1945ドイツ平原殲滅戦17
いつの間にか戦車中隊を先導していた三保木伍長の単車が村落を目前にして停止していた。池部大尉は怪訝そうな表情を浮かべながら車長席から身を乗り出していた。
三保木伍長の単車からも見える村落の外れらしき場所に何軒かの家屋が建っていた。住居だけでは無く物置や納屋の様なあばら屋もあったが、その中でも街道に面した納屋の陰にいくつかの車輌が停車していた。
先行する機動歩兵小隊の装甲兵車だけでは無かった。明らかに車体の上に据え付けられた旋回砲塔に長砲身砲を備えた一際大きな2両の大型戦車が装甲兵車に並ぶ様に停車していたのだ。
停車している車輌は他にも何両かあったが、何れも日本軍のそれとは異なる塗装を施されているようだった。池部大尉はやや緊張感を高めながら無線機に向かって言った。
「お客さんの到着だ。ドイツ戦車だからといって撃つなよ……しかし、妙な気分だな」
後半は無線機を切った後の独り言だったのだが、装填手用扉から頭を突き出していた田中伍長も頬を歪めながら答えていた。
「場合によっては喧嘩しそうなチェコ人とドイツ軍の間に割り込まにゃならんのでしょう。しかし、見たことがない戦車ですがあれと撃ち合いになるのはぞっとしませんね」
田中伍長の言葉を流しながらも、池部大尉は首を傾げていた。おそらく三保木伍長が機動歩兵小隊から離れて連絡のために中隊に合流するのと同時にドイツ軍も村落に到着していたのだろう。
だが、到着したドイツ軍の戦車は大きすぎる気がしていた。隣に停車している装甲兵車は機甲化されている第7師団に優先的に配備されている一式装甲兵車だったが、装甲兵車と並ぶとその戦車の異様さが目立っていたのだ。
同時期に採用されている一式半装軌装甲兵車とは異なり戦車などと同様の完全装軌式である一式装甲兵車は、決して小さな車輌では無かった。
装甲厚が薄く、さらに上部が開放式である一式半装軌装甲兵車と比べると、戦車ほどではないにせよ一式装甲兵車の装甲は厚く、大口径の機関砲を備える銃塔もあるから戦前形式の貧弱な軽戦車程度であれば独力で排除できるだけの戦闘能力まで有していた。
ところが、未知のドイツ軍戦車と比べると一式装甲兵車でもまるで子供と大人程の違いがあったのだ。それほど停車していたドイツ軍の戦車は巨大だった。
第7師団に初めて配備された時はひどく巨大に見えた三式中戦車や四五式戦車よりもさらに一回りは大きいだろう。三式中戦車の寸法は、ドイツを含む他国主力戦車と同程度だったから、その戦車が類を見ない程の大きさなのは間違いないだろう。
村落の外れでドイツ軍の戦車を囲むようにして、池部大尉が乗り込む中隊長車を先頭に中隊は停車していた。すぐに、機動歩兵小隊の小隊長が緊張した面持ちで何人かの男たちを連れて来ていた。
男達の半分は民間人だった。おそらくこの村落の村長などの有力者なのだろうが、流石に彼らの顔は緊張しており、これまでの村々でそうであったように日本軍を歓迎する様子はなかった。村落の男達は、もう半数を占めるドイツ人の方を警戒する様子を隠せなかったのだ。
彼らは三保木伍長の通訳で池部大尉に歓迎の言葉を述べていたが、本音では早くドイツ人を連れて立ち去って欲しい様子だった。池部大尉も苦笑しながら、周辺の陣地構築に適した土地を聞き出すと、直接村落内に居座るつもりはない事に安堵した様子の男達を返していた。
池部大尉が向き直ると、ドイツ軍の士官らしい黒い軍服を着込んだ男が格式ばった様子で敬礼していた。
「ドイツ国防軍、チェコ派遣軍、特別実験大隊、ベルガー大尉です」
反射的に答礼しながら池部大尉は眉をしかめていた。階級は並んでいるが、池部大尉とどちらが先任かは分からなかったからだ。
ベルガー大尉の年齢は一目では判断がつかなかった。疲れ切った様子はひどく年寄りのようにも見えるが、士官学校卒であれば士官候補生上がりの池部大尉よりも年上ということはないだろう。
それにベルガー大尉の言葉の端々には若さも見え隠れしていた。もしかすると若手士官だったベルガー大尉は、東部戦線の消耗で一気に年を取ってしまったのかもしれない。
