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1944総統暗殺6

 ゆっくりと、優雅ともいえる動作で飛行場に乗り付けて一団の前に停車したのは、ドイツ占領下のフランス北部にあるシトロエン社の工場がドイツ軍向けに生産している乗用車だった。


 一般親衛隊所属を表す標識が取り付けられたシトロエンからは、助手席から一人の若い男が降り立っていた。

 だが、男は親衛隊の制服ではなく、仕立てのいい背広を着込んだ上で、親衛隊の徽章だけが縫い付けられた黒いコートをやけに気障に着こなしていた。

 男は、まるで赤子の頃からずっとそうだったように、人を安心させる笑みを浮かべていたが、目は笑っていなかった。おそらくそのような顔つきで生まれたか、職業柄の必要にかられて常にそのような表情とする様にしているのだろう。

 何れにせよ純粋な職業軍人であるシュタウフェンベルク大佐とは相容れそうもない男だった。



 シトロエンの運転席からは、後からさらに一人の親衛隊の制服を着た男が降り立ったが、その男は車から離れることはなかった。

 最初の男だけがシトロエンから一団へと歩いてきた。男は倒れこんでいるシュタウフェンベルク大佐を見て眉をしかめたが、すぐに笑顔にもどってシュナイダー大尉に向き直っていた。

「私は親衛隊国家保安本部第6局のヴァルター・シェレンベルクSS准将。

 彼がシュタウフェンベルク大佐ですな。彼の身柄は親衛隊国家保安本部が預かります。陸軍の諸君はご苦労でした」


 それを聞くなりシュナイダー大尉はむっとした顔でシュエレンベルク准将にいった。

「これは国防軍内部の問題だ。親衛隊のしかもスパイ組織が関わるべき話ではない。大佐の拘束は、ベルリン戒厳軍司令官に着任されたフロム大将が直々に私に命令を下されたのだ。

 よってシュタウフェンベルク大佐は私が国内予備軍司令部に連行しなければならない。お分かりか准将殿」


 シュナイダー大尉の言葉でシュタウフィンベルク大佐の表情は凍りついていた。国内予備軍司令官であるフロム大将は、明言こそしていなかったものの、現政権に対して批判的な言動が多く、潜在的なクーデター派とみなされていた。

 それに、クーデター計画であるワルキューレ作戦は、親衛隊などの現政権下の戦力を制圧するために国内予備軍指揮下の部隊を動員する予定だった。

 しかし、表向きはワルキューレ作戦は国内で労働に従事する捕虜等による反乱鎮圧を想定して計画されたものだったから、これを発動する命令書には国内予備軍司令官であるフロム大将の同意と署名が必要不可欠だった。

 だが、シュナイダー大尉の言葉を信じるならばフロム大将は反体制派では無く、単に日和見主義者だったということになる。


 シェレンベルク准将は困ったような顔でいった。

「困ったものだ。どうしても彼を連れて行くことは出来ないのかね。我々には彼の身柄がどうしても必要なのだが」

 シュナイダー大尉は、シェレンベルク准将がどこかの組織との取引にシュタウフェンベルク大佐を使うと思ったのか、強引な態度は崩さなかった。



 一度振り返ったシュナイダー大尉の右手が上がると、彼らの方向に後方に控えていた二号戦車の銃塔がこちらに向けられていた。

 対戦車戦闘が不可能として最前線から追いやられた二号戦車だったが、大口径機関砲ならば無防備な人間の身体など容易に引き裂いてしまうはずだった。


 あまりにも分かりやすい恫喝に、シェレンベルク准将もさすがに肩をすくめたようだった。

「仕方がないな。本当に駄目なようだね。真に残念だ」

 意気消沈した様子で顔を下げたシェレンベルク准将とは対照的にシュナイダー大尉は勝ち誇った顔でいった。


「残念でしたなSS准将閣下。それでは大佐を国内予備軍司令部まで連行していくので失礼します。

 そうだ、大佐の身柄がほしければ後日文章で要請してください。国家反逆罪で処刑されていなければ差し上げますよ」

 シュナイダー大尉の嫌味は、だがシュレンベルク准将には届かなかった。

「残念だ大尉。本当に残念だ」


 言い終わる前にシェレンベルク准将は顔を上げた。儀礼用の笑顔は捨て去り冷徹な素顔が現れた。准将の豹変に、シュナイダー大尉は思わずたじろいでいたが、大尉がさらに行動を起こす前に状況は変化していた。

