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1944バルト海海戦19

 機動爆雷が、投下軌条や投射機から放たれる通常型の爆雷や散布爆雷と異なる点は数多く存在するが、最大の特徴は発射後も敵潜に向けて誘導されながら推進するという点にあった。

 その名に反して、機動爆雷はいわゆる爆雷では無かった。実際には潜水艦に向けて放たれる魚雷だったのだ。



 対艦攻撃に使用される大炸薬量の長魚雷に比べると、機動爆雷は対潜警戒に就く航空機に搭載することを考慮して寸法は短く、樽の様などことなく締まりのない形状をしていた。

 しかし、その性能は敵潜にしてみれば剣呑なものである筈だった。従来の爆雷攻撃とは異なり、急角度の回避運動を行った所で魚雷が針路を合わせて向かって来るからだ。


 機動爆雷の弾頭部には、炸薬に加えて小型の聴音機が搭載されていた。機動爆雷に限らず、現行の魚雷には発射後に針路を変更させる為にある程度の舵取り機能が備わっていた。

 機動爆雷の場合は、聴音機に繋がった制御機能が舵取り機能に直結していた。予め設定された単純な変針を行なうのではなく、制御機能に従って舵が切られるのだ。


 制御機能の能力は、さほど高度なものでは無かった。聴音機で捉えた音源に向けて舵を切り続けると言うものだ。

 だが、言葉で言うのは単純なものの、開発時には相当の苦労があったらしい。開発は極秘で行われていた為に、その詳細は細谷大尉には分からなかったが、漏れ伝わる話だけでも相当の物があった。


 通常の魚雷は、左右舷の舵はともかく、上下運動に関してはさほど気を使う必要は無かった。単に発射後の深度を安定させるのが目的であったからだ。

 ところが、対象が海中に沈降した潜水艦の場合、左右舷に加えて上下を加えた三次元の舵取りが必要不可欠だった。

 結局、聴音機で捉えた信号を左右に広がる二次元と上下に広がる二次元の2つに分離してそれぞれの舵に伝達する機構になっていたらしい。


 さらに舵取り機の応答性も問題になっていた。過敏に設定すれば針路が整定されるまで激しく振幅し続けてしまうし、鈍化させれば応答が遅すぎて海上に飛び出したり、試験機の中には海底に突き刺さって行方不明になったものもあったようだった。

 日本本土まで疎開してきた英国技術陣と共同開発で行われた機動爆雷の開発には、構想段階から制式化までに相当の苦労があったようだ。



 もっとも、実用化の域に達したとして制式化された上に、既に大西洋で何隻ものドイツ海軍の潜水艦を屠っていた機動爆雷だったが、その運用には未だに制限が加えられていた。

 誤射の恐れがあるため、友軍の水上艦艇が聴音機の探知圏内に存在する場合は原則的に使用が禁止されていたのだ。


 これはあまりに大きな制限だった。確かに航空対潜哨戒は大きな成果を上げていたものの、航空機のみで敵潜を撃沈まで追い込んだ例は意外なほど少なかった。

 実際には航空機からの広範囲の哨戒と対潜艦艇による粘り強い攻撃を組み合わせることで大きな戦果を上げていたのだ。


 ところが、機動爆雷を航空機から使用する場合は、この連携が困難だった。理由は明らかだった。機動爆雷には熟練の兵士であれば一瞬で行えるような敵味方の区別をつける能力は無かったからだ。

 機動爆雷の制御部は、聴音機で探知された中からしきい値を越える音源に向かって舵を取ることしか出来なかった。将来的には敵味方の艦艇から出される騒音を区別して誤射の危険性を排除すると言うが、今の所は遠い将来の話でしか無かったのだ。


 それどころか、水上艦や潜水艦が機動爆雷を使用する際にも問題があるようだった。ある程度直進して自艦が聴音機の探知圏外に入って始めて誘導機能が働くようになっているらしい。

 制式化前に何度も内地で行われた試験では、発射された機動爆雷が大きく旋回してもっとも近くの騒音源、すなわち自艦へと向かって来た例が多かったというのだ。



 現状から判断すると、砥石の搭載機は、湾口から敵潜水艦が離れて機動爆雷を使用するのに十分な水深が確保されたのを確認してから、友軍艦を遠ざけた上で投下したのではないか。

