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1942プロエスティ爆撃作戦1

 また一機やられた。そのような声が機内通話装置から流れてきた。

 荘口大佐は、偵察員席から身を乗り出して機外の光景に目を向けた。

 普段使用されることとの少ない偵察員席は、主副操縦員席の後方にあったから、席に座ったままでは視界が悪かったのだ。


 撃墜された機体はすぐに見つかった。

 飛行第35戦隊は、戦隊長である荘口大佐が乗り込む一式重爆撃機を先頭に進撃していた。

 墜落していった機体は、第35戦隊と交差する軌道で爆撃目標に向かっている部隊だった。

 一式陸上攻撃機で編制されたその海軍部隊からは、すでに被害が続出しているようだった。

 今、炎を上げながら真っ逆さまに落下していく一式陸攻以外にも、その部隊の隊列には不自然な隙間が開いている部分があった。

 その様子を痛ましそうな目で見ながら、荘口大佐の脳裏には場違いな考えが浮かんでいた。

 ―――何故俺はこんなところにいるのだろうか。

 荘口大佐は、もう五年も前になる出来事を思い出していた。

 それは満州国の首都、新京郊外の新京空港の出来事だった




 夏はそれほど暑くもならないが、冬は酷く寒くなる新京では、5月はもっとも過ごしやすい季節だった。

 窓から差し込む暖かな陽光に誘われて、いつの間にか荘口中佐は車内で寝入っていた。

 新京駅の駅舎を出たところで待ち構えた社用車らしい乗用車に乗り込むなり意識を失うように眠り込んでしまったようだった。

 おそらく普段の激務に加えて、新京までの長旅による疲労が眠気を誘ったのだろう。

 それに、意外なほど新京駅から郊外に建設中の新京空港へと向かう道路の舗装は、しっかりとしたものだった。

 高級な部類らしい乗用車のサスペンションが優秀だったとしても、いい加減な舗装であれば、激しい振動でとても眠気を感じるどころではなかったはずだ。

 新首都の鉄道と空路を結ぶ重要道路であるから最優先で建設されたのだろうが、満州共和国がインフラ網にかなりの資金をつぎ込んでいるというのは本当のようだった。

 新京空港の程近くまで来てようやく目が覚めた荘口中佐は、ぼんやりとそう考えていた。

 いつの間にか乗用車が止まっていた。その時の衝撃で目覚めたようだった。


 荘口中佐を乗せた乗用車が止まっているのは、そのまま新京空港に向かう道路から分岐した道だった。

 どうやら満州軍の管理する区画らしく、幹線道路から直接視認されないようにか、壁が設けられていた。

 乗用車が止まっているのはその壁に設けられた門の前だった。

 正式に制定されたばかりの満州国陸軍の真新しい軍服を着た衛兵達の姿を見て、荘口中佐は慌てて威儀を正しながら書類鞄の中に入れておいた軍隊手帳を探していた。

 日本帝国と満州共和国は、シベリアーロシア帝国や英国同様の同盟国ではあったが、軍事機密に触れられるわけもないし、鉄道を使って新京まできた荘口中佐は、面倒を避けるために私服姿できていた。

