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1944バルト海海戦1

 会合の出席者は、多くが困惑した表情を浮かべていた。

 ―――それも無理はないか……一週間前までは、大半のものがこんな事態になるとは考えてもいなかっただろうからな。

 ほとんど傍観者のような気分で塩沢大将はそう考えていた。



 閣議の予備段階として急遽集められた会合の出席者は、多くが各省の次官級の官僚だった。それに対して、事態が事態だけに統合参謀部を代表して出席している塩沢大将は実質的に統合参謀部総長の永田大将と同級の重鎮だった。


 今次大戦において発生した前線における陸海軍の指揮権の乱れに対処するために誕生した統合参謀部は、これまで独立していた陸軍参謀本部と海軍軍令部という陸海軍の軍令機能の集約を図ったものだった。

 従来も、戦時下においては最高統帥機関として大本営が置かれて両部を束ねるという建前であったのだが、実際には統帥権の独立などの理由で統合指揮には十分機能していなかった。

 陸海軍の各隊が同じ戦域に投入される時でも、上級司令部ではなく前線に展開する各部隊指揮官の協定に陸海軍の分担が任せられるといった非効率極まりないことも多かったのだ。



 統合参謀部は、その様に陸海軍が別個に戦っていたことを反省して、両軍の統合運用を行う為に設立されていた。

 だが、いくら戦時中とはいえ、旧態依然とした考えが一夜にして一掃されるわけも無く、両軍の特に高級将校からはかなりの反発があることが予想されていた。

 これを抑えるために、統合参謀部の長には陸海軍の重鎮が起用されていた。参謀総長に就任しているのは、若手将校の頃から陸軍大臣就任が期待されていた永田大将だった。

 同時に永田大将は、陸軍内にあって長期的な軍備増強を企画する統制派の長とも言われており、企画院の官僚とも気脈を通じていた。



 陸軍軍人の永田大将が統合参謀部総長に就任したのに対して、次席指揮官には海軍から塩沢大将が副総長として選出されていた。陸海軍間の勢力関係のためか、副総長も鎮守府長官職を経験した総長である永田大将と同格の老練な大将が選ばれていたのだ。

 今次大戦の間は、永田大将も塩沢大将も予備役編入を遅らせて現役についていたが、二人の後任となる次世代の統合参謀部総長は均衡を保つために今度は海軍から選出し、代わって副長を陸軍からという形を取るのではないか。


 だが、明確に大臣を補佐する官僚である他省庁の次官からすれば、塩沢大将はやりにくい相手かもしれなかった。

 年齢だけではなかった。現職の山本総理は先の大戦での負傷により海軍を除隊した傷痍軍人として知られていたが、塩沢大将はその山本総理の兵学校同期だったからだ。



 ふと塩沢大将は顔を上げていた。座長である内務次官が企画院からの出席者に意見を求めたところだった。

 総理大臣直属とは言え本来は調査機関に過ぎなかったはずの企画院は、陸海軍を含む各省からの出向受け入れを背景とする権限の拡大や組織統合の結果、現在では戦時の動員計画全般から国内外の調査まで幅広く業務内容に含む鵺のような巨大な組織になっていた。

 企画院から会合に出席しているのは、二人の若手官僚だった。いずれも内務省からの出向者で陸軍統制派との繋がりから統合参謀部にも出入りしていたから塩沢大将とも面識があった。


 名前を呼ばれた企画院の長谷は、まだ30代のはずだったが、次官級の官僚の中でも臆する様子はなかった。

「企画院の想定の中ではこのようなドイツ側からの早期講和の申し出も考えられていました。その場合の対処に関する提言も纏められておりますので、機密資格のある部署へは早急に資料を送付します」


 右往左往する自分達を揶揄されたとでも思ったのか、何処かの次官が鼻白みながら言った。

「それは結構だが、資料ではなくこの場で企画院がドイツからの講和申出に対してどのように対処するつもりなのか、それを教えてくれないかね。機密でも概要くらいは話せるんだろう」

