1944ニース航空戦3
ギイというシステムの概要はわかったものの、不明な点はまだ少なくなかった。
どうやら、原型となったというドイツ空軍のミステル計画とは、ソ連軍の重点防御された要地や予想される国際連盟軍の欧州反抗作戦に対処する為のものであったらしい。
オランダ、ベルギーからフランス北西部辺りの欧州本土に国際連盟軍が上陸した際に出撃して、爆弾化された大威力の無人爆撃機で敵艦艇群に打撃を与えようとしていたのだ。
高速の双発爆撃機とはいえ、撤去された乗員用の空間などの不要部にまで炸薬を満載すれば搭載量は大きい筈だった。命中さえすれば何万トンもある戦艦を撃沈するのも夢ではないのではないか。
ただし、それは命中すればの話だった。敵地上空までは上部に据え付けられた単発戦闘機の操縦で持ってこれたとしても、最終的には何らかの操縦手段がなければ海上を動き回る敵艦艇を狙うのは難しかった。
弾頭に改造されたアミオ359にはそのような事態に備えて原型機に備えられた操縦装置の大部分が残されていた。ギイの基本構想となったドイツのミステルでは実際には自動操縦によって当初の照準どおりに直進するように設計されているらしいが、ギイでは改良が施されているという話だった。
操縦装置は無線によって外部、つまりは母機である単発戦闘機からの操作が可能だった。これで切り離し後も弾頭のアミオ359を操作して敵艦や重要施設を正確に狙うことが出来る、という目論見であるらしい。
一般的な説明は終わったが、プレー少尉は首を傾げざるを得なかった。
命中すれば大威力を発揮するというが、未知のシステムであるために実戦における命中率を見積もるのは難しいのではないか。
それに、ギイシステムでは基本的に弾頭として使用されるアミオ359は使い捨てとせざるを得なかった。だが、ドイツ軍ではどうだか知らないが、再軍備開始から生産数の拡大が図られてはいたものの、フランス空軍の機材面における充足率は低かった。
工場から納品される各種航空機の数に対して、急速に拡大した航空隊の定数が膨大なものであったからだ。
爆撃機隊の事情はよく知らないが、自分たち戦闘機隊と大きな違いがあるとは思えなかった。むしろ単発のD.525よりも双発のアミオ359の方が製造コストも整備の工数も大きいのだから機材の余裕はないのではないか。
その余裕のない機材をいくら大威力の攻撃が行えるとはいえ、わずか一回の攻撃で使い捨てにするような余裕が今のヴィシーフランス空軍にあるとは思えなかった。
しかし、そのことを小声で傍らのコルコンブ曹長に言ったプレー少尉は、怪訝そうな顔になっていた。曹長が嫌そうな顔でアミオ359の1箇所を指さしていたからだ。
プレー少尉と同年輩のコルコンブ曹長とはすでに僚機を組むようになって長かった。地味でもいつも安定した飛行を続ける曹長は、信頼の置ける僚機だった。
そのコルコンブ曹長が示した位置をよく見ると、周囲の外板とは微妙に塗装色が変わっていた。というよりもその部分だけが新たに塗り直されていたかのように鮮やかな色合いになっていたのだ。
通常の整備作業用の開口などではあり得なかった。そのような箇所に整備用のスペースはなかったはずだし、第一、蝶番もはめ込みもなしにその箇所は機体に溶接の後に整形されているようだったからだ。
今回のギイシステムへの改装にあたっての処置とも思えなかった。通常のアミオ359では操縦士と電信員が収まっていた風防は取り除かれて整形されたカバーが取り付けられていたが、コルコンブ曹長が示した箇所と、風防があった位置に据え付けられたカバーでは明らかに処理の精度が異なっていた。
それに、塗装の色あせなどの後処理も違いが大きいようだった。
よく見ると、そのような箇所は1つや2つではなかった。不揃いに並びながらも機体を断ち切るように走っていた。プレー少尉もその痕からこの機体に何が起こったのかを察して思わずに眉をしかめていた。