 コートの内側にシェレンベルク准将の手が収まったかと思おうと、素早く出された右手には魔法のように一丁の拳銃が握られていた。シュナイダー大尉が持ち出したような士官用の無骨な制式装備品ではなかった。丁寧な造りの私物らしきワルサーPPKだった。

 一動作のままシェレンベルク准将の手に収まったPPKの銃口は、シュナイダー大尉に向けられるとほぼ同時に発砲されていた。9ミリ弾は狙いをはずすことなくシュナイダー大尉の眉間を撃ち抜いていた。


 撃たれたシュナイダー大尉がその衝撃で倒れこむよりも早く、シトロエンのすぐそばに立っていた親衛隊制服姿の男がシトロエンの後部シートから巨大な棍棒のようなものを持ち出すのがシェレンベルク大佐の目に入っていた。

 もちろん棍棒などではなかった。型式まではわからないが、昨年頃から急速に配備が進められている対戦車火器であるパンツァーファウストだった。


 その頃になって、ようやくヘフテン中尉を押さえ込んでいたシュナイダー大尉の部下の兵士達が動き出そうとしていた。だが、それよりも早く、シェレンベルク准将が動いていた。今度はコートに戻された左手にマウザーHSc拳銃が現れていた。

 運転席にいた男が放つパンツァーファウストの成形炸薬弾と、シェレンベルク准将が手にする二丁の拳銃の9ミリ弾は同時に発射された。


 外すような距離ではなかった。パンツァーファウストは、簡易な構造の無反動砲だった。照準器は生産性だけに考慮した簡素なものでしかないし、弾道の安定性も十分とは言えなかった。

 だが、こんな短距離の停止した目標に対しては、目をつむっていても当てられていたはずだ。

 それに簡易な構造とはいえ、パンツァーファウストが目標としたのは開戦以後急速に重装甲化が進む敵主力戦車だった。開戦時ですら主力の座を追われようとしていた二号戦車が対抗できるようなものではなかったのだ。

 パンツァーファウストから放たれた成形炸薬弾はあっさりと二号戦車の薄い装甲を貫いて、一発も放たれなかった機関砲弾を誘爆させていた。

 その間もヘフテン中尉を抑えていた兵士達は何も出来なかった。彼らもまたシェレンベルク准将が両手に握る拳銃から次々と放たれる拳銃弾に射すくめられていたからだった。


 二号戦車を撃破した親衛隊の男は、砲弾を放ったパンツァーファウストを投げ捨てると、また車内からハーネルStG44突撃銃持ち出して構えたが、彼が狙うべき目標はすでにいなかった。

 最初にシェレンベルク准将が撃ったシュナイダー大尉は勿論、兵士達も全員が地に伏せていた。

 何人かはまだうめき声を上げていたが、弾切れのマウザーHScを投げ捨てたシェレンベルク准将が、再装填したワルサーPPKから9ミリ弾を放つと静かになっていた。

 全ての銃声が止んだとき、静寂がその場を支配していた。



 ヘフテン中尉と親衛隊の男が周囲を警戒しているのを横目に、シェレンベルク准将は手早く倒れこんだままのシュタウフェンベルク大佐に応急手当を施していた。

 何人もの自軍の将兵を葬ったにも関わらず、シェレンベルク准将は落ち着いた様子だった。


「いや、乱暴な手段になってすまなかったね大佐。彼等の動きが予想以上に早かったので準備が満足に出来なかったのでね」

 そういわれてもシュタウフェンベルク大佐には、まだ状況が理解できてはいなかった。

「シェレンベルク准将?これは一体どういうことなのだ」

 一瞬だけ眉をひどくしかめるとシェレンベルク准将は苦笑しながらいった。

「説明するのは構わないが、その前に一つ聞きたいことがあるのだが……君たちの中に共産主義者は含まれているのかね」


 表情は笑みを浮かべているようだが、シェレンベルク准将の目はあらゆるごまかしを許さないという鋭さを持っていた。

 だが、シュタウフェンベルク大佐はそう言われても思い当たる節はまるで無かった。ヘフテン中尉の兄弟のように軍外の協力者もいないわけではないが、基本的にクーデター派は現役の高級軍人と総統に歯向かって退役させられた退役軍人によって構成されている。