だが、池部大尉の口から出たのは全く異なる疑問だった。
「今実験大隊といったのか、つまり大尉の……あの戦車は……」
池部大尉が言い淀んだ様子に、ベルガー大尉は自嘲気味に苦笑していた。
「大尉殿の想像されたとおりでしょう。要は試作、実験車両の寄せ集めですよ。正規に生産されたものは片っ端から東部方面軍送りなので、国内予備軍が動かせる試験中の車輌をかき集めたそうです。臨時集成でかき集められたのは自分達戦車兵も同様ですが……
うちの戦車をご覧になりますか。まぁ少なくとも平原では故障しない限りは使えるでしょう」
そう言うとそさくさとベルガー大尉は小山のような戦車に近寄っていた。池部大尉と四五式戦車から降り立った砲手の由良軍曹は顔を見合わせながらベルガー大尉についていった。
近寄ってみると停車していたドイツ戦車の印象は変わっていった。全長はひどく長いが、横幅は他の主力戦車と大して変わらないようだ。ベルガー大尉の言ったとおり、側面から敵を寄せ付けずに正面を向けて戦い続ければ有利なのではないか。
それに、前面には敵弾をそらす傾斜がつけられていたものの、側面は絶壁の様に垂直となっていた。車体と一体化した側面装甲に隠されていた履帯はその大重量を支えるためか幅が広く、前から見ると履帯幅は車体の三分の一ほどもあった。つまり純粋な車体幅は中央の三分の一しか無いことになる。
車体側面にはハンマーなどの工具や雑具箱が乱雑に括りつけられていたが、いかにも取ってつけたといった様子だったから、おそらくは実戦投入されることが決まってから慌てて固定金物などが取り付けられたのだろう。
だが、側面装甲に守られた履帯は敵弾に対する防御性は高いものの、足回りの点検や整備を行うのは大重量であろう装甲板のおかげで苦労するのではないか。
やはりそうした細かな艤装を見ていくと、制式化して実戦配備されている整然とした車輌とは違う乱雑さが伺えていた。適切な手掛け足掛けもないものだから、なれた様子で車体によじ登っていたベルガー大尉に続いてこの巨体に登るためには、池部大尉もひどく苦労していた。
車体に登ってみると、中央に鎮座する砲塔は巨大だったがやはり側面は車体幅までに抑えられていた。砲塔バーベット径も車体幅とさほど変わらないのだろうが、それ以外に奇妙な点もいくつかあった。
砲塔から大きく突き出した砲身は、まるで駆逐艦の主砲をそのまま持ってきて据え付けたかのようだった。海上でこそ軽快艦艇の主砲でしか無いが、陸上では野戦重砲に匹敵する大口径砲が戦車の砲塔に積まれているのは違和感を覚えさせていた。
―――これがドイツ砲戦車に搭載されているという128ミリ砲か……
池部大尉は大隊から回ってきた資料のことを思い出していた。ソ連軍の砲戦車は、軍団砲兵などが装備する大口径榴弾を装備するどちらかというと対陣地戦を意識したものであるらしいのに対して、ドイツ軍の砲戦車は遠距離から対戦車戦を行うために加農砲弾道となる長砲身の砲を備えていた。
ティーガーB型重戦車を原型とする砲戦車では固定式の戦闘室を備えていたのだが、この重戦車は同様の砲を旋回砲塔に据え付けている上に更に副砲まで備えていた。
巨大な128ミリ砲の脇にあったものだから機銃か何かだと思ったのだが、実際には中口径の砲がそのまま据え付けられていた。口径はよくわからないが中戦車の主砲であってもおかしくはないようだ。
側面に向けられた砲塔の下、車体上部はほとんどが給排気用の金網で覆われていた。池部大尉の怪訝そうな視線を追ってベルガー大尉は苦笑しながらいった。
「この新型重戦車、マウスは電動駆動なんですよ。このマウスは200トン近い重量がありますが、これを機動させるのに足りる変速装置を新たに作り上げるよりも、出力加減が自由な電動機と発電機エンジンを別個に備えたほうが有利という判断だったそうです。
もっとも、そのせいでご覧の通り車体上部は給排気用のグリルだらけ、中央部のエンジン、発電機と側面の電動機に遮られて操縦室の操縦士と無線士は俺たちがいる砲塔とは切り離されています。