 一応、帝国陸軍の軍服も持ってきてはいるが、狭い車内で着替えることは出来なかったのだ。


 だが、荘口中佐が軍隊手帳を出す前に、車から身を乗り出した運転手がその衛兵に何事か北京方言らしき中国語で怒鳴るように言った。

 運転手と顔も知りらしい衛兵の一人が、興味深そうな声で喋りながら無遠慮な目で車内を覗きこんだ。

 荘口中佐はその衛兵と真正面から目があって身構えたが、衛兵の方はさして興味も無さそうにすぐに視線を逸らした。

 そして、衛兵は興味が失せたかのように振り返ってしまった。

 それで検問は終わりだった。勢い良く運転手が車内に引っ込むと車を発進させた。

 門を通過するときに衛兵と運転手がまた親しげに挨拶を交わしたが、荘口中佐は呆気にとられてその様子を見ていただけだった。


 門の先には滑走路か誘導路らしい整地された場所が広がっていた。それと並行する自動車道を勢い良く乗用車は走っていった。

 行き先である格納庫群までの間にも真新しい兵舎が立ち並んでいた。

 新京空港に隣接するこの軍用区画には、航空隊だけではなくかなりの規模の陸上部隊も駐屯しているようだ。


 だが、荘口中佐の見る限り、彼らの練度はさほど高くないようだった。

 兵舎の外で休憩中なのか所在なげにしている兵達は、着崩されてよくは分からないが、満州国陸軍の軍服ではなく、かつての軍閥時代そのままの軍服を着込んでいた。

 彼らの様子もまるで緊張感がなく、首都に駐留する精鋭部隊とは思えなかった。

 それだけは鋭い目つきで彼らは走り去る乗用車を追いかけていた。



 新たに成立した満州共和国の実態は、中国東北地方に浸透しつつあった共産主義勢力に対抗するために、張作霖を首領とする奉天派軍閥が中心となって作り上げられたものだった。

 奉天派の軍閥だけならば満州に巣食う他の軍閥や中華民国正規軍、あるいはシベリア―ロシア帝国の脇腹を突かんとしてモンゴルや中国共産党を支援するソ連などに圧倒されていたかもしれないが、奉天派には従来から満州鉄道の利権などをもつ日本帝国が軍事的な支援をしてきたし、反共主義を掲げることで英国やシベリアーロシア帝国からの援助も期待できた。

 それに、蒋介石率いる国民党政権は、国共合作態勢の崩壊後は、満州共和国を含む軍閥との対峙よりも共産主義勢力との抗争のほうが懸念事項となっていた。もちろん日本帝国による軍事支援や近代兵器の輸出が停止される可能性も満州共和国との対峙を避ける政策をとった一因となっていたはずだ。

 結局、国民党政権は、満州共和国の政体としての正統性は認めないものの、中華民国を構成する東北地方の地方自治体として承認するという曖昧な決着をつけていた。


 そのような状態で成立した満州共和国であったから、その軍事力は奉天派が中核とはなっているものの、その実態は軍閥や恭順した馬賊などの寄り合い所帯に過ぎなかった。

 大規模な軍閥であれば師団級の戦闘集団を抱えていただろうが、馬賊などの小集団を近代的な戦力にまとめ上げるのはかなり難しいはずだ。

 新規に制定された満州国軍の軍服を着用しているのも奉天派や、それに近い大規模軍閥だけなのかもしれなかった。

 いずれにせよ一般の国民には統治者が変わったという認識は薄いはずだ。

 満州国が、それまでのような寄り合い所帯で曖昧な矛盾を抱えたままであるのか、それとも一体化した国民国家としての意識が形成されていくのか、全てはこれからの満州共和国の国政を握る指導者達の手腕にかかっていた。



