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1944特設水上爆撃隊12

 これまでの鬱憤を晴らすかのように、特設飛行隊の指揮を執る利根飛行長の平沼少佐が座乗した零式水上偵察機から、攻撃隊形の構築を命じる電信が届いていた。


 後席の村上大尉からそれを聞かされた青江二飛曹は、これまでの疑問もすべて忘れて集中しようとしていた。

 特設飛行隊は、巡航時と同じく機種ごとに2群に分かれて攻撃を行うことになっていた。急降下爆撃を行う瑞雲と水平爆撃を行う零式水上偵察機とでは飛行高度や姿勢に大きな差があるからだ。

 ただし、攻撃手順は異なっているものの、投弾されるのはどちらも同じ25番の通常爆弾だった。

 水平爆撃の場合は、理屈から言えば高度差から生じる運動量の差によって威力がより増大するはずだが、零式水上偵察機の飛行高度は中途半端なものでしかないから、25番爆弾では敵戦艦に痛打を与えるのは難しいはずだった。

 第一、投弾から着弾まで時間のかかる水平爆撃では、海上を自由に機動できる艦艇に命中弾を与えるのは難しかった。零式水上偵察機の数は8機しかないから敵艦に一発も命中しなくとも不思議ではなかった。

 特設飛行隊の主力は、やはり自分たちの瑞雲隊であると考えるべきだった。急降下爆撃の方が命中率は上がるからだ。

 そして急降下爆撃の照準は、機体の操作を行う操縦員の担当だった。後席の支援は望めるものも、これから先は青江二飛曹の技量にかかっていた。



 だが、次の瞬間、そのように気負っていた青江二飛曹の背に冷たいものが走っていた。まるで平沼少佐の攻撃命令を感じ取ったかのように、敵艦隊の対空射撃が開始されたからだ。

 フランス艦隊の指揮官は、正確に状況を把握しているようだった。ある程度は距離を保っていたはずだが、海上を伝わって特設飛行隊の各機が出すエンジン音をすでに察知していたのかもしれない。


 敵艦隊の対空砲火は激しかった。艦隊は、10隻程度の大型艦で構成されていた。他にも何隻かの駆逐艦が同航しているようだが、正確な所はわからなかった。

 島風からの照明弾は大型艦の隊列を指向していたし、駆逐艦の対空砲火は備砲が中途半端な口径なのか、発射速度がそれほど高くはないために全体的に見て乏しいものだったから、砲口炎から戦力を推測するのは難しかった。

 何れにせよ、対空火力の点では駆逐艦は無視しても良さそうだった。駆逐艦群の存在を忘れてしまうほどに敵主力から放たれる対空砲火が激しかったからだ。


 敵艦隊は、巡洋艦以上の大型艦ばかりで構成されていると思われる単縦陣を構築していた。先頭に配置されているのは戦艦のようだが、フランス海軍の新鋭戦艦はいずれも30ノット前後の速力を誇るから、高速の巡洋艦と隊列を組んでも支障は無いのだろう。

 青江二飛曹は、上空から敵艦の単縦陣を見ながら思わず舌打ちしていた。敵艦隊の後方から侵入した瑞雲隊は、図らずも単縦陣の真上を通過する形になってしまっていたのだ。

 だが、熾烈な対空火力を考慮すれば、一度退避してから再度突入を行うのは難しそうだった。とにかく敵戦艦に向けて投弾を図るしか無かった。



 青江二飛曹の瑞雲は、絶え間なく続くような敵対空砲弾の炸裂による衝撃に襲われていた。

 ただし、直撃弾は勿論、至近距離での炸裂も無かった。砲弾が瑞雲の前後左右を突き抜けている感覚はあるのだが、その砲弾が炸裂する高度は現在の瑞雲の飛行高度よりも高いようだった。


 ―――電探で正確な位置を把握できても、測角までは出来ていない、ということか

 青江二飛曹はそう考えていた。あるいは、瑞雲隊と零式水偵隊の高度差に幻惑されているのかもしれない。


 今だに電探は夜間戦闘を昼間のように進められるほど万能のものではない。そのことを確信しながら、青江二飛曹はため息をついていた。

 思わずに敵艦隊を縦断する危険極まりない飛行進路となってしまったようだが、まだつけ入るすきは残されているようだった。



 青江二飛曹は、鋭い目を敵艦隊前方に向けていた。標的である敵戦艦を見つけようとしていたのだ。その視線が、一点に定まっていた。他の艦艇と比べても一段と激しく対空砲火を放つ大型艦があったからだ。


