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1945ドイツ平原殲滅戦15

「またですぜ、中隊長殿」

 45式中戦車の砲手用ハッチから上半身を乗り出して見張りを担当していた由良軍曹が半ばうんざりしたような声を上げていたが、それに返す池部大尉もいい加減な返答をしていた。

 砲塔中央部に設けられた車長用展望塔の天蓋から上半身を突き出してみると、こんもりとした森の中に切り開かれた街道の向こうから、中隊本部に配属されている三保木伍長の単車が引き返してくるのが見えていた。

 語学能力に優れるために大隊本部から引き抜かれて先鋒中隊に通訳として配属されていた三保木伍長は、尖兵としてさらに先行している機動歩兵小隊に同行していたはずだった。



 池部大尉が率いる日本陸軍第7師団戦車第71連隊第3中隊は、先ごろ三式中戦車から四五式戦車に乗り換えたばかりだったが、連隊内で同車が配備されたのは第3中隊だけだった。

 ただし、第3中隊が特に優遇されているとは思えなかった。少なくとも火力の点では三式中戦車と四五式戦車には大きな変化は見られなかったし、連隊に配備されたこの新鋭戦車が増加試作分に過ぎないと聞かされていたからだ。ようするに池部大尉達は試作兵器の実戦試験を行っているようなものなのだろう。

 第3中隊に四五式戦車が配備されたのも、単にイタリア半島での戦闘で被った損害が大きく、連隊内では補充が一番必要な中隊だったからではないのか。そして中隊が装備改変時に残されていた三式中戦車は、他隊の補充用に返納されていた。



 三式中戦車の備砲は何種類か生産型式で別れていた。短砲身、長砲身の75ミリ砲と火力支援用の105ミリ砲だった。105ミリ砲は他よりも大口径ではあるが、砲身の短い榴弾砲だから反動は小さく、砲架の規模で見れば長砲身75ミリ砲と大して変わらなかった。

 そして四五式戦車の搭載砲は、三式中戦車の長砲身型と同型のものだった。細かな艤装には変更点もあるが、使用する砲弾は変わらなかったのだ。


 三式中戦車の短砲身75ミリ砲は、一式砲戦車などにも搭載されていた野砲を原型としているものであったのに対して、長砲身砲は英国の新型対戦車砲である17ポンド砲を参考にした高射砲に近い性格の高初速砲だった。

 初速が高いから命中精度は良好で貫通力に優れていたが、発砲時に砲身や機関部で生じる腔圧は高かった。この圧力に対応するために長砲身75ミリ砲から撃ち出される砲弾は分厚く頑丈に作らなければならないから、肉厚となってしまった榴弾の炸薬量は少なかった。

 つまり三式中戦車の高初速砲は対戦車戦闘能力は高いが、陣地攻撃などでは短砲身砲のほうが有利という事になるだろう。



 池部大尉の車長席の横にそびえている四五式戦車の主砲は長砲身75ミリ砲だが、これは対戦車戦闘を重視して選択されたというよりも、本来の備砲の開発が間に合わなかった可能性もあった。

 砲塔の内部空間はやや三式中戦車よりも広いといったところだが、砲塔を支える砲塔リングの径は格段に大きくなっており、車体幅一杯にまで広げられていた。

 おかげで装填作業は楽だし、即応弾の搭載数も余裕があったが、備砲と車体の規模は釣り合っていない気がしていた。

 四五式戦車では、機関部などにも色々と新機構が詰め込まれているというが、10トン程の重量増加があった割には池部大尉達は三式中戦車からの変化はさほど感じられなかったのだ。



 備砲が物足りなく感じられるのは、四五式戦車の性格にもあった。これまでとは異なり、四五式戦車は軽中重の三種に分けられた日本軍の戦車を統合するものであるらしい。

 実際には偵察の他に対空戦車や砲兵観測車の原型ともなる軽戦車の任務を代替することはできないが、三式中戦車のように火力と機動性、防護力を高い次元でまとめ上げられれば機動戦から対戦車戦闘、歩兵支援まで幅広い戦闘に対応できると考えられているのだろう。

 ただし、重戦車としてみると四五式戦車の火力にはやや物足りなさも感じられた。勿論、日本陸軍の既存の重戦車と比べれば四五式戦車は遥かに優越していた。


 機動戦用戦車である九五式軽戦車と同時に正式化された九五式重戦車は、その本質は歩兵支援や陣地戦を前提とした多砲塔戦車だった。機関銃塔や複数の砲塔を備えた九五式重戦車は制式化当時としては有力な戦力ではあったが、今ではその設計思想そのものを含めて陳腐化していた。