 荘口中佐を乗せた乗用車が最後に止まったのは、立ち並ぶ格納庫の中でもひときわ大きな格納庫の前だった。

 単発の戦闘機であれば、数個小隊分でも楽に格納できるのではないのか。

 運転手に促されて荘口中佐が乗用車から降りると、詰所らしき建屋からきびきびとした動作で三人ほどの衛兵が近づいてきた。

 荘口中佐は、その衛兵たちに思わず身構えてしまっていた。明らかに彼らの練度は、これまで見てきた兵達よりも上だったからだ。

 満州国軍の軍服を着用しているのはもちろんだが、その他の装備も充実しているようだった。

 後ろの兵は、日本製の三八式歩兵銃を負革を使って肩に背負っていた。見たところ負革も他の装備品も統一されているようだった。

 三八式歩兵銃も磨きぬかれて状態も悪くなさそうだった。


 先頭をいく将校の装備はさらに異様だった。

 腰のホルスターに収められているのは、日本陸軍でも制式化されて間もないはずの九五式自動拳銃だった。

 少なくとも装備面ではかなり優遇された部隊のようだった。おそらく奉天派子飼いの部隊なのだろう。

 そのような部隊が守備隊についているということは、この格納庫もかなり重要なものなのだろう。

 今度は提出を求められた軍人手帳を差し出しながら荘口中佐はそう考えていた。


 だが、荘口中佐は、まだこの格納庫の中身を甘く見ていた。衛兵たちの検査は、軍人手帳の確認だけでは済まなかったのだ。

 同盟国軍高級将校に対する丁寧な態度は保ったままだったが、有無をいわさずに所持品の検査や鞄の中身の確認まで行なったのだ。

 さすがに書類鞄の中に入れた書類の検査は軍事機密を盾に拒否したが、それでも中身が書類であることまでは目視で確認されていた。

 短気な人間ならば、満州国軍将兵による強引な検査に怒り狂っていたかもしれない。

 だが、兵から累進したらしい老練さを感じさせる士官には、丁寧な態度に隠されてはいたが、どのような人間でも従えさせられそうな不思議な迫力があった。


 すべての検査が済むと、兵たちは一歩引いて、型通りの謝罪を口にした士官は、荘口中佐を格納庫の中へと案内した。

 格納庫の中は、意外なほど暗かった。荘口中佐は、先程までの春先の陽光に包まれた外の様子との差を妙に強く感じていた。

 目が暗がりに慣れていくと、ぼんやりと格納庫の中央に大型の航空機が鎮座しているのが見えてきた。

 荘口中佐は、まだ詳細がよく見えてこないその機体を見ながら、どうやらそれが今回の目標であるらしいと検討をつけていた。


 元々の予定では、陸軍航空本部付きの任を解かれた荘口中佐は、日本本土からまっすぐに新たな任地である新京の満州国軍軍政部付軍事顧問団に向かうはずだった。

 だが、航空本部を離れる直前に、新京空港内で機材視察の任務が追加して与えられていた。

 その任務を言い渡したのは、航空本部の上官だったが、任務を言い渡した本人もその内容はよくわかっていないようだった。

 結局、日本をたつ前にわかったのは、その命令が満州国軍軍政部からの要請によるものだということぐらいだった。

 それで、荘口中佐は一応は納得していた。



 満州国軍の軍事顧問団は、満州国の成立とほぼ同時に編成された組織だった。もっともそれ以前の奉天派軍閥時代から日本人顧問団は存在していたから、陸軍の中でも歴史のある組織といっても良かった。

 中華民国への軍事顧問団やシベリアーロシア帝国駐留部隊への赴任程ではないにせよ、陸軍高級将校の任地としては出世コースの一つではあった。

 だが、荘口中佐の軍事顧問団への赴任は、それ以上の重みを持っていた。これまで航空兵科の佐官級が軍事顧問団に参加した例はなかった。

 それまで満州国軍には、観測機などの雑用機を除いて航空機が存在していなかったからだ。


 だが、近年になって共産主義勢力の動きが国境付近で盛んに見られることや、国内の匪賊や馬賊などの討伐がほぼ完了していたことなどから、満州国軍がそれまでの治安維持から諸外国勢力からの国防へと主任務を転換し始めていた。

 その中で満州国軍でも本格的な航空兵力の整備が急務となっていた。北中国で蠢動する中国共産党はともかく、外蒙古から満州をうかがうモンゴル人民軍は、ソ連からの軍事援助を受けて急速に軍備を整えつつあった。

 これらの外国勢力に対抗するために、新たに編成される満州国航空隊は観測機や連絡機などの雑用機ばかりではなく、戦闘機や襲撃機などの本格的な一線級の機材も配備されることになるだろう。

 現実的に考えて、それらの機材の供給源は日本しかありえない。

 中華民国と違って満州共和国にはドイツの影響力は及んでいないし、英国機では性能はともかく生産地が遠すぎて安定した供給や整備は難しいからだ。


 もちろん、いくら優秀な機材が揃ったとしても、それだけでは航空隊を編制することは出来ない。一線級の航空機を操縦するには初等から高等まで複数の練習機での長い教練が必要だった。

