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1944流星6

 鎮守府や工廠が存在する呉市中心部と倉橋島、江田島に囲まれた狭い海域を短時間で飛び越えた四四式艦爆は、倉橋島東部の指定された地域に接近しつつあった。



 最初に操縦員の垣花二飛曹が発見したのは、戦艦らしき大型の艦橋だった。それも長門型以前の段階的に多脚檣が大型化していったものではなく、磐城型以降の塔型に必要な空間となる各階を最初から重層的に配置したもののようだった。

 艦橋以外は倉橋島の意外に複雑な地形に遮られて見えなかったが、もしかすると数ヶ月前に目撃していた損傷した大和型戦艦かもしれなかった。呉工廠で修理を終えた後に乗員の訓練や修理工事後の確認公試を行っているのだとすれば、四四式艦爆による襲撃訓練もその一環という可能性もあった。

 要するにたまたま期間が一致したというだけで、実際には訓練が必要なのは戦艦の方かもしれなかった。それならば四四式艦爆が爆装を要求されなかった理由も納得出来そうだった。



 だが、すぐに垣花二飛曹は矛盾に気がついていた。この海域に戦艦の様な大型艦を投入するのは意外に面倒が多かったからだ。

 先程、四四式艦爆は本州と倉橋島、江田島によって三角状に陸地に囲まれた海域を飛び越えて来たが、そこから大型艦が外洋に出るには広島市方向に向かう水道を通過するしか無かった。

 本土と倉橋島を隔てる音戸の瀬戸は、古くから交通の難所として知られていた。小回りの効く駆逐艦であれば何とか通過出来るかもしれないが、通常は千トン未満の貨物船程度が海峡を通過する最大級の艦船だった。

 倉橋島と江田島の間はそれよりもはまだましだったが、二つの島の間は最短地点で百メートル程度しか無い狭い海域だったから、巡洋艦以上の大型艦が通過した例はない筈だった。


 つまり目の前の戦艦が呉工廠から引き出されたのだとすれば、決して小さな島ではない江田島と倉橋島を態々一回りしてきた事になるのだが、その行為に大した意味があるとは思えなかった。連合艦隊が主な泊地として使用しているのは、もっと南の柱島周辺だったからだ。

 その辺りならば泊地として整備されているし、第一そちらのほうが市街地上空を避けて遠回りした現在の飛行針路をとるよりも岩国からの距離も短かったから、単なる対空戦闘の訓練を行うのであれば泊地に留まったまま行うのではないか。



 違和感を垣花二飛曹が覚えたのはその時だった。違和感の正体に気が付かずに二飛曹は次第に接近してくる艦橋を見つめていた。艦橋そのものにはおかしな点はないようだったが、その直後に二飛曹は目を見開いていた。

 ―――煙突が存在しない、だと……

 奇妙な感覚を覚えるはずだった。艦橋の後方に傾斜した構造物があったから、すっかり煙突だと思っていたのだが、実際はそれは煙突構造物などではなかった。戦艦の太い煙突と比べるとずっと華奢な印象を与える細長い構造物はどうやら大容量の起重機であるらしい。


 おかしなことは他にもあった。倉橋島の東端にある半島に達した四四式艦爆の編隊はゆっくりと旋回を開始していたのだが、その時点になってようやく艦橋と思っていた構造物が実際には陸地に建てられていたことに気がついていた。

 それに、通常は戦艦艦橋の周囲には対空兵装がひな壇のように配置されているものだったが、それも無かった。


 艦橋らしき構造物の周囲には、木を切り倒して整地を行った跡と幾つかの建屋が配置されていた。よく見ると比較的大きな建屋からは煙を上げる煙突が伸びていた。もしかするとその建屋には発電機でも配置されているのかもしれなかった。

 だが、一番目立つ構造物が戦艦艦橋に類似していることは間違いなかった。後方の起重機も実際に遠目からは煙突に見えるように偽装されているのかもしれなかった。

 離れた海面から見れば、1隻の戦艦が倉橋島東端の向こう側に停泊しているようにしか見えないのではないか。



「あれが亀ヶ首戦艦か。実際に見るのは初めてだな」

 のんびりとした井手中尉の声が後席から聞こえていた。下士官達の推測通り分隊士である中尉は訓練内容の概要を聞かされていたらしい。何かを質す様な垣花二飛曹の視線に気がついたのか、中尉はあっさりといった。

「何だ、知らなかったのか。亀ヶ首には元々射撃試験場があったんだが、何年か前から艦砲射撃関連機器の実験を行う施設が増設されていたらしい。それで外観から亀ヶ首戦艦などと呼ばれるようになったとは聞いていたんだが、まさか戦艦の艦橋をまるごと持って来ているとは思わなかったよ」

