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1945ドイツ平原殲滅戦22

 チェコ北部のウースティー市は国境から20キロ程離れていたが、同市の郊外に設けられたロシア師団の幕舎内で開かれていた作戦会議は、今にもソ連軍が攻め込んでくるかの様に紛糾していた。



 チェコ領内を北上していた時のように支隊に先発していた池部大尉は、ウースティー市に到着するなり流されるままに師団司令部の作戦会議に呼ばれてしまったことを後悔していた。

 人数合わせのつもりなのか、あるいは日本軍の将校を参加させることで責任の一端をかぶせるつもりなのか、やけに愛想のいい師団副官のセミョーノフとかいう大尉に押し切られてしまったのだ。


 もっとも師団司令部の中で居心地の悪い思いをしているのは池部大尉だけではなかった。幕舎の反対側にはドイツ軍から派遣されていたベルガー大尉が所在なげに立っていたのだ。

 池部大尉と違ってベルガー大尉には椅子も与えられなかったし、ほとんどのものが意図的に視線をそらしていた。

 ロシア師団の将兵はごく一部を除いてドイツ軍の捕虜となっていたものが紆余曲折の末にロシア帝国に鞍替えしたものだったから、ドイツ軍の将校であるベルガー大尉には複雑な思いがあるのだろう。


 ただし、ロシア人達もベルガー大尉の存在を完全に無視することは出来なかった。この中で最も高い火力を有している部隊は、間違いなくベルガー大尉率いる特設実験大隊だったからだ。

 最初に会った時にベルガー大尉は大隊の装備に関してあれこれと言っていたが、試作段階で実用には程遠いとはいえあの巨大なマウス戦車の火力と装甲は完動状態であれば相当の戦力となるはずだった。


 だが、ロシア師団の将兵達には重厚なマウスや四五式戦車の存在があっても完全に安心感をもたらすことは出来なかったようだ。

 この場に到着した日本軍が支隊から先発していた池部大尉達の増強戦車中隊でしか無いということもあったが、それ以前にロシア師団の立場が非常に不安定なものでしか無かったことが彼らの判断に影響を及ぼしているのだろう。



 ロシア師団が創設されたのはごく最近のことだった。池部大尉も詳細は知らないが、イタリア戦線において集団で捕虜になったロシア人達の方から訴えて出来た部隊らしい。

 師団の指揮官には権威付けのためかシベリア―ロシア帝国の皇族が据えられていた。この広い幕舎の上座に座る師団長のアレクセイ・アバカロフ少将は、ロシア帝国のマリア女皇にとって叔父に当たるミハイル・アレクサンドロヴィッチ大公の末子であるらしい。

 つまりアバカロフ少将は現在のロシア皇帝の従兄弟にあたるわけだが、実際にはもっと複雑な関係であるという噂もあった。アレクサンドロヴィッチ大公の実子ではなく、大貴族の養子であるという話もあったが、他国の皇族の事は池部大尉のような下級士官の知るところではなかった。


 尤もアバカロフ少将がお飾りの指揮官であるのは間違いなさそうだった。その階級も実際には正規のものではなく少将待遇というものであるらしい。幹部候補生上がりの池部大尉ほどではないにせよ、困惑顔になると年相応に見えるベルガー大尉よりもまだアバカロフ少将は若いのではないか。

 皇族士官ということを割引いたとしても実際の階級は精々大尉あたりなのだろうが、お飾りでも師団長となれば最低でも将官でなければ指揮系統上成り立たない。それで諸外国軍への手前もあって異例ではあるが野戦任官で少将ということにしたのだろう。


 池部大尉は同情の念を抱きながらアバカロフ少将の顔を見つめていた。仮に自分があの席に座らされたとすれば、とてもではないがその職責を全うすることが出来るとは思えなかった。

 ロシア師団は元捕虜の部隊かつロシア帝国が派遣した唯一の部隊という扱いだから、装備は貧弱である一方で捕虜収容所から抜け出したかった元ドイツ軍捕虜が志願者に殺到しており兵員数は二万人近くに達していた。

 自分の肩に二万人の命がかかっているというのはどんな気分なのだろうか。眉をしかめながら池部大尉は考えていた。



 紛糾する会議の上座で、師団長のアバカロフ少将は一人目を閉じて端座していた。やはり皇族らしくその姿勢には気品が溢れていたが、表情は池部大尉には読めなかった。

 その後ろには印象の異なる二人の師団副官が立っていた。会議中も無言でいた一人は明らかにアジア人の顔立ちだった。スラブ人に混じると小柄な体格が目立っていたが、目つきは鋭く剣呑な雰囲気を発していた。