 当座の教員は日本陸軍から雇い入れるとしても、実際に満州国軍の人間が戦闘機や襲撃機の搭乗員となるには長い時間が必要となるだろう。

 さらに整備や飛行場付属の諸隊などの後方勤務要員も必要だから、航空隊に必要な要員を育成する学校の設立だけでも大事業となるだろう。


 だが実際には荘口中佐の仕事は、これらの航空隊自体の整備が主体となることはないはずだ。

 整備や機上作業の教官ならばもっと若い尉官に任せればいいだけの話だ。場合によって航空局所管の民間搭乗員を育成する航空機乗員養成所から教官を招聘してもいいはずだ。

 陸軍飛行学校卒業以来、各航空隊や航空本部などの陸軍航空畑を歩み続けた荘口中佐は、陸軍で任官当初から航空兵科士官となった最初の世代の一人だった。

 言い換えれば陸軍航空の発展をつぶさに見つめてきたのだとも言える。

 おそらく満州国軍の上層部が荘口中佐に期待しているのはそのような経験なのではないのか。


 満州国軍が軍備を整えつつあるとはいっても、その中核にあるのはかつての軍閥の幹部達に過ぎない。彼らはかつては馬賊であったり、あるいは匪賊の討伐などで実戦経験は豊富なものが多いが、政権中枢から離れた東北地方の出身者ばかりだから、旧清軍などの高級教育などを受けたものはいなかった。

 もちろんまともな航空戦闘法やその理論に接したこともないはずだ。

 近代的な正規軍には、まともな航空戦力の整備が必要であることはわかっていても、実際に何が必要なのか、そこまで理解しているものは少ないはずだ。

 だから、満州国軍軍政部付きの顧問となる荘口中佐には、これから本格的な整備が始まる満州国空軍のドクトリンの整備から求められる事になるだろう。


 一言で新空軍とはいっても、その求めるものが制空権を掌握して偵察機や観測機による空中偵察や攻撃機による敵部隊の攻撃を行う陸上部隊の直接援護なのか、あるいは日本陸軍のように後方の敵基地を直接狙って地上で敵航空機を破壊してしまう航空撃滅戦を指向するのか、それだけでも求められる人員や機材は異なってくるはずだ。

 一佐官が新たな空軍の創設にも等しい事業を手がけるのは荷が重いかもしれないが、やりがいがあることは間違いない。


 おそらく、この格納庫内の機材も満州国軍が航空隊向けに購入したか、あるいは購入を検討している機材なのではないのか。

 荘口中佐の耳にそのような話が聞こえて来なかったのは奇妙だったが、その機体は陸軍機ではなくて海軍機であるのかもしれない。

 戦闘機や襲撃機のような単発機は陸軍機を採用したとしても、双発の大型攻撃機は海軍機を採用したとしても不思議ではなかった。

 海軍と陸軍では操作法も異なるが、大型機と単発機では搭乗員を固定しておけば良いし、転換訓練で異なる操作法を教えこむことも出来るはずだ。

 それに製造段階から注文をつけておけば海軍機でも陸軍機と変わらない操作方法にすることも出来るはずだ。


 そのように色入と考え事をしていたものだから、合図なしに急に格納庫の電灯を付けられて、荘口中佐は順応できずに目を瞬かせた。

 荘口中佐は、しばらくしてからうっすらと目を開けたが、明かりが付けられたことで明確に見えるようになった機体を見てぽかんとして口を開けてしまっていた。

 ―――双発ではない…四発機、だと…

 しかも、その機体は陸軍機でも、海軍機でも、それどころか英国やドイツの機体でもなかった。

 呆気にとられて荘口中佐はその見慣れない機体を見つめていた。

九五式拳銃の設定は下記アドレスで公開中です

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/95p.html

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