1944ニース航空戦8
プレー少尉達の小隊が装備していた空中自爆式のギイを最初に考案したのは飛行隊長のリシャール少佐だった。
もっとも、リシャール少佐がいつ思いついたのかはわからなかった。本人は、友人と話をしているときに出てきたとか妙なことを言っていたが、飛行隊の中でその話をまともに信じたものはいなかった。
どんな友人かは知らないが、話を聞く限りでは軍関係者ではないらしい。だがリシャール少佐が軍機を含む内容をそんな相手に話すことがあるとは思えなかったのだ。
空中自爆式ギイの基本的な構造は原型とほとんど変わらなかった。エンジン周りは、出力増強装置の搭載によって構造が変更されていたが、装置本体や配管は一部のD.525などに搭載されているものの流用だった。
無線操縦装置にしても、出力増強装置の始動や自爆信号用の送受信機が追加されて搭載されている程度に過ぎなかった。
通常型と自爆式の最大の変更点は、ギイシステムの肝と言ってもよい弾頭部に集中していた。
そもそも、空中自爆式のギイシステムは、鈍重なギイシステム搭載機編隊を援護するためのものだった。接近して来る敵迎撃機の間近で炸裂してその衝撃と破片で敵編隊に損害を与えようというのだ。
要するに通常型のギイがアミオ359を対地攻撃用の爆弾に転用したものであるとすれば、空中自爆式として改造されたギイは巨大な高射砲弾とでも言うべきものだったのだ。
この用途の違いが弾頭部の構造に差異として現れていた。
通常型の弾頭機の場合、爆撃手席が収まっていたアミオ359の機首風防が撤去された区間には、整形用の薄板の中には大量の炸薬が詰め込まれていた。また、炸薬を起爆させる信管は着弾の衝撃によって作動する着発信管が用いられていた。だから射出された弾頭機は、落着した時点で起爆することになる。
ただし、実戦投入された弾頭機の仕様は統一されていなかった。特に信管の作動方式や遅延時間は様々だった。中には空中での炸裂を意図して着発信管用の触角を長く伸ばした異様な形状の機体も含まれていた。
仕様の統一が不徹底だったのは、実績が存在しなかったからだ。単にギイシステムに実戦経験やこれを想定した実験の経験が不足していたからだけでは無かった。
ヴィシー・フランス空軍にはこのサイズの爆弾を起爆させて詳細なデータを得る機会が少なかったものだから、どのような標的にどのような弾頭形状が適しているのかが曖昧だったのだ。
もっとも、いずれも弾頭機の構造は概ね対地攻撃用の通常爆弾のそれを参考として設計されていた。
対地攻撃用といっても、高速で機動する戦車などの硬目標を相手にする徹甲爆弾ではなく、施設や市街地などに投下するための純粋な通常爆弾だった。
そのような対地用の爆弾は、弾体重量に対して炸薬量の比率が大きかった。主に炸薬の起爆による衝撃によって打撃を与えることを狙っていたからだ。
もちろん炸薬の爆発を受けて高速で吹き飛ばされる破片による被害も無視できないが、弾殻が薄い為に生成される破片の分布は小さくなるから、人馬の殺傷には有利でも硬目標に与える影響は小さかった。
そのような通常の対地爆弾は、大炸薬量の代わりに薄い弾殻しか持たないから構造的に脆かった。戦車や戦艦などといった分厚い装甲が張られた硬目標に命中した際は、信管が作動する前に弾殻が崩壊して不完全起爆となる可能性すらあったのだ。
信管の触角が伸ばされたギイには、確かに空中で炸裂することによってより広い範囲に被害を与えるのも期待されていたが、同時に脆弱な弾殻が地表などに高速で接触して破壊される前に信管を作動させて確実な起爆を行うためのものでもあった。
しかし、このような脆弱な地上目標を前提とした通常爆弾の構造を空中自爆式のギイに単純に転用させることはできなかった。空中を三次元に移動する敵機に対しては、相当に近距離で起爆でもしない限り衝撃で撃破することは出来ないからだ。
また、薄い弾殻しかないから発生する破片も小さすぎて航空機を撃破しうる程の打撃を与えるのは難しかった。
現在の高角砲弾で一般的に使用されている組み合わせは、時限信管と榴弾だった。
榴弾と一括にしても実際には多様性があった。諸国軍の中には戦車砲弾を分厚い弾殻を貫通後に起爆させて破片を作り出す徹甲榴弾を多用するものもあった。
つまり目標に合わせて必要な榴弾破片と分布、破片飛翔速度が異なってくるために、炸薬量と弾殻構造を調整する必要があったのだ。
