1944特設水上爆撃隊6
陸軍が開発した一〇〇式司令部偵察機は、双発機とは言っても重爆撃機などのように図抜けた大きさを持つわけではなかった。機体の規模だけで言えば艦上機としての実績のある艦上哨戒機東海とさほど変わらないほどだった。
しかし、実際には海軍でも運用されている一〇〇式司令部偵察機を艦載機に転用するのは難しいようだった。
上級司令部に直属して敵航空基地の偵察を行う司令部偵察機は、通常は前線飛行場などに配属されることはなかった。
前線後方のより設備の整った本格的な航空基地から運用するのが常道となっていたのだ。そのような運用思想は機体構造にも大きな影響を及ぼしていた。
直協機や軍偵察機といった最前線で活動する偵察機は、舗装どころか十分な整地すら望めない前線飛行場で運用されるために、武人の蛮用に耐える単純で頑丈な機体構造を持っていた。
一見すると古めかしく見える固定脚も、万全の整備を望めない前線飛行場で稼働率を確保するために追求された構造なのだろう。
だが、単機で敵中深くまで進攻する司令部偵察機にはそのような余裕はなかった。それまでの常識を外れた長距離飛行を可能にするには、極限まで機体構造を任務に特化させる必要があったからだ。
結果的に、司令部偵察機の機体構造は、激しい機動を前提とする戦闘機や、大重量を吊り下げる爆撃機などと比べると華奢なものになってしまっていた。研ぎ澄まされた刀剣のように機体そのものを絞り切らないと航続距離と速度性能を両立させることなど出来ないからだ。
機体規模そのものは、艦上機としての実績のある双発哨戒機である東海と同程度であるにも関わらず、司令部偵察機の艦上運用が検討すらされなかった理由もその辺りにあったのだろう。
そもそも舗装された長大な滑走路での運用が前提となっている司令部偵察機の失速速度は高いものであるはずだ。
失速速度が高かったとしても、常識的には着艦自体は制動索を用いれば可能なはずだし、正規空母だけではなく船団護衛用の補助的な海防空母であっても最近では重量級の機体を発艦させるために、信頼性が高く、使用に際して消耗品の少ない油圧式の射出機を装備していた。
しかし、制動索にせよ射出機にせよ、使用時には機体構造の一部に過大な負荷が生じるから、陸上機を艦上機に転用しようとすれば桁枠の追加や部材寸法の見直しといった抜本的な機体構造の強化が必要なはずだった。
実際に陸上哨戒機として開発されていた東海を艦上機に転用するに当たっては、艦内への収容時などの取り回しを考慮した主翼の折りたたみ機構の追加に加えて、そのような機体構造の強化といった内容の改設計が行われたと青江二飛曹も聞いたことがあった。
しかし、東海にそのような改設計が可能だったのは、原設計の段階で頑丈な機体構造と低速性能を持ち合わせていたからでもあった。
対潜哨戒機として設計されていたものだから、発見した敵潜に対してすばやく攻撃を加えるために急降下爆撃能力が求められていた上に、長時間の哨戒飛行を行うために航続距離の要求も高かったのだ。
元々がそのような機体であったから、艦上機への改装にあたっても着艦フックの搭載や最低限度の構造強化で済んでいたようだ。
改設計による重量増加や出力の大きなエンジンへの換装によって航続距離は低下していたが、固定された滑走路を使用する陸上運用と比べて、母艦自体が機動するために格段に柔軟性のある艦上運用が可能となったことから大した問題とはならなかったようだ。
しかし、仮に司令部偵察機を艦上機に改装するとなれば、東海のようにうまくは行かなかったはずだ。機体構造の強化は無視できない重量の増加に繋がっていたのではないか。それ以前に失速速度の高さから着艦拘束装置を用いても離着艦だけでも危険性が高いものとなるだろう。
それに、東海の場合は艦上機への改設計で低下したのは若干の航続距離程度だったからさほどの支障は出ていなかったが、それは目標が海から上がることの出来ない潜水艦だったからだ。
偵察機の場合は、既存の敵基地を目標に陸上深く進撃する場合もあるだろうし、速度の低下も大きいはずだ。
結局は、既存の司令部偵察機の改設計は角を矯めて牛を殺すことにしかならなかったのだ。
