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1944バルト海海戦44

 最初に進行方向に見えたのは眩いばかりの閃光だった。まるで太陽光を直視したかのようだった。同時に鼓膜が破れるような轟音を聞いたような気がしたが、こちらは明らかに幻聴だった。

 その場所で轟音が発生していないということではなかった。ただ、距離が石井一飛曹達が飛行する空域までは随分とあるはずだから、音が到達するまでまだ時間がかかるはずだったのだ。

 もっとも、石井一飛曹もその音自体を別の場所で聞いたことはあった。閃光の激しさから引き出されたその経験が、幻聴となって現れたのではないか。



 石井一飛曹は、閃光を感じた直後に半ば反射的に操縦桿を勢いよく倒して、零式艦上戦闘機を上昇させていた。その直後に列機が後続しているかどうかを確認するために慌てて振り返ったが、列機はすぐ後方を無事に追随していた。

 若年兵であるにも関わらず列機の動きは安定したものだった。列機を操縦するのは経験が少ない飛行兵だったが、それ故に何も考えずにただ長機を追随しようとしていたのが逆にうまく行ったのかもしれない。

 安堵を覚えながらも、一飛曹は上昇に転じた零式艦戦から敵機の動きを視線で追いかけていた。


 慌てて退避した形の石井一飛曹達とは異なり、F14編隊の方には顕著な動きはなかった。彼らの位置からでは閃光を直接確認出来なかったのかと一瞬考えたが、すぐに一飛曹は自らの考えを否定していた。

 仮に水平線下にあって目視出来なかったとすれば、彼らの方もまた発見されることは無かっただろうからだ。



 実際にはF14編隊の発見自体はもっと遠距離から行われていたかもしれなかった。船団の位置からでも、敵機が海面近くにまで降下するまでの間に、遠距離から電探で発見されていても不自然では無かったのだ

 降下することでF14編隊は船団の電探捜索からは一時的に逃れたものの、その後方を石井一飛曹達が追尾していたから、存在そのものを隠すことは出来なかったのではないか。


 しかも、海面近くを飛行する彼らの視界は制限されていた。降下を行ったことによって生じる見かけ上の水平線の上昇も無視できないが、僅かでも操作を誤れば海面に接触しかねない状況では操縦に専念せざるを得ないから周囲に十分な注意を向けるのも難しいのではないか。

 彼らにしてみれば、閃光そのものは確認していたものの、それ以上の対応は出来なかったのだろう。あるいは予想外の事態に逡巡していただけだったのかもしれない。



 おそらく彼らの対応は最初から中途半端なものでしかなかったのだろう。低空飛行で電探の目を逃れるつもりであれば、もっと遠距離から高度を下げるべきだったのだ。

 半端な距離で高度を下げたものだから、対空捜索電探の死角には一時的に入り込めたものの、その後方には追尾する友軍機、すなわち石井一飛曹達が飛行していた。

 そして、日本海軍のどの艦よりも高い位置に据え付けられていた対空電探が再発見するのは容易だったはずだ。


 石井一飛曹は、高度を上げたことで明瞭になっていた友軍艦の姿に視線を移していた。先程の閃光と同時に海上に吹き出していた砲煙が次第に薄れつつあった。

 最初に聞いたとおりに被雷によって速力が低下しているためか、艦尾波は小さく勢いもなかった。だから主砲発砲によって生じた砲煙も後方に取り残されずにいつまでも艦橋に纏わりつくように残されているのではないか。


 だが、砲煙そのものは大きな障害とはならない筈だった。既に日本海軍の戦艦には優先して闇夜や濃霧といった障害を見通す各種電探が装備されていたからだ。

 それに対空戦闘で主砲が放たれるのは一回のみと考えるべきだった。石井一飛曹は海上を緩やかに旋回する戦艦武蔵の勇姿を見ながらそう考えていた。



 大和型戦艦の2番艦として建造された武蔵は巨大な戦艦だった。それまでの日本海軍の戦艦とは異なり、軍縮条約の制限に囚われることなく必要な機能性を優先して設計されていたからだ。

