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1945ドイツ平原殲滅戦12

 実質的にドイツ軍全ての陸上戦力に対する指揮を任されているマンシュタイン元帥に対して、出席者の誰かが暗然とした様子で言った。

「東部方面軍はこのソ連軍を押し止める事ができるのだろうか……」



 それは誰かの独り言であったのかもしれないが、マンシュタイン元帥は顔色一つ変えること無く律儀に返していた。

「ソ連軍がこの規模であればもはや不可能だ。何より火力の差が大き過ぎる。我が方は撤退続きで重砲、野砲といった重装備の喪失が相次いでいるし、我が空軍の攻撃機は前線直後の阻止攻撃は可能であっても、ソ連軍後方を叩く事が出来ないのではないか。無論海軍の艦砲射撃にも殆ど期待できないだろう。

 正面から衝突すれば方面軍に可能なのは時間稼ぎだけだが、おそらくは我軍単体でそんなことになれば方面軍は崩壊するだろう」

 曖昧な言い方だったが、東部戦線に従軍し続けていたマンシュタイン元帥の言葉は重かった。

 それでも不満そうな顔の出席者は多かった。海軍のシュニーヴィント大将はともかく、ガーランド中将は今にも噛みつきそうだった。


 そんな出席者達を見回しながらさらにマンシュタイン元帥が続けた。

「最初に言っておくが、東部方面軍の戦力を過大評価しないでもらいたい。つまり戦闘序列に記載された通りの戦力は期待しない方がいいということだ」


 ルントシュテット元帥が鋭い目をマンシュタイン元帥や軍需省の人間に向けていた。

「それはどう言う意味か。占領地から引き上げてきた部隊は次々と軍需省に奪われて労働部隊に送られてしまったから師団を送ってやることは出来なかったが、国内予備軍は補充兵や機材はこれまで以上に東部方面軍の前線に送っているぞ」

 マンシュタイン元帥は困惑した表情を浮かべたが、それでもどことなくうんざりした様子で答えていた。

「確かに師団単位で見れば再編成中に受けた補充で概ね定数は充足しておりますな。だが、私はその数を額面通りに受け取るべきではないと言っているのですよ」

 そこでマンシュタイン元帥は、視線をルントシュテット元帥からそらして会議室全体を見回しながら続けた。


「国防軍はともかく、武装親衛隊……元武装親衛隊所属各師団の士気は総統暗殺事件前より著しく低下している。

 方面軍の参謀に密かに調査させていたのだが、開戦前に編成されたドイツ人の部隊はまだましだが、外国人の……廃止された義勇師団から転属してきた兵はほとんど使い物にならぬようだ。

 ドイツ国外から志願した志願兵は、ナチス党、もとい総統という指導者を失ったことで従軍する大義名分も失われたと感じているようだ。特に北欧や東欧といったソ連の影響下にすでにおかれた国の出身者はもはや政治的に信用できないと考えるべきではないかな。

 そういう意味では開戦前からの古豪師団も疑う余地は残されているだろう。収容所の元看守など戦後に訴追される可能性の高いものは戦々恐々となっているのではないか」



 マンシュタイン元帥の言葉に、出席者の多くが不快そうな表情を浮かべているのを見渡しながら、シェレンベルク少将は正規の軍人も政治的な信用という点では疑わしいものだと考えていた。

 前政権においては、軍人は任官に際してドイツという国家では無くその指導者であるヒトラー総統個人に忠誠を宣言していたからだ。

 ヒトラー総統が後継者に指定していたという理由だけでは、どれだけの者がゲーリング総統代行に忠誠を尽くして最後まで戦うかは未知数だった。

 それにこの場にいる高官たちも忠誠心や義務感で集まっているものだけではなかった。


 ヒトラー政権では、高官達の忠誠心を買う為に高級将官や閣僚らに惜しげもなく金銭などを与えていた。古の王達の下賜金の様な物だったが、それらとは異なり、ヒトラー政権では金品の授与は隠密理に行われていた。

 その行為をヒトラー総統の元で牛耳っていたのはラマース官房長官だったが、ベルリン市内が騒乱に巻き込まれていた際に反体制派や親衛隊に先んじて動いていたゲーリング総統代行麾下のものに官房長官は確保されていた。

 表向きラマース官房長官はゲーリング総統代行の元でも同職に再任されていたが、彼が保持していたヒトラー総統の下賜金に関する情報は総統代行に握られて将軍や官僚達を現政権に従わせる裏工作に活用されていた。