その痕跡はプレー少尉にも見慣れたものだった。敵機の機銃弾によって損害を受けた外板を貼り直して整形を行なった痕だったのだ。
改めてよく目の前のアミオ359をしげしげと観察してみると、被弾痕は他にもあるようだった。それだけではなく、相当に草臥れた雰囲気の残る機体だった。
落ち着いてみると、その草臥れた機体に取ってつけられたような真新しい風防カバーは周囲から浮いていた。先程プレー少尉が感じた違和感もそのせいだったのかもしれない。
視線を周囲に広げてみると、他にも改造を受けているアミオ359の姿があった。しかし、その姿は様々なものがあった。
プレー少尉達の目の前の機体の様に上部にD.525を載せた完成形に近い機体もあれば、改造途中なのか、あちらこちらが切り取られた無残な姿を晒している機体も少なくなかった。
アミオ359の作業は手作業に近いのか、近くで見ないと詳細は分からないが艤装も違いがありそうだった。
あるいは、実際には艤装方針に違いがあるのではなく、単に機体の現状に合わせながら、最低限の共通性をもたせた仕様を満たすようにその場で改造されているだけかもしれなかった。
何となくこの改造には工場から出荷されたばかりの新造機が使用されていると考えていたのだが、実際には使い込まれた中古、というよりも用廃機に近い状態の悪い機体が使用されているようだった。
流石に一応は飛行可能な状態に整備はされているはずだが、機体がこの状態であれば、エンジンも前線部隊で乱暴に何時間も使い込まれたものが搭載されているはずだった。
全くその気にはなれないが、本気で探せば水冷エンジンを搭載したアミオ359ではなく、空冷エンジンや水冷でも正立配置のイスパノスイザなどを搭載した旧式のアミオ350シリーズの原型機まで見つかってもおかしくはなさそうだった。
このギイというシステムは、プレー少尉が予想していたような一回限りの攻撃にしか使えない贅沢品どころではなかった。実際には、廃品扱いの再利用に近いのではないか。
確かに、スクラップ紛いの代物で敵艦を撃沈出来る可能性があるのならば費用対効果は絶大なものがあるだろう。軍上層部が過大な期待を掛けるのも無理はないのかもしれなかった。
ただし、そこには重要な視点が欠けていた。これを操るのが生身の戦闘機操縦士であるということを忘れているのではないか。
技術将校の説明が一段落ついたのを見計らって、お互いに顔を向けあっていた搭乗員たちの中から、代表するように最古参の搭乗員である曹長がいった。
「このギイというシステムのことはとりあえずわかったと思います。その上でいくつか部員に質したい事があるのですがよろしいですか」
口調は丁寧なものだったが、古手の戦闘機乗りであるその曹長の目は鋭く、些細なものでも誤魔化しは許さないと物語っていた。階級は下士官に留まっているものの、開戦よりも遥かに前から戦闘機に乗っている古参下士官だった。
説明を聞いていた飛行隊の搭乗員の中には何人かの士官も含まれていたが、その誰もがその曹長が口を開いたことで自然と質問者の役割を認めていた。
だが、その技術将校は鷹揚にうなずいて見せていた。曹長の視線は通用しなかったのだ。
技術将校のほうが古強者だったということではなかった。単に技術畑が長い為に古参下士官の凄みを理解できなかったというだけだろう。
些か気勢を削がれながらも曹長は言った。
「先ほど部員は、下部の弾頭化されたアミオ359は、命中精度を向上させるために突入まで無線操縦で操作が可能だとおっしゃりましたな。その操作はどこで行うのですかな。
地上局からの遠隔操作なのか、それとも操縦用の多座機が作戦飛行には同道すると考えてよろしいのですか」
プレー少尉はそれを聞いてわずかに首を傾げていた。確かに明言はされていなかったようだが、アミオ359の操縦系統が母機であるD.525に置かれているのは明白ではないか。
