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1944特設水上爆撃隊14

 帰還した瑞雲に残された弾痕などの損傷は少なくなかった。戦闘中は気が付かなかったのだが、高角砲の直撃は無かったにしても、砲弾の弾辺や流れ弾のような機銃弾の被弾はかなりあったようだ。

 動翼部付近に食い込んでいた弾辺を機付の整備員から見せられた時は、流石に青江二飛曹も肝を冷やしていた。当たりどころが悪ければ操縦不能となって墜落していてもおかしくはなかったのだ。



 損傷は大きかったものの、修理作業は中々進められなかった。

 青江二飛曹達の母艦である重巡洋艦足柄は、戦隊ごと巡洋分艦隊に配属されていた。同分艦隊は本来空母部隊や戦艦群の護衛戦力として編成されていたのだが、有力なフランス艦隊が消滅した今となってはニース沖合に展開する空母部隊まで敵水上艦が襲来する可能性は極端に低くなっていた。

 そのかわり、艦砲射撃を行う戦艦分艦隊配属の戦隊と交代しながら艦砲射撃を行う事が増えていた。


 母艦航空隊の要員にはよくわからなかったが、艦砲射撃の目標は次第にニースからイタリアとの国境線がある北東に移行しているような気がしていた。逆に南方に展開する戦力は薄いようだった。

 あのフランス艦隊の自滅的とも言える出撃以降は、ヴィシー政権軍の本格的な攻勢は行われていないらしいとも青江二飛曹は聞いていた。散発的な航空攻撃は今も行われているようだが、張り切って早々にニース郊外に展開してきたらしい自由フランス軍の航空隊によって阻止され続けているらしい。



 噂によれば、ニース上陸後の国際連盟軍の方針が変換しつつあるらしい。当初は自由フランス軍の意向を考慮して、最終的には本国ヴィシー政権の打倒を目的として内陸部への進撃を行う予定もあったらしいが、現在の艦隊の動きからすると上陸部隊主力の進撃路は南方にあるようだった。

 おそらく、イタリア半島の付け根に当たる北部に西方から接近することで、同地に展開するドイツ軍に圧力を加えようというのだろう。


 現在、ドイツ軍を始めとする枢軸軍は中立を保っているスイスを囲むように連絡線を維持していた。

 だが、ニースに上陸した国際連盟軍が北上すれば、スイス南方の連絡線は絶たれると考えていいだろう。そうなると、フランス本国からイタリア戦線に移動する兵力は、はるかドイツ本国を経由して険峻なアルプス山脈を越える必要が出てくるのではないか。


 連絡線だけではなかった。国際連盟軍が更に東進してイタリア北部に達すれば、旧オーストリア領とイタリアを隔てるアルプス山脈と、イタリア半島を東西に分断するアペニン山脈という二大山脈に囲まれたポー平原が戦場となるだろう。

 イタリア北部の工業地帯と大規模な農地が広がるポー平原は、アペニン山脈に防御陣地を築いて英国軍主力の国際連盟軍第8,9軍と対峙するドイツ軍の策源地となっていた。

 しかも、広大なポー平原では大規模な機甲部隊が縦横に機動できるだけの余地があり、山岳地帯の地形を利用して寡兵で国際連盟軍に対応しなければならないドイツ軍にとって、腹背を突かれることの危惧は大きいはずだった。



 もっとも、このような情勢は青江二飛曹達、足柄航空隊にとっては足かせになっていた。時折陸地に接近して艦砲射撃が行われるものだから、本格的な整備を行う間も作れなかったのだ。

 妙な話を青江二飛曹が聞いたのは、そんな頃だった。


 その頃になると、足柄整備科はもう瑞雲の完全修復は諦めていた。どのみち艦砲射撃の場合は、陸上に展開した回転翼機や、陸軍の直協機の着弾観測が得られるから航空隊が出撃する例は減っていた。

 先の海戦においては、コルシカ島から強引に出港した自由フランス軍を乗せた輸送船団が、フランス海軍のものと思われる潜水艦隊に狙われて大きな損害を出していたが、その後はコルシカ島や占領したばかりのニースに展開した飛行艇や一式陸攻などを装備する対潜部隊によって徹底的な哨戒が行われていた。