 その艦橋や煙突が半ば一体化した上部構造物の周囲には、城郭を守る槍衾の様に高角砲の砲塔が重なって配置されていた。


 迂闊だった。石井一飛曹は、艦隊でも最有力の対空火力を持つ艦の存在を半ば忘れていたことを反省しながらそう考えていた。

 大和型戦艦の高角砲は、連装砲塔が14基、現在の様に片舷を晒した状況でも半分の7基分の火力を発揮出来たが、この数は防空巡洋艦として建造された石狩型軽巡洋艦を凌駕する火力と言えた。


 対空火力は高角砲だけではなかった。大和型戦艦には副砲として三連装15.5センチ砲が搭載されていた。

 最上型軽巡洋艦の主砲と同型の同砲は、高仰角での射撃が可能であり、また旋回速度、発射速度が共に比較的高いことから対艦戦闘用の徹甲弾に加えて対空戦闘用の榴弾も当初から用意されており重両用砲という俗称もあるらしい。



 ただし、先程放たれたのはそのどちらの砲でも無かった。武蔵が有する最大の火砲である主砲が火を吹いていたのだ。

 大和型戦艦の主砲の詳細は石井一飛曹のような一下士官の知る所では無かったが、長門型戦艦などに搭載された40センチ砲よりも長砲身で高初速を狙った砲であるという噂は聞いていた。

 戦艦主砲は、当然敵戦艦の装甲を貫く徹甲弾が主な弾種ではあるのだが、最近では上陸岸へ向ける艦砲射撃を行う事が多かったから、榴弾の搭載比率が高まっているらしい。

 徹甲弾の信管は通常は短遅動の着発信管とすることが多かった。敵艦の外板に命中して信管が作動した砲弾が、敵戦艦の分厚い装甲を貫いて重要区画に踊りこんだ直後に起爆することを狙っている為だ。

 対地砲撃の場合は信管の設定は様々だったが、着発信管として地上に落着した瞬間に炸裂して広範囲に弾辺を撒き散らすことが多いらしい。



 それ以外に、例外的な使用だというが、時限信管を使用して主砲を対空射撃に用いる事も以前から研究されていたらしい。

 例外的となるのは理由があった。主砲の発砲によって生じる凄まじいまでの爆風や閃光などによって、他の高角砲などの射撃や照準に大きな悪影響が出るという懸念があったのだ。

 それだけでは無かった。高角砲どころか、副砲と比べても戦艦主砲は格段に大口径である為に、発射速度が遅く高速化する航空機への射撃は難しいらしい。


 だが、主砲を対空射撃に使用する効果は少なくない。日本海軍の上層部はそう考えているようだった。高角砲は勿論、副砲と比べても格段に遠距離から敵機に先制して射撃を行うことができるからだ。

 主砲弾の弾頭重量は大きいから榴弾の被害半径も大きい筈だった。それに従来は遠距離を飛行する敵機の位置を正確に把握する手段が無かったが、高精度の対空電探があれば今では敵機を被害半径に収めることも可能ではないか。



 ただし、日本海軍が戦艦主砲で積極的に敵機を撃墜する事を狙っているとまでは思えなかった。大遠距離から放たれた主砲砲弾の飛翔時間は長く、軽快な機体であれば発射後に回避することも可能であるはずだった。

 あるいは、日本海軍の狙いはそこにあるのかも知れなかった。少なくとも敵機編隊を回避行動で分散させる効果は望めるのではないか。緻密な編隊を解いて烏合の衆にすれば、戦艦主砲による対空射撃は功を奏する事になるのかも知れなかった。

 編隊が分散すればそれだけ打撃力を集中することも出来なくなるからだ。



 大重量の爆弾を抱えているであろうことを差し引いても、艦上戦闘機2機に対して放たれるには戦艦主砲は過剰な火力だった。敵機の搭乗員からすれば、艦隊すべての火力が自分たちに向けられているような脅威を感じてもおかしくはなかった。

 着弾の時間が到来していた。海面近くに巨大な赤黒い火球が唐突に発生していた。慌てて回避行動をとった石井一飛曹達からは距離があったから榴弾破片の危険域には入っていないはずだが、それでも戦艦主砲弾が炸裂した衝撃は十分に感じられるものだった。


