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1944バルト海海戦39

 性能に優れているとはいえ特設航空母艦でしか無かった隼鷹型が船団護衛部隊を離れて最前線に送り込まれたのは、前線の艦隊航空戦力を増強する意図が最初にあったのも事実だが、同時に英国本土で行われた改装工事によって発艦能力が強化されたとの認識が日本海軍にあった為でもあった。



 隼鷹型に行われた改装工事の主な内容は、飛行甲板前縁に備えられていた射出機の更新と左舷側に大きく飛行甲板から突き出された張り出し部分の追加だった。

 それ以前にも、隼鷹型には空母への改装工事が行われた当初から空気式の射出機が搭載されていた。低速の特設空母から大重量の艦上攻撃機でも発艦出来るようにする為だった。

 しかし、隼鷹型が船団護衛任務についている間は射出機の使用実績はさほど無かったらしい。確かに対潜警戒にあたる艦上攻撃機などは射出機を使用していたものの、航続距離の長い艦攻が哨戒に発艦する間隔は長かった。

 それに軽快な艦上戦闘機であれば、態々射出機を使うまでもなく発艦可能だった。


 それ以上に射出機の性能や信頼性には運用者側からは不満の声もあったらしい。

 最初に日本海軍が採用した射出機は空気式のものだったが、搭載実績という点では火薬式が大多数を占めていた。ただし、開戦時において日本海軍が射出機を運用していた母艦は、水上偵察機を搭載する一部の大型潜水艦を除けば巡洋艦がほとんどだった。


 それらの水上機の母艦は、言ってみれば航空機を運用する機能は余技に過ぎなかった。偵察能力を拡大するためだけに航空機を搭載していたといってもよかった。

 本来優先される機能は航空機運用能力ではなく、戦闘能力や航続距離といった点にあった。だから、圧縮空気を貯蔵する大規模な空気槽が必要な空気式ではなく、消耗品とはいえ火薬缶の補充のみで使用できる火薬式が好まれたのではないか。

 潜水艦の場合は空気式が多用されていたが、これは元々潜航時に圧縮空気を多用する為だった。それに潜水艦の搭載機は他の母艦と比べると圧倒的に少ないために連続射出能力が問題となることは少ないから、あまり参考にはならなかった。



 しかし、航空機運用能力のために存在しているといってもよい空母では他の母艦とは事情は些か異なっていた。

 これまで多用されていた火薬式の射出機は、言ってみれば砲弾の代わりに航空機を飛ばす大砲のようなものだった。飛行甲板下に埋め込むのは危険極まりないし、それ以前に火薬式射出機が成り立つのは搭載機が軽量な水上偵察機であったからだ。

 大重量の雷爆装した艦載攻撃機を従来の火薬式射出機で撃ち出すのは不可能だった。仮に大容量の火薬式射出機を設計したとしても、推進源となる火薬缶が巨大な物となるから、危険極まりないものにしかならないのではないか。


 それに文字通りの爆発的な勢いで射出する火薬式の射出機は、搭載機に与える消耗も激しかった。極短時間で加速が終了するために、加速度が大きくなってしまうためだ。

 同時に射出機そのものに与える負荷も大きいが、旋回式に装備する巡洋艦のそれとは異なり、飛行甲板に直接埋め込む形になる空母では損耗しても射出機の交換は工数が大きくなるはずだった。


 運用上の問題はそれだけでは無かった。搭載機が限定される巡洋艦や潜水艦とは異なり、少なくとも現在の空母では自重が大きく異なる艦上戦闘機、艦上攻撃機、艦上爆撃機の三機種が運用されていた。つまり射出機が対応すべき重量も大きく異なるのだ。

 実際には対応すべき重量は三種だけではなかった。同じ機種であっても搭載する兵装や増槽の数によって発艦時の重量は大きく違うからだ。

 もしも、火薬式射出機でこれらの重量によって加速度を細かく調整しようと思えば、火薬缶の数や量を細かく調整しなければならなくなるが、これはあまり現実的な運用法とは思えなかった。


