表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
351/816

1944特設水上爆撃隊11

 異様な状況が続いていた。零式水上偵察機と瑞雲で構成された特設飛行隊は、機種ごとに上下二段に分かれて高度差を付けながら旋回待機を行っていた。

 第1航空艦隊指揮下の各巡洋艦から搭載機を集成して編成された特設飛行隊に対して待機を命じていたのは、海上で敵艦隊を追尾している駆逐艦島風だった。

 航空分艦隊に直属する島風は、充実した各種電探を用いて敵機を早期に発見するために艦隊前方に単艦で進出する哨戒艦として運用されていたと青江二飛曹は聞いていた。

 おそらく、今回もその様に単独哨戒中に偶然フランス艦隊の出撃を捉えて追尾を行っているのではないか。



 だが、青江二飛曹は今回の特設飛行隊の攻撃作戦にとって要というべき立場にはあるものの、通信を送ってきた駆逐艦島風のことはよく知らなかった。

 元々航空隊の下士官でしかない二飛曹は、母艦となる大型巡洋艦を除けばさほど水上艦に対する知識を持ち合わせていないということもあるが、開戦後に就役した艦艇に関しては、そもそも軍内部ですら公開された情報が少なくなっていたのだ。


 しかも、青江二飛曹達の母艦である重巡洋艦足柄は巡洋分艦隊に配属されており、戦隊や分艦隊上の所属がかけ離れているものだから、青江二飛曹はこれまで航空分艦隊直属で哨戒任務についているという島風を見たこともないはずだった。

 青江二飛曹が知っていたのは、島風は開戦前後に整備されていた艦隊型駆逐艦の陽炎型でも、開戦後に急速造艦が進められている松型や橘型などとも違う最近になって就役した同型艦のない駆逐艦だということだけだった。


 村上大尉によれば、単艦で哨戒任務に当たるために各種電探が既存の駆逐艦から強化されているというが、駆逐艦程度の小艦艇に探知距離の優れた大型電探が搭載できるとは思えなかった。搭載しているとしても、その使用には制限が大きいのではないか。

 そもそも、哨戒艦としての運用も積極的に行われていたのか、その点も疑問だった。実際のところは、同型艦がないために運用の難しい駆逐艦を転用しただけと言う可能性も高いだろう。

 哨戒艦としての実態がそのようなものだとすれば、航空隊の管制を行うのも難しい、あるいは想定外となるだろう。容積の限られる駆逐艦の艦橋では操艦作業以外にさける要員数も少なくなるから、高度な指揮が行えるとは思えないからだ。


 その様な事情もあって、この長時間の旋回待機も一体なんの意味があるのか、青江二飛曹には分からなかったのだ。


 気掛かりなのは瑞雲の残燃料量だった。予想よりも敵艦隊の位置がニースよりも近かったし、島風の対空捜索電探を逆探で捉えることで正確な位置を追うことが出来ていた。

 その一方で長時間の待機を行えば、航続距離が長大な零式水上偵察機はともかく、双座の瑞雲は本来は短、中距離捜索用の機体だから、帰還に支障をきたすかも知れなかった。

 それに、爆装状態では燃料消費量は格段に跳ね上がるから、出来ることならば今すぐにでも敵艦に投弾して帰還したいところだった。敵艦はすぐそこにいるのだから、即座に攻撃にかかれば良いのではないか。青江二飛曹はそう考えていたのだ。



 だが、青江二飛曹が口にしたそのような懸念は村上大尉に一蹴されていた。

「俺も詳しくは知らないが、島風は航空隊の指揮を行う能力が備わっているはずだ。改装工事にあたっては、空母部隊前方での対空監視だけではなく、航空隊の誘導、統制も想定されていたからだ。

 最近では、電探搭載機とこれに誘導された戦闘機隊を前方に進出させて、敵編隊を艦隊本体に寄せ付けずに迎撃するのが常道となっているが、これを艦上運用しようとしていた、らしい。

 勿論、これには長距離捜索用の電探だけでは不可能だ。上空の友軍機に連絡を行うために航空無線機と連動した無線機が必要だし、広域の防空戦闘のためには複数隊を一挙に誘導しなければならないから、通信機は数系統用意したほうが望ましいだろう。