 爆雷の投下を確認したソ連潜水艦は、急回頭などの激しい機動を行ったのだろう。水上艦艇を相手にしている際には、炸裂音で聴音機を使用できない爆雷投下時に退避行動を行うことで、爆雷炸裂時の騒音に紛れて脱出を図るのが常識的な行動だったからだ。

 ところが、機動爆雷の場合はそのような回避行動は無意味だった。それどころか、回避行動によって生じた騒音を目掛けて機動爆雷は向かって来ていた筈だった。


 戦果確認の報告に司令部要員からは歓声が上がっていたが、そのような雰囲気に水を指すように冷ややかな声がしていた。

「貴官ら日本海軍は我が軍の潜水艦隊を窮地に追い込んだと聞いていましたが、内懐にまで敵潜水艦を招き入れてしまうとは我々の間に広がっていた噂程ではなかったと言うことですかな……

 それに機動爆雷とは一体何です。キールで行われた事前の説明には無かったですな」

 その声を聞いて嫌そうな顔になった参謀も多かった。声の主はキールで乗り込んできたドイツ海軍の連絡将校であるネルケ少佐だった。



 だが、誰かが声を返す前に、ネルケ少佐以上に冷え込んだ声が聞こえた。

「軍機に抵触するゆえ我々には貴官に情報を公開する権限は与えられていない。英日間の技術協定にて開発が進められたものは両国間以外に情報は与えられぬ」


 細谷大尉は、慌てて振り返っていた。ネルケ少佐と同じく英国海軍から連絡将校として派遣されていたオハラ中佐だった。連絡の為に内火艇で上陸していると聞いていたのだが、潮の匂いからして戻って来たばかりなのだろう。

 傲然と構えたオハラ中佐に、ネルケ少佐は鼻白みながら返していた。

「我がドイツと貴国は既に講和に漕ぎ着けたと思うのですがね。事実、我が海軍の艦艇を無条件でこの艦隊の指揮下に編入させたでは無いですかな。

 それに、この艦隊に見えるのは日本海軍ばかりで、ユニオンジャックを掲げた艦は一隻も姿を見せていないのではありませんかな」


 オハラ中佐は顔色一つ変えずに首をすくめただけだった。

「貴国は、共同交戦国という枠組みに組み込まれることになっただけで、まだ同盟関係にある訳ではない。軍事機密が解除されるとしたら、数々の条約に貴国が調印した後のことだろう。

 それに、ロイヤルネイビーが広大な大西洋に展開し続けているのは、規定どおりに貴国の潜水艦隊が全艦我が英国本土まで辿り着いていないからなのだよ。貴国の潜水艦は故障ばかりで航行すらままならんのかね」



 青筋を立ててネルケ少佐は更に言いつのろうとしたが、それよりも早く栗田中将が声を出していた。

「その件は司令官が預かる。今一度念を押しておくが、連絡将校を含む司令部要員の任務は情報を分析し検討する事であって、論争を行うためでは無い。国家間の諍いを分艦隊司令部に持ち込まれては迷惑だぞ」


 そう言いながら、栗田中将は鋭い視線を指揮所全体に向けていた。ネルケ少佐はまだ言い足りない様子だったが、いち早くオハラ中佐は殊勝な態度でわざとらしく頷いていた。

 栗田中将は、参謀長に向き直りながら続けた。

「先程の……武蔵の件だが、武蔵が実際に何ノット出せるかはこの際それほど気にする事はないだろう。速力の低下した武蔵は、水上砲戦において足手まといになりかねないからだ。

 状況からして出港を予定通りの時刻まで遅らせた場合は船団がソ連艦隊の襲撃に巻き込まれる可能性が高い。よって、今の時点で避難民を載せ終えた船だけで輸送船団を編成、キールまで先発するものとする。

 武蔵はこの先発船団に護衛として加わるように下命する。他に航空分艦隊を船団護衛隊として抽出するが、海防空母部隊の第20航空戦隊は麾下駆逐隊と共に残ってもらう。どのみち後から来る輸送船は鈍足だから、隼鷹型よりも低速の海防空母で十分随伴できるだろう。

 それから、輸送船団は航空分艦隊司令官を指揮官とすること。残りの艦隊は小官の指揮でゴーテンハーフェンを出港、残留する船団を直掩する第20航空戦隊を除く水上戦闘艦全力でソ連艦隊の接近を阻止する。