だが、すぐに少尉も曹長の隠された意図に気が付いていた。高位の技術将校に対して一下士官が直接に異議を唱えたところで黙殺されるのは目に見えていた。
だから、老獪な曹長は婉曲的に問題を指摘しつつ、抗議を飛行隊搭乗員の総意という形に持っていきたいのではないか。
このことに気がついていたのはプレー少尉だけでは無かった。搭乗員たちの少なく無い数が意味ありげな視線を交わし合っていたからだ。
もっとも技術将校の方は、やはり気にした様子もなく、ごく自然な様子で言った。
「説明が漏れていたのかな……弾頭改造機の操縦系統は母機である戦闘機側に設けられている。母機側の操縦系統に追加する形で弾頭機の遠隔操縦用のパネルを配置してあるんだ。
さて……確か操作用のパネルはどこかに予備があったはずだが……」
そう言いながら作業台に山と積まれている各種の部品類を漁ろうとする技術将校の様子を意図的に無視しながら、曹長は質問を続けていた。
「ではもう一つお尋ねしたいのですが、弾頭機を操縦している間は誰が母機の操縦を担当するのですか」
おそらく曹長は、このギイというシステムの矛盾を全搭乗員を代表して指摘しているつもりだった。少なくとも搭乗員の多くはそう考えていたはずだった。
だが、技術将校はあっさりとした口調で返していた。
「母機は単座戦闘機なのだから君たちがやるに決まってるじゃないか」
それを聞いて、搭乗員の誰かが呆れたような声を上げていた。
「俺たちが蛸や烏賊みたいに手足がたくさん揃ってるとでも思ってるのかね」
曹長は、じろりと声がしたほうを睨みつけて余計なことを言った兵を黙らせてから、技術将校に振り返って何かを言おうとしたが、それよりも早く技術将校が続けていた。
「おかしいな、話がいっていなかったのかね」
そう言われて、曹長だけではなく多くの搭乗員が戸惑った表情を浮かべていた。
だがプレー少尉は、飛行隊幹部の表情が複雑なものに歪められていたのを見逃さなかった。
「このギイの運用にあたっては、操縦が難しくなるために最精鋭の部隊を引き抜いてもらったのだが、君たちは違うというのかね」
技術将校は不思議そうな顔になっていたが、曹長の方は絶句していた。
真正面からこれに反論するのは難しかった。単に反論の言葉を出すだけなら誰でも出来るが、それを行えば自分の技量が劣るという認識を目の前の技術将校に与えることになるからだ。
新米の搭乗員ならばともかく、腕に覚えのある古参下士官搭乗員であるからこそ、曹長は他の多くの搭乗員達の手前それを切り出すことが出来なくなっていた。
人員補充の連続で飛行隊の隊員たちがまとまりにかけていることが仇となっていた。ここで先任下士官である曹長がうかつなことを言えば、部隊の士気は地に落ちるかもしれないからだ。
言葉に詰まった様子の曹長に助け舟を出すようにリシャール少佐が引き取っていた。
「いろいろと言いたいことがあるものもいるだろうが、国際連盟軍の防空体制が強化されている為に既存の爆撃機による攻撃は難しくなってきている。このギイシステムは鈍重な爆撃機隊を危険にさらすことなく、我々戦闘機隊の手で優勢な国際連盟軍に一矢報いる事ができる唯一の手段だ
軍上層部もギイシステムに大きな期待を欠けていると言う話だ。とにかく……言いたいこともあるだろうが、これを使いこなすことが出来るのは我々だけだ。皆そのつもりで訓練に励んでくれ」
言葉に反してリシャール少佐の表情もどこか苦々しいものだった。搭乗員の多くはお互いの顔を見合わせながら、意気の上がらない様子で三々五々うなずいていた。
ドヴォアチヌD.525の設定は下記アドレスで公開中です
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アミオ359の設定は下記アドレスで公開中です
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