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1944ニース航空戦2

 プレー少尉が所属する飛行隊への移動命令は唐突に出されたものだった。移動は本格的なものだった。現在飛行隊が保有する機材は残置される事になっていたからだ。

 現在飛行隊が装備している機種はD.525だった。最優先で生産されている新鋭機材ではあるが、飛行隊に配備が開始された時期は早かったから、相当に使い込まれている機も少なくなかった。


 勿論、中古の機体とはいえ機体寿命はまだ十分に残っているのだから廃棄されるわけではなかった。飛行隊がこれまで装備していた機材は、プレー少尉達がこれまで駐留していた航空基地に新たに到着する新編成部隊に引き継がれることになるらしい。

 移動は慌ただしいものだった。機体の引き継ぎを行うのは整備隊のものだけだった。搭乗員は新編成部隊が到着するよりも前に指定された基地に向かって出発しなければならなかった。



 もっとも、移動は搭乗員だけではなかった。整備兵も機体の整備記録などの引き継ぎに必要な最低限の要員を除いて搭乗員達に同行することになっていたからだ。

 この状況は不可解だった。整備兵の同行は中古機ではなく、生産されたばかりの新鋭機を受領する証拠となるのではないか、そう噂する搭乗員も多かったが、否定するものもやはり少なくなかった。


 少なくとも、配備される機体には大きな変化は無さそうだった。そのような説明があったわけではないが、古参の搭乗員や整備兵には察しがついていたのだ。

 搭乗員達には機種転換訓練を行う予定は組まれていなかったし、何よりも渡されていた整備品のリストにはD.525本体や搭載されているルノー社製の水冷エンジンの予備部品ばかりが記載されていたからだ。



 この時点で、この飛行隊はフランス空軍の中でも最精鋭の戦闘機隊と言っても過言では無かった。

 これまでの幾度の実戦投入によって被った損害は、人員機材共に大きなものだったが、今回の大規模な再編制作業によって補充の人員を受け取って定数近くまで回復させていた。おそらく、開戦からこれまでの豊富な戦闘経験を持つ部隊であるために優遇されていたのだろう。


 ただし、部隊人員は定数まで補充されたとしても、機材の配備は中々進まなかった。

 フランス本土にも英国空軍による爆撃が散発的に行われていたから、特に高度な生産技術の必要なエンジンの生産数が伸び悩んでいるらしいとプレー少尉も聞いていた。

 だから、一旦後方に下がった上で、部隊の人員数に見合った数の新規生産機を受領するのではないかという噂には説得力があったのだ。



 だが、到着した指定の航空基地でプレー少尉たちを待っていたのは、予想もしない機体だった。


 飛行隊の搭乗員達が案内されたのは、巨大な格納庫だった。本来は爆撃機用のものであるらしく、単発戦闘機であれば飛行隊ごと格納できそうなものだった。

 薄暗い格納庫では、まだ作業が行われていた。どうやら機体の最終調整か何かが行われているようだった。その機体は就役したばかりで、未だ信頼性がさほど高くないのだろう。

 周囲で作業を行っているのは空軍の整備兵だけではなかった。製造業者らしい他と作業衣の違うものや、高位の技術将校まで機体を囲んでいた。格納庫は内部も広大なものだったが、それでも喧騒が満たしていた。



 しかし、彼らが囲んでいる機体は異様なものだった。原型となっているのはD.525に違いが無いのだが、その機体はアミオ359の胴体直上に載せられていたのだ。

 もしかすると、これは損害を被って自力で飛行できない戦闘機を迅速に後方に回収させるためのものではないのか、両機をつなぐ取って付けたような支柱を見ながらそうプレー少尉は考えていた。

 支柱は無骨な形状だが、使用されている鋼材の寸法や補強材の形状からして頑丈そうな物だった。何の用途かは分からないが、双発爆撃機のアミオ359の上に安定してD.525を搭載するにはこの強度が必要だったのではないか。