そのなかでも高射砲弾では比較的中程度の破片を敵機の予想存在空域に向けて高速で散布させる為に、時限信管式の榴弾という形をとっていた。地上から観測された情報から予想された空域に、航空機を撃墜するに至る適度な寸法の破片からなる爆散界を構築して敵機を待ち構えるのだ。
空中自爆式ギイも高射砲弾同様に、適切な寸法の破片が作成されるように計算されて配置された分厚い外殻が機首部分に施されていた。
その代わりに内部の炸薬量は少なかった。通常型のように過大な爆圧は必要がなく、単に破片を構築して手頃な密度まで散布させるだけの爆発が起こればよかったからだ。
ただし、構造は高射砲弾を参考にできたとしても、自爆式のギイを高射砲弾の様に時限信管による起爆とするわけには行かなかった。もちろん、高速で移動する敵機に無線誘導機を直撃させることなど不可能だろうから触発信管とすることも出来なかった。
特に要地防衛などのために固定配置される高射砲では、炸裂した砲弾破片による付随被害の影響を無視できなかった。敵航空機を撃破するために破片寸法を確保する必要があったものだから、十分な大きさを持つ破片が空中で炸裂した後に重力に引かれて落下してくるのだ。
自爆式のギイを時限信管とした場合、この付随被害が射出した母機を襲うことになりかねなかった。高速で高々度を飛行する敵機を撃破するために高射砲弾は高初速が与えられているから、時限信管が起爆するまでの間に砲本体からは砲弾が遠く離れているが、自爆式ギイの場合は事情が異なっていた。
当たり前といえば当たり前のことではあるが、射出した直後の弾頭機は母機と同じ速度で飛行していた。また、その後の飛行速度も殆ど変わらないほどだった。
母機であるD.525に対して、弾頭機の原型であるアミオ359は高速の双発爆発機であるから速度性能では大きな差がないからだ。
アミオ359は弾頭機への改造にあたって若干の重量増加もあるようだが、射出後は概ね飛行姿勢は降下する形になるから大きな差異は生じないのではないか。
通常型のギイの場合はこれでも大きな問題は起きなかった。母機であるD.525は射出後は上空で弾頭機の誘導を行いながら旋回待機することになるし、弾頭機の炸裂は母機の飛行高度から遠く離れた地表面になるからだ。
だが、空中自爆式の場合はそうは行かなかった。目標がこちらに接近してくるはずの敵迎撃戦闘機なのだから、必然と炸裂時の距離は友軍機と近しくなるはずだからだ。
状況によってはプレー少尉達の弾頭機が使用出来なくなるとはそういう意味だった。
仮に敵機から奇襲を受けるなどして交戦距離が至近となった場合には、この空中自爆式のギイには使いみちがないのだ。
一応は炸裂によって生成される破片は、機体の前方方向に集中して飛散するようには設計されていたが、アミオ359本体の破片などは後方にも飛んでくるはずだった。
自爆信号を無線で送るのもそれが理由だった。射出前に敵機との距離を単発戦闘機の機上で正確に測定して時限信管を調整するのが困難であるのも一因だが、実際には起爆位置を手動とすることで十分に友軍機から離れたことを確認してから起爆させる為だった。
場合によっては、敵機に対して弾頭機が絶好の起爆位置に遷移出来たとしても、友軍機に被害が及びそうなときは信管の作動を断念することもあり得た。
空中自爆式の弾頭機のみが出力増強装置を搭載されたのも、結局は同じ理由だった。弾頭機のみが加速をかけることで、射出後に母機との間に短時間で適切な距離を作り出すためだ。
自爆した際に存在しているはずの母機と弾頭機の速度差は、敵機に向かう破片速度を向上させると共に、後方にばら撒かれる機体構造材の飛翔速度を低減してくれる筈だった。
プレー少尉の目前で、弾頭機の起爆によって発生した爆炎が収まりつつあった。
やはり、当初の予想通り3機の弾頭機のうち後方を蛇行していた1機は起爆に失敗していたようだった。その機体だけは原型をとどめたままの形で黒煙を引いてきりもみしながら無残に落下していた。
自爆した弾頭機から後方に飛散した破片によって、その機体は無線操縦装置かエンジンなど機体自体に損傷を負ってしまっていたのだろう。