主砲の威力は大きいが、装填時間は遅い。遅いといえば戦車自体の速度も遅い。路上で頑張って時速20キロ。ただし、こいつが走るとその後に続く車輌は苦労しますがね」
200トンという膨大な重量にめまいがする思いを抱いていた池部大尉は、ベルガー大尉が指差す方向を見ていた。あまりにマウス重戦車の巨体が目についていたものだからこれまで見落としていたが、後方には細部が異なるがパンター戦車を原型としたらしい戦車や整備車輌がたむろしていた。
「ほとんどマウスの護衛用ですが、あれはパンターⅡ……もっとも既存生産型のパンターG型に防護力を向上させたF型砲塔を載せた折衷をⅡ型と改称しただけらしいです。それに、あの戦車回収車を連ねてもこのマウスは到底牽引出来ません。
マウス1号、2号車がまとめて配備されたのは、戦術的なものだけが理由ではありません。マウスが故障した場合に牽引出来るのがマウスだけだからです。正直なところを言えば、試験場からここまで自走できただけでも奇跡だと思えますよ」
池部大尉は思わず首を振っていた。
「数が揃わなければまともに運用できる代物ではないな……ところで一ついいか。俺は外国語は正直苦手なんだが、「マウス」というのはどういう意味なんだ。口ではないんだろう」
自分の口を指差しながら首を傾げる池部大尉に、ベルガー大尉は何が面白いのか笑みを浮かべながら大げさな身振り手振りを加えながらいった
「マウスですか。あの鼠ですよ。家や溝に住む生き物のマウスです」
マウスから降りてもまだ唖然とした表情を隠さないまま立ち去る日本人達の背中を見つめながら、ベルガー大尉は彼らに説明し続けている間も無言で傍らに付き添っていた下士官に声をかけていた。
「日本人の新型戦車をどう思うマイヤー曹長」
二人の日本人達の行き先を見つめながら問われたマイヤー曹長は首をすくめていた。
「我がパンター戦車と同程度ではないですか。ただし、信頼性は高いでしょうな」
「そんなところかね。だが、技術屋が何と言おうと三式の時点で彼らの戦車はパンター戦車とは同等だろう。少なくとも弾や装甲はあっちの方が有利だ」
「装甲厚はパンター戦車のほうが厚かったのでは」
ベルガー大尉は笑みを消すと唸っていた。
「鹵獲した三式中戦車で行った実射撃試験の結果は、曹長も試験場で見ただろう。同じ厚みなら連中のほうが硬くて強いんだ。多分、装甲板の熱処理に必要な貴重な添加物を使い放題なせいだろう。なにせ日本人達は米国とソ連を除く世界の大半から物資を調達出来るんだからな」
「金持ちに喧嘩を売ってはいけないということですかね。それで、我々貧乏人の事情をそれでもかと伝えたのは何故なんです」
ベルガー大尉は再び暗い笑みを浮かべていた。
「あそこまでネガティブにマウスの事情を伝えれば、まさかこいつを最前線に引っ張っていけとは言われないだろう。俺達は日本人の陰から戦わせてもらうさ」
呆れたようにマイヤー曹長は首をすくめていた。
「まったく士官様も悪知恵を働かせるものですな、世も末だ。一体誰を見習ったんです。配属された時の純真な少尉殿はどこに行ってしまったんですかね」
「本当に世も末だな」
訳知り顔のベルガー大尉にマイヤー曹長が首を傾げると、大尉は続けた。
「我が軍の曹長の給与は地の底に行ってしまったらしいな。誰を見習ったかだって、鏡があれば毎朝毎晩見られるじゃないか」
しばらく顔を見合わせていたベルガー大尉とマイヤー曹長はどちらからともなく自嘲的な笑い声を上げていた。
こんな所では死にたくない。二人ともそう考えていた。
四五式戦車の設定は下記アドレスで公開中です。
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三式中戦車の設定は下記アドレスで公開中です。
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一式装甲兵車の設定は下記アドレスで公開中です。
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