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1944バルト海海戦34

 この戦闘にソ連海軍連合艦隊は5隻の大型艦を投入していた。ガングート級戦艦3隻とクロンシュタット級重巡洋艦2隻だった。



 一見すると3隻の戦艦が主力に思えるが、ガングート級戦艦は旧帝政時代に建造された旧式の弩級戦艦だった。同級戦艦の主砲は12インチ砲だったが、重巡洋艦と呼称されるクロンシュタット級もその主砲は同口径だった。

 しかも、新たに開発されたクロンシュタット級の主砲はより長砲身の砲だったから少なくとも近距離における火力の面ではガングート級戦艦を優越している筈だった。


 実質的には巡洋戦艦とも言えるクロンシュタット級重巡洋艦は、バーク中佐にとっても馴染みのない艦艇と言うわけではなかった。

 第23駆逐隊がムルマンスクからレニングラードまで同艦と行動を共にして運河を越えてきたということもあるが、それ以前にクロンシュタット級は米海軍のアラスカ級大型巡洋艦を原型としていたから、バーク中佐にも既視感があったのだ。



 軍縮条約の無効化後に建造が開始されたアラスカ級大型巡洋艦は、日本海軍が建造すると噂されていた大型巡洋艦や開戦直後に大西洋を暴れまわっていたドイツの装甲艦などに対応することを主任務としていたが、クロンシュタット級重巡洋艦はさらにそれらを明確に上回る戦闘力を要求されていた。

 クロンシュタット級は、ドイツ海軍の装甲艦から始まる一連の小型戦艦とも言える欧州各国の新鋭艦に対応するものだったのだ。具体的な仮想敵としてはシャルンホルスト級戦艦が挙げられていたというから、その戦力が戦艦に準じるのも当然の事だったのだ。

 クズネツォフ元帥は、そのクロンシュタット級重巡洋艦2隻で同数の戦艦、おそらく日本海軍の磐城型戦艦に当てていた。


 クロンシュタット級重巡洋艦と相対する磐城型戦艦は軍縮条約の制限下で建造された最後の日本戦艦だった。

 磐城型の主砲は長門型戦艦と同型と思われる16インチ砲の連装砲塔に収められたものだったが、三万五千トンという条約の制限下に排水量を抑える為か、搭載数は僅か3基6門でしかなかった。

 主砲は12インチ砲という一回り小口径のものになるとはいえ、排水量で言えば同程度に達する上に手数の多いクロンシュタット級であれば、戦艦である磐城型と対等に渡り合う事もできるのではないか。



 残るガングート級は、3隻の戦隊全力で残る1隻の戦艦と交戦していたが、開戦後に建造された日本海軍艦艇の詳細は米海軍でも掴んでいなかった。

 公開情報等からすると、目前の戦艦は大和型と思われていた。要目は不明だが、4万から5万トン程度の排水量で、16インチ砲9門搭載というのが概ね統一した見解だった。

 建造時期からしても、おそらくは米海軍のサウスダコタ級、アイオワ級に匹敵する有力な戦艦なのではないか。

 もっとも、距離があるせいかバーク中佐の目には大和型にはそれほどの迫力を感じなかった。遠くからシルエットを見る限りでは、一回り小さいはずの磐城型と区別がつかないせいかもしれなかった。


 日本海軍の艦艇は、不格好に煙突を湾曲させたものが少なくなかった。非効率な機関部が大型化してボイラー直上の煙突に割ける十分な空間が取れなかったせいではないかと米海軍では考えられていた。

 磐城型と大和型の2戦艦もその例外ではなく、建造時期にさほど差が無いためか狭苦しそうな塔型艦橋や湾曲煙突、それに連装数は違っても3基の主砲塔を前後に振り分けた基本的な配置は類似したものだった。

 大型化したためか、大和型戦艦は前後2基の煙突を有していたが、後部の艦橋に隣接しているため、角度によっては後部煙突と後部艦橋が溶け込んだようになってしまうために、磐城型と見分けがつかない場合もあるようだった。



 米海軍からすれば日本海軍の新鋭戦艦はさほどの脅威とはならなかった。仮に大和型戦艦が米海軍最新鋭のサウスダコタ級やアイオワ級戦艦を凌駕する性能を有していたとしても、同時期に米海軍に就役した戦艦の数は日本海軍を大きく上回っていたからだ。

