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1944バルト海海戦45

 電波を用いた探知機である電探の本格的な開発が、世界各国で行われるようになってから僅か十年程しか経っていなかった。

 しかも当初は大容量電源の確保や空中線の寸法などに制限の少ない陸上設置機として開発が進められていたから、より過酷な条件で運用される艦載や機載の電探は未だその運用に十分な知見が蓄積されているとは言えない状況だった。


 機載電探にしても、陸上機や艦上攻撃機に搭載される警戒用のものが殆どだから、射撃管制用の電探を搭載した機種は数がまだ少ないはずだった。

 当然といえば当然かもしれなかった。肉眼に依らずに電子の目で遠距離を監視できる警戒用電探に対して、射撃用の電探を無理に装備する必要性は薄かった。電探があっても機銃の射程距離が伸びる訳ではないのだから、そもそも照準の難しい夜間戦闘機を除けばさほど効果はないのだろう。

 あるいは、限られる弱電部品の研究開発力を機載射撃管制用の電探に振り向ける程の余裕がまだないということかもしれなかった。



 何れにせよ、その数少ない機載電探の運用を経験していた石井一飛曹は、海面近くでは電探の効果がひどく薄れることを覚えていた。というよりも、電探表示面が藁紙に墨汁を溢した様に満遍なく光りだして、とてもではないが固有の敵機を追える様な状態ではなくなってしまうのだ。

 状況からすると、どうやら電探表示面に映っているのは海面であるようだった。特に今のバルト海がそうであるように、波頭の高い荒れた海面では、低空から照射された電波が盛り上がった波に反射して、その電波を拾ってしまうらしい。


 海面近くまで降下しなければ電探に出てこないのも当然だった。

 対水上電探はどうだか分からないが、石井一飛曹が乗り込んでいた二式水上戦闘機に搭載されていたのは射撃管制用に固定されていたものだった。当然機体の進行方向にしか電波は照射されないのだから、高高度では海面からの反射波を拾うはずもなかったのだ。


 石井一飛曹は海面近くでは電探は使用できないものと諦めていたのだが、隊の中には海面近くでも電探の使用を諦めないものもいた。何でも雑音だらけに見える表示面も、慎重に観察すれば波頭と探知対象を分離することが出来るらしい。

 それに、この現象を研究すれば全く別の分野に活かせるのではないかという声もあった。


 もっとも、同じ隊にいながら石井一飛曹はそれ以上興味を抱くことはなかった。結局二式水上戦闘機に乗り込んでいたのが短期間でしか無かったということもあったが、それ以上に単座戦闘機では電探表示面にばかり注目することが出来なかったからだ。

 二式水上戦闘機が電探を搭載して夜間戦闘機となったのは、切実な戦場からの要求があったからではなく、単に使い道の無さそうな水上戦闘機の流用先として考えられていたからに過ぎない筈だった。

 だから、これからもしばらくは単座機に取り扱いの難しい電探を搭載する事は無いのではないか、そう石井一飛曹は考えていたのだ



 しかし石井一飛曹は、以前は聞き流していた海面近くで発生する虚探知を排除する方法を今になって思い出そうとしていた。無駄玉ばかりを撃つ武蔵にそのやり方を教えてやりたいと考えていたからだ。

 上空から見ると、測距、測角共に敵機F14編隊から大きくずれていることが一目瞭然なのだが、艦上からでは電探に頼っては正確に観測できていないのではないかと思っていたのだ。


 石井一飛曹の考えは独りよがりなものだった。冷静になって考えればよく分かることだが、水上電探の使用に関しては僅かばかりの経験しかない石井一飛曹よりも武蔵乗員の方が豊富な経験を持っているはずだった。

 弾着観測機ではないのだから、単座の零式艦上戦闘機から武蔵に状況を伝えること自体も現実的ではなかった。先程武蔵から行われた警告の無線連絡は、あちらから艦載機隊が使用する無線周波数を割り出して行われたものだが、同じ周波数を今も武蔵が使用し続けているかどうかは分からなかった。

 それ以前に戦闘機乗りの石井一飛曹自身が弾着を正しく観測出来るはずもなかったのだ。



 ―――このままでは武蔵は敵機に抜かれる……

 武蔵から遠ざかるように飛行しながら石井一飛曹はそう考えていた。F14編隊に舷側を晒しながら副砲、高角砲を連続発砲している武蔵はまるで溶岩を吐く活火山の様だったが、残念ならがその砲弾が敵機を捉える様子はなかった。

 尤も、武蔵そのものには脅威はないと考えて良さそうだった。常識的に考えれば急降下爆撃機に搭載できる程度、しかも海面近くから投下される爆弾では高度を貫通距離に変換することも出来ないから、分厚い装甲に覆われた重要区画を持つ戦艦に有効打を与えられるとは思えなかった。