 対象的にアバカロフ少将を挟んで反対側の副官は、懸命に出席者を宥めようとしていた。池部大尉達を引っ張ってきたのもやたらと愛想の良いそのセミョーノフ大尉だったが、しばらく見ていると大尉の思惑が見えてきたような気がしていた。


 あれこれと理由を述べていたが師団幹部達はソ連軍の捕虜となることを何よりも恐れていた。外の下士官兵達であれば再度脱走してソ連軍に合流を図っても大した罪にはならないかもしれないが、幹部連中は国賊として銃殺になるか、そもそも捕虜になれないだろうからだ。

 本音を言えば彼らは他人の土地など放っておいて師団を後退させたいのではないか。


 一見するとセミョーノフ大尉はそんな思惑の師団幹部達をなだめている様にも聞こえるが、実際には議論の行き先を師団単位での撤退に導こうとしている気配があった。

 セミョーノフ大尉の誘導は巧みなものだった。狼狽する幹部を落ち着かせながら、慎重論を唱える別の幹部を煽っているのだが、決して自分の本意を言葉にすることはなかった。

 姑息な手段だが、後から議事録などを確認してもセミョーノフ大尉の発言そのものは時節を捉えた穏当なものばかりになる筈だった。その場で生の雰囲気を感じなければセミョーノフ大尉の心理的な誘導を確認することは出来ないだろう。

 セミョーノフ大尉は言葉尻を捉えて非難されるのを徹底して避けているのではないか。部外者の目で見ているからこそ池部大尉は気がついたのだが、列席する師団幹部の大半はセミョーノフ大尉の真意には気がついていないはずだった。



 唐突に幕舎の中が静まり返っていた。長い作戦会議の間にすでに師団幹部の発言は出尽くしていたのだ。誰もが無言のまま判断を仰ぐ為に上座の師団長に視線を向けていた。

 だが、幕舎の外からざわめきと馬のいななきが聞こえていた。馬匹の存在そのものはさほどおかしくは無かった。日本陸軍では第7師団など機械化部隊は自動車化が進んでいるが、敵味方共大半の師団では兵站などで大量の馬匹が使われていたからだ。

 ロシア師団もさほど装備面では優遇されていないというから兵站部隊の大半は馬匹移動であったはずだ。


 だが、池部大尉は馬のいななきを耳にすると同時に背中に冷たいものが走るのを感じていた。良くはわからないが、今のはありふれた農耕馬から放たれたものではない気がする。

 東京生まれの池部大尉はあまり馬には詳しくないが、今ではめっきりと見なくなった生粋の軍馬の雰囲気を何故か感じ取っていたのだ。

 幕舎の外から更にロシア語らしいざわめきが生じて師団幹部達が怪訝そうな顔を外に向けていたが、そこへ入口近くのものを蹴散らすような勢いで一人の偉丈夫が入ってきていた。


 明らかにモンゴロイド系の特徴を持つ男は、不機嫌そうな表情を隠そうともせずに、のそのそとアジア人の師団副官の方に向かっていた。慌てた様子で立ち上がった副官は、次の瞬間に凄まじい勢いで張り倒されていた。

 誰も止める余裕もないまま、大男は何事かを叫びながら副官を折檻していた。どうやら叫んでいるのがモンゴル語であるらしいことは分かったが、その場の誰も罵倒の意味は分からない様子だった。



 折檻が終わると、偉丈夫のモンゴル人は師団幹部に向かうとたどたどしい様子の英語で叫んでいた。

「俺は満州共和国軍第10独立混成師団のウランフだ。貴様らこんな所で油を売っている暇があれば塹壕の一つでも掘っておかんか。

 孔飛大尉、貴様を大公子殿下のお側に置いたのはこの様な時の為ではないか。その任も果たせぬとは蒙古人の恥だぞ」


 そう言われた大尉は、跪きながらも謝罪の言葉を口にしていたが、池部大尉はふと視界の端で師団副官の口の端が皮肉げに歪んでいるのを見つけていた。

 それに、ウランフ中将の迫力に圧倒されているロシア人達は気がついていないようだが、あれほど執拗に折檻された割には、アジア人の師団副官はあまり痛みを感じている様子は無かった。


 ―――こいつらロシア人の前で演技をしやがったな。

 ウランフ中将の猛々しい様子に萎縮しているロシア人達を白けた顔で見ながら池部大尉はそう考えていた。



 揃って顔を下げていた師団幹部の一人が恐る恐る口を出していた。

「しかし中将閣下、国境線の向こう側のソ連軍がどう動くか分からないのに僅か2個師団では満足な距離の防衛線を敷くことは出来ません。2個師団の開放された側面を迂回されて包囲されてしまう可能性も否定出来ないのではないですか」

