵の取り扱いはどうなるか知りませんが、ドイツ系民族の外国人は帰国や陸軍への編入を拒否して脱走したものも多いとか。

 もっともドイツから去っていく外国人は義勇兵だけじゃありません。自分も東部戦線が長かったので開戦以後の本国が置かれた事情はあまり知らんのですが、山ほど居た外国人労働者も続々帰国しているそうです。

 フランスや、他の戦線から撤退した部隊は、即座に動員を解除されて外国人労働者の代わりの労働隊に早変わりしてるんです。もう、今のドイツは東部戦線に全戦力を集中してかろうじて成り立っているだけなんですよ。

 それに……」



 一旦口を閉じたベルガー大尉に池部大尉は先を促していた。嫌そうな顔でになりながらベルガー大尉は続けていた。

「それに……ヒトラーユーゲント師団も解隊されたんですが、あいつらには行き場所がないんです。大半のヒトラーユーゲントの兵隊は親のところに帰っていったらしいですが、うちの大隊に配属された兵隊は行き場所がなくて国内予備軍が引き取ったものばかりです。

 あいつら、うちの兵隊たちは帰る家がもうないんです。東プロイセンや東欧などのドイツ系民族とか……そんな所から志願して兵隊になったものばかりなんです。

 東プロイセンの住民は本土に避難してきたらしいですが、ドイツ国内はどこもかしこも混乱しているし、ソ連軍はバルト海沿いに随分と進出しているというから、彼らの家族が無事かどうかも分からんのです。

 もう彼らは軍隊以外に行くところが無いんですよ……自分も出来るだけ、あいつらは出来るだけ生き延びて返してやりたいんですが、国に帰ってもどこに帰してやればいいのやら……」


 暗然としたベルガー大尉の横顔を、池部大尉は声もかけられずに見つめていた。

四五式戦車の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/45tk.html

二式軽戦車の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/02tkl.html

二式観測直協機の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/2o.html

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