 この支柱を見る限りでも、この状態で飛行を行う為のものであるのは明白だった。

 だが、アミオ359のエンジンは双発とはいえD.525と同じものに過ぎない。その程度の推力では、戦闘機一機分の重量を支えるのは難しいのではないか。

 搭載する事故機の推力も当てにしなければならないとすれば、相当に限定された使い方しかできなさそうだった。


 あるいは、単発戦闘機に単体では不可能なほどの長距離飛行を行わせるためのものかもしれない。プレー少尉は一瞬そうも考えていた。ソビエト連邦で以前その様な機体が開発されていたという噂を聞いたことがあったのだ。

 だが、すぐに少尉は首を振って自らの考えを否定していた。すでに戦場がフランス本土に迫っている現在、そのように変則的な手段で戦闘機の航続距離を伸ばしたところで戦局に寄与するところはなかった。

 それにアミオ359の機体では非力すぎて、搭載するのが単発戦闘機でも航続距離をそう伸ばせるとは思えなかった。



 元々大して大型の爆撃機ではないのだが、アミオ359の上に戦闘機を載せたものだから、D.525の操縦席は恐ろしく高い位置に移動していた。

 操縦席まで移動するためか、支柱以上に取ってつけた様な梯子が主翼後面に立て掛けられていたが、梯子は普通の建屋の二階か三階まで辿り着けそうなほど高かった。


 もっとも、その梯子はアミオ359やD.525に合わせるように接合する部分から判断すると両機の形状に合わせて作られた専用のもののようだった。これでは離陸した基地ではともかく、専用品のない着陸した基地では縄梯子でも用意しないと降りられないだろう。

 2階建てになってしまっているD.525の操縦席から地上まで降りようとしても、アミオ359との接合部には上下移動の際に使えそうな取り掛かりが無かったのだ。

 これでは大型機用の格納庫が使用されるのも道理だった。広さはともかく、高さがないとこれだけのものを収容出来ないのだ。そう考えると、もしかするとこの格納庫は元々飛行艇などの規格外の大きさを持つ機体のためのものかもしれなかった。

 それ以前にアミオ359の脚構造ではD.525という重量物を抱えたまま着陸の衝撃に耐えられないのではないか。プレー少尉は首を傾げなら両機を繋ぐ支柱を眺めながらそう考えていた。



 だが、全体的に見れば支柱の寸法は抑制されたもののようだった。両機をつなぎ合わせた状態では、前後から見れば三角形の頂点にそれぞれプロペラが配置されるような形になっているはずだが、そうなるとD.525を乗せる位置はプロペラ半径に左右されるはずだった。

 両機の位置を近づけすぎるとD.525のプロペラがアミオ359の胴体を叩いてしまうことになるだろう。

 そういう意味では最低限のクリアランスは確保されているのだろうが、目の前で高速でプロペラが回転するのを見続けなければならないアミオ359の操縦士は生きた心地がしないのではないだろうか。


 ゆっくりと機体の周りを歩いていたプレー少尉がある事に気がついたのはその時だった。それまで角度が悪くよく見えていなかったのだが、下部のアミオ359には操縦席が存在していなかったのだ。操縦士と電信員が乗り込む操縦席は風防ごと取り外されているようだった。

 それは整備による一時的な措置などでは無さそうだった。仮に操縦席があった場合、プロペラ旋回半径がその箇所まで食い込むほどに上部のD.525の取り付け位置が下げられていたからだ。


 二人乗りの操縦席は風防ごと取り外されて胴体と面一になるようにカバーが掛けられているようだった。何故かその姿がひどく不気味に思えてプレー少尉は身震いしていた。幼い頃に伯母から聞かされたおとぎ話に出てくる様な怪物の姿が一瞬思い浮かんでいた。


 だが、目的は何であれこの機体がD.525用の長距離輸送機か何かであれば3人もの乗員は必要ないかもしれなかった。電信員はともかく、爆弾を積まなければ爆撃手は必要ないだろう。

 原型機の構造からすると不条理なものにしかならないが、このアミオ359はそれを承知でD.525を搭載する影響を最小限に収めるために操縦席を原型機では爆撃手が乗り込んでいた機首に移動したのではないか。

