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1944バルト海海戦57

 後方からFw190を接近させていたデム曹長は、感心したような表情で輸送機の姿を見つめていた。これまでも何度か見かけた姿ではあったが、この機体を間近で見ることはなかったからだ。



 輸送機に接近しすぎて後流に巻き込まれたのか、機体が僅かに揺れていた。熟練した搭乗員らしく、デム曹長は流れに逆らわずに操作桿を僅かに動かしてゆっくりと輸送機群の横にFw190を並べようとしていた。

 僅かに動きがあったのはその時だった。全く声がしなかったらかすっかり忘れていたのだが、デム曹長のFw190には一人の便乗者が押し込まれていた。輸送機だけでは飛行隊の存続に必要な要員を運びきれなかったからだ。


 もちろん、単座戦闘機であるFw190には余剰の空間は殆ど無かった。水メタノール噴射装置関係のポンプやタンクといった本国まで帰還する巡航には不必要な機材を取り外して、何とか人間一人を押し込めるだけの空間を作り上げていたのだ。

 おそらく、今頃はFw190から取り外された機材は、エンジンを失ったMe262などと共に、残留した基地隊の手によって念入りに焼却処分されているはずだった。



 だが、Fw190の機内に無理やりに作られた空間は、当然だが快適とは程遠いものだった。しかも、操縦席を一杯まで動かさないと人間が入り込むことさえ出来ないものだった。おそらく一度乗り込んだら手足を伸ばすどころか僅かな身動きしか出来ないのではないか。

 離陸前の慌ただしい時間に便乗者の乗り込み作業が行われていたものだから、デム曹長は一度も顔を見ていない便乗者が誰なのか確認するのを忘れていた。


 もっとも、下士官で最上位の自分よりも上級者ということはまず無かった。いくら兵員用の硬い椅子だったとしても、戦闘機の狭苦しい余剰空間に押し込まれるよりもは輸送機に乗り込むほうが遥かに楽ができるからだ。

 おそらくデム曹長の後ろに位置する空間に押し込まれたのは、要領か運か、あるいはそのどちらも無い整備隊の下士官兵といったところなのだろう。曹長はそう決めつけていた。

 だから、唐突に聞こえてきた後席の声に、デム曹長は気楽な口調で返していたのだ。


「もう着いたのか……」

「本国まではまだあるよ。ようやく日本軍の輸送機に追いついたところだよ。爆撃機が原型だというが、流石に彼らの輸送機は早いよ。我が軍のユーおばさんだったらとうの昔に追い越しているところだ」


 デム曹長は、そう言いながらもユーおばさんことドイツ空軍のJu52輸送機とは全く異なる流線型の形状をした日本軍の一〇〇式輸送機から視線をそらさずにいた。



 ドイツ空軍の主力輸送機であるJu52が制式採用されたのは、空軍が正式に発足した1935年のことだったが、初飛行でいえば今から10年以上前になる古株だった。機体構造も今となっては古式ゆかしい鋼管に波板を貼り付けたものだった。

 3基装備されたエンジンの出力は合計すれば1500馬力を越えていたが、それで引っ張る旧式の機体構造の抵抗が大きいものだから、その最高速度は時速300キロを遥かに下回るものでしか無かった。


 実は、日本軍の一〇〇式輸送機も、原型機の制式採用年度ではJu52と大きな差は無かった。同機の設計には、双発の高速爆撃機である九七式重爆撃機の設計図面や部品を流用していたからだ。

 電子兵装や防御機銃の有無に加えて、爆弾倉の廃止による中翼構造から低翼構造への修正といった決して少ないとは言えない変更点があったが、主翼構造などは同一であるらしい。

 機体の規模はJu52よりも一回り小さいほどだったが、より洗練された機体構造とエンジン出力のためか、あるいは原型機を高速の爆撃機としたためか、輸送量ではJu52と然程変わらないのにも関わらず、その速度は時速150キロ程度は早いようだった。


 ドイツ空軍にも、Ju52より新型で性能に優れた輸送機が存在しないわけでは無かったのだが、戦況の悪化による生産ラインの変更の手間や製造コストの問題から後継機の生産数は極めて少なく、実質的に空中輸送能力を10年以上前の旧式機であるJu52に頼っているのがドイツ空軍の現状だった。

