1944ニース航空戦6
前回の航空攻撃の失敗を受けて、訓練未了の状態ではあったがプレー少尉たちの飛行隊も出撃命令を受けていた。フランス空軍上層部もなりふり構わなくなって来てしまっていたのだろう。
いくらニース橋頭堡自体を奪還することを最初から想定していなかったとはいえ、航空攻撃自体がほとんど阻止されたのは衝撃が大きかったのではないか。
名誉挽回のためにさらなる攻撃を行い成功させることで、枢軸軍内でのフランス軍の価値を示す必要がある。上層部がそう判断してもおかしくはなかった。
結局、出撃する飛行隊の中で「ギイ」となったのは半数程度に過ぎなかった。残りの機体は通常仕様のD.525のままで護衛機として参加せざるを得なかった。
もっとも、これは逆に考えれば定数の半分の機体でその数に匹敵する鈍重極まりないギイを護衛しなければならないということを意味していた。
今回の作戦ではリシャール少佐の強い要望で、一部のギイには敵戦闘機隊の迎撃網を突破するための改造が加えられていたが、それが功を奏するかは実際に使ってみないと分からなかった。
作戦に投入されるのはプレー少尉達の飛行隊だけではなかった。結果的に戦力の逐次投入となってしまった前回の作戦の反省があったのか、少尉達のように訓練途上や再編成作業中の部隊の中にも投入される部隊があるようだった。
数の上では前回の規模を遥かに超えるものになっているが、質の上では疑わしい部隊があるのも事実だった。
もっとも、今のプレー少尉には他隊のことまで気にかけるような余裕はなかった。予想以上に弾頭化改修を受けたアミオ359の動きが鈍重だったからだ。そのせいで上部に搭載されたD.525の機体も、時たま不気味なきしみ音と共にアミオ359に引っ張られるような感覚を覚えていた。
このような状態では機体に無理はさせられなかった。プレー少尉達の小隊は、リシャール少佐の肝いりで通常の弾頭化改修からさらに改造を受けた機体だった。それを実際に操る少尉達はともかく、少佐はずいぶんとこの機体に期待をかけているようだった。
だが、訓練時よりもギイの操作は鈍かった。それも当然といえば当然なのかもしれない。
訓練の際に使用されたアミオ359は、あくまでも急造の訓練機だった。実戦部隊から返納された用廃機に近いほど使い込まれた機体とはいえ、上部にD.525を搭載する為に最小限の改造工事を行った他は一般仕様機とは変更点は殆ど無かった。
ところが、実戦仕様の機体はアミオ359の機体に詰め込めるだけの炸薬が搭載されていた。訓練機では操縦士以外を降ろして実戦仕様機よりもむしろ軽量で運用されている程だったから、その差異は感覚上でも大きかったのだ。
あの技術将校が言っていたことは、すでにある意味で当たっていた。2機が連結されているこの状態でまともに飛ばせるのは熟練した搭乗員に限られてしまうだろう。
油断するとあらぬ方向に飛び出そうとする操縦桿を抑えながら、プレー少尉は航空時計に視線を向けていた。
前回の航空攻撃の戦訓などからすると、国際連盟軍の早期警戒網に察知される可能性が高いと事前に想定されていた空域に近付いていた。
もちろん、国際連盟軍の高い電子技術を考慮すれば、更に遠距離から察知されている可能性も無視できなかった。ただ、編隊に漂う緊張感が増したのは事実だった。
飛行隊には捜索用のレーダーや電波妨害機などの電子兵装を本格的に装備した機体は随伴していなかった。ヴィシーフランス軍の電子兵装が劣っているのも事実だが、どのみち分散進撃する攻撃隊は接敵まで無線封止を言い渡されていたからだ。
―――もしかすると自分達は他の攻撃隊の為の囮なのだろうか……
中途半端な高度を飛行するD.525の操縦席から周囲を警戒しながらプレー少尉はふとそう考えてしまっていた。
操縦が困難なギイは緻密な編隊を組むことはできなかった。