 艦砲射撃部隊の周囲には対潜警戒の駆逐隊も配置されていたから、やはり航空隊の出番はなかった。


 瑞雲に残された損害の跡を除いて、ただ一夜きりの特設飛行隊の存在など誰も彼もが忘れてしまったかのようだった。

 敵旗艦に体当たりを試みたのだろうと思われる平沼少佐達のことも、公式には無視されているようなものだった。

 あの時点では、青江二飛曹達は撤退を開始していたし、同海域に展開していたという英国艦隊も駆逐艦島風も、敵艦隊とは距離をとっていたというから、平沼少佐の最後は目撃していなかったようだ。


 出撃したフランス艦隊そのものは、英国艦隊と増援として駆けつけた日本海軍第1航空艦隊の戦艦分艦隊を中核とした戦力によって撃滅されていた。

 だが、金剛と比叡の2戦艦が遅れて戦場に姿を表した時点においても、敵旗艦は英国艦隊と交戦を継続していたらしい。もとより25番爆弾程度で戦艦を撃沈できるとは誰も思わなかったが、命中すらしなかった可能性も否定できなかったのだ。



 ところが、今になって実際には平沼少佐達の零式水偵が無視できない戦果を上げていたという情報が入ってきていた。情報源は、フランス艦隊から救出された捕虜であるらしい。

 彼らと交戦していた国際連盟軍の将兵からではなく、ようやく捕虜からの情報が流れるようになってきていたのだろう。


 その捕虜から聞き取られたという話によれば、フランス艦隊の2隻の戦艦は、それぞれリシュリュー級とダンケルク級の1番艦であったらしい。青江二飛曹の読みどおり、旗艦となっていたのは先頭を行くリシュリューだった。

 敵艦隊はフランス海軍に残された有力な大型艦すべてを集成した、文字通り最後の艦隊だったようだ。もっとも、各艦から救助された捕虜からの情報だから確度は低いが、艦隊に所属する艦艇の中にはそれまでに被った損害復旧工事が未達のまま出撃した艦もあったらしい。


 その艦隊の指揮をとっていたのは、リシュリューに座乗する第1艦隊司令長官のジャンスール中将だった。だが、フランス艦隊が英国艦隊と交戦する頃には、すでに中将は戦死していた可能性が高いらしい。

 実は、最後が分からなかった平沼少佐の機体は、敵旗艦、しかもその司令部艦橋に体当たりを果たしていたというのだ。


 にわかには信じられない話だし、その情報が得られた捕虜というのもその場を目撃したわけではないらしいが、体当りした零式水偵は司令部艦橋内をなぎ払いながら司令部要員の多くを死傷させていた。

 ただし、リシュリュー自体の戦闘能力には大きな支障がでなかったようだ。そのあたりのことは判然としないが、零式水偵に搭載された25番爆弾は最後まで起爆しなかったのかもしれない。

 もっとも、250キロの爆弾一つと、その十倍に達する重量の機体そのものに衝突された司令部艦橋は、瞬時のうちに破壊された。そういうことなのだろう。


 艦隊司令長官であるジャンスール中将を失ったフランス艦隊は、その後も先任艦長か戦隊司令が指揮を引き継いで進撃を継続していたようだが、指揮は場当たり的なものに変わっていったともあった。

 もっとも、このあたりになると真相はもう実際に指揮をとった艦長級の指揮官が生き残って証言していない限りわからないだろう。



 これらの捕虜の証言からすると、利根飛行長だった平沼少佐が最後に上げた戦果は決して少なくはないということになるが、特設飛行隊の指揮官だった少佐の戦果を青江二飛曹は複雑な表情で聞いていた。

 少なくとも手放しで喜ぶような気にはなれなかった。結果的に敵艦隊の司令部を壊滅させるという戦果はあったものの、それは僥倖に過ぎない。そう考えていたからだ。


 それ以上に、今回の体当たり攻撃が中途半端な戦果を上げたことで戦訓として残されてしまうことを危惧していたのだ。

 たとえ技量に劣る要員や二線級の機材であったとしても、精度の高い体当たり攻撃であれば戦果をあげられる。そのような認識が広まることを警戒していた。

 そんなことをしなくとも、十分な訓練を積んだ将兵であれば、何度も繰り返して戦果を上げることができるのだ。操縦兵の育成に決して労を惜しむべきではない。青江二飛曹はそう考えていた。