 それに東部戦線においてしばしば発生した、ソ連軍包囲網内部に取り残された友軍に対する空中補給の強行によって、ドイツ空軍の輸送機部隊は壊滅的な損害を被っていた。

 損害を逃れるためにより高性能の機体を要求されるものの、膨大な輸送機の需要を満たすためには旧式化したJu52を生産し続けるしか無い。そんな悪循環にドイツ空軍輸送機隊は囚われ続けていたのだ。

 今回の撤退に際して日本軍の全面的な協力を仰いだのは、彼らの輸送機の高速性能が優れているせいもあるのだろうが、輸送機部隊の数的な問題もあったのではないか。



「君は……デム曹長は地中海戦線にいたと聞いているが、その間に奴らの輸送機など飽きるほど見てきたんじゃないのか」


 後席の声を聞いて、少しばかりデム曹長は考え込んでいた。後席から聞こえてくる声は神経質そうなものだった。

 それに曹長に対して割とぞんざいな口調をしていることからもただの兵卒ではなさそうだった。整備隊の隊員という予想を変えるつもりはないが、熟練の下士官である可能性は高くなっていた。

 ジェットエンジンの担当だとすればデム曹長とは直接の関係はなさそうだが、あまりいい加減な対応をするのは後々厄介な事になるかもしれなかった。整備隊の熟練下士官には多少は下手に出ていたほうが良さそうだった。


「そうでもないさ。日本軍も英国軍も地中海じゃ火力に物を言わせて戦線を一斉に動かしてくるからな。突出部や包囲網もないから落下傘部隊でも送り込んでこない限りは、我が軍のように前線を越えて輸送機を投入するようなことはなかった。

 それに奴らは大規模な降下作戦を好まないからな。ローマじゃ軍団規模の降下作戦が行われたというが、俺はそっちには行かなかったからよく分からん。日本軍の爆撃機と交戦したことなら何度もあるが、前線に出てこない輸送機を間近で見るのは俺だって初めてだよ」


 のんびりとした口調でデム曹長は言ったが、Fw190の後部からはそれ以上の言葉は帰ってこなかった。奇妙なもので、後部の人間を意識するまでは何も感じなかったのだが、一度でも会話をして認識してしまうと妙に沈黙が気になっていた。



 間をもたせるつもりでデム曹長は口を開いていた。


「なぁ、あんたはあっちの輸送機に乗せてもらうことは出来なかったのかい。いや、俺としては道中の話し相手が出来て有り難いんだがね。日本軍の輸送機は小さい日本人に合わせてある分狭いかもしれないが、戦闘機の胴体に押し込まれるよりはずっとましなんじゃないかね」


 そう言いながらもデム曹長は以前に聞いた話を思い出していた。何でも日本軍の輸送機は元々航空部隊の展開に用いるための機材として開発されていたらしい。だから、今のように航空部隊の撤収に伴う支援には最適の機体ということになるのだろう。

 日本軍では目前の一〇〇式輸送機以後も何種類かの輸送機が就役していたが、より大型の後発機の多くは貨物輸送機という種別に分けられていた。詳しくは知らないが、日本軍の中では両者は運用上区別されているのだろう。


 もっとも日本軍の主力輸送機は、生産数からしてもやはり一〇〇式輸送機であるらしいとも聞いていた。一見すると物資輸送を軽視しているともとれるが、むしろ日本軍、あるいは国際連盟軍は貨物の輸送に関しては航空機よりも効率の良い船舶輸送に集約させているということではないか。



 単純に輸送する距離が等しければ、航空機や鉄道よりも船舶の方が遥かに効率は良かった。

 標準的な輸送機が仮に百機集まってようやく運べる量の貨物でも、国際連盟軍で多用されている一万トン級貨物船1隻分にもならないし、貨物列車でもいくつも長編成の列車を組まなければ船舶に匹敵する量にはならないはずだった。

 勿論、1隻の貨物船の運行に必要な燃料や人員は、鉄路や航空輸送のそれとは比較にならないほど少なかった。


 ただし、単純な輸送量の大小だけでは済まされない問題もあった。地形を考慮して敷設されるレールの上を走るしかない鉄道は除いたとしても、船舶輸送と航空輸送では所要時間が違いすぎるだろうからだ。

