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1945ドイツ平原殲滅戦10

 軍内の反体制派によって暗殺されたというヒトラー総統は、実は総統大本営の爆発を生き延びてドイツを脱出しているのではないか。そのような噂は暗殺事件の直後から早くも飛び交っていた。



 「狼の巣」と俗称されていたポーランドの総統大本営は、現在ソ連軍の占領下にあった。ソ連軍の大攻勢によって作り出された包囲網の只中にあったからだが、巨大な包囲網が閉じられる前からソ連軍による大規模な爆撃を受けていたらしい。

 混乱の中で主を失った総統大本営は放棄されていた。大本営の守備部隊も実質的に全滅していた。少数の将兵は包囲網を脱出して南方軍集団に収容されていたが、大本営の全体を把握していた高級将校は捕虜となるか戦死してしまったようだった。


 暗殺事件を引き起こした軍反体制派から正確な情報を確認することも出来なかった。シェレンベルク少将は爆弾を仕掛けた張本人から前後の状況を聞き取っていたが、それも主観的な情報に過ぎなかった。

 ヒトラー総統が在席していた会議室内で暗殺用に用意していた爆弾が起爆していたのは確かなようだが、彼らは起爆前に総統大本営を脱出しかけていたから、当然のことながら総統の遺体は確認していなかった。



 総統大本営内の会議室周囲の構造は、暗殺事件を仕掛けた反体制派によって念入りに確認されていた。

 暗殺事件発生当時は、既に旧ポーランド、ソ連国境線近くまで前線が達しており、さらにバルト海沿いにソ連軍主力が集結中との情報も入っていたから、総統大本営で行われた戦況会議は地下壕内で行われていた。

 ベルリンの首相官邸などとは異なり、総統大本営は前線近くで直接総統が指揮を取るためのものという建前で建設されたものだから、地下壕の構造も特に強固に造られていた。


 大規模な空爆でも破壊できないほど地中深くに頑丈に作られた地下壕だったが、暗殺事件では皮肉なことにその頑丈さが総統にとって仇となっていた。閉鎖された会議室内で起爆した爆弾は、爆圧や破片を逃げ場のない室内に撒き散らしていたからだ。

 地下壕内で爆発があった直後に火災が発生していたことは、脱出した守備隊将兵の証言でも得られていたから間違いはないだろう。



 だが、その後しばらくしてからゴーテンハーフェン港周辺からとある情報が得られていた。

 包囲網から脱出してきた諜報員などからの証言をかき集めたものだった為に確認までに時間差が生じていたのだが、暗殺事件からしばらくしてから政府高官らしき集団が停泊していた9型潜水艦に乗り込む姿が目撃されていたのだ。

 直後に9型潜水艦は物資を満載して出港していた。通常の出撃ではあり得なかった。少なくとも潜水艦隊からの正規の命令は出ていなかったようだった。その艦は潜水艦隊を飛び越えた指揮系統から直接命令されていたようだが、詳細はゴーテンハーフェンの喪失と共に失われていた。


 停泊していた9型潜水艦は就役したばかりの新鋭艦だった。就役直後にもはや外洋では安全に行えなくなっていた慣熟訓練を行うためにゴーテンハーフェンに回航された直後に騒ぎに巻き込まれたらしい。

 新鋭艦と言っても既存艦と抜本的な性能の向上は無いはずだったが、これまでに判明した範囲においても積み込まれた消耗材の量は定数を遥かに越えていた。通常の航海以上に遠距離まで進出する事を考慮して搭載量が決定されていたのではないか。

 あるいは、完熟訓練中であったために魚雷搭載数などが定数よりも少なく、その分空いた空間に定数以上の消耗材を積み込んでいたのかもしれない。


 それに、完熟訓練中の9型潜水艦は元々乗員の定数を割り込んでいたらしい。損耗率の高い最近の潜水艦隊では珍しくもないが、姿を消した潜水艦は更にゴーテンハーフェンで就役後の最終調整を行っていた造船所工員と共に何人かの乗員を降ろしていた。