 備砲は最大でも短砲身の7センチ砲でしか無いし、当時としては比類ない分厚さであった装甲も、今では長砲身砲どころか野砲弾道の短砲身型75ミリ砲であっても2キロ程も先から容易に貫通されてしまうはずだ。


 もっとも、日本軍の重戦車が陳腐化してしまっていたのは、単に後続車輌が開発されなかったためでもあった。主力である中戦車の近代化に最優先で開発力が注ぎ込まれたために、重戦車にまで手が回らなかったからだ。

 固定された陣地戦に使用される重戦車は、流動化した機動戦が主流となっていると思われていた近代戦では使いみちが少ないと考えられていたのだ。


 ところが、今次大戦において独ソ両国などでは主力となる中戦車とは別個に開発された重戦車が確認されていた。陣地攻撃時の火力支援や大遠距離からの対戦車戦などに投入されているらしい。

 両軍とも大重量かつ高価な重戦車は運用、生産に掛かる費用が莫大な為か前線で目撃される例は極端に少ないが、いざ出現した際に敵軍に与える損害は馬鹿にできなかった。



 運用性と引き換えに重戦車が手に入れた装甲は頑丈極まりないものだった。池部大尉達もイタリア戦線終盤でそれを体感していた。

 撤退する友軍から取り残されたのか、あるいは後退する友軍を援護するためだったのか、いずれの理由にせよ最前線に残された僅かなドイツ軍の重戦車に中隊が半壊させられる程の損害を与えられていたのだ。

 パンター戦車を一回り位以上大きくした様な形状のドイツ軍重戦車は、側面から回り込んだ小隊の必死の反撃で撃破することは出来たが、パンター戦車の様にかなり接近しても正面から75ミリ砲で貫くことは出来なかった。

 ドイツ側からの講和申し出があった後に開示された情報によれば、その重戦車はパンター戦車ではなく実際にはティーガー戦車の後継車であるらしい。

 ただし、傾斜装甲の取り入れや正面に集中した装甲配置などはやはりパンターに近いらしいから、池部大尉達の第一印象は必ずしも誤ってはいなかったようだ。


 その重戦車の主砲は恐ろしく長い88ミリ砲だった。以前に長砲身57ミリ砲を装備した一式中戦車に乗り込んでいた池部大尉の経験からすれば、長過ぎる砲身は運用面での支障が多い筈だった。

 起伏に富んだ地形や森林地帯では、車体から突き出した砲身が障害物に接触して容易に損傷してしまうからだ。


 だが、超長砲身88ミリ砲の威力は大きかった。劣勢のドイツ軍からすれば、数で勝る敵戦車の射程外から一方的に撃破することの出来る切り札として期待されていたのではないか。

 池部大尉達が遭遇したティーガーB型重戦車も、正面を重視した装甲配置などからすると、遠距離からの対戦車戦闘を前提としたものだったのだろう。


 ドイツ軍を通した情報ではソ連軍重戦車の運用に関しては不明な点も少なくないが、数的な主力である中戦車よりも有力な火力と防護力を与えられていることだけは間違いなかった。

 池部大尉達も四五式戦車の防護力に関しては三式中戦車よりも強力であると聞かされていたが、これから先遭遇するソ連軍重戦車に対してどこまで耐久できるかは分からなかった。

 それ以上に火力の点では明確に劣っているのだから、至近距離まで接近するか、危険を犯して横合いに回り込まない限り撃破は難しいのではないか。



 もっとも火力面で劣っているからと言って日本軍の戦車隊がドイツ軍などの重戦車に対して一方的に不利であるとは言えなかった。

 実際の戦場で遭遇する機会の多いドイツ軍の主力戦車は、重量級とはいえ中戦車扱いのパンター戦車が精々であって、改良を施されていたとはいえ旧式化しているはずの4号戦車や3号戦車も前線部隊には数多く残されていた。

 それ以前に、ドイツ軍は既に戦車が貴重なのか、対戦車戦闘の機会そのものが少なく、日本軍の戦車隊も歩兵部隊に随伴して混成部隊の火力発揮点として運用されることの方が多かった。


 ドイツ軍の戦車を実際に撃破していたのは、障害物の影に隠れて狙い撃つ速射砲や、最近では噴進弾を装備した対戦車隊、更には上空から無防備な戦車上面を狙う襲撃機の方が多かったのだ。

