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1945ドイツ平原殲滅戦20

 英国本土の写真判定部に届けられる偵察写真を見る限りでは、遥か彼方のドイツの前線はすでに崩壊していた。



 ドイツ軍の主力をなす東部方面軍は、オーデル川西岸に陣地を構築していた。巧みに自然地形を利用したものであったようだが、それは地形を変更させるほどの土木工事が必要となる本格的な永久陣地を構築するには資材も人員も不足しているドイツ軍の現状を反映するものでもあったようだ。

 オーデル川の自然地形を利用したために一部では前線の形状は歪なものになっていたが、ソ連軍に西岸を橋頭堡として利用されることを防ぐために、ドイツ軍陣地はあくまでもオーデル川に沿った形で構築されていた。


 勿論ドイツ軍の陣地は河川だけに頼り切ったものではなかった。前進陣地では可能な限りソ連軍の渡河を阻止することを主眼にしていたものの、渡河直後の脆弱なソ連軍橋頭堡への反撃や西進するソ連軍に遅滞を試みるために、主要陣地は多重化されていた。

 後方の予備陣地まで含めると、オーデル川西岸に構築された陣地帯には十分な縦深が取られていたはずだった。陣地の強度だけを見れば本格的な陣地戦となった先の欧州大戦時の塹壕よりも強力だったのではないか。



 ところが、ドイツ軍の陣地構築にかけた努力をあざ笑うかのように、ソ連軍によって攻勢開始直後から全縦深に対して一斉に攻撃が加えられていた。一体どうやって判定していたのか、入念な偵察を行っていたらしくソ連軍の攻勢準備射撃は徹底していたようだ。

 しかも、攻撃に加わっていたのは野砲や重砲などの砲兵隊だけでは無かった。火力統制に関してかなり高度な権限を与えられた砲兵司令部がソ連軍には存在するらしく攻撃は整然と行われていた。

 小は歩兵小隊の装備であろう迫撃砲から、大は貴重な重爆撃機の編隊までもが一斉にドイツ軍の縦深陣地を各所で攻撃していたのだ。


 ソ連軍の欺瞞は徹底していた。集積された砲弾は密かに地中にでも隠されていたらしく、前線全面で射撃が開始された直後に撮影された偵察写真では、唐突に巨大な野戦補給廠がいくつも出現しているようだった。

 戦略的にはソ連軍の攻勢開始は奇襲となっていた。事前に情報を得られなかったドイツ軍は、全縦深に渡る集中攻撃によって塹壕に繋ぎ止められていた。警戒陣地は意味をなさなかったし、予備陣地への後退もままならなかった。

 それに弾性防御を試みて、砲撃を主陣地から後退して予備陣地でやり過ごそうとしていた部隊も移動を阻害されるか、予備陣地から前進すべき主陣地を破壊されてしまっていたようだった。



 ただし、激しい空爆と射撃を受けていたにも関わらず、砲撃戦で戦死したドイツ軍将兵は少なかったらしい。念入りに構築された塹壕に収容されている限り、歩兵はしぶとく生き残るものだったからだ。

 本格的に構築された陣地を撃破していたのは砲兵隊や重爆撃機ではなかった。砲撃の合間をぬうように進攻を開始したソ連軍の重戦車や重自走砲が、片っ端から抵抗を続ける拠点に対して直接照準で大口径砲を撃ち込んで無力化していたのだ。

 ドイツ軍に限らずに、最近の歩兵部隊は無反動砲や噴進弾などの簡易な対戦車兵器を近接戦闘で使用していたが、直前まで砲爆撃で制圧されていた前線歩兵部隊の多くは抵抗もままならなかったようだ。


 ドイツ軍から得られた情報では、ソ連軍の重戦車や大型の自走砲には軍団砲級の大口径榴弾砲か長砲身加農砲が搭載されているのが確認されていた。そのように少なくとも100ミリを越える大口径の榴弾の直撃を受ければ、どれだけ頑丈に作り上げた所で塹壕陣地が耐えられるとは思えなかった。

