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1945ドイツ平原殲滅戦11

 先ごろの大攻勢に際して、ソ連軍はドイツ軍主力と対峙する前線に5個方面軍を展開させていた。各方面軍には高度な戦略的判断の自由を与えられた司令部が存在しているようだった。


 ただし、司令官の階級や司令部機能という点では各方面軍は同格であるようだが、配属された戦力には大きな差異があった。

 概ねソ連軍の各方面軍はドイツ軍の軍集団に匹敵するが、各方面軍間の戦力移動はドイツ軍よりも柔軟に行われているらしい。あるいは、方面軍よりも上位の国家レベルの指揮中枢である赤軍総司令部の権限がより大きい為に、方面軍を飛び越えた指揮統率が容易なのかもしれない。



 ソ連軍の5個方面軍のうち、少なくとも1個は現在はドイツ国境の最前線から遠ざかっていた。東欧方面に展開していたその部隊は、大攻勢が開始された当初はバルカン半島方面のドイツ軍やドイツの同盟国である東欧諸国に圧力をかけていたのだろう。

 勿論だがこの方面軍は主力では無かった。東欧諸国の戦力では太刀打ち出来ないだろうが、単独で大規模な突破作戦を行うほどの余裕も無いようだから、配属された機械化部隊も少ないようだ。


 この方面からはドイツ軍はすでに撤退していたが、それに代わって国際連盟軍が虎の子の空挺部隊まで持ち出して急速展開していた。ソ連軍としても国際連盟軍と大々的に事を構える程の覚悟はないのか、兵力では優位にある筈だが第1ベラルーシと呼称されている方面軍の南下は停止していた。

 バルカン半島では、ソ連側に寝返ったハンガリー、ルーマニアの南部国境線辺りで国際連盟軍の派遣部隊とソ連軍第1ベラルーシ方面軍とのにらみ合いが続いているらしい。



 残る4個方面軍は旧ポーランド、ドイツ国境線の向こう側で大規模な再編成を行っていた。大攻勢によって包囲されたドイツ軍主力は崩壊していたが、側面防御を考慮することなくバルト海に向けて長駆進出した赤軍主力の2個方面軍の損害も少なくなかった。

 それ以上に、これまで堅実な攻勢を続けていたソ連軍にしては無謀とも言える長距離進出を行った方面軍先鋒の機械化部隊は消耗し尽くしていたようだ。碌な整備を無しに行動していた戦車部隊などは機材の殆どを実質的に喪失していたのではないか。

 分厚い装甲や大口径の火砲を装備してもなお大出力エンジンで強引に機動させる重量級の戦車は、交戦することが無く移動するだけでも消耗してすぐに寿命が来る厄介な機械だったからだ。

 ドイツ軍南部軍集団を率いていたマンシュタイン元帥は無謀な解囲作戦を強行することなく戦力を温存するために戦線の縮小と脱出部隊の収容に専念していたが、ソ連軍もまた大攻勢後は再編成と補充によって戦力の回復に努めていたようだった。



 再編成後のソ連軍はバルト海沿岸から旧チェコ国境線付近までの狭い領域に4個方面軍を集結させていた。

 あるいは前線長が短縮されていたことから方面軍の合流や吸収による司令部機能の単純化もあったのかも知れないが、ドイツ軍のように前線全てを単一の司令部に委ねることまでには至っていないようだった。

 ドイツ軍と対峙するソ連軍の数は単一の司令部で管理できる量を遥かに超えていた。大損害を受けて後方に送られたり、バルカン半島方面に展開する部隊を除いても、100個師団を越える数が国境線の向こう側でひしめいていた。その後方には総司令部直轄の予備兵力も控えているのではないか。


 昨今のドイツ軍も師団数の維持に努めていたが、両軍の師団構成には大きな開きがあった。

 ドイツ軍の師団編制は、戦局の悪化によって年毎に定数が減少していた。陸軍は1個師団の戦力を維持することよりも戦略単位である師団数を増やすことで戦略的な柔軟性を得ようとしたのだろう。