 どうも日本軍が輸送機に高速性能を重要視したのはそれが原因であるらしい。特に航空部隊の展開を支援する為に輸送機を用いるつもりだったからだ。



 本来の日本軍の仮想戦場は欧州ではなく広大なユーラシア大陸だった。シベリアーロシア帝国から満州に広がる全域で、ソ連軍が侵攻を開始した場合を想定していたらしい。

 もっとも、極東では随一の軍事力を有する日本軍といえども戦力に限りはあるし、そもそも同盟関係にあるとはいえ、平時から他国領土に大規模な部隊を置く余裕はなかった。だから有事の際は、日本本土やウラジオストクなどに集結した戦力を一挙に西進させて前線に展開する予定だったのだろう。

 特に航空戦力は、陸上部隊と比べて迅速な展開が可能であるだけに、大きな期待が寄せられているようだった。


 だが、展開速度の高い航空部隊といえども戦闘機やその搭乗員が前線に赴けばそれだけで戦力になるというものではなかった。燃料や弾薬といった補給物資が仮に事前集積されていたとしても、整備員もいなければ前線基地に着陸しても、最低限の点検すら困難ではないか。

 特に最近では大出力エンジンによる搭載量の増大が余裕を生んでいるのか、国際連盟軍の戦闘機や襲撃機は単座機でもある程度の電子兵装を装備するのが多いようだった。

 そのような電子兵装の威力は、直接的な攻撃力はなくとも無視できるようなものでは無いが、複雑化する一方の機体は点検作業だけでも膨大な手間になるはずだ。


 それに、電子機材が充実していたとしても、航法を担当する専属者のいない単座機による長距離進出は困難だった。満州やシベリア地方は、茫漠とした荒野がどこまでも続く単調な地形だというから、地形を読み取って航路を定めるのも難しい筈だった。

 高速の輸送機は、こうした時も活用される筈だった。航法能力の高い輸送機が単座機を先導する事で迅速な長距離進出を可能とするのだ。

 そして、輸送機の中には航空部隊の指揮官や整備員など部隊を行動させるのに必要な要員を乗せれば、最低限の継戦能力は確保出来るはずだった。



 要するにあの輸送機は、日本軍にとって見れば自軍の置かれた戦略的な状況から論理的に性能を求めた機体ということなのだろう。

 ところが、後席から聞こえてきた回答は論理性に欠けたものだった。

「あれは……文明の遅れた東洋人が作ったものだぞ。そんなもの乗れるものか。黄色い搭乗員が操縦する機体に乗るくらいならば、狭くともゲルマン民族の作り上げた機体に押し込まれる方がましだ」


 吐き捨てるような声だった。どうも後席に乗り込んでいるのはナチス党の熱心な党員かなにかなのか、民族主義的な傾向の持ち主らしい。


 しかし、ヒトラー総統亡き後、ナチス党の影響力は急速に低下していた。

 国際連盟との講和条件の1つであるとも言われているが、例えば親衛隊が管轄する警察力などの権限に関して少なくない分が切り離されていた。と言うよりも親衛隊が勢力を拡大する過程で吸収した諸組織が、元の独立した形に戻されていると言うべきかもしれなかった。


 対象となっているのは一般親衛隊だけでは無かった。ナチス党の武装勢力である武装親衛隊も規模の縮小が始まっているという話だった。

 流石に最前線に投入されている部隊に大規模な改変を行う余裕は無かったが、フランス駐留部隊やドイツ本国で再編成中の部隊の中には、国防軍への編入や解散した部隊もあるらしい。


 だが、デム曹長はそんなことよりも嫌な予感を覚えていた。後席に乗り込んだ理由が先程の言葉の通りだとすれば、単純な順番で輸送機に乗り込めなかっただけでは無さそうだった。

 もしかすると後席に乗り込んでいるのは、整備隊の下士官兵などでは無く、ナチス党が政権をとって民族主義的な教育のもとで育った若手士官である可能性もあるのではないか。



 その後は気不味い雰囲気の飛行が続いていた。

 ソ連軍機と遭遇することも無かった幸運に感謝する間もなく、着陸したFw190から逃げ出すように、デム曹長はドイツ本国に足をおろしていたが、すぐにその顔は青ざめていた。

 デム曹長の予想通り、整備員に操縦席を取り外してもらって後席から抜け出してきたのは、空軍の搭乗員服を気障に着こなしながらも不機嫌そうな表情をした士官だったからだ。

一〇〇式輸送機の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/100c.html

九七式重爆撃機の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/97hb.html

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