 おそらくは、F14編隊も武蔵を狙うつもりはないはずだった。危険極まりない武蔵に一見すると接近する機動をとっているのは、後方の船団への最短距離をとっているからではないか。


 石井一飛曹の予想通りに、F14編隊は海面を這うような低空飛行を維持しながらも、翼を僅かに翻して針路を捻じ曲げながら武蔵前方を通過しようとしていた。

 しかも武蔵の側面に配置された高角砲は、副砲や他の高角砲の砲塔に射角を遮られたのか次々と発砲を停止していた。このまま敵機が進めば、反対舷に備えられた砲も発砲を開始するだろうが、より不利な追い打ちとなるから命中弾が得られるかどうかは分からなかった。



 だが、石井一飛曹は思わず目を見開いていた。艦橋横に装備された副砲を残して最後まで発砲していた高角砲が沈黙するのに合わせたかのように、唐突に武蔵が主砲を再び放っていたからだ。

 一射目と比べると対敵距離は恐ろしく狭まっていた。そのせいか感覚的には砲身を抜け出た直後に榴弾が起爆したように感じていた。

 勿論、実際には石井一飛曹が音速を遥かに越える砲弾の軌跡を目で追うことが出来たわけではなかった。単に武蔵前甲板にわき起こった砲煙の向こうに更に爆炎が見えただけだった。


 石井一飛曹だけではなく、おそらく多くの日本海軍将兵が期待を込めて海面の状況を見つめていたが、武蔵主砲弾の炸裂が生み出した衝撃はなかなか途絶えずに状況確認を難しくさせていた。

 黒煙と共に沸き起こった水柱は中々消えなかったが、見え隠れする光景に思わず石井一飛曹は落胆の声を上げていた。上空から見ると、榴弾破片の勢いが作り上げた水柱の向こうにF14編隊の群青の機体が見えていたからだ。


 F14編隊の飛行姿勢は、少しばかり崩れているようにも思えたが、致命的なものとまでは思えなかった。榴弾の破片を直接浴びたとは思えなかった。至近距離での起爆によって機体周辺の気流を剥離されて姿勢を崩しただけなのでは無いか。

 少なくともF14の飛行速度はまだ十分出ているようだった。今は低空で揚力を捉えるのに四苦八苦しているようだが、いずれ飛行姿勢は安定するだろう。



 武蔵の対空射撃を跳ね返して飛び続けているように見えるF14の様子に石井一飛曹は歯噛みしていたが、その目がすっと鋭くなっていた。F14に異変が起こっていた。1番機の位置にあった機体が突然排気を黒く染め上げていたのだ。しかも排気を醜く染たF14は、傍目からも分かるほど激しい振動を始めていた。

 おそらく操縦席の搭乗員も困惑しているはずだった。そのまま低空飛行を続ければ操縦を誤って海面に激突してしまうかもしれなかった。操縦員もその様な恐れを抱いていたのか、次第にF14は高度を上げつつあった。


 その頃には、敵編隊2番機も排気管から黒煙を吐き出していたが、状況はより深刻なようだった。その機体は一度身震いするように大きく振動してから無様に空中をもがこうとしていたが、唐突に推力を失ったのか、石ころのように海面に激突していたのだ。

 それでもプロペラは力強く海面を叩いていたが、その衝撃でプロペラ翼は次々と吹き飛ばされていった。



 空中をくるくると回りながら分断されたプロペラ翼が飛んでいくのを、石井一飛曹は唖然として見つめていた。

 戦艦主砲の榴弾片を食らったにしては奇妙だった。この距離で榴弾片を食らえば、単発の戦闘機程度であれば原型を保つことなく吹き飛ばされてもおかしくないし、それ以前に2機編隊の僚機が共にエンジンに被弾するのは確率的にも低いのではないか。


 石井一飛曹は、榴弾の炸裂によって荒れ狂っている海面を見ていて、ふと思い至っていた。

 ―――エンジンが海水を吸い込んだのか……

 それが石井一飛曹の推論だった。F14の排気過給器は、確かエンジンから主翼付け根辺りの機体下部に集中して搭載されていた。吸気口も石臼のような過給器本体に隣接して下部に開口部があるという写真付きの記事を一飛曹も見たことがあったのだ。


 勿論、過給器には水抜きの機能があるはずだった。そうでなければ湿度が高い状況や雨天では運用できないことになるからだ。だが、F14は尋常ではない低空飛行に加えて、榴弾が炸裂した衝撃で局所的に発生した高い波浪によって直接給気口から海水を吸い込んでしまったのではないか。

 吸気口から浸入した海水は、高温の過給器で瞬間的に蒸発、膨張してエンジンに不調をもたらしたのだろう。



 これまで沈黙していた武蔵左舷側の対空射撃が敵機を射角に入れたことで再開されていたが、あれ程激しかった武蔵の対空射撃は今度は短時間で終了していた。機首を上げて喘ぐように高度を上げた敵機は容易な目標だったからだ。