 ドイツ軍によるソ連侵攻が開始されてからしばらくの間はソ連軍も同様の傾向があった。特に戦車部隊などは大型の師団編制では行動に支障があったのか、あるいは開戦直後の大損害に補充が追いつかなかったのか、戦車師団などが解体されてより小規模な旅団や連隊規模で運用されていたらしい。


 ところが、最近になってソ連軍戦車部隊の編制が重厚なものに変わっていたようだ。中途半端な性能しか持たない軽戦車などは戦車隊から偵察隊に引き上げられた上に、各隊の装備も統一されているらしい。

 以前は重戦車と中戦車が同一の部隊に中隊単位で配属されていたのだが、最近では連隊や大隊ごとに機材が揃えられている傾向にあると前線からは報告されていた。しかも、重戦車や重量級の自走砲を装備する独立部隊がバルト海沿いの方面軍に集中配備されている傾向があった。



 ソ連軍の重自走砲は間接射撃を行うことで後方から前線部隊の支援を行う車両ではなかった。分厚い防盾と完全に閉囲された戦闘室天盾に遮られた砲架はさほど仰俯角を取れないから、そもそも山なりの弾道で間接射撃を行うのは難しいのだ。

 それに戦車を母体としていたとはいえ使用する大口径の榴弾砲は砲弾も巨大だから狭い車内に搭載される砲弾は少ないはずだった。制圧よりも破壊効果を重んじるというソ連軍が好む重厚な火力戦闘に用いるには継戦能力が低すぎるだろう。


 対フィンランド戦から確認されたこの形式の車輌は、頑丈なトーチカを大口径榴弾の直撃で粉砕する為の対トーチカ駆逐車とでも言うべき存在だった。

 装甲、武装の配置だけを見ればドイツ軍の一部駆逐戦車などに類似しているが、本来の用途は異なるものだった。その装甲は、初速の遅い榴弾砲でも直撃を得られるほどの距離まで接近する間に、トーチカからの防御射撃を無力化する為のものなのだ。


 逆に言えば、こうした重自走砲が重点的に配置された方面はソ連軍が突破を狙う地点と判断できるのではないか。

 ソ連・フィンランド戦争ではフィンランド軍が整備していた永久構造物のトーチカがトーチカ駆逐車によって次々と撃破されていったというから、ドイツ軍が国境線近くに構築しているような急拵えの防御線などひとたまりもないだろう。



 しかし、ソ連軍の主力配置を説明された出席者の間からは、最初に怪訝そうな声が上がっていた。

「ソ連軍の攻勢正面がバルト海沿岸というのはどのような根拠から導き出された結論なのだろうか。先ごろの大攻勢前のようにバルト海沿いの進撃を欺瞞しているという可能性はないか」


 懸念するような高官の声に同意するように頷くものも多かった。無理もなかった。ソ連軍はポーランド全域を舞台とした大攻勢にあたって徹底的な欺瞞と陽動を行っていたからだ。多くの将兵にはソ連軍にしてやられた記憶が未だに鮮やかに残されているのだろう。

 主力部隊をバルト海沿いに配置して東プロイセンを攻めるとドイツ軍に見せかけている間に、ソ連軍は密かに戦線中央部に戦力を蓄積させていたのだが、ドイツ軍はこれに対応するために貴重な機甲部隊を北部軍集団に集中させて機動防御戦術でソ連軍を撃退しようとしていたのだ。


 だが、ドイツ軍はソ連軍の罠に見事に嵌っていた。最初に戦線の両翼で開始された陽動によって北部、南部の両軍集団が最前線に拘束されている間に、戦線中央部に火力を集中させたソ連軍はドイツ軍の前線に巨大な突破口を作り上げていた。

 戦線中央部に生じた突破口を無人の荒野を行くがごとく突破したソ連軍は、最終的にポーランド国境線近くで北方に転進して巨大な包囲網を構築していたが、今回その状況が再現されれば包囲網を構築される前に前線中央部の後方に位置するベルリンが早期に蹂躙されてしまうのではないか。