 以上の内容を全艦に送信してくれ。細かな文面は君に任せる」



 栗田中将はそう言ったが、ネルケ少佐はまだ不満そうな顔でいった。

「しかし、戦闘前にすでに戦艦一隻が脱落、ですか」

 忌々しそうな顔でネルケ少佐を見るものもあったが、内心では同様の不安を感じている参謀も少なくなさそうだった。


 だが、栗田中将は顔色一つ変えることなくいった。

「後続の輸送船に随伴している護衛艦隊から戦力を抽出する。リット少将には、シャルンホルストとプリンツオイゲン他のドイツ艦隊を先行させるように要請してくれ。

 当然だが、ドイツ艦隊は到着後は小官の指揮下に入る。連絡将校はその旨を徹底させるように。ドイツ艦艇の序列への組み込みはリット少将からの返信を持って行う」


 平然と栗田中将はそういった。わずかに遅れて指揮所全体が慌ただしくなっていた。船団、艦隊の分離や合流に伴って各級指揮官や艦長に数多くの通信を送らなければならなかったからだ。

 便乗した艦政本部員にすぎない細谷大尉はその騒ぎに取り残されて居心地悪い思いをしていた。



 だが、栗田中将の話は終わっていなかった。中将は、オハラ中佐に向かっていった。

「奥で報告を聞こう……細谷部員も来てくれ」

 そう言うとさっさと奥の長官私室に向かっていた。一瞬オハラ中佐は怪訝そうな顔になると、栗田中将の後ろ姿と首を傾げている細谷大尉を交互に見つめたが、すぐに大尉を促して長官私室に入っていた。

 細谷大尉は、電文用紙を手にしながらこちらに鋭い表情を向けるネルケ少佐の視線を背中に感じていた。



 初めて入室する戦艦大和の長官私室は、漠然と想像していたものと比べると意外と狭かった。細谷大尉が考えていたのは、長く連合艦隊旗艦に就いていた戦艦長門などのそれだったが、写真でしか見たことのない豪勢な長官私室とはこの部屋の内装は大きく異なっていた。


 もっとも、連合艦隊司令部も今では海上の艦艇には無かった。長門の旗艦設備も、連合艦隊直卒から離れて新設された一回り小振りな第1艦隊司令部が使用しているはずだった。

 日本海軍の艦隊規模が増大していた事は勿論だが、それよりも各艦隊の展開域が実質的に全地球にまで広がってしまった事で、全軍を統括する連合艦隊司令部に要求される事務能力は膨大なものになっていた。

 つまり艦上の司令部機能では、近代戦の戦域拡大と速度の上昇についていくことが出来なかったのだ。あるいは、前線部隊を支えるために必要な機能が肥大し続けているということかもしれなかった。

 いずれにせよ、前線部隊ではない連合艦隊司令部や遣欧艦隊などの高度な管理機能を要求される司令部は、多くの要員を収容出来る地上施設に移動する例が多かった。



 細谷大尉は、連合艦隊司令部とは逆に前線の司令部に機能を絞ったのが大和長官私室の質素な雰囲気を作ったのかと考えていた。

 しかも、平時とは異なり戦闘時の被害極限を重視した日本海軍の各種戦闘艦の艦内は、戦訓を反映して火災発生時の延焼を防ぐ為に木造品を極端に減らしていた。

 長官私室と言えどもその例外ではなく、調度品も実用性だけが取り柄の規格化されたものばかりになっていた。


 もっとも、長官私室が狭く感じるのはそれだけが原因では無かった。長官公室が用途変更されてしまった為に、本来公室に備わっていた機能の一部を私室に移していたのだ。

 その従来設置されていたものよりも大きな会議卓の上に、オハラ中佐は薄い書類鞄を置いたが、中身を取り出そうとはしなかった。

 オハラ中佐は、栗田中将と細谷大尉を交互に意味有り気な目で眺めていたが、会議卓を囲む様に配置されていた椅子に座り込んだ中将は、中佐のそんな様子を気にすることもなく大尉に向き直っていった。

「細谷部員は、この司令部に来る前に英国本土でドイツ潜水艦の調査を行っていたそうだな。その経験を活かして確認してもらいたい事がある」


 妙なことにその一言でオハラ中佐の細谷大尉を見る目が一変していた。

大和型戦艦の設定は下記アドレスで公開中です

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbyamato.html

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