 甲板上に見える砲口炎の数は多かった。しかも、前後左右に砲が多層的に配置されているようだった。

 新鋭フランス戦艦は、重量のかさむ分厚い防弾鋼板が張られた防御区画を短縮するために主砲塔を前方に集中配置していたが、その代わりに艦橋や煙突後部の艦尾空間には広角砲や副砲が数多く置かれていた。

 空間的な余地か、あるいは射界を確保するために各砲塔は段差を設けて配置されていたから、青江二飛曹の視界に飛び込んできたのは新鋭戦艦に間違いなさそうだった。


 ただし、青江二飛曹が標的とした敵戦艦が戦間期に就役したダンケルク級か、それとも開戦後に就役したリシュリュー級戦艦のどちらかなのかは分からなかった。

 主砲弾の口径は違えども両級はいずれも巨大な四連装砲塔2基を艦橋前側に集中配置していたからだ。


 両級で副砲以下の兵装には若干の差異もあった。ダンケルク級戦艦が副砲と高角砲の機能を兼ね備えた両用砲を装備しているのに対して、リシュリュー級戦艦は常識的とも言える軽巡洋艦主砲と同程度の副砲と高角砲を別個に備えていた。

 英国海軍でも一部の艦ではダンケルク級と同様の両用砲を装備していた。

 一見するとこうした中間口径の両用砲は、対空、対水上戦闘のどちらにも一門で対応できる万能砲のように思えるが、実際には対艦戦闘には威力が不足し、逆に対空戦闘においては発射速度や砲塔旋回速度の遅さなどから有用ではない帯に短し襷に長しとでもいうような場合もあるらしい。



 何れにせよ、フランス戦艦の後部に集中した副砲、高角砲は攻撃をかける青江二飛曹達にとって脅威となっていたが、逆に標的ともなりうるのではないか。

 瑞雲が搭載する25番爆弾の重量と弾殻強度では、戦艦の防御区画に張り巡らされた頑丈な装甲を貫通することは不可能だった。

 だが、両用砲塔や高角砲であればその装甲は断片防御程度の軽易なものであるはずだった。開戦以後に就役したリシュリュー級戦艦には不明な点も多かったが、基本的な構造に代わりがあるとは思えなかった。


 青江二飛曹は、覚悟を決めて爆撃の為に降下を開始しようとしていた。後席から村上大尉に声をかけられたのは、その直後だった。二飛曹の動作を読み取ったのか、大尉は落ち着いた声で行った。

「対空砲火に惑わされるな。目標はあくまでも先頭の敵旗艦だ。旗艦を足止めできれば、我々の任務は成功する。他には目もくれるな」


 慌てて青江二飛曹は目を凝らしていた。うかつだった。二飛曹が狙おうとしていたのは、敵艦隊の1番艦ではなかった。その一隻前にも別の戦艦らしき船影があったのだ。

 言い訳はできなかった。確かに2番艦から盛んに打ち上げられている対空砲の砲口炎に幻惑されてはいるが、敵旗艦も対空射撃を行っているのだから、闇夜に紛れているとは言えないだろう。



 気を取り直しながら、青江二飛曹は本当の標的である敵旗艦を見つめていた。

 基本的な配置は同様だが、敵艦隊の1番艦と2番艦には夜間でもわかるような差異があった。対空砲火を放つ砲口炎の位置や数が違うのだ。

 2番艦の方が一見すると砲口炎が盛大に見えるのだが、射撃間隔はどこか間延びして見えた。それに砲塔の旋回速度などが低いのか、青江二飛曹が乗り込む瑞雲の機動に追随できていないようだった。

 対空機銃らしき小さな発砲炎は途切れなしに甲板のあちらこちらで見えていたが、機銃弾の射高はたかがしれているから、降下に入るまではさほどの脅威とはならないはずだった。


