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1944総統暗殺7

 シュタウフェンベルク大佐は鋭い目つきでシェレンベルク准将を見つめていたが、准将は苦笑していただけだった。

「ベルリンはどうなっているか、そう言ったな。一言で言えばね大佐。ひどい混乱が起こっているのだよ」


「我々のクーデター計画……ワルキューレ作戦は失敗したのか……」

 この男に隠しだてしても無意味だ。そう考えながらシュタウフェンベルク大佐は言ったが、シェレンベルク准将の言葉は曖昧だった。

「それはどうともいえないね。成功したともいえるし、ある意味では失敗した……ふむ、最初から話そうか」


「総統は死んだのか……」

 シェレンベルク准将をさえぎってシュタウフィンベルク大佐が言うと准将は肩をすくめた。

「それを聞きたいのは私の方なのだがな。ただ、おそらく総統はもうこの世には居ないのだと私は考えている。少なくとも人事不詳には陥っているはずだ。総統大本営の状況は不明だが、総統からの命令は確認されていないからな。

 次にワルキューレ作戦と君たちが呼んでいたベルリン制圧作戦は、半ばまで成功した。親衛隊は、大半が拘束されるか郊外への脱出を余儀なくされているようだ。

 だが、そこで総統の生死が不明であった事と総統大本営からの情報を受けて混乱が生じ始めた」


 そこまでシェレンベルク准将が言うとシュタウフィンベルク大佐は吐き出すようにいった。

「フロム大将がナチス党にすり寄ったのだな……もしも総統が生きていればクーデターは失敗するから」

 それならば、普段から現政権への不満をフロム大将が口にしていたのは一体何だったのか、シュタウフェンベルク大佐はそう考えて憮然とした表情を浮かべていた。


 ところが、シェレンベルク准将の話はまだ終わってはいなかった。

「今日の午後、フロム大将に親衛隊長官から接触があったようだ。詳細はやはり不明だが、総統に代わってベルリンに戒厳令を敷いた上で国内予備軍司令官たるフロム大将を戒厳軍司令官に任命するとヒムラー長官から話があったらしい」

 シュタウフェンベルク大佐は困惑しながら聞いていた。最近の感触からすると、ヒムラー長官はむしろフロム大将と対立関係にあると考えられていたからだ。

 そこまで切迫した関係ではなかったとしても、国内予備軍と親衛隊との間には、権限の境界線を巡る争いがあったから、両者の関係はぎくしゃくしていたはずだ。


 だが、そのことを質すとシェレンベルク准将はあっさりとした口調で言った。

「理由は簡単だ。ヒムラー長官が見返りを用意したということだろう。今のところ分かっているだけでもヒムラー長官が行う筈だった国民擲弾兵の編成や一部親衛隊の権限をも国内予備軍に委ねようとしているようだ。

 まだ噂だが、総統と共に死亡したらしいカイテル元帥の後任か少なくとも元帥の位はフロム大将に与えられることになるだろう」



 シュタウフェンベルク大佐は憮然としていた。結局目の前にちらつく餌に飛びついてフロム大将は自説をあっさりと曲げたのでは無いか。

 だが、少しばかりの疑問も合った。フロム大将にしては、これまで対立関係にあったヒムラー長官の言葉をあまりにあっさりと信じているような気がしていたのだ。

 シェレンベルク准将はまたそれに返していた。


「単純なことだ。ヒムラー長官に対してフロム大将が隔意を持っていたのは、自分の地位を脅かすと考えていたからではないか。ところが総統の人事不詳、あるいは死亡によってヒムラー長官は総統代行の地位に就こうとしている。

 逆に言えば、総統代行というより高い地位につくヒムラー長官からすれば、国内予備軍の権限など今更得たところで益はない。それどころか、余計な業務まで背負うことになる。

 それに、これまでの経緯からしてヒムラー長官は軍からの支持を取り付けるために、軍部に対してはかなりの妥協を行う可能性も高い。だからフロム大将の立場であれば自分の価値を釣り上げられると思っても不思議ではないのではないかな」



 シュタウフェンベルク大佐は思わず溜息をついていた。

「それでフロム大将は戒厳部隊を率いて、ベルリンは大混乱に陥ったというわけか」

「そういう事らしい。大佐の仲間達も、独自に用意した部隊や国内予備軍司令部からの命令としていくつかの部隊に指示を出していたものだから、市内は誰も自分たちでさえ敵味方が区別つかない状態の部隊が右往左往しているようだ。