 結局のところは、どれだけ優れた戦車を投入しても、それだけでは意味をなさなかった。周囲の環境が整わなければその性能を発揮することはできないからだ。



 その点では日本軍が参考にすべきなのはドイツ軍などでは無く、ソ連軍の方なのかもしれない。ソ連軍の重戦車は、大口径主砲で敵陣地を撃滅する火力支援が主任務であるらしいからだ。

 日本軍が本来想定している予想戦場は、ソ連とシベリア―ロシア帝国の国境線になるバイカル湖畔周辺だったが、そこには長い膠着状態の間に両軍が構築した幾重もの陣地群が控えていた。


 仮に日本軍が重戦車を必要とするのであれば、頑丈な敵陣地を一撃で破壊するとともに、友軍陣地を攻略するため接近する敵重戦車を遠距離から撃破できる大火力が求められるのではないか。

 対戦車戦闘に特化した長砲身75ミリ砲ではその用途に適さないのは明らかだった。対重戦車戦闘はともかく、高初速小口径砲はベトンで固められた頑丈な陣地の破壊に必要な大容量の榴弾を使用できないからだ。

 どのような戦闘にも対応出来る能力を与えるのであれば、奇をてらわずに大口径砲を搭載するのが一番の近道だと言えた。



 だが、四五式戦車が日本軍で最新鋭かつ最強の戦車であることには変わりがなかった。この方面に投入された国際連盟軍の先鋒に池部大尉達が選ばれたのはそれが原因なのではないか。


 ―――結局、自分たちは単なる動く広告塔としての役割を与えられただけなのかもしれない。

 池部大尉は、最近ようやく様になってきた三保木伍長が単車を乗りこなす姿を見ながらそう考えていた。


 三保木伍長は、停車した中隊長車の四五式戦車に搭載された水冷ディーゼルエンジンがアイドリング状態で立てる低い騒音に負けないように大声を上げていた。2キロ程先に小さな村といった規模の集落があるらしい。

 都市部では工業化が進んでいると言うが、この辺りには小規模な集落が連続していた。森の恵みと僅かな耕地で暮らす昔ながらの村落なのではないか。

 ただし、前世紀末から急速に進んだチェコの工業化や情報の高速化と無縁とは思えなかった。村落の外れには四五式戦車でも楽々通過可能な街道が通じているからだ。



 状況を聞かされた池部大尉が思案顔で三保木伍長を見ると、すぐに苦笑いが帰ってきていた。

「またです、中隊長殿。村長だか地区長だか知りませんが、彼が言うのは国際連盟軍を熱烈歓迎といった様子ですよ」

 有難迷惑といった様子で池部大尉はため息をつくと、喉頭につけられた無線の送信機を意識しながら中隊系の無線機に告げていた。

「中隊各車、これから村落を通過する。識別の為、日章旗を掲げる。光輝ある帝国軍の威信を恥ずかしめることなく、威厳をもって行動するように」


 池部大尉は一旦口を閉じると、日章旗を掲げる為に飛び出した装填手と入れ違いになる様に車内に滑りこんでいた。今度は無線機を車内系に切り替えると全員に言い聞かせるように言った。

「おい砲手、田中軍曹、今のは貴様に言ったんだぞ。いくら妙齢の美人に歓迎されても鼻の下を伸ばすのはやめておけ。どうせ落ち着いたら、この辺の人間は黄色人種なんぞにゃ鼻もかけんのだからな。

 操縦手、装填手が戻ったら前進だ。村の中に入ったら微速前進だ。間違って村民を轢くなよ。折角歓迎してくれるんだから水を指すことはないんだぞ」


 だが、すぐにぼやくような声が車内系から聞こえていた。

「しかし中隊長殿、戦車の真ん前に旗持って飛び出す人間をどう避けるんですか。さっきの村じゃひどい目に合いましたよ。いくら歓迎してくれるからって……」

 操縦手の地井軍曹に被せるように由良軍曹も続けた。

「最初のうちは良かったんですがね。俺なんかこう何度も熱烈歓迎されると何か裏があるんじゃないかと疑っちゃいますよ」


 池部大尉もため息を付きながら言った。

「とにかく気をつけろ。戦車に興奮した村人は機動歩兵の連中に抑え込んでもらって……いっそ砲兵観測の軽戦車に先導してもらうか」

 三保木伍長の単車に続いて発進する中隊長車のすぐ後ろに続く砲兵観測車仕様の二式軽戦車を眺めながら池部大尉はそう考えていた。

四五式戦車の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/45tk.html

三式中戦車の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/03tkm.html

一式砲戦車の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/01td.html

一式中戦車の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/01tkm.html

二式軽戦車の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/02tkl.html

九五式軽戦車の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/95tkl.html

九五式重戦車の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/95tkh.html

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