 これを収めるには通常の駆逐艦の通信室では容量が足りないはずだから、通信機能一つとっても格段に強化されていたはずだ。

 それ以前に、後方の空母部隊から逐次進出してくる友軍戦闘機隊の状況を常に把握して統制を行うために管理機能は相当に強化されているはずだ。搭載機はないが、航空隊の管制を行うために飛行長の配置もあったのではないかな……

 ただ、島風の管制機能は航空分艦隊の司令部に直属した防空戦闘に従事するためのものだったはずだ。つまり、本来は早期の警戒と艦隊前方に進出してくる戦闘機隊を敵編隊に誘導するのが任務、ということになる。

 我々のような攻撃隊……それも特設部隊の管制を行うことは想定外だったはずだ」


 青江二飛曹は、首を傾げながらいった。

「そうなると、島風は一体なぜ我々を待機させるんですかね。フランス艦だって電探くらい持ち合わさているでしょう。敵艦に探知される危険を犯してまでいつまで待たせるつもりなのか……」


 後席は直接視認できないが、村上大尉も首を傾げている様子になっていた。

「おそらくは、敵艦隊に混乱を誘う為に、空海の同時攻撃を試みようとしているのだろう。我々を待機させているのは、時間調整のためではないか」


 それを聞いても青江二飛曹の疑問は解消されなかった。むしろ、新たな疑問が生じていた。

「電探を併用していたとしても、接触艦が敵艦隊とさほど距離をとっていたとは思えません。身軽な駆逐艦1隻程度ならばすぐにでも攻撃に出られるのではないですか。

 あるいは駆逐艦1隻の打撃力などたかが知れているのだから、島風を無視して攻撃に出てしまっても良いのではないですか。島風には、我々が投弾したあとの損傷艦の始末を任せれば良いではないですか」


 しかし、村上大尉は即座に否定した。

「二飛曹は我々の戦力を過大評価しているのではないか。艦隊航空戦力が精強なのは、各操縦員、偵察員が単機だけでは無く、編隊単位での厳しい訓練を続けてきたからだ。だからこそ、空母艦載機群はまとまって行動することができるのだ。

 ひるがえって、我々はどうか。母艦どころか、所属戦隊、分艦隊の垣根を超えて急遽抽出された特設隊に過ぎない。数は揃えたとしても、空母航空隊の一個飛行隊並とは行かないだろう。

 しかも、水平と急降下爆撃の二段構えの上に夜間爆撃という不利な条件も多い。

 ……二飛曹は、足柄飛行科や第11戦隊以外の操縦員を全員信用できているかな……」


 青江二飛曹は、憮然とした表情を浮かべながらも、特設飛行隊僚機の様子を風防越しに伺っていた。

 この位置からでは瑞雲隊しか確認出来なかったが、確かにそう言われてみると、青江二飛曹達の機体に追随する足柄から共に発進した僚機はともかく、待機のために旋回を続けていた為か、編隊はどこかまばらになっていた。

 おそらく視界の悪い夜間飛行時に友軍機と衝突する可能性を過剰に考慮してしまっているのではないか。本来、異動の少ない水上機の搭乗員は飛行時間の長い手練が揃っているはずだが、最近は単機での対潜哨戒ばかりで編隊飛行の訓練が不足しているものだから、僚機の機動を推測するのが難しいのだろう。

 それに、飛行中の瑞雲を確認していると、飛行姿勢そのものが不安定な機体もあるようだった。おそらく、今の青江二飛曹の様に現状への疑問を打ち消しきれずにいる者がいるのだろう。その懸念が知らず知らずの内に飛行姿勢に現れているのではないか。


 なだめるかの様な口調で村上大尉が続けた。

「島風は対空捜索と航空戦指揮に特化しているから、大型の駆逐艦とはいっても兵装は艦隊型駆逐艦よりも大分他の装備で減らされているはずだ。戦力としてはあまり期待できないのではないかな。

 この状況では、飛行隊全力で当たらねば敵艦に有効打を与えることは難しいだろう……それに、瑞雲も零式も、搭載しているのは25番が一発だけだ。相手が戦艦であれば、飛行隊全力でもまともな一撃になるかどうか。