 海面から距離をとったことで、電探でも波頭と敵機の反応を分離するのは格段に容易くなっていた。それにエンジン出力も低下したのか敵機の上昇率は緩慢なものでしか無かった。


 次々と狙い澄ました砲撃が続いていた。しかも電探を使用しているのか、測距、測角共に正確になっていた。発砲直前に調整された信管によって、高角砲弾は敵機の至近距離で起爆していたのだ。

 上昇しながらも高角砲の破片群に突入していた敵機は、機体を揺さぶられながら飛行を続けていたが、機体強度が限界を迎えたのか構造材を破断させながら僚機を追い掛けるように海面へと四散しながら落下していった。



 石井一飛曹は唖然としながらその様子を見つめていた。ついさっきまでは敵機群は武蔵をすり抜けて突破してしまうと考えていたのだが、呆気なく2機とも消滅してしまっていた。

 随分と長い時間が経っていたような気がしていたが、実際には武蔵から警告を受けて石井一飛曹達が退避してからそれほど時間は経っていなかった。そのことに違和感を覚えながらも一飛曹は上昇をやめて機体を水平に戻していた。


 機体に強い衝撃を感じたのは、その瞬間だった。慌てて石井一飛曹は首を巡らせていた。あのF14編隊にかかりきりになってから周囲に向ける注意がおざなりになっていた。それで未知の敵機に襲撃されたのではないか。一瞬のうちにそう考えていたのだ。

 だが、どれだけ視界を探ってみても敵機はどこにも見当たらなかった。


 首を傾げていると、恐る恐るといった様子で僚機の搭乗員が言った。海面から射撃を受けたのではないかと言うのだ。石井一飛曹は視線を再び海面に向けて絶句していた。



 今更ながらに石井一飛曹は武蔵が船団の後方に留まっていたのか、その理由に気がついていた。

 事前に雷撃を受けていたとはいえ、巨大な戦艦である武蔵の損害はそれほど大きくなかった。本来であれば魚雷の1本や2本を被雷したところで、雑多な輸送船で構成された船団の本隊に追随出来ないほど速度が低下するはずは無かったのだ。


 武蔵は漫然と船団後方を航行していたわけではなかった。その近くには1隻の客船が存在していた。以前から戦時下で何らかの形で徴用されていたのか、船体は目立たないねずみ色に塗られていたが、水平部は鮮やかな木甲板とされていた。

 戦艦である武蔵とは比べ物にならないが、1万トンを超える大型客船であるらしく、舷側には一面に救命艇が搭載されていたから、平時から乗客数は多かったのではないか。

 勿論、ゴーテンハーフェンから脱出する船団に所属するその客船には、旅客定員を大きく越える避難民が乗り込んでいるはずだった。

 過積載が原因ということはないだろうが、客船は恐ろしく低速で這うようにして航行していた。おそらく武蔵は船団から何らかの原因で落伍した客船を援護するために自らも速力を落としていたのだろう。


 だが、その客船は武装していた。前後の錨甲板に揚錨機など甲板機械の隙間に押し込まれるように対空機銃座が据え付けられていたのだ。しかも、射撃は今も続いていた。

 慌てて石井一飛曹は主翼を左右に振って害意がないことを示そうとしたが、客船の射撃が止む気配はなかった。徴用された客船に配属されて機銃を操作する将兵が高い練度を持っているとは思えなかった。不安を覚えて反射的に射撃を行っているだけかもしれなかった。



 石井一飛曹は怒りを覚えるよりも情けなくなっていた。周波数どころか、客船が零式艦戦と通話できる無線機を搭載しているのかどうかも分からないから、この場を退避するほかなかった。

 だが、敵機や敵艦ならばともかく、商船、しかも友軍による誤射で撃墜される事があれば日本海軍でも前代未聞の珍事なのではないか。


 冗談などでは済まなかった。冷却系統に被弾したのか、先程から冷却液温度が恐ろしい勢いで上昇していたからだ。これでは船団のさらに後方にいるはずの母艦にたどり着けるかどうかも分からなかった。

 下手をするとバルト海に不時着水しなければならない事に思い至った石井一飛曹は、げんなりしながら機体の損傷を確認していった。この状況では着水がうまくいっても救助のために友軍艦が停止してくれるかどうかも分からなかった。



 石井一飛曹が途方に暮れているところに、再び武蔵からの無線が入っていた。反射的に振り返って海面に視線をむけると、未だに同士討ちとなる対空射撃を空中に放っている客船の向こうで、ゆっくりと武蔵が船団主力に向けて回頭しているところだった。

 だが、石井一飛曹は目の前の光景よりも無線の内容に唖然としていた。


 ―――船団前方に別の空母がいる、だと……

 それが本当であれば不時着水は避けられそうだが、石井一飛曹は未知の空母の情報に首をかしげるばかりだった。

大和型戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbyamato.html

カーチスF14Cの設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/f14c.html

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