 就役時の隼鷹が空気式の射出機を備えていたのは、そのあたりが原因だったらしい。巡洋艦では問題視された空気槽も、数万トンの巨艦である空母では比較的容易に搭載出来ていたはずだ。

 この就役当時に搭載された射出機は、潜水艦に搭載されていたものを原型として射出能力の増強を図ったものだったらしい。

 細やかな調整が不可能な火薬式とは異なり、圧縮空気で艦載機を加速させる空気式であれば、発艦機の重量に合わせた空気圧の調整によって艦載機への過大な負荷を避けることが出来たのだ。



 この射出機の搭載によって、速度の劣る特設航空母艦であっても大重量の雷装機の発艦まで可能としていたのだが、実際にはこれでも運用者である乗組員や隼鷹乗り込みの航空隊からは不満が持たれていた。

 射出機の問題は、連続発艦能力の不足に集中していた。空気式の射出機は、連続した使用が出来なかったのだ。


 空気式の射出機は、射出される航空機と繋いだピストンを圧縮空気で押し出す事で作動していた。その動力源とも言える圧縮空気は、飛行甲板下の格納庫区画に設けられていた空気圧縮機から配管が伸びる空気槽に蓄積されていた。

 空気槽は巨大なものだったが、一回の射出で消費される圧もまた大きく、連続射出には空気圧縮機を全力運転させても数分間の蓄圧作業が必要とされていたのだ。

 これでは、船団護衛時に多発する単機の哨戒機を発艦させる程度ならばともかく、飛行甲板を埋め尽くすような攻撃隊の大編隊を一度に出撃させるには、発艦間隔が長すぎて使い物にならなかったのだ。



 空気圧を使用する既存の射出機を使い続ける限りは、本質的な改善は難しかった。

 運用上は雷爆装機など大重量の機体のみが射出機を使用して、軽快な戦闘機などは自力発艦させるしかないが、その場合は最初に発艦した機体は編隊を組むには延々と空中待機を余儀なくされる事になるし、戦闘機隊も攻撃機などが発艦し終えるまでは飛行甲板後部で待機し続ける事になる。

 射出機の改良も難しかった。単に連続射出能力を向上させようと思えば、空気槽の大型化や圧縮空気配管の高圧化によって可能になるとも思えるが、高圧の配管長を短縮しようと思えば、大型化する空気槽や空気圧縮機の配置箇所は飛行甲板直下の格納庫に隣接した区画が最適だった。

 つまり射出機の能力改善を無理に行えば格納庫面積の減少、すなわち航空機運用能力の減少という本末転倒な事態を招きかねなかったのだ。



 もっとも一部の新鋭艦ではこのような問題はほとんど改善していた。


 特設空母として就役していた隼鷹型を含むこれまでの日本海軍の空母の飛行甲板は、格納庫天井となる甲板がそのまま飛行甲板となる構造をとっており、その上は木製の板敷しかなかった。

 しかし、最近になって続々と就役している浦賀型海防空母では飛行甲板周りの構造が大きく変更されていた。仮想敵である米国の空母を参考にしたらしいが、飛行甲板と格納庫天蓋の間に一層分の甲板が配置されていたのだ。

 つまり格納庫床面から見ると、格納庫天井の先にもう一階分の部屋があることになるのだ。


 ただし厳密には単純な甲板室が配置されているわけでは無かった。確かに、空間を有効利用する為に、この空間には搭乗員待機室などが設けられてはいたが、実際には飛行甲板を支えるための桁材が縦横に走っていたからだ。

 この空間の室内は、桁材の隙間に設けられたものと言っても良かったのだ。


 単純に考えれば、大重量の飛行甲板の要所に船体と繋ぐ支柱を追加すれば必要な強度は保たれるが、格納庫内が支柱だらけになれば床面積は減少するし航空作業も支障が出るはずだった。単純な移動でも破損を避けるために頻繁な方向転換などの余計な作業が発生するのではないか。

 そこで新鋭の浦賀型海防空母などで取り入れられた方式は、一枚板の飛行甲板で強度を確保するのではなく、飛行甲板下に桁材を設けてそれらの構造物全体で荷重を分担するという思想だったのだ。