 プレー少尉は自分でもよくわからない焦りを感じながらそれを確認するために機首側に移動していた。

 だが、最終的にはプレー少尉の予想しない理由で操縦席は確認できなかった。何かの作業が行われていたのか、機首側の風防はまるごと取り外されて胴体が断ち切られたように空間が開けられていたのだ。



 結局、この機体の意図は良く分からなかった。集められた搭乗員達は要領を得ない様子でお互いの顔を見合わせていた。だが、どれだけ隊員同士の顔を見ても怪訝そうなものしかいなかった。


 飛行隊の幹部要員ならば事前にある程度の事情くらいは知らされているのかもしれないが、彼らは苦虫を噛み潰した様な表情でアミオ359とD.525を組み合わせた機体を見つめていた。

 その鋭い視線を目の前にして幹部たちに事情を訪ねようとする猛者は、再編制の結果として纏まりがいまいち欠けている飛行隊の中にはいなかった。


 プレー少尉自身も一応は士官ということになるのだが、下士官から戦時昇進を受けて少尉となったばかりだから、他の正規の士官学校出のものや兵から累進した古参の士官を相手にすると気後れを覚えていた。

 戦時昇進も慌ただしいものだったから、士官教育も促成のものでしかなく、少尉の記章以外に自分では下士官から変わったところは感じられなかった。


 プレー少尉達が目の前の機体についてあれこれと話し込んでいると、案内の兵に促された技術将校の一人が振り返っていた。

 他のものと同じ作業衣の為に階級は分からなかったが、案内の兵や周囲の技術将校達の態度からすると相当に高位の将校のようだった。


 その技術将校は、何が楽しいのか顔をほころばせながらプレー少尉達に機体の説明を始めていた。

 だが、技術将校の声が小さいわけではないのだが、格納庫内で行われている整備作業の手が止まっているわけではないから、機械音に紛れて恐ろしく聞き取りづらかった。



 どうやら、この機体はギイと呼称されているらしい。ただし、搭載されているD.525や母機であるアミオ359がそのような名称になっているわけではなかった。

 それどころか、ギイの名称はこの2機種の組み合わせのことを指すわけでもないらしい。


 周囲の喧騒や技術将校の早口のおかげで話が分かりづらかったが、爆撃機と戦闘機、というよりも2機を組み上げたシステム自体がギイという名称になるようだった。

 しかも、話が進むうちにプレー少尉の認識が初手から誤っていたことも分かっていた。話がおかしいと思ったら、このギイというシステムにとって母機と認識されるのは、土台となる爆撃機の方ではなく、上に載せられた単発戦闘機の方であるらしい。

 つまりギイとは、単発戦闘機を用いて炸薬を詰め込んで巨大な爆弾と化した双発爆撃機を目標に突入させるためのものだったのだ。土台となっているアミオ359に操縦席が見当たらないのも当然のことだった。元々同機は乗員が省かれて無人機になっていたからだ。


 ギイという名称は最初はなにかの頭文字かとも思ったのだが、実際は文字通りの宿り木の意味であるらしい。より大きな双発爆撃機の方が弾頭で、それを単発戦闘機で運用しようというのだからその名称も確かにおかしくはないような気がしていた。

 もっとも、この名称はフランス軍によるものとは完全には言い難いらしい。元々、ドイツ空軍でも自国製の機体で同様の兵器を考案していた。それを技術許与を受けた際にフランス製の機体で再構成したのがプレー少尉達の目の前のこの機体であるようだった。

 本家であるドイツ空軍でも宿り木を意味するミステルと呼称していたが、ギイというは、単にこれを直訳しただけのようだった。


 おおよその事はわかったものの、それ以上のことを尋ねる勇気は搭乗員達にはなかった。このギイを自分たちが使うことになるのか、それを言ったら最後、本当のことになるような気がしていたのだ。

ドヴォアチヌD.525の設定は下記アドレスで公開中です

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/d525.html

アミオ359の設定は下記アドレスで公開中です

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/amiot359.html

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