 問われた形のグデーリアン上級大将は淡々とした表情でいった。

「客観的に見て情勢は概ね正確に把握されていると参謀本部では考えている。今回の分析評価にあたっては諜報活動に加え……」

 グデーリアン上級大将は、そこで一旦ゲーリング総統代行のそばに控えるシェレンベルク少将に目を向けたが、すぐに視線をそらすと続けた。

「諜報活動に加えて偵察機が撮影した写真分析を元に行っている。後方の鉄道貨物や航空基地も撮影対象である為、確認された前線に運ばれた物資は膨大なものになるようだ」


 今度はルントシュテット元帥が感心したような表情を浮かべていた。ゲーリング総統代行に代わって空軍総司令官代理を任せられた戦闘機隊総監ガーランド中将に視線を向けながら言った。

「わが空軍もやるではないか。例のアラド社のジェットエンジンを搭載した高速偵察機の戦果かねガーランド君」

 国内予備軍は本国における将兵の補充、育成などの教育に加えて国内産業の監督も任務としていたから、その司令官であるルントシュテット元帥も畑違いであるとはいえ空軍の新鋭機のことは一通り知識を得ていたのだろう。



 だが、ドイツ軍の長老格であるルントシュテット元帥とガーランド中将は親子ほども年が離れていたが、中将は白けた表情で返していた。

「Ar234は既に飛行していますが、写真偵察の大半は日本軍の……一〇〇式で行われたものですよ」


 そっけない様子のガーランド中将にルントシュテット元帥は眉をしかめていた。

「既に国際連盟軍が我が国内に展開しているのか。私は聞いていないぞ」

 ガーランド中将が何かを言う前にグデーリアン上級大将が言った。

「公式には国際連盟軍はオーストリア併合前の旧国境を越えていないことになっているので参謀本部で情報は差し止めていますが、国籍標識を消した日本軍の長距離偵察機に国内の基地を空けて提供しています。

 機密保持の為に空軍機もその基地に立ち入らないようにしていますが、その代わりに彼らが得た情報をこちらにも回してもらっているという訳ですな」


 ルントシュテット元帥は今度は渋い表情になっていた。

「黄色人種の偵察機か……だが、開戦前には我が国の技術者が日本人を指導していたというではないか。彼の国で作られた飛行機がちゃんと飛ぶのかね。実際にはソ連軍に阻止されているのではないか」

 ガーランド中将は白けた表情のまま気のない様子でいった。中将は対仏戦後に戦闘機総監に就いていたから、日本軍との本格的な交戦経験はなかった。それで大した興味も無かったのではないか。

「正式名称は一〇〇式司令部偵察機でしたかね。日本軍の機体はとにかく足が長いようですから、ソ連軍占領地の奥深くまで進出することが出来たのでしょうな」


 グデーリアン上級大将も手元の書類を見ながら補足するように言った。

「日本軍からの通告によれば、一〇〇式司令部偵察機……司令部偵察機というのは、彼らの長距離偵察機を分類する用語だそうですが、高高度飛行能力に優れるらしく、偵察時はかなりの高高度から撮影を行っているようですな。

 それでソ連軍も彼らを迎撃出来なかったのでしょう。あるいは、これまで我が空軍が保有していなかった機材のために油断していたのかもしれませんが……」


 遠回しに偵察飛行も出来ないドイツ空軍とグデーリアン上級大将が批判しているとでも思ったのか、直情的なガーランド中将が露骨に嫌そうな顔になったが、戦闘機隊のことではないためか直接文句を口にはしなかった。

 ルントシュテット元帥の方は更に文句を言いかけていたようだが、指先で机を忙しく叩きながらゲーリング国家元帥が冷ややかな声でいった。

「諸君、今の我々には情報の真偽を問う余裕はない。参謀長の報告が正と仮定して今後どう動くべきか、それを議論してもらいたい」



 顔を見合わせた出席者達の中で、ただ一人マンシュタイン元帥が淡々とした声を上げていた。

「総統代行の意見には賛成しますが、ソ連軍は一体何を狙っているのでしょうな……」

 マンシュタイン元帥の目はソ連軍主力が配置されている地図上の一点を見つめていた。

一〇〇式司令部偵察機の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/100sr3.html

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