 それに代わって艦長に指図する何人かの男たちが乗り込んでいたらしい。



 周囲から傅かれる老人が彼らの指導者であったらしい。他に顔を隠すようにした中年の男もいたというが、それよりも彼らと入れ替えられるように下艦させられた乗員が、乗艦する一団とすれ違う時に途方も無い人物の顔を見ていたのだ。

 乗り込んだ男たちの中にはヒムラー親衛隊長官、ゲッベルス宣伝大臣の二人が含まれていたらしい。その2人はナチス党の宣伝などで国民に広く顔を知られていたから、一瞬とはいえ下艦した乗員が見間違える可能性は低かった。


 だが、当初の想定ではありえない事態だった。シェレンベルク少将の調べでは、この2人も総統大本営で行われていた戦況会議に出席していたはずだからだ。実際に多くの閣僚は暗殺事件に巻き込まれたらしく行方不明となっていたのだ。

 中には遺体となって地下壕から運び出されていた閣僚も脱出した守備隊将兵によって目撃されていた。

 北方軍集団の高級指揮官の多くも総統大本営に呼び出されていたらしく、ソ連軍による直後の大規模な空襲による損害もあって軍司令官級の高級指揮官の中にも行方不明者が続出していた。


 理由は不明だが、フランスに駐留していたB軍集団を率いていたはずのロンメル元帥もベルリン市内で行方不明になっていたらしい。

 直属の上官だったルントシュテット元帥によれば、ロンメル元帥はヒトラー総統と面談すべくベルリンに向かっていたそうだが、暗殺事件直後のクーデターによる軍内反体制派と親衛隊との戦闘に巻き込まれてしまったのかもしれなかった。


 だが、本当にヒムラー長官達が生き延びて総統大本営を脱出して、更にゴーテンハーフェンの9型潜水艦までたどり着いていたのだとしたら、情勢が大きく変化する可能性があった。

 総統大本営の地下深くで起こった爆発からヒムラー長官達が生き延びていたとすれば、ヒトラー総統も実際に生存している可能性があるのではないかとも考えられるからだ。

 9型潜水艦に乗り込んだ一行には顔を隠すようにした男が含まれていたというから、それが総統であった可能性もあるのではないか。この情報が広まれば、そのような噂が広まる可能性もあった。



 この情報は秘匿されなければならなかった。それが実質上ゲーリング総統代行を裏から操る軍情報部長カナリス大将の判断だった。

 ベルリンで発生した軍内反体制派と親衛隊との戦闘をヘルマン・ゲーリング装甲師団を率いて鎮圧したゲーリング総統代行は、直後に新政権の樹立を内外に告げていたが、この法的根拠は曖昧なものだった。

 以前よりヒトラー総統はその後継者にゲーリング国家元帥を指名していた。実際ドイツ全軍でただ1人の国家元帥という一歩抜きん出た地位についたゲーリング総統代行は、他の元帥達よりも一段高い地位にあるという事になる。


 だが、親英派のゲーリング総統代行は、自らが率いるドイツ空軍の不振に加えて、クーデター騒ぎよりも前から国際連盟軍との講和、ユダヤ人排斥政策の廃止を政権内で主張してヒトラー総統から疎まれていた。

 国民から人気のあるゲーリング総統代行から国家元帥や空軍司令官の地位を奪うことはなかったが、実際には中央政界を追われてベルリン郊外のショルフハイデに建てられた邸宅に引きこもっていた。

 左遷によって出来た時間で邸宅に隣接する狩猟区で行う狩りや家族との団欒に勤しんでいたゲーリング総統代行だったが、シェレンベルク少将を実行者に押し付けたカナリス大将の巧みな意識操作によってドイツを率いる総統代行として立っていた。