 ―――結局、どの高官も最後は金で動くのだ。

 シェレンベルク少将は内心で軽蔑しながら高官達を眺めていたが、不意に出席者達のなかでも下賜金を授与された形跡のないごく少数派に属するマンシュタイン元帥が少将に視線を向けていた。

「親衛隊も武装親衛隊内部の調査を行っているという噂があるが、それは本当かねシェレンベルク少将。それとも貴官は国外諜報専門かな」

 マンシュタイン元帥の言葉は意外にも柔らかなものだったが、その目は鋭かった。それに戦線の開設からこれまで東部戦線に従事していた元帥が、親衛隊の情報畑専門で防諜を専門としていたシェレンベルク少将のことを把握しているとは思わなかった。

 シェレンベルク少将は戸惑いながらゲーリング総統代行に視線をむけると、弛んだ顎を無理矢理に引くようにうなずいているのが見えていた。


 シェレンベルク少将がまっすぐに視線を向けて僅かに頷くと、マンシュタイン元帥も満足そうにした。

「結構、後で方面軍参謀部のものを君のところに行かせるので情報交換を頼む。古い友人に貴官のことを聞いておいて良かった……

 さて、何れにせよ我が軍は内憂外患の中で政治的に信用できる部隊を抽出して前線後方に機械化した予備兵力を構築しつつある。これが我軍のまともな最後の戦力だと言って良いだろう。

 勿論だがこれは軽々に動かすことはできない。だからこそ彼らの意図を正確に読み取って反撃地点を定めなければならないのではないか」

 そう言ってマンシュタイン元帥は周囲を見渡していた。



 唐突に不機嫌そうな顔で地図を睨みつけていたルントシュテット元帥が声を上げた。

「そうか……ペーネミュンデだ……奴らはペーネミュンデを狙っているに違いない」

 出席者達の反応は遅れていた。そもそも大半のものがルントシュテット元帥が言い出したのが何なのか理解していなかったのだ。


 ルントシュテット元帥は、軍需省から来た官僚に苛立たしげな顔を向けていた。官僚は椅子に背を預けながら眉をしかめながらも同意するように言った。

「例の……ドルンベルガー閣下のロケットですか……」

 まだ要領を得ないという顔のものが多かった。ルントシュテット元帥が忙しげに地図上の一点を指し示しながらいった。

「このバルト海沿いのペーネミュンデ試験場に、ドルンベルガー少将を指揮官とするロケット砲兵隊が展開しているのだ。その部隊では先日より試射を兼ねてソ連軍に向けて射撃を開始しておる」

 ルントシュテット元帥の声は自慢そうに聞こえるものだった。元帥が指揮する国内予備軍も大分ロケット部隊に関わっているらしい。



 それでも出席者達の反応は鈍かった。ロケット兵器といっても既に実戦投入されているものも珍しく無かったからだ。

 元々、先の大戦後にベルサイユ条約によって軍備を制限されていたドイツでは、従来の長距離砲とは異なり条約に違反しない新兵器としてロケット兵器の開発が盛んに行われており、またこれに対抗する為かソ連軍でも同様の兵器が随分前から実戦投入されていた。

 だが、独ソ双方ともロケット兵器は従来砲兵を完全に代用するものとはならなかった。射程はともかく、自力で推進するロケットは飛行速度も遅く半数必中界が大きかったからだ。


 ロケット弾は原理的に通常の砲に比べると発射時に砲身部にかかる腔内圧力は著しく小さく、また反動も少ないからその発射機は簡易でよく、極端なものであれば単なる弾体を収める箱組しか持たないものも珍しく無かった。

 ただし、弾頭に推進部を組み込んだロケットは通常の砲弾よりも大きく、迅速な再装填は難しかった。

 これらの従来砲とは異なる特性を考慮してロケット兵器は前線部隊の突撃前に行う面制圧兵器として運用されていた。射撃精度を発射弾数で補う事で、広い範囲を一時的に制圧してしまうのだが、結局は従来火砲の補助的な運用でしかないとも言えた。



 ところが、ルントシュテット元帥は高官達の困惑を一蹴していた。

「ペーネミュンデで試作されていたロケット兵器は、従来のそれとは原理が同じというだけで、全く異なる兵器体系と言ってよいだろう。同じ弾が出るからと小銃と大砲を並べるようなものだ。