 空母や駆逐艦といった補助兵力の建造量は日本海軍の方が多かったが、それは艦隊決戦用の兵力ではなく、今現在の彼らにとっての主戦場である欧州で発生している船団護衛や上陸部隊支援に必要不可欠だったからだろう。

 米海軍にはルーズベルト政権において大量に建造された巡洋艦群という使い勝手の良い兵力もあったから、正面を切った戦闘で日本海軍に後れを取る事はありえなかった。


 海軍戦力が未だ貧弱なソ連海軍からすれば16インチ砲搭載の新鋭戦艦は大きな脅威である筈だが、旧式とは言え1対3の数の差は無視できないはずだった。

 一回り以上強力な16インチ砲であったとしても、近代化改装によって3万トン近くにまで達したガングート級戦艦が容易に撃沈されるとは思えなかった。最悪狙われた戦艦が沈められたとしても、残りの2隻はその間は妨害されずに砲撃できるのだから、火力の差は主砲口径ほどには現れないのではないか。



 だが、実際にはバーク中佐の予想は楽観的に過ぎていたようだった。クロンシュタット級重巡洋艦もガングート級戦艦もどちらも劣勢であったのだ。


 クロンシュタット級が交戦している方は正確には膠着状態というべきかもしれなかった。重巡洋艦戦隊は果敢に接近を図っているものの、磐城型2隻は巧みな機動を繰り返してのらりくらりと逃げ続けていたからだ。

 一見すると日本海軍がひどく消極的であるようにも思えるが、バーク中佐は日本人の考えを推測していた。


 戦艦の装甲は自艦の主砲が耐久しうる程度を施すのが通常のやり方だった。ただし、あらゆる距離において全ての部位が耐久することを目指せば際限なく装甲は肥大化してしまうはずだった。

 近距離であれば垂直面の装甲にほぼ初速を保ったまま着弾するし、遠距離では上空に打ち上げられた砲弾が正撃に近くなる高い角度で命中することで、どちらも著しく貫通距離を増大させるからだ。

 それに、巨大な戦艦には主砲塔や機関部といった戦闘に必要不可欠な部署以外にも多数の区画があったが、仮に兵員居住区や航空艤装が破壊されても主砲砲戦には影響は殆どないはずだった。

 だから、戦艦の装甲は重要区画に重点的に配置し、その装甲厚も想定される主砲戦距離に前後する安全距離における自艦主砲弾に対する耐久を考慮したものとなるはずだった。


 ただし、この安全距離はあくまでも自艦の主砲を想定して算出されたものだった。逆を言えば、主砲威力に劣っていたとしても、この安全距離を割り込むほど接近するか、あるいは水平装甲に高い角度で着弾する遠距離砲戦に徹すれば、より強力な戦艦を相手取ることも可能なはずだった。

 現実的に考えれば、観測機が存在しない場合は射撃管制用のレーダーがあっても弾着観測が著しく難しくなる遠距離砲戦を選択する指揮官は少なかった。だから敵艦よりも小口径の主砲しか持たない艦艇は、より接近する傾向があった。



 クロンシュタット級重巡洋艦に乗り込んだ指揮官も同様に考えていたようだった。

 短時間の観測でも、2隻のクロンシュタット級が舳先を敵戦艦に向けて盛んに接近を図ろうとしているのが確認できていたのだ。


 しかし、クロンシュタット級の接近機動は成功していなかった。ソ連艦隊の指揮官が考えている事くらいは、これまでの戦訓から日本海軍でも承知の事だろう。

 逆に言えば、磐城型戦艦に乗り込む日本海軍の指揮官とすれば、重巡洋艦の接近を阻止できれば自艦の安全距離を保ったまま有利に戦闘が可能だったのだ。


 おそらくはクロンシュタット級重巡洋艦と磐城型戦艦の間には大きな速度差はないのだろう。それで重巡洋艦であるクロンシュタット級が距離を詰めることが出来ないのではないか。

 若干はクロンシュタット級の方が優速であるように思えたが、磐城型戦艦は艦を操る乗員の練度や戦隊内の連携によってクロンシュタット級を寄せ付けるすきを見せなかったようだ。