 ウランフ中将はじろりとその幹部の顔を見据えたが、すぐに興味が失せたかのように卓上の地図に視線を移していた。そして適当な棒で地図を突き回しながら言った。


「日本軍から貰った情報によれば、すでにソ連軍は丁度国境線の向こう側にあるドレスデンを占領したということだ。おそらく奴らはこの都市を根拠地として、チェコの首都プラハに向かう街道を通る形で侵攻を行うだろう。となると……」

 そこで一旦口を閉じると、ウランフ中将は地面に力一杯足を叩きつけていた。


「国境線の先にある丘1つを越えたここウースティー市が防衛線の要となるのは明白だ。

 それに、ドイツ軍は逃げ出した兵隊共を収容してライプツッヒを中核とした防衛線を再構築しようとしているらしい。ドイツ南部に進んだドレスデンのソ連軍が北上するのを阻止して、ベルリンから西に脱出する際の交通路を守る為だろう。

 想定どおりに行けばソ連軍主力はライプツッヒのドイツ軍に向けられるから、こっちに回ってくるのは火事場泥棒を狙った単なる支隊に過ぎないだろう。モスクワの思惑は明らかだ。奴らは戦後の自陣営を最小限の犠牲で広げることを狙っているに過ぎんのだ。つまり、ここの通行料が高く付くことさえ知れば犠牲を払うに値しないと見て撤退する可能性は高いということだ」


 いまだ困惑した様子の師団幹部達を睨みつけてからウランフ中将は更に続けた。

「この方面の指揮は、正式に派遣軍司令部より俺に任された。我がテムジン師団も急行中だが、ロシア師団はそれまでこの地に陣を敷き守って貰いたい。

 おい、そこの日本人、高瀬少将から最優秀の部隊を先発させたと聞いておるぞ。貴様はそこのドイツ人共も率いて先行して丘を超えた先の平原まで進出しろ。ロシア師団が陣地を作り上げる時間を稼いでくれ。

 俺が連れてきた1個大隊の蒙古歩兵がもう少しで追いつくはずだが、そいつとドイツ軍を貴様らに付けてやるぞ。ソ連軍も先発は敵戦車だろう。そいつらが丘を越えるまで片っ端から片付けてしまえ。連中の戦車の残骸で街道を通行止めにしてやるんだ」



 唐突にウランフ中将に名指しされた池部大尉は唖然としていた。ベルガー大尉はともかく、歩兵大隊の指揮官ならば自分よりも階級が高いはずだし、それ以前にドイツ人と満州人の混成部隊を率いることは並大抵の苦労では済まないはずだ。


 だが、池部大尉が口を開くよりも早くウランフ中将が続けていた。

「これより丘の先に出る部隊は池部支隊と呼称する。貴様らも安心しろ。我がテムジン師団はもともと共産匪狩りが任務だ。相手が漢人ではなくスラブ人なのが残念だが、共産匪に違いはあるまい。

 だがいいか、貴様らは虜囚となって落ち延びてこのロシア師団に行き着いてきたのだろう。もう後はないと思え。貴様らはここで太公子殿下をお守りして戦うしか無いのだ。殿下より一歩でも後に下がったものは、この俺が直々に始末してやるぞ」


 恐ろしく鋭い目で幕舎内を見渡したウランフ中将の迫力に、ロシア人達も池部大尉やベルガー大尉も何も言い返すことが出来ずに萎縮していた。誰かがタタールと恐ろしげにつぶやくのだけが聞こえていた。



 そんな重苦しい沈黙を破って上座のアバカロフ少将が口を開いていた。

「このような苦境に諸君らを招いてしまって心苦しく思う。言いたいことがあるものも少なくないだろう。だが、ここで諸君らが戦うことは全世界の共産主義者と戦う人々にとって大きな希望をもたらすことになるのは間違いない。皇帝陛下の代理として私も諸君らと共に前線で戦うことを誓う。

 諸君らは決して二度と見放されることはない。ここはウランフ将軍の命を守り戦ってほしい」

 決して大きなものではなかったが、アバカロフ少将の声は猛々しいウランフ中将の声にも負けない力強さを持っていた。


 ―――これが生まれながらの王族がもつ力か……

 池部大尉はロシア人達に混じって自然と敬礼しながらそう考えていた。

四五式戦車の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/45tk.html

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