 しかし、ある意味において予想通りではあったが、敵機に対しても主砲弾の炸裂は何の影響も及ぼしていないようだった。敵機の飛行位置と榴弾の炸裂位置がかけ離れていたからだ。

 しかも、電探が苦手とする測角だけではなく、測距も大きくずれているようだったから、敵機に対しては単なる景気づけ以上の脅威とはならなかったのではないか。



 巻き添えを避けるために回避機動を取りながらも石井一飛曹は首を傾げていた。戦艦武蔵による対空射撃はやけに精度が低いような気がしていた。

 主砲弾が炸裂した当初は、友軍機、すなわち一飛曹達に遠慮したために照準がずれていたのかとも思ったが、射撃前に回線に割り込んできた通信の様子からすると、その様な遠慮とは無縁であるように思えていた。

 主砲だけではなかった。すぐに副砲や高角砲による射撃も開始されていたのだが、いずれも砲弾の炸裂位置は敵機の位置とはかけ離れていた。


 石井一飛曹は、武蔵主砲弾が炸裂してからさらに高度を下げたようにも思える敵機の様子を見て唐突にその理由に気がついていた。理論的なものではなかった。単にこれまでの経験からの推論だった。

 ―――あそこまであの敵機が高度を下げたことで、海面によって武蔵が行っている電探捜索の結果は欺瞞されてしまっているのではないか……


 以前、石井一飛曹は零式艦上戦闘機に浮舟などを追加して水上戦闘機とした特異な二式水上戦闘機に乗り込んでいたのだが、同機には片翼に電探が搭載されていた。

 水上機である二式水上戦闘機は、海面近くを飛行することも多かったが、その時に電探を作動させるとちっぽけな表示面が出鱈目な表示ばかりになって全く役に立たなかったことを石井一飛曹は思い出していたのだ。



 同機の開発経緯は最後までよく分からなかったが、当初は広大な太平洋において急速展開した前線根拠地における局地的な防空戦闘機として運用する計画であったらしい。

 滑走路が無ければ離着陸もできない陸上機形式とはことなり、水上機であれば海面さえあれば運用できた。それで攻略部隊などに随伴する水上機母艦に搭載して水上戦闘機を急速展開して本格的な基地建設までの間防空任務に投入するという想定であったようだ。


 だが、その様な運用は現実とは些かかけ離れていた。開戦に前後して野戦飛行場設営の需要が増したために飛行場の急速設営に必要な土木車両などを大量に装備する海軍設営隊の強化が図られていた。

 同時期には陸軍も機械化された建設部隊である飛行場設定隊を増設していたから、日本軍の航空基地建設能力は相当に増強されていた。特に陸軍の飛行場設定隊は一部では戦車の車体設計を流用した装甲作業車まで有していたから前線近くでの設営も可能としているようだった。


 その様な環境下では、仮に太平洋を舞台に戦闘が開始されたとしても、極短時間で飛行場、特に戦闘機の運用が可能な程度の短い滑走路であれば設営は可能となるはずだった。

 滑走路を必要とはしないがそれ以外の制限の多い水上戦闘機を無理に運用しなくとも、その程度の短時間であれば空母部隊を集中させれば防空任務は十分可能ではないか。


 その一方で航空技術の急速な発展は、陸上機に対して空気抵抗の大きい水上機という形式そのものを急速に陳腐化させていた。最終的に運用される状況そのものを失いつつあった二式水上戦闘機は、開発中に片翼に射撃管制用の短距離電探を加えて夜間戦闘機とする胡乱げな機体となっていた。

 石井一飛曹達が乗り込んでいた二式水上戦闘機隊も、結局は短時間で実用性を失ったと判断されて解隊されており、大部分の将兵は第4航空戦隊の2隻の隼鷹型航空母艦に転属していた。

 水冷エンジン搭載機の運用経験を除けば二式水上戦闘機隊への所属は石井一飛曹に何も残さなかったと思っていたのだが、以外な所でその経験が生きていた。

零式艦上戦闘機(44型)の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/a6m5.html

カーチスF14Cの設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/f14c.html

大和型戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbyamato.html

石狩型防空巡洋艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/clisikari.html

三式装甲作業車の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/03cve.html

隼鷹型空母の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cvjyunyou.html

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