 それに対して、先頭を行く1番艦は砲口炎こそ大きくは見えないものの、発射間隔は短く機動性も高そうだった。対空砲火を浴びる身としてはこちらのほうが剣呑ではないか。

 発砲しているのは高角砲だけではなさそうだった。発射間隔は長いものの、後部に設けられた重厚さを感じられる砲塔が高角砲よりも大きな砲口炎を見せていた。

 ただし、その砲が狙っているのは青江二飛曹たちではなさそうだった。


 ―――ということは、2番艦が両用砲を装備したダンケルク級戦艦で、1番艦が状況からして副砲と高角砲を分離したリシュリュー級戦艦ということか……

 旗艦に選ばれるのは、敵艦隊で最有力の艦艇だろうから、村上大尉の見たとおり敵1番艦が旗艦で間違いなさそうだった。



 青江二飛曹が観察を続けた僅かの間に、僚機を従えた瑞雲はダンケルク級戦艦と思われる敵2番艦を飛び越えていた。ここまでくれば脅威となるのは標的である敵1番艦からの自衛火力のみだった。

 旗艦を守ろうというのか、ダンケルク級戦艦からの対空射撃は継続していたが、砲弾の炸裂位置は瑞雲とはかけ離れていた。

 自艦を追い抜かした形の瑞雲を狙うには、不利な追い撃ちの形になるし、新鋭フランス戦艦の高角砲や両用砲の配置は前方に集中配置された主砲塔に追いやられるように艦橋後部に集中していたから、射界が艦橋など上部構造物に制限されて前方を指向できる対空砲は少ないのではないか。

 それ以前に、両用砲の砲塔旋回速度では高速の瑞雲を照準し続けることすら困難だろう。


 すでに瑞雲はリシュリュー級戦艦と思われる敵戦艦に対して降下を開始する所まで来ていた。青江二飛曹は、瑞雲の翼端前方に見える敵戦艦の姿を注視していた。

 やはり敵戦艦はリシュリュー級戦艦だった。就役したのが開戦後どころかフランス降伏後となったために同級艦の性能諸元などには不明な点が多いらしいが、何度か日本海軍でも交戦しているから識別帳の記載は詳細で正確なものだったようだ。


 ひそかに青江二飛曹は、ほくそ笑んでいた。意外なほど条件は揃っていた。夜間にもかかわらず、盛んに放たれる高角砲の砲口炎と島風から放たれている照明弾によって敵1番艦の姿は闇夜から引き釣り出されていた。

 高角砲の射撃は相変わらず激しいものの、相変わらず高度を正確に把握していないのか、砲弾炸裂による衝撃は遠く、発射弾数の多さの割に剣呑さは感じられなかった。


 しかも、この角度から見ると副砲は明らかに青江二飛曹達瑞雲隊や、より高度をとっている零式水偵隊が標的ではなかった。おそらく、狙われているのは今も盛んに照明弾を打ち上げている島風なのだろう。ただし、角度が悪いのか主砲を撃ち出す気配はなかった。

 艦体後部は砲口炎で真っ赤になるほど輝いて見えるのに、艦橋前方の2基の主砲塔が配置された区画が影となっているのは奇妙な光景のような気がしていた。



 ―――ここで振り返れば、2番艦のダンケルク級戦艦も同様に見えるのだろうか……

 緊張の中で、ふと青江二飛曹はそう考えてながら操縦桿を握り直していた。そこから勢いよく二飛曹は操縦桿を操作していた。

 青江二飛曹の操作を敏感に反映した瑞雲は、すばやく横転を開始していた。次の動作に備えて二飛曹はフットペダルに載せた足に力を入れていた。機体を横転させた状態で方向舵を使って機首を敵艦に向けようとしていたのだ。


 後席から鋭い声が掛けられたのは、青江二飛曹がフットペダルを蹴り上げようとしたまさにその瞬間だった。

 あとから思い出そうとしても、青江二飛曹は村上大尉が実際に何を言ったのか分からなかった。あるいは言葉に意味など無かったのかもしれない。ただ警告を上げたかっただけなのだろう。


 先程、標的を誤認していた時でさえ、村上大尉の声は落ち着いたものだった。そのことを怪訝に思った青江二飛曹は、思わず振り返っていた。

 だから、青江二飛曹は敵艦隊の2番艦の艦橋前方でひときわ強く輝く砲口炎を直視する事になっていた。唖然とする二飛曹を衝撃が襲ったのは、その直後だった。

島風型駆逐艦の設定は下記アドレスで公開中です

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/ddsimakaze.html

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