空中自爆式の弾頭機同士の損害を避ける為に、本来想定していた作戦計画では間隔を保って弾頭機を並進させる予定だったのだが、結局蛇行した機体はプレー少尉とコルコンブ曹長の二人の機体から射出された弾頭機の起爆によって生じた爆散界から逃れられなかったようだ。
だが、黒煙を引いて落下していくのは起爆に失敗した弾頭機だけでは無かった。
少なくとももう1機が落下していくのが見えていたし、水平に飛行している機体の中にも飛行姿勢が不自然であったり煙を引いた機体が含まれているようだった。
―――撃墜確実1機、撃破は未確認含め3機といったところか……
思わず相好を崩しながらプレー少尉はそう数えていた。場合によってはこの胡乱げな弾頭機では、唯の1機にも損傷を与えられないのではないかと考えていたほどだったから、これは望外の戦果と言えた。
本来は、空中自爆式のギイは積極的に敵機を撃墜することまでは求められていなかった。殺到する敵戦闘機編隊に遠距離から先制攻撃をかけることで、敵搭乗員の動揺を誘って緻密な編隊を崩すことで迎撃網にすきを作ろうとしたものだったからだ。
弾頭機の起爆はその本来の用途で想定していた効果も発揮しているようだった。それまで整然と編隊を組んでいた敵戦闘機群が、さらなる攻撃を警戒したのか、必要以上に散開していたのだ。
プレー少尉は笑みを崩さずにいた。弾頭機の起爆まで高度を上げて待機していた前衛の護衛機が編隊を維持したまま少尉達の機体を追い抜いていったからだ。
放たれた猟犬のような獰猛さを感じさせる動きだった。仮に機体性能や搭乗員の技量が敵機と同等であったとしても、今は友軍機が敵機を呑んでいた。これなら有利に戦闘を進めることができそうだった。
プレー少尉は周囲を確認しながらそう考えていた。前衛護衛機以外は進撃を継続していた。本来であれば弾頭機を射出したことで身軽になった少尉達も対戦闘機戦闘に入るべきなのだろうが、この様子ならば迷走した弾頭機に付き合っていた小隊の残り1機の合流を待つだけの余裕は有りそうだった。
だが、それが油断を招いていた。後方に取り残されていたはずの小隊機を探して振り返っていたプレー少尉は、通常型の弾頭機を抱えていたD.525の1機に唐突に上空から射弾が降り注がれるのを目撃していた。
唖然とするプレー少尉の目には、見慣れない戦闘機が射撃を続けながら飛行隊本隊の間を突き抜けるように降下する姿が映っていた。
迂闊だった。
中途半端な高度をとっていたプレー少尉達の飛行隊に対して、敵戦闘機隊は上昇を掛けてきていた。状況からして低空で待機していたのだろう。
最近ではレーダー探知を避けて攻撃隊を低空侵入させる例が増えていたからだが、それでは高々度から侵入を図る敵機には対応できなかった。だから国際連盟軍がニース防衛に注力を注いでいるのだとすれば当然高々度で待機する戦闘機隊の存在を予期すべきだったのだ。
プレー少尉は眉をしかめながら流星のように飛行隊をすり抜けて飛び去る敵機を見つめていた。
これで攻撃が終わりとは思えなかった。飛行隊から離れていくのは単に戦術機動にすぎないはずだ。数は少ないようだが、上昇してくる戦闘機隊と連携しつつあの部隊は何度も反復攻撃をかけるつもりではないか。
それにしても妙な機体だった。全体的な印象は日本陸軍の主力機である三式戦闘機に類似しているのだが、どうも胴体は妙に間延びしているような気がする。
―――排気管が……2つある、だと……
プレー少尉は唖然としながらその敵機を見つめていた。違和感を感じるはずだった。よく見るとその機体は単発機ではなかった。形状こそ単発機と変わりないものの、操縦席前後にエンジンを装備した串型配置の双発機だったのだ。
だが、そんなことよりも気になることがあった。その特異な形状の戦闘機は、一度高度を落とすと降下によって得た速度を維持したままゆっくりと旋回を始めていた。今度は飛行隊が構成する編隊に対して無防備な横方向から突入を図ろうとしているのかもしれない。
弾頭機を抱えたギイシステム搭載機には死角が多いから、懐に飛び込まれれば損害が続出するだろう。
旋回によって機体姿勢が変わったことで胴体のマーキングが見えてきていた。そこには自由フランス軍を示すロレーヌ十字と共に、地味な麦穂が描かれていた。
―――クロード・リュノ……君なのか
プレー少尉は唖然としながら敵機を見つめていた。
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