「そういう……事ですか……」


 ようやく垣花二飛曹にも事情が飲み込めてきた。戦艦の艦橋と見間違うのもおかしくは無かった。

 垣花二飛曹は海軍入隊時から飛行科だったから艦砲の射撃のことは詳しくはないが、射撃の指揮統率を再現するために艦橋構造物を模したものを実際に作ったのだろう。

 通常は艦内に配置される射撃盤などがどうなっているかはわからないが、艦橋頂部の方位盤や測距儀などは実物同様のものを持ち込んだのではないか。


 倉橋島と本州を隔てる音戸の瀬戸を越えた途端に漁船の数も減っていたが、それも機密度の高い試験を行う為に海軍が漁業を制限しているのかもしれなかった。

 直接は視認できないだろうが、亀ヶ首から数キロ離れた倉橋島東端に伸びる半島の付け根には漁村らしい集落も存在していた。あの集落の住民からすれば射撃試験は迷惑な話だろう。



 他人事の様に上空から眺めていた垣花二飛曹の耳に、井手中尉の声が聞こえていた。先程まで無線機でやり取りをしていたのが終わったらしい。これから四四式艦爆編隊が襲撃する地上の相手と打ち合わせをしていたのだろう。

「最初は急降下爆撃を行う。一旦針路を180にとってくれ。編隊一斉爆撃を繰り返した後に、編隊を解いて散開爆撃を行う」


 日本海軍では、当初急降下爆撃を行う際は一本の棒の様に緻密に連なった編隊で投弾を行っていた。一斉に爆撃を行うことで命中精度と威力を向上させる為だ。

 だが、威力面では編隊による一斉爆撃は大きな成果をみせたものの、攻撃時の脆弱さもさらけ出していた。

 縦に連なった編隊が次々と急降下爆撃を行うということは、防御側からすれば編隊の軌道を読みやすくなるし、先頭機に照準を合わせておけば、後続機は勝手に照準点に飛び込んでくる事になるはずだからだ。


 それに今次大戦において機会の多い対地攻撃の際は、対艦攻撃と比べると標的は脆弱だった。精々が野砲に対する防護能力程度しか持たないトーチカに対して編隊が一斉に投弾するのは、威力が過剰となるどころか大半が無駄弾になってしまうはずだ。

 そこで編隊をといて単機か2機編隊程度で目標を狙う散開爆撃が行われるようになっていた。それどころか、対艦攻撃の場合も対空火力を分散させる効果が望めることからこの様な手段を取ることも増えていた。



 高度を上げながら一度南方海上に進出した編隊は、一斉に回頭して北に針路をとっていた。上昇率は高く、すでに高度2000メートル程度になっていた。

 垣花二飛曹は、慎重に四四式艦爆を操作していた。二飛曹の手足のほんの僅かな動きで、巨大な艦爆は機敏に動いていた。そしてすぐに編隊は降下開始点に達していた。


 最初は緻密な隊形を保った急降下爆撃だった。爆装はしていないから機体の重量は軽いが、その代わりに外装する爆弾の空気抵抗も無いから、降下時の速度は高かった。

 急角度の降下を開始したものだから、先程まで翼下に見えていた深い色合いの海面と僅かな緑、そして木々を睥睨するように立ち上がる艦橋が機首前方に移っていた。

 急降下爆撃時の過速度を防止するダイブブレーキを展開すると、抵抗板がばたばたと嫌な音を立てて振動を起こしていた。抵抗板の振動音と淡々と高度を読み上げる井手中尉の声を聞きながら、垣花二飛曹は急降下爆撃時の投弾高度に達した時点で四四式艦爆の機首を勢いよく引き上げていた。


 奇妙な感覚だった。模擬弾も搭載していないから、投弾動作を行っても四四式艦爆の重量は当然変化していなかった。実際の急降下爆撃ならば、例え模擬弾でも重荷を捨てた感覚があるのだが、当然それは感じなかった。単に訓練で培った感に従って機械的に操縦桿を引いただけの話だった。

 それに戦艦艦橋を模しているとはいえ、施設周辺に高角砲や機銃座は配置されていなかった。剣呑な対空砲火をくぐり抜ける訳ではないのだから、これまで繰り返されていた訓練と変わることは無かったのだ。

 垣花二飛曹は海面から余裕を持って水平飛行に移ると倉橋島から遠ざかる軌道に乗せていた。倉橋島南方の広工廠に機首を向けていたが、ここから陸地まで10キロ程は隔てていたから本州上空に達することはないはずだった。