 だが、村上大尉の考えは少しばかり違うようだった。

「どうやら、利根飛行科の改編が正式に決まったらしい……平沼少佐はそのことを知っていたのではないかな」

 整備中の瑞雲の近くで始まった立ち話の中で、村上大尉は唐突にそう言っていた。青江二飛曹は、要領を得ない表情でそれを聞いていた。

「どういうことです。等々巡洋艦航空隊でも回転翼化するということですか」

「どうやらそうらしい。詳細は不明だが、利根か筑摩、あるいは戦隊ごと回転翼機部隊に改変するということらしい……念の為に言っておくが、我々足柄隊を含む重巡洋艦搭載部隊には今のところ改変の予定はない。

 だが、利根と筑摩の2隻は、就役時から空母部隊の直掩を長く努めていた。最近では空母搭載の艦載偵察機も充実しているし、水上偵察機では艦攻のように大型の電探を機外搭載するのも難しい。

 逆に艦砲射撃時の着弾観測や事故や未帰還機の乗員救助であれば小回りの聞く回転翼機のほうが水上機よりも有利となる。そのように艦隊の上層部では判断したのではないかな」


 青江二飛曹は思わず天を見上げていた。利根型軽巡洋艦は、本来は水上機の運用に特化した艦艇のはずだった。それが水上機を下ろすというのだから、どうやら、本格的に艦載の水上偵察機には将来がなくなってきたらしい。

 それよりも、そのことが平沼少佐の判断理由になったという話のほうが気になっていた。

「つまり……平沼少佐は利根航空隊が水上機部隊ではなくなるから、あの時それを悲観して自爆したというのですか……」


 しばらく、村上大尉は押し黙ってた。答えないというのではない。大尉自身にも簡単には答えが出せ無かったのだろう。

「それも理由の一つだったのかもしれない。平沼少佐は水上機部隊の攻勢的な運用計画に関してはその当初から携わっていたというから、特に思い入れがったのだろう。

 それが目の前でなんの戦果もなかったものだからな……」


「冗談ではありませんよ」

 青江二飛曹はとっさにそう言っていた。

「そんな身勝手で乗員を道連れにしたというのですか。平沼少佐は……」


 村上大尉は、激高した青江二飛曹を見ながら言った。

「それはどうかな、もともと利根の飛行隊は平沼少佐が攻撃隊を編成するために引き抜いてきた水上機畑の長い者が多かったからな。案外、飛行科も皆同じ考えだったのかもしれない。それに、利根の飛行隊の改編では多くの乗員が転属となるらしい」


 青江二飛曹はそれを聞いても納得はできなかった。

「自分は御免ですよ。生きていれば何度だって機会はあるんです。水上機に拘る必要なんてないんだ……もしも、飛行長が自爆を命じたとしても、俺は承知できませんよ」

 そう言い切った直後に、二飛曹は自分の短慮に気まずくなっていた。いくら単なる立ち話とはいえ、堂々命令無視もありうるなどと仮の話であっても上官にするべき話ではなかった。



 しかし、村上大尉の反応は、青江二飛曹の予想とは違っていた。自嘲的ながらも、笑い声を上げていたのだ。

「奇遇だな、二飛曹。実はあの時、俺も二飛曹が平沼少佐の後を追おうとしたならば、貴様を後席から締め上げて副操縦装置を使って帰ろうとしていたんだ」

 青江二飛曹は唖然として苦笑する村上大尉の顔を見つめていた。おそらく冗談のたぐいではあるのだろうが、完全に嘘をついているわけでもなさそうだった。


 しばらくしてから、青江二飛曹もやはり自嘲気味、というよりもやけになったように笑い声をあげていた。

 他の飛行科員達が怪訝そうな顔で見る中で、青江二飛曹と村上大尉の二人はずっと笑い声を上げていた。

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