これまで検証されたわけではなかったが、操縦自体が困難である事や下部のアミオ359を射出する際の操作手順などを考慮すると、通常の爆撃機などの様に編隊各機の間隔を狭める事はできなかった。
些細な操作ミスでたちまち衝突事故が起きるのは明白だったからだ。
それに、ギイでは少なくとも投弾の際は緻密な編隊を組む必要もなかった。
爆撃機などが僚機と間隔がごく狭い編隊を組むのは、防御火力を集中して火力を高めると共に、見張りを僚機と分担することで死角を補う効果を求めてのことだったが、投弾時に編隊を組むのは多数機で一斉に投下を行うことで、着弾点が描く散布界で目標を包み込む為でもあった。
水平爆撃の命中率は投下から着弾までの長い時間の間にかかる風の影響などで低下してくるから、編隊機の一斉投弾によって形成される着弾点の散布界で目標を覆うようにしてこれを補うのだ。
散布界が適正であれば、目標が機動する艦艇であっても編隊から投下したどれかが命中する可能性が出てくるからだ。
しかし、このギイシステムにはそのような編隊を組む利点はなかった。弾頭改造を受けたアミオ359からは全ての機銃が撤去されていたし、母機のD.525も誘導装置や支持架取付などの小改造を除けば原型機と変わりないから、編隊を組んでも防御機銃など存在しないのだ。
それに、技術将校の説明通りの機能をギイが発揮出来るのであれば、誘導された弾頭機のアミオ359は高い命中率を示すはずだから、編隊によって散布界を形成する必要は無いはずだった。
むしろ、密集した編隊飛行の場合、弾頭機の操縦を行うための誘導電波が混信を起こしてしまう可能性も無視できなかった。
操縦の自由が効かないために飛行高度を下げるのにも限界があった。地形を追随するように低空を飛行して水平線の向こう側から隠れる事はできないのだ。
あるいは、最初から編隊を廃して身軽な単機での襲撃を行うほうが、護衛機による重厚な防御を盾に堂々と進撃するよりもこのギイシステムの運用としては適しているのかもしれなかった。
いずれにしても、今更作戦を変更する様な余裕はなかった。仮にギイ編隊が囮であったとしても、その間に他隊が攻撃に成功すれば作戦は成功となる。それに、護衛機の存在を抜きにしても、飛行隊にはまだ迎撃部隊を突破するための切り札が残されていた。
プレー少尉は、目を細めながら先行する護衛機のうちの一機を見つめていた。先程からその機体が盛んに主翼を振って合図を送っていたからだ。
―――奴らが、来たのか……
バンクを止めたその機体は、今度は空中の一点を向きながら機銃射撃を行っていた。護衛機の動きは、明らかに敵機の発見を意味していた。
飛行隊各機の動きからは更に増す緊張感が感じられたが、臆した様子のものはなかった。この飛行隊に最近になって配属されたものでも、多くは他隊での飛行経験が豊富なものばかりだったからだろう。
プレー少尉も落ち着いて護衛機が射撃を行った方向に目をこらしていた。しばらくすると、いくつかの光点が見えていた。日はもう高く上がっていたから、風防が反射する光を見つける事ができたのだろう。
発見された敵機との位置関係を確認してプレー少尉は思わず安堵のため息をついていた。状況は理想的とは言えないが、リシャール少佐が言うところの切り札を使うことは出来そうだった。
距離があるために詳細は不明だが、敵機群は上昇を続けていた。低空を警戒していた部隊を差し向けてきたのか、高度はプレー少尉達のところまでにはまだ達していないが、接敵する頃には同高度まで上がってきているだろう。
敵機に迷いは見られなかった。護衛機が発見するよりもずっと前から、こちらに向けて真っ直ぐに飛行しているようだった。
その様子を見る限りでは、地上かあるいは彼らの後方を飛行する支援機に搭載されたレーダーの支援を受けているのは明白だった。
―――やはり電子戦では国際連盟軍に一日の長がある、ということか……