 鋭い視線を向けられていたが、長谷は眉一つ動かさなかった。塩沢大将はその様子を面白そうな目で見ていた。相変わらず彼女は鉄面皮を貫いていたからだ。

「まず前提として、企画院は総理直属の調査機関であり、意見を提言することはあっても最終的な意思決定は総理に委ねられています。

 その上で申し上げれば、ドイツの申し出自体は、彼らを以前のように共産主義勢力からの防波堤の位置に置くという我が国をはじめとする国際連盟の戦争目的に合致しています。

 ……ただ、個人的な意見を言わせていただければ、講和がなるのであれば早急にドイツ本国に調査団を派遣すべきと考えております」



 議長の内務次官は、他省庁への出向者とは言え本来は部下であるはずの長谷に首を傾げながら次を促していた。

「その調査団の目的はなんと考えているのかね」


「ドイツ国内及び兵器の損害調査です」

 間髪を入れずに言った長谷に、塩沢大将は興味深そうな顔で言った。

「イタリアの単独講和後、我が軍はタラントで鹵獲したドイツ戦艦テルピッツを調査している。また戦地で鹵獲した戦車も本土に持ち帰って調査しているのではなかったかな」

 後半は、陸軍省から来た次官に向けていた。次官が頷くのを確認してから塩沢大将は続けた。

「つまり、企画院はそのような戦訓調査を組織的に行なえと我々に促している、そう解釈していいのかな」


 だが企画院の長谷は、珍しく僅かに首を傾げながら言った。

「そのような戦術的な調査も今後の兵器開発計画には活用出来るかと思いますが、調査団の目的はそこではありません。

 今次大戦において国際連盟軍はドイツ本土や影響下の資源地帯などを狙って爆撃などを行っています。しかし、爆撃対象が敵国領土であったため戦果の確認は不十分でした。

 企画院では英国の機関と共同で爆撃目標の選定などの提言を行って来ましたが、その精度を今後向上させる為に爆撃された側の情報が出来る限り必要なのです。

 果たしてドイツ側からみたときに国際連盟軍が選択した爆撃目標は戦争遂行にどのような影響を与えたのか、それを正確に把握できれば長期的な軍備計画の参考資料として極めて有意義なものとなるでしょう」


 企画院の長谷は平然とした顔で言ったが、呆れたような顔のものもいた。早くも彼女達は次の戦争のことを考え始めていたからだ。

 弛緩した雰囲気の会議室を見回してわざとらしく咳をすると、気を取り直すように内務次官が今度は塩沢大将の方に向き直って言った。

「企画院は講和に賛成のようですが、軍部の方はいかがでしょうか、提督」



 塩沢大将は、億劫そうに立ち上がっていた。最近、体の調子がよろしくない気がしていたのだ。

「軍部としては、陛下のご意向を受けて総理が対独講和の方針に至ったとすれば、否応もありませんな。

 ただ……我が軍は、ドイツ軍によって先の欧州大戦でも大西洋で戦った殊勲艦である霧島、榛名の2戦艦、それに空母赤城など有力な艦艇を沈められています。

 被害の大小はあれど、陸軍も同様に損害を加えられておる。このような状況でそう簡単に講和に納得できますかな」


 そこで一旦口を閉ざした塩沢大将にどこかの次官が言った。

「つまり提督ご自身は我が軍に損害を与えたドイツとの講和に反対ということですか」

 しかし、塩沢大将は即座に鋭い目をその時間に向けていた。

「私はそのようなレベルのことを話しているわけではない」


 塩沢大将に視線を向けられたその次官は顔を青くしてもごもごと何事かを言った。大将は普段は温厚そのものであるのだが、先の大戦では中級指揮官不足の中で最前線で駆逐艦勤務を続けた実戦経験者でもあった。

 その塩沢大将の鋭い視線に抗するように、別の官僚が首を傾げながら言った。

「しかし提督、我が軍に損害を与えたと言うのであれば、すでに講和に至ったイタリアも同様ではありませんか」

「それはどうかな。イタリア王国は事前にかなりの交渉があったと聞いている。それに国王の暗殺によって我が国だけではなく、国際的な世論も一挙に同情的なものに変わっていったのではないかな。

 それ以前に、我が国の一般国民の認識で言えば、枢軸軍の盟主であるドイツに比べればその同盟国であるイタリアへの敵意は低いものだったはずだ。それに対してユダヤ人排斥などが広く報道された結果、ドイツへの反感はかなりのものになっているだろうな」


 次官達の多くは、塩沢大将の真意が読めずにざわめいていた。

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