 その上で、ここからが本題なのだが、保安本部としては大佐にベルリンに戻って欲しくないのだよ」


 シュタウフィンベルク大佐はそれを聞くなり思わず苦笑していた。それならいっそここで射殺すればいいのではないか、そう考えたからだ。

 だが、そういうとシュタウフィンベルク准将は首をすくめながら言った。


「正直なところを言えばそれも考えたのだが、大佐の死体をうまく隠しおおせる自信が無いからやめた」

 さすがにシュタウフェンベルク大佐も嫌な顔をしたが、シェレンベルク准将は顔色一つ変えずに続けた。

「それに、大佐は勘違いしている。君の身柄そのものが危険な事態を招くといっているのだ。

 クーデター派は当然だが総統暗殺に成功した君を持ち上げて英雄にしたいと考えているはずだ。逆に、戒厳軍としては君を拘束し処刑することで総統派という錦の御旗を掲げたいのだ。

 しかし、現時点でどちらも決定的な戦力を欠いた状態だから、どちらに君の身柄が渡ってもさらに混乱が深まるだけなのだ」


 シュタウフェンベルク大佐は、嫌そうな顔のままいった。

「ならば私はどうすればいい。君の言うとおりにどちらにいっても内戦が避けられないというのならば私はどうすればいい……」

 やけに楽しげな様子でシェレンベルク准将はいった。

「なに、非常に簡単なことだよ。このままどこかへと逃げ出してくれればいいのだ」



 あっさりと逃亡を進めた目の前の親衛隊将校にシュタウフェンベルク大佐は疑惑の目を向けていた。ひょっとすると今の大尉のことも含めて全てが大佐とクーデター派を合流させない為の陰謀ではないのだろうか。

 そこまで考えてから、すぐにシュタウフェンベルク大佐は内心でその考えを打ち消していた。そんな事をせずとも、シェレンベルク准将が手にしているワルサーPPKの引き金を少しばかり引けば済む話だったからだ。


 シュタウフェンベルク大佐にはシェレンベルク准将が何を考えているのかさっぱり分からなかった。だから大佐は考えたとおりに口を動かしていた。

「一体何故親衛隊の君が私を助けたのだ」

「大佐が死ねば残された妻子が不憫だから……というのではやはり駄目だろうな」

 シェレンベルク准将は首をすくめたが、シュタウフェンベルク大佐は眉をしかめながら言った。

「私は真剣に話している」

「では聞くがね、私がここで大佐を殺すことで何の利点があるというのかね?」


 シェレンベルク准将は本当に不思議そうな表情を浮かべていた。

 シュタウフィンベルク大佐は思わず言葉に詰まってしまってから、もごもごと何かを言いかけたが、それよりも早くシェレンベルク准将が続けた。

「さっきも言ったがね、正直なところ私個人としては大佐の身柄自体にはさしたる興味もないのだよ。ただ、いまベルリンで対峙する両陣営どちらにも渡したくない、それだけの話しなのだ。

 どうも、君たちは我らが親衛隊が全員総統閣下を愛する一枚岩の組織だとでも思っているのではないかな。ついでに言えば、国防軍は上から下まで一枚岩だと思っていた。いや信じようとしていた

 だがそれは大きな間違いだ。大佐がどれだけ把握しているかはわからないが、陸軍内部でも総統個人に忠誠を誓う将軍は少なくない。彼らは総統という新たな皇帝に仕えているようなものだよ」



 シュタウフェンベルク大佐は、ひどく苛立たしくなっていた。

「まるで、自分だけは全てを知っているとでも言いたげだなシェレンベルク親衛隊准将」

 嫌味のような大佐の声に、シェレンベルク准将は額に手を当ててしばらく考え込んでから答えた。

「全てをとまではいわないが、知っているよ。私がではなく保安本部と国防軍情報部はということだが」


 不意を突かれてシュタウフェンベルク大佐は目を見開いていた。

「アプヴェール……国防軍情報部までがワルキューレ作戦を察知していたというのか……」

「私とカナリス提督がワルキューレ作戦の真の意味を知ったのはつい最近のことだがね。もう少し早ければ君たちに適切な助言をすることもできたのだが。

 その前に最悪の機会で君たちは無茶をしでかしてくれたよ。その結果がこの大混乱だ」


 ゆっくりとシュタウフェンベルク大佐はため息をついていた。

「それで、私がいなくなれば事態はすべて丸く収まるのか」

「まさか、一人二人がいなくなったところで、戦闘開始が少しばかり延期されるかもしれないというだけさ。しかしその時間で情報部も保安本部もできるだけの工作はするつもりだ」