 だが、投下動作を終えた四四式艦爆を再度の急降下爆撃に備えて上昇させていく間に、垣花二飛曹はふと背筋が凍るほどの殺気を感じていた。

 ダイブブレーキでも消し殺せなかった急降下爆撃時の速度上昇を利用しながら、四四式艦爆は急上昇を続けていた。機体操作には微妙な感覚が必要だったから、殺気を感じていても振り返ることは出来なかった。

 倉橋島と本州との間に浮かぶ小島の沖合で再び南方に機首を巡らせた垣花二飛曹は、殺気の正体に気がついていた。


 艦橋頂部の測距儀が四四式艦爆の機首に向けられていた。それだけでは無かった。よく見ると艦橋脇には高射装置らしき構造物があったのだが、そちらも編隊に向けられていたのだ。

 奇妙な体験だった。高射装置はあっても火器とは連動していないから実際には危機など無いはずなのだが、遅延なく編隊に向けて動く測距儀などの気配は殺気を感じさせるものだったのだ。操作する将兵は実戦を想定して動いているのだろう。


 その後も襲撃機動は何度も繰り返されていたが、同一の機動を取ることは無かった。進入角度を変えた急降下爆撃の後は、散開して各機がばらばらなタイミングで急降下爆撃を行ったり、雷撃を想定した低空進入が行われていた。

 また、急降下爆撃と雷撃を同時に行うこともあった。まるで訓練と言うよりも、何かの実験を行っているかのようだった。



 襲撃機動は唐突に終了していた。後席の井手中尉が再び無線で連絡をとっていた。

「訓練終了だ。我々は鳳翔に向かう。彼らには次の相手が来たそうだ」

 垣花二飛曹は首を傾げながら周囲を見渡したが、それらしい機影は無かった。それに対艦攻撃を再現するのに現状で四四式艦爆以上に向いている機体があるとも思えなかった。


 だが、そんな垣花二飛曹の判断をあざ笑うかのように、中高度を飛行する四四式艦爆の操縦席を一瞬影が走っていた。慌てて二飛曹が上空に目を向けると、四四式艦爆の編隊が飛行する高度よりも上空を一個小隊分の航空機が通過していく姿が見えていた。


 機影は早く、過ぎ去った跡が冬の青空に鮮やかに残されていた。爆装していない状態であれば四四式艦爆も一世代前の戦闘機並みの速度を発揮できる筈だが、それよりも格段に優速であるように思えていた。

 だが、機影が戦闘機とは思えなかった。かろうじて確認できた姿は胴体から伸びた左右主翼にそれぞれエンジンナセルを取り付けた双発機だったからだ。日本陸軍では双発戦闘機を保有していたが、既存機の姿とは機影は合わなかった。


 ―――四三式夜間戦闘機なのか……

 首を傾げたまま垣花二飛曹は機種に見当をつけていた。陸軍と比べると日本海軍の夜間戦闘機隊は数が少なかったから詳しくは知らないが、元々は一式陸攻の後継機として開発されていた双発の陸上爆撃機を原型とした機体であるらしい。



 だが、旋回を始めた機体を見ているうちに奇妙なことに気がついていた。四三式夜間戦闘機では機首部分は電探を内蔵した樹脂製の覆いとされていたはずだが、その機体は明らかに透明ガラスで覆われた爆撃手と思われる乗員席が設けられていたのだ。

 原型機である陸上爆撃機型を引っ張り出してきたのかとも思ったが、制式化もされなかった試作機止まりの機体が一個小隊分も訓練の為に飛来してくるとは思えなかった。


 奇妙な点はそれだけでは無かった。妙に細長く前方に伸ばされたエンジンナセルの先端に視線が行くと、垣花二飛曹は目を見開いていた。

 ―――プロペラが……ないだと……



 後席の井手中尉もその事に気がついたのか、のんびりとした口調でいった。

「試作のジェットエンジン搭載機まで持ち出してきたのか。随分と気合が入ってるじゃないか」

 垣花二飛曹は噂の奮進エンジン搭載機を呆然として眺めていた。あまりの高速性能故か、機影は長い飛行機雲を引きながら大きな半径で旋回を行っていた。

 あの機体の方が、四四式艦爆よりもよほど「流星」と呼ぶのに相応しいのではないか。そう考えながら垣花二飛曹は飛行機雲の先を見つめていた。

四四式艦上攻撃機流星の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/b7n.html

磐城型戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbiwaki.html

大和型戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbyamato.html

四三式夜間戦闘機の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/p1y1.html

四五式爆撃機天河の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/45lb.html

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