 もっともその代行の文字が示すとおりに、ゲーリング国家元帥は総統の後を正式に継ぐのではなく、生死不明のヒトラー総統の代理人としての立場を崩さなかった。

 しかもこの政権には大きな矛盾が存在していた。正統性の点ではヒトラー総統の前政権を受け継ぐという姿勢を示しているのに、政策上はユダヤ人排斥などの民族差別の撤廃や占領地からの撤退、国際連盟との講和などといったヒトラー総統が聞けば激昂するような大変換を行っていたのだ。

 だから、仮にヒトラー総統が生き延びていれば、ゲーリング総統代行の方針は全て否定されてしまうのではないか。



 ただし、これまで入手した情報からすると、シェレンベルク少将はヒトラー総統が生存している可能性は低いと判断していた。

 仮に彼らナチス党幹部が総統大本営から生き延びたとしても、ゲーリング国家元帥と政権内で対立していたヒムラー長官やゲッベルス大臣などはともかく、ヒトラー総統が本当に生存しているのであれば、危険を冒して国外などに脱出せずにゲーリング総統代行に政権の返還を求めればいいだけだからだ。

 件の9型潜水艦が出港したのは、バルト海中央部にソ連軍が打って出てくるよりも早かったし、北海に抜け出た頃にはドイツ側から国際連盟軍への講和申し出が早くもあった筈だから、国際連盟軍による対潜哨戒も緩んでいたのではないか。

 だからゴーテンハーフェンから出港した9型潜水艦がどこかの勢力に撃沈されたとは考え辛く、自らの意思で姿をくらませたと判断すべきだった。



 なんにせよ件の9型潜水艦の行方を追いかける余力は今のドイツにはなかった。総統が乗り込んでいる可能性があったとしても、あとは国際連盟軍の手に委ねるしかなかった。

 勿論他の潜水艦の脱走も今は無視するしか無かった。国際連盟軍に対して正式に通告するか否かは海軍の調査を待ってから判断するほかないのではないか。


 そのことを理解しているのだろう。ゲーリング総統代行は気を取り直すようにシェニーヴェント大将に再度詳細を確認するように命じると、視線を参謀長のグデーリアン上級大将に向けていた。

 グデーリアン上級大将も一度頷くとシェニーヴェント大将と交代するように立ち上がっていた。上級大将の合図で参謀本部から派遣された将校の手で戦況を示す地図が張り出されていた。



 シェレンベルク少将は、地図上に貼り付けられたピンの位置が示す前線の位置よりも先に張り出された地図そのものに目を向けていた。

 4年ほど前に、シェレンベルク少将はこの同じ会議室内でヒトラー総統出席の戦況説明に出席していた。あの時は新たに日本帝国が正式に参戦してきたとはいえドイツ勢力の範囲は最大に拡大された時期だった。


 最前線を示す巨大な地図はその時も同じように張り出されていたが、その地図は欧州全域、南は北アフリカ沿岸部から東はモスクワ周辺まで広がっていた当時のドイツ軍の前線を指し示す広大なものだった。

 ところが、今日若い参謀将校によって張り出されている地図の用紙寸法はさほど大きくは変わらないものの、地図の縮尺は大きく変化していた。


 今日張り出された地図は、概ね今次大戦開戦前のドイツ本国を表したものに過ぎなかった。その地図はフランス北部やポーランドの一部が記載されているだけのものだったのだ。

 大戦前に合併したオーストリアやチェコどころかワイマール共和国時代にも飛び地として保持されていたプロイセン州すら消え失せていた。オーストリアには既にイタリア半島から北上した国際連盟軍が進駐を行っており、臨時政府の樹立を急いでいるらしい。



 ―――この戦争はやはり無謀なものに過ぎなかったのか……

 戦況図上に再現されたソ連軍の配置を確認した出席者達の間にどよめきが起こっていたが、会議が始まる前に概要を確認していたシェレンベルク少将はぼんやりとそんなことを考えるだけの余裕があった。


 最前線に展開するソ連軍の配置には大きな偏りがあった。バルト海沿岸沿いに戦力が集結しつつあったのだ。

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