そう自嘲的に考えながらも、プレー少尉の手は忙しく動いていた。
プレー少尉達の飛行隊は、敵機群を発見した直後から奇妙な行動を取り始めていた。奇襲に備えて編隊の前方に展開していた護衛機がゆっくりと速度を落としていた。ただし、護衛機は単純に減速しているわけではなかった。速度を高度に変えて上昇をかけていたのだ。
危険を避けるような護衛機の動きはゆるやかなものだった。発見された敵機から見れば、見かけ上は飛行姿勢にはほとんど変化は見られないのではないか。
減速する護衛機に代わって他のギイ搭載機をかばうようにして編隊の先頭にたったのはプレー少尉達の小隊だった。小隊の装備機もアミオ359を抱えたギイ仕様の機体だったが、その全機がさらにリシャール少佐の発案による再改造を受けた機体だった。
ギイシステムの詳細は敵機の搭乗員にはまだ把握されていないはずだった。同様の機構を持つドイツ空軍のミステルも実戦投入はまだされていないと聞いていた。
もっとも、まだ距離があるから敵機の搭乗員もどのみちこちらの詳細な機種までは把握していないはずだ。電子技術の事はプレー少尉は専門外だったが、使用する電波の波長などにもよるらしいが、長距離捜索用のレーダーでは分解能はさほど高くないらしい。
例えば、小型機が密集している場合と単機の大型機ではレーダーから放たれて目標に当たって帰ってくる電波の特性が変わらないから区別がつかないというのだ。
国際連盟軍がより優れた電子兵装を有しているとはいえ、状況がそう大きく変わるとは思えなかったから、こちらに向かってくる戦闘機の搭乗員達に伝えられているレーダー情報は、大型機とその護衛機で構成された編隊となっている可能性が高かった。
いくらなんでも支柱によって繋がれたギイの正体は直接視認するまで分からないはずだし、実際に目撃した所でどうやって何に使うのか、瞬時に理解できるとは思えなかった。
プレー少尉達がはじめて格納庫の中で見せられた時のように用途を見誤ることになってもおかしくはないのではないか。
まだ距離があるからか、今のところ敵機の動きに妙な所はなかった。こちらの動きを計りかねている、というよりもまだ護衛機やプレー少尉達の妙な挙動に気がついていないのだろう。
プレー少尉は、すばやく風防越しに周囲を見渡して、護衛機や他の小隊機が接近し過ぎていないかを確認すると、おもむろに操縦席前側に据え付けられた計器盤に手を伸ばしていた。
程なくして、飛行隊長のリシャール少佐の声が無線機の受話器から聞こえてきていた。
「無線封止解除。前衛各機、射出しろ」
傍受を恐れたとは思えないが、命令はひどく簡潔だった。プレー少尉はもう一度だけ周囲を確認してから手を伸ばしていた計器盤に据え付けられたスイッチを入れていた。
単発単座の戦闘機であるD.525の計器盤は比較的簡易なものだった。簡易ながらも機能的であった計器盤には、原型にはないいくつかの盤面が追加されていた。
追加されたのは大半がギイシステム用の計器盤であったのだが、プレー少尉の機体には更に取ってつけたような盤面まで追加されていた。
プレー少尉が手を伸ばしていたのもそのような盤面の一つだった。ギイシステムを構築した技術部ではなく、リシャール少佐が考案して飛行隊の整備隊が自作した部品だったから、D.525原型機のものや、他のギイ関連の機器とは統一性がなくひどく浮いて見えていた。
―――これ、本当に効果があるんだろうな。
スイッチを完全に入れてしまってから、プレー少尉は不安そうな顔でそう考えていた。
ドヴォアチヌD.525の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/d525.html
アミオ359の設定は下記アドレスで公開中です
http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/amiot359.html