 それとも我々の知らない第3の部隊が……」


 そこで、不意に村上大尉は押し黙っていた。しばらく無線機を弄る音が聞こえたが大尉は更に続けた。

「島風からだ。今から目標の敵艦を照らす……と言っている」

 青江二飛曹は首を傾げていた。

「探照灯でも使う気でしょうか。しかし、我々で敵艦隊を抑えきれないとなれば、接触艦を危険に晒すのはどうでしょうか……」


 今度は、青江二飛曹の声も途中で止まっていた。唐突に海上に閃光が走っていたからだ。探照灯の光条ではなかった。閃光が見えたのはつかのまのことだった。

 それに、探照灯の白い光ではなく、先程の閃光は一瞬だけだがもっと多彩なものだったような気がする。そもそも予想される敵艦と島風の位置関係からすると、駆逐艦に搭載されている程度の探照灯では満足な光量で敵艦を照射することはできないはずだった。


 ―――島風が、発砲したのか……

 特設飛行隊に先んじて島風が敵艦隊への突撃を開始したのか、青江二飛曹はそう考えたのだが、すぐに自分の推測が誤っている事に気がついていた。発砲炎が確認された直後に、橙色に鈍く輝く光が生じていたからだ。

 その光は、白い煙を後方に引きずりながら、敵艦隊の方に向かっていった。ただし、速度は遅かった。高初速砲から放たれた曳光弾などではあり得なかった。

 数秒経っても発光が収まる気配はなかったし、それに光が海面と接触する様子もなくただ風に揺られるようにふらふらと彷徨っていただけだった。その動きは明らかに落下傘を使用した減速によるものだった。


 ―――照明弾を放ったのか。

 青江二飛曹は唖然としながらも、夜目が失われるのを恐れて赤い炎を直視しないようにとっさに視線をそむけていた。照明弾のまばゆい光は、海面からの反照でも十分な光量があるのではないか。

 これは前例のない戦闘だった。夜間に長距離砲撃戦を行う戦艦を支援するために水上機が吊光弾を投下する例は少なくないが、水上艦、それも母艦とはなりえない駆逐艦が逆に水上機を支援するために照明弾を使用することなど無かったはずだ。



 島風から放たれた照明弾は一発だけではなかった。最近の照明弾は付随する落下傘の形状や燃焼に使用される照明剤の進化などによって燃焼時間が伸ばされているというが、高速で機動する敵艦を絶え間なく照らし出すためには継続的に射撃を行う必要があった。

 ただし、通常の砲撃とは違って直撃を狙うわけではないのだから、射撃精度はそれほど必要ではなかった。単に敵艦隊の方向に向けて撃ち出せばいいだけだった。

 射撃のたびに着弾修正を行う必要もないのだから、発射速度は相当に高くとることが出来るはずだった。

 事実、島風から放たれる照明弾の数は多かった。もしかすると、島風の方ではこのような戦闘を予想していたのかもしれない。水上爆撃隊を支援するためではない。友軍戦闘機隊を援護するためだった。


 連続して発光する照明弾によって、周囲の海面はまるで昼間のように明るく照らし出されていた。この光量であれば、夜戦用の装備などなくとも低空であれば夜間飛行も容易ではないか。

 ただし、照明弾に含まれる燃焼剤によって作り出される光は、毒々しいまでの橙色だったから、昼間の風景と見間違えるおそれはなかった。むしろ、夜間照明のように全てが淡く橙色に染まった風景はどこか非現実的で幻想的ですらあった。



 敵艦が視認できたのは、その直後だった。まず、艦隊後方の駆逐艦や巡洋艦などからなる水雷戦隊が青江二飛曹の視界に入り込んでいた。視線を前に向けていけば、海上を疾走する戦艦が確認できていた。

 だが、橙色に鈍く輝く敵戦艦の姿は何故か現実味が無かった。淡い照明弾の光を見ながら、唐突に青江二飛曹は暗い墓場で不意に青白く燃え上がるという鬼火のことを思い出していた。

 ―――果たして墓場に送られるのはあの戦艦なのか、それとも我々の方なのか……

 不吉な思いで青江二飛曹は敵戦艦の姿を見つめていた。

島風型駆逐艦の設定は下記アドレスで公開中です

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/ddsimakaze.html

松型駆逐艦の設定は下記アドレスで公開中です

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/ddmatu.html

橘型駆逐艦の設定は下記アドレスで公開中です

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/ddtachibana.html

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