 そのロケットは前線後方から敵軍後方を狙えるほどの距離に一方的に1000キロの榴弾を送り込むことが出来るのだからな。数が揃えば、マンシュタイン元帥が言い出した火力の差を埋めることができるのではないかな」


 出席者の多くが顔を見合わせていた。噂では新型ロケット兵器の存在を知っていたものもあったが、詳細は友軍にも秘匿されていたからだろう。

 親衛隊でもロケット兵器の独自運用、あるいは陸軍からの接収を狙っていたが、シェレンベルク少将が知る限りではヒムラー長官が本格的に動く前に総統暗殺事件によって有耶無耶になっていたようだ。

 ゲーリング総統代行も興味深そうな顔になっていた。ルントシュテット元帥の言葉が正しければロケット兵器の大量使用によって戦局を一転させることも出来るのではないか。



 だが、出席者達の興奮を打ち消すように、おそらくは無意識の内に口にしたのであろうぼんやりとしたガーランド少将の声が聞こえていた。

「高価過ぎてV-2は開発中止になったのではないか……」


 独り言が周囲に聞こえたのに気がついたのか、ガーランド中将はばつの悪い顔になっていたが、追い打ちをかけるように軍需省の男が覚悟を決めたように言った。

「失礼ながらルントシュテット元帥は状況を正しく把握されていない様に思われます。軍需省の……故シュペーア大臣が命じられていた調査結果によれば、陸軍開発のロケット兵器V-2は空軍所管のV-1に対して、より迎撃が困難であることなど技術的な利点はあるものの、生産に必要な物資、人員が余りに多すぎます。

 元帥閣下は数を揃えればとおっしゃりましたが、V-2の生産にはこれまで大量の捕虜やユダヤ人を使っていた筈ですな。彼らが国を去り、また英国の爆撃が無くなったことでペーネミュンデに帰って来たばかりのロケット部隊には大規模なロケットの生産も運用も不可能では無いですか」


 思わぬところからの反撃に、ルントシュテット元帥は一瞬うろたえた様子を見せたが、すぐに鋭い視線を向けていた。

「なるほど、大規模な攻撃は不可能かもしれない。だが、先程貴官も言ったように長大な弾道飛行を行うV-2の迎撃は不可能だ。高級司令部や交通結節点などの要地といった最優先すべき箇所を見定めて一斉に放てば現在保有している分を撃ち尽くしたとしても数以上の成果を発揮できるのではないか。

 それに、数は少なくとも鮮やかな戦果を残せば、奴らがペーネミュンデに固執する理由も作れるだろう」

「なるほど、ロケット部隊の基地そのものを囮にするというわけですか……」

 マンシュタイン元帥が一見感心するように言ったが、その目は冷ややかだった。最初からロケット部隊などには期待していないのかもしれない。



 シェレンベルク少将は密かに嘆息していた。今になってルントシュテット元帥を国内予備軍司令官に任命したゲーリング総統代行の判断は誤りだったのではないかと考え始めていたのだ。

 軍内の反体制派によって動員された国内予備軍は、総統暗殺事件直後の親衛隊との衝突などで権威と士気が著しく低下していた。更迭されたフロム上級大将の後任にフランスから帰国後のルントシュテット元帥を宛てたのは、国防軍の長老格である元帥に国内予備軍の立て直しを期待してのことだったのだ。

 だが、士気はともかくルントシュテット元帥は本来一軍を率いるべき人材であって、フロム上級大将程の軍官僚としての能力は持ち合わせていなかった。


 そのことはルントシュテット元帥本人も理解していた。そこで前線がドイツ国内に入り込もうとしている今、国内予備軍の所管する部隊の指揮をとろうとしているのではないか。

 シェレンベルク少将はルントシュテット元帥を煙たがっている様子のマンシュタイン元帥の横顔を見ながら今後の前線指揮の混乱を危惧していた。

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― 新着の感想 ―
[一言] ルントシュテット閣下がんばえー(棒) これもしかして史実のほうがマシな戦力差だったりしませんか…?
[良い点] マンシュタイン閣下のもとにも古い友人が訪れたのですね。今度は何を吹き込んだのやら [一言] ルントシュテット「事務作業苦手だから若い衆連れて現場いくわ!ああ、気を使わなくていいよ!こっちは…
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