 仮にこのような重層的な攻撃にも耐久できるようにするとすれば、戦前にフランス軍が国境地帯に建設していたマジノ線や、バイカル湖畔にシベリアーロシア帝国、ソ連双方が構築している様なコンクリートと防弾鋼板を贅沢に使用した永久構造物の重トーチカが必要となってくるだろう。



 ただし、ソ連軍の進攻に最終的にドイツ軍が持ちこたえられなかったのは、激しい攻勢時の砲爆撃そのものだけが原因とは思えなかった。前線では短時間の砲撃を受けて士気が崩壊してしまった部隊が続出していたらしいからだ。

 実際にどの部隊にどんな事が起こっていたのかはわからない。解散を余儀なくされた武装親衛隊に所属していた師団に脱走兵が連続して霧散してしまったという噂もあるが、実際には陸軍部隊でも勝手に後退した隊もあるという未確認情報もあるようだ。

 武装親衛隊にはドイツ人ばかりではなく、ドイツ系民族の外国人や反共というだけで集められてきたロシア人やその他の少数民族もいたと言うから、敗色濃厚なドイツを見限って脱走したものも多かったのかもしれない。


 いずれにせよ、ドイツ軍の前線が崩壊してしまったのは明らかだった。問題は国際連盟軍はこの事態にどのように対処すべきかだった。

 ドイツ軍を見捨てるのは簡単だった。そもそも、政治的な思惑はどうであれ、今次大戦中本国がドイツ占領下に置かれていた亡命政権はもちろん、つい先頃までドイツと交戦していた各国の国民感情としても、ドイツに対して手厚い支援を行うことに賛成する意見は少ないのではないか。


 だが、その対応は国際連盟、というよりも国際連盟軍主力であった日英露など主要国の戦争目的には合致していなかった。

 国際連盟軍はドイツを叩き潰すこと自体が目的ではなかった。立憲君主制国家である日英露などとは相容れない共産主義を掲げるソ連と欧州中央との防波堤となる反共国家といった位置にドイツを戻すこと、それが国際連盟軍の戦争目的だったのだ。

 誰も公には口にしなかったが、既にポーランドがソ連勢力圏に取り込まれてしまっていたのは明らかだった。そうなると尚更にドイツにはある程度の戦力を残してフランスやベルギー、オランダなどとソ連との間に盾として存続してもらわらなければならないだろう。



 水野中尉は、上の空で写真用紙を掴んでいた手を卓上の白地図に戻していた。地図には何箇所か既に書き込みがあったが、そこに半ば無意識のうちにいくつか更に書き込んでいた。

 作成しているのは新たな爆撃作戦の計画用地図だった。もっとも上官から作成が命じられているわけではなかった。現在の写真判定部は戦略偵察の分析を行っていたのだが、水野中尉はそこから視線を広げてドイツとの講和協議の間中止していた戦略爆撃の再開を上申しようとしていたのだ。


 水野中尉が作成しようとしている新たな爆撃計画は大規模なものではなかった。それではドイツを共産主義からの盾にすることで自らの出費を最小限として共産主義勢力の拡大を阻止するというという日英露の国家戦略と合致しないからだ。


 要は、ドイツの戦力を可能な限り残す為にソ連軍のどの地点を攻撃するのが最も有効なのか、その視点で爆撃目標を定めればよいのだ。

 現時点では精緻な爆撃計画を定める必要はなかった。詳細計画の策定は重爆撃機を装備した飛行団や航空軍司令部で行うだろうから、上申書として最低限の形式さえ整えればいいだけだ。


 だが、作業を始めていた水野中尉に唐突に声がかけられていた。怪訝そうな顔を上げると、女性事務員が興味深そうな視線を向けながら部長からの呼び出しを告げていた。

 一瞬判断に迷ったが、水野中尉は事務員に顔を向けてうなずきながら、視線も向けずに白地図に記載を追加していた。



 申告して部長室に入ると、部長卓の前に置かれた応接用の席に二人の男がいるのが最初に目に入っていた。一人は水野中尉と同じ軍服をまとった日本軍の将官で、もう一人は背広を着込んだ英国人の中年の男だったが、民間人の格好をしていてもどことなく軍人らしさを隠しきれていなかった。