 浦賀型海防空母がこのような従来から一新された構造となったのは、飛行甲板の強度を向上させる為だった。空母に搭載される航空機は一般に新型になる程大重量となるし、失速速度も上がるから着艦時の衝撃は大きくなる一方だった。

 しかも、翔鶴型などの一部正規空母では飛行甲板の装甲化も行われていたから、大重量の甲板自体が着艦機の衝撃を支える方式では耐えきれない形状になっていたのだ。


 こうした条件はある意味で船団護衛用の補助空母である海防空母の方が厳しかった。長期間の運用が想定されて建造価格も高い正規空母に対して、大量建造が前提の海防空母は、強度上の余裕の大きい高価な部材の使用量を最低限に抑えられていたからだ。

 それ以前にそうした高級材は施工も難しくなるから、特殊な技能を持つ単価が高い工員も必要となり、全国各地の民間造船所で建造されている海防空母の全艦に大規模に採用することは出来なかったはずだ。


 しかも、浦賀型海防空母の就役に前後して日本海軍は専用の艦上対潜機として二式艦上哨戒機、東海を採用していた。これまで哨戒機として多用されていた艦爆や艦攻と比べても双発機の二式艦上哨戒機の自重は大きく、貧弱なこれまでの海防空母の構造では対応が難しかったようだ。



 浦賀型で採用された梁構造方式は、飛行甲板高さの増大などの不利益点はあるものの、飛行甲板直下に一層分の甲板室が出来るという思わぬ利点もあった。

 長時間の哨戒飛行を行うために燃料を満載して大重量となった哨戒機を運用するために、浦賀型も射出機を備えていたが、同艦の射出機周りの艤装品はこの飛行甲板下の甲板室に全て収められていた。


 ただし、浦賀型海防空母の射出機は、就役時の隼鷹が備えていた空気式のものではなく、より高性能の油圧式のものが搭載されていた。同艦は、射出機に限らず航空艤装に関しては、搭載数は少ないものがあるものの、最新鋭の正規空母である大鳳型とほぼ同様のものが備えられていた。

 従来よりも高価ではあるが、大重量の搭載機の運用能力が求められていたことと、量産体制の構築によって取得価格の低減が期待出来ることが航空艤装が強化された主な理由であったらしい。



 実は英国本土の改装工事で隼鷹型に搭載されたのも基本的に同型の油圧式射出機だった。従来の空気式のものと各種艤装品も合わせて総取替えとなったために当時は乗組員も取り扱いなどに相当に苦労したと射出される側の石井一飛曹も聞いていた。

 この油圧式射出機は、空気式と同様に射出時の加速度を調整出来る上に、蓄圧に掛かる時間や射出可能な最大重量も増大していた。


 ただし、作動流体の違いや能力の向上といった点はあっても、射出機が作動後は一定の蓄圧時間が要求されることに変わりはなかった。この問題に対処するために隼鷹型では改装工事で飛行甲板左舷に巨大な張り出しを設けていた。

 本来は、この張り出し部分は大して期待された構造ではなかった。むしろ、艦政本部や航海科将兵などからは重量の増大や入港時の視界悪化などを懸念する声もあったらしい。


 隼鷹型では、従来の日本海軍空母の特徴であった下部湾曲式の煙突ではなく、後に建造された大鳳型の事前試験を兼ねて艦橋構造物を煙突と一体化した構造としていた。

 この艦橋構造物の運用実績は良好であったものの、艦橋のある右舷側に重心が傾いているのは否めなかった。搭載燃料を消費して重心が上がっている時などは目に見えるほど傾斜する事もあったらしい。

 大重量の飛行甲板の張り出しは、この艦橋構造物に対して左右舷の重量均衡を保つ為のものでもあった。


 しかし、現在ではこの飛行甲板の張り出しは当初の想定を大きく越える積極的な運用がなされるようになっていた。

隼鷹型空母の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cvjyunyou.html

浦賀型海防空母の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cvuraga.html

翔鶴型空母の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cvsyoukaku.html

二式艦上哨戒機東海の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/q1w.html

大鳳型空母の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cvtaiho.html

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