 だから、共産党関係者が入り込むような隙間は無かったはずだった。


 シュタウフェンベルク大佐は無言のままだったが、その目を見つめていたシェレンベルク准将は、首を振りながら言った。

「ではこれは偶然の産物、ということか」

 シュタウフェンベルク大佐は事情が良く分からずに押し黙っていたが、シェレンベルク准将は気にした様子も無く続けた。


「そうか、大佐達はまだ事態を把握していないのだな」

 苛立ちを覚えながらシュタウフェンベルク大佐は返していた。

「一体君は何を知っているんだ。いまベルリンはどうなっている。その……我々の作戦計画はどうなっているのだ」


 混乱しながらシュタウフェンベルク大佐は次々と言葉を重ねたが、シェレンベルク准将は眉をしかめながら言った。

「大佐達が機上の人だった頃のことだと思うが、出撃したバルト海艦隊は敗北したらしい」



 予想外の言葉にシュタウフェンベルク大佐は呆けたような顔になっていた。総統大本営で最後に確認した限りでは、レニングラードに逼塞していたソ連海軍の残存艦隊に対して、バルト海艦隊はポーランド領や東プロイセンに展開している艦艇だけでも圧倒していたのではないか。

 一体ポーランド沖では何が起こったのか。シュタウフェンベルクはそう尋ねたが、シェレンベルク准将の答えは曖昧だった。

「詳細は不明だ。敵艦隊に戦艦4隻を確認したという交戦した艦艇から送られたという情報もあるが、まだ出撃した艦艇も帰還しておらずに情報を送信した艦の特定すら出来ていないようだ」

「海軍は……海軍は一体何をやっているんだ。いや、レニングラードは空軍の偵察機によって確認されていたんじゃないのか」


 シュタウフェンベルク大佐は焦燥感を覚えてそう言ったが、シェレンベルク准将は冷ややかな表情を浮かべていた。

「どうも大佐は状況を正しく把握されていないようだ。今のところバルト海艦隊が敗北した以上の情報は入ってきていないが、問題は勝敗そのものではない。

 最高司令部がこの局面で消滅したために、高級統帥が混乱しているのだ。海軍としても、この戦闘結果を誰に伝えればいいのか、そこから確認しているのではないかな。

 それに、この戦闘だけを東部戦線全体の戦況から切り出すことも出来ないはずだ。前後の経緯からして、バルト海での戦闘が現在のソ連赤軍の大攻勢と無関係であるはずが無い事ぐらいは、軍事には門外漢の私でも容易に想像できる。

 そう考えれば、攻勢開始まで徹底的な意図の欺瞞を行うソ連軍にとっては、艦隊戦力を隠そうとするのは一般的な行動だと言えるのだろう。

 とにかく、この海上戦闘はソ連軍の一大攻勢の一環だと言えるだろう。しかし、現在のドイツにはこれに対処すべき脳が不在の状態なのだ」



 シュタウフェンベルク大佐は憮然とした表情を浮かべていた。シェレンベルク准将が言っているのは自分たちからすれば結果論に過ぎなかったからだ。確かに一時的に国内政治は混乱するかもしれないが、ヒトラー総統をこのままドイツの指導者とし続ける方が危険性は高いはずだった。

 だが、そこで矛盾に気がついていた。シェレンベルク准将の考えが読み取れなかったのだ。先程シュタウフェンベルク大佐達を拘束しようとしていたのは、確かに陸軍に所属する正規の軍人だった。

 ならばシェレンベルク准将は、何が目的で統帥を混乱させた当の本人である自分たちを危険を犯して助けたのか、シュタウフェンベルク大佐は猜疑に満ちた目で准将を見つめていた。

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― 新着の感想 ―
この時期のドイツだと 9mmショート(380口径)ではなくて 32口径ではないでしょうか?
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