 逆に日本軍の将官は野暮ったい軍服を除けば一見太平楽な様子もあって大して害にもならない民間人のようにも見えていた。だが、水野中尉はその男の中身は見かけとは違って剣呑なものであることを既に知っていた。


 無言で敬礼を交わし合う水野中尉と将官の二人を呆れたような顔で見ながら背広姿の男が言った。

「閣下にとっては親子久々の再会だと聞いたが、日本人はいつもそんな他人行儀なのか。それともあなた方の一族が特殊なのか」

 水野中尉を英国に送り込んだ張本人でもある水野中将は、確かに中尉の父親だった。だが、幼少の頃から家を空けることの多かった中将を父親と認識することはあまりなかった。何れにせよ軍務中に親子という感覚を抱くことはなかったはずだ。


 どことなく不愉快そうな顔で部屋の主である部長が口を開いていた。

「ご苦労、水野中尉。日本陸軍の水野中将は当然知っているな。そちらは王立空軍情報部のウォーターロウ氏だ」



 背広姿のウォーターロウは、水野中尉に向けて一度うなずくといった。

「挨拶は抜きで行こう。お互いに忙しい身だ。中尉も知っているかもしれないが、以前この写真判定部はドイツ情報関係者の浸透を受けたことがある。その後防諜体制は強化されていたが、昨今急速に共産主義勢力の間諜が蠢動している気配がある」


 一旦口を閉ざすと、ウォーターロウは眉をしかめた部長の顔色を慎重に伺いながら続けた。

「この組織は、民間人、しかも高度な教育を受けた上流階級出身者を多数雇用している関係から共産主義勢力の影響を受けやすい。士官学校出の貴官は知らんだろうが、大学の学内で過激な思想に嵌りやすい繊細な若者を一本釣りするというのが、どこの国でも奴らがシンパを獲得する常套手段だからな。

 そこで貴官に依頼したいのだが、他の部員を密かに監視して外部に情報を逃している形跡のあるものがあれば我々に報告してもらいたい。

 実は、以前私はこの施設に内偵をかけていたことがあるので、古株の部員には顔を知られてしまっている。転属という形で離れたが、察しの良いものであれば私の役割を察知していてもおかしくないだろう。

 貴官との連絡には後日配属となる配達人をあてるつもりだ。そちらから接触させるので貴官には迷惑はかけん」


 水野中尉はウォーターロウにうなずきながらも言った。

「内通者ということであれば、ここで何人かリストを渡せます」

 そう言うと、水野中尉は呆気に取られているウォーターロウに何人かの写真判定部員や事務員の名前をすらすらと告げていた。その中には、偵察写真や爆撃地図を空軍に輸送する配達人の一人や中尉を呼びに来ていた女性事務員も含まれていた。



 ウォーターロウは呆気に取られているだけで済んだが、部長は激高した様子だった。即座に水野中尉を詰問するように言った。

「君の発言には根拠はあるのか。東洋人ということで肩身を狭くさせてしまった事には留意するが、それで隔意を抱いた人間を上げただけではないか」


 水野中尉は視線を彷徨わせていた。それが自信の無さだと思ったのか部長は更に続けようとしたが、それは誤解だった。水野中尉が気にしていたのは壁にかかっていた時計だった。

 新たな写真が届くまでそれほど時間は残されていなかった。しかも手際良く作業を進めなければ、本来業務ではない爆撃計画の上申書を作成する時間が捻出出来なかった。

 ただし、この時間に勤務している宅配人が施設到着後に女性事務員といつも立ち話を行っているのを水野中尉は予め確認していた。卓上の白地図に残した罠の存在に気がついていれば、まだ少し時間はあるはずだ。


 水野中尉が主観を廃して説明を始める前に、水野中将が落ち着いた声で言った。

「我々情報将校にとって周囲を観察するのは、特に命令する必要もないごく日常的な任務だ。水野中尉、貴官の根拠をウォーターロウ氏に説明したまえ」

 水野中尉は父親に向けて一礼すると、自分の判断に対する根拠を淡々と話し始めていた。

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