 今の所は、戦闘は日本海軍の方が有利に進めているようだった。クロンシュタット級の接近を許さずに、磐城型の有利な距離と思われる遠距離での砲撃戦に終始していたのだ。

 お互いに牽制しあって何度も転舵を繰り返していたものだから、損害はさほど大きなものは発生していないようだった。


 もっとも、手数の多さを活かしているのか、クロンシュタット級重巡洋艦から放たれた砲弾は何発か命中弾を得ているようだった。火災が発生しているらしく、磐城型の一番艦は艦体の何処かからどす黒い煙を上げていたのだ。

 上空に伸びていく黒煙に歓声を上げるものもいたが、その兵の声はすぐに悲嘆なものになっていた。煤煙を全て吹き散らすかのような勢いで、磐城型戦艦が揃って重々しく主砲弾を放っていたからだ。


 その様子を見る限りでは磐城型の戦闘能力が低下しているようには思えなかった。主砲発砲による砲煙は磐城型のどちらとも艦橋構造物の前後から観測されていたから、主砲の発砲能力には低下は見られなかったのだ。

 不思議なことに、一見すると果敢に敵戦艦を追い回しているクロンシュタット級重巡洋艦の方が、実際には敵戦艦から追い込まれているかのように思えてきていた。


 そして、磐城型の斉射から数十秒後に着弾による水柱が発生していた。

 命中弾は発生しなかったようだが、距離があるオグネヴォイからはクロンシュタット級2隻の姿が見えなくなるほど巨大な水柱は至近距離に発生していた。あれではクロンシュタットの甲板上は大量の海水で洗い流されたようになっているのではないか。


 磐城型の主砲弾が作り上げた巨大な水柱に比べると、次々と放たれるクロンシュタット級の主砲は発砲速度が高く、斉射一回あたりの発砲数も多いものの、発生する水柱は格段に小さく迫力に欠けているような気がしていた。

 少なくとも印象という点では、12インチ砲弾と16インチ砲弾にはバーク中佐が考えていたよりも大きな差異がありそうだった。


 それにお互いに着弾点の散布界が目標艦を包み込む挟叉は得られているものの、クロンシュタット級の散布界は広がりすぎているように思えていた。挟叉を得られれば、後は命中は確率の問題だというが、散布界が過大であれば主砲弾の弾着密度が低くなって命中の確率そのものが低下するのではないか。

 散布界が過大となる理由はわからなかった。細長いクロンシュタットの船体構造が大口径砲の射撃プラットフォームとしては適していないのかもしれないし、単純に砲術科将兵の練度の低さが原因かもしれなかった。

 あるいは、単純に転舵の連続でまともな射撃の計算値が得られていないという可能性もあった。



 第23駆逐隊が介入するとすればこの戦場だろう。バーク中佐はそう考えて手にした双眼鏡を2隻の磐城型に向けていた。


 原型となったフレッチャー級とオグネヴォイ級は主要兵装に関してはほぼ同一の仕様だった。

 砲兵装に関しては、対空、水平射撃双方に使用できる5インチ両用砲が計5門という駆逐艦としては標準的なものでしかないから、巡洋戦艦とも言えるクロンシュタット級重巡洋艦と五分に渡り合う磐城型戦艦には対抗しようもなかった。


 雷装も予備魚雷を持たない全10射線と他国列強の大型駆逐艦と比べると貧弱さは否めなかったが、それでも水線下に直接打撃を与える雷撃の脅威は戦艦でも無視できないはずだった。

 仮に命中弾を与えられなかったとしても、雷跡を発見すれば回避行動を取るはずだから、駆逐隊4隻のオグネヴォイ級が一斉に雷撃を行えば、そのすきにクロンシュタット級が磐城型の装甲を食い破れるほど近くまで接近することも出来るのではないか。



 自分が乗り込んだ艦艇によって戦況がひっくり返るかもしれないという事実は、バーク中佐をひどく興奮させていたが、ナサエフ大佐の方はもっと慎重だった。

 レーダー表示面や見張員からの報告を聞いていたナサエフ大佐は、変針を命じなかった。オグネヴォイの舳先が指し示す方角にはガングート級と大和型戦艦の戦場があるはずだった。

クロンシュタット級重巡洋艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cakronstadt.html

磐城型戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbiwaki.html

大和型戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbyamato.html

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