「いいだろう、君の言うとおりに逃げ出すとしよう。どうやら私がベルリンで出来る仕事はなさそうだ」

「大佐ならばきっと理解してくれると思っていたよ」

 シェレンベルク准将は人好きのする満面の笑みを浮かべたが、シュタウフェンベルク大佐は思わず顔を背けていた。


 副官らしき親衛隊の男から耳打ちされたシェレンベルク准将が言った。

「大佐たちが乗ってきた機体に今給油をさせている。あと……逃亡先にはイタリア戦線をお勧めするよ」

「イタリア?……国際連盟軍、いや日本軍か」

「そうだ、私はハンブルクの港で一度彼らを見たことがあるのでね。イワンどもと比べれば、総統閣下が言うところの黄色い猿は天使のようなものだろう」




 飛行場から飛び立ったハインケルHe111を眺めながら、シェレンベルク准将は以前ハンブルク港で見た日本人達の姿を思い出していた。

 親衛隊主導で欧州からマダガスカル島に追放されるユダヤ人を移送する為に欧州まで送られて来たという背の低い、肌の黄色い屈強な兵士達がシュタウフェンベルク大佐をどう扱うのか、そう考えている間に何故か笑みを浮かべていた。


 背後から呆れたような声がしていた。先程二号戦車をパンツァーファウストで撃破した副官のケラー中尉だった。手にした突撃銃をシトロエンの後部席に仕舞いながら中尉は言った。

「ヒムラー長官にロンメル元帥が付いたことを、シュタウフェンベルク大佐に言わなくて良かったんですか。実のところはフロム大将が長官に従ったのも元帥から説得されたからではないですかね」


 シェレンベルク准将は、首をすくめていた。

「知らなくても良いことは、知らなくとも良いだろう。シュタウフェンベルク大佐が気がついたたときにはすべて終わっているさ」

 だが、ケラー中尉は真剣そうな顔で続けた。

「念のために確認しておきたいんですが……我々が支持するのはロンメル元帥ではいかんのですか」


 シェレンベルク准将はしばらく何も答えなかった。ケラー中尉が諦めてシトロエンの運転席を開けようとした時になってようやく准将は口を開いていた。

「理由はよく分からないが、ロンメル元帥は国際連盟諸国との講和に否定的らしい。そのロンメル元帥を引っ張り込んだということは、ヒムラー長官も暫くは講和を切り出せないはずだ」

「しかし、今のドイツはそう長い間ソ連と両方を相手取れるとは思えませんが、長官や宣伝大臣には秘策はあるのでしょうか」


 シェレンベルク准将も首を傾げていた。

「それはどうかな、単にロンメル元帥を味方にするためにそう言っているだけなのか、あるいは取り込んだ元帥に逆に言いくるめられているのかもしれんな。

 それ以前にロンメル元帥とヒムラー長官を誰が引き合わせたのやら……あの二人にあまり接点があるとも思えんがな」


 ケラー中尉は曖昧に頷きながら続けた。

「しかし、他の将軍達はロンメル元帥の説得に乗せられる可能性はありませんかね」

「それはどうかな。フロム大将はあれで伝統的な軍人社会出身ではないからな。庶民層のロンメル元帥の言葉に、ほかの伝統的なユンカー層の軍人達が大人しく従うとは思えん」


 それ以上に高級軍人達を縛るくびきの存在をシェレンベルク准将は知っていたが、それは口に出さなかった。

 口をついて出てきたのは、全く異なる言葉だった。

「さて、ケラー中尉、車を出してくれ。次はカリンハルに行って国家元帥にその気になってもらわなければならんぞ」


 ケラー中尉は、上司に振り回される運命にため息を付きながらも運転席の扉を開けていた。

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