既存機の転用ではなく、態々艦上偵察機が新規に開発されたのはこのような事情があったのだろう。だから既存機の設計を安易に踏襲することは出来なかったはずだ。
司令部偵察機のように華奢な機体構造で軽量化を図っても、構造強度の低さから艦上運用に適さなくなるし、翼面荷重を小さくとって低空性能を向上させれば今度は速度性能の低下に繋がった。
結局、43式艦上偵察機として正式採用された機体は、高速化に特化した機体として完成したらしい。三座の偵察機でありながらも並の戦闘機をも凌駕する最高速度を誇っていたのだ。
開戦前のシベリア―ロシア帝国とソ連との国境紛争などで得られた戦訓から、確実に敵地で得られた情報を持ち帰るためにそのような性能を要求されていたらしい。
しかし、43式艦上偵察機のそのような機体性能はある意味で歪な設計によって達成されたものに過ぎないのではないか。青江二飛曹は何度か目撃した艦上偵察機の姿からそう考えるようになっていた。
偵察機らしく飛行時は編隊を組むことなく単独で行動することが多いために目立たなかったが、飛行甲板上で他の艦載機と並ぶと些か異様な姿に見えていたのだ。
現行の艦載機の中でも、43式艦上偵察機と同じく三座の機体として二式艦上攻撃機天山が存在していた。
開戦前から仮想敵である米国海軍を睨んで開発が進められていた二式艦上攻撃機は、兵装搭載量などは従来型の九七式艦上攻撃機とさほど大きな進化が無かったものの、敵艦載機の航続距離外から先制攻撃を加えることを目的として長大な航続距離を有していた。
もっとも、二式艦上攻撃機の機体寸法や大まかな形状は九七式艦上攻撃機のそれと類似していた。製造業者も同じだし、制式年度でもその差は5年程度だから、設計陣も多くが両機に継続して携わっていたのではないか。
むしろ、単発三座の攻撃機としては技術的な飛躍がない限り他の形態は取りようがないのだろう。
ところが、43式艦上偵察機は同じ三座機でも二式艦上攻撃機とは大きな差異があった。機体全長はほとんど二式艦上攻撃機と変わりがないのに、全幅、つまりは翼長がより軽量の複座機である二式艦上爆撃機と同程度でしかないのだ。
しかも、至近距離から見たことがないから大まかな印象でしか無いが、主翼を左右に伸ばす胴体そのものも従来機よりも絞り込まれたように細身であるようだった。
おそらく、このあたりが43式艦上偵察機の高速性能を達成するための設計方針だったのではないか。つまり、機体構造を極限まで絞り上げることで空気抵抗を削減して高速化を図ったのだ。
ただし、そのままでは陸上機である司令部偵察機と同様に失速速度が高すぎて離着艦に支障を来すはずだった。面積の小さな主翼は抵抗が小さく高速飛行には有利だったが、低速時には揚力が機体重量に対して不足がちになるからだ。
詳細は青江二飛曹も知らないが、43式艦上偵察機の主翼は従来にないほど効率が高められた高揚力装置が搭載されているらしい。強引とも言えるそのような措置で艦上運用を可能としていたのだろう。
だが、従来捜索任務に用いられていた艦攻や水上偵察機と比べて格段に高性能の専用偵察機として就役した43式艦上偵察機だったが、実運用を行う艦隊側からみた実績は決して芳しいものではなかった。
確かに、43式艦上偵察機の卓越した高速性能は、敵航空基地への強行偵察といった危険な任務を可能とはしていたが、現在の哨戒、偵察任務の主流はそのように高速性能に頼るものではなくなっていた。
今次大戦開戦以後、急速に電波兵器の開発が進められていた。前線に配備されて実績を上げているものも少なくなかった。
四年前の英国本土防空戦の時点で、英国空軍は電探を駆使して不利な状況でも防空戦闘を展開していたし、現在では主要参戦国では大型艦で電探を搭載しない艦艇のほうが少ないのではないか。
最近では地上配備や艦載のものに限らず、航空機に搭載可能なほど小型化された電探も珍しくなくなっていた。すでに二年前のマルタ島を巡る海戦において魚雷型をした機外搭載式の電探を搭載した艦上攻撃機が投入されていたほどだった。
実のところ、現在では電波兵器の実戦投入に伴って妨害装置の開発も進められていたが、それでも目視を遥かに超える距離から敵機の存在を探知する電探の搭載は哨戒任務には欠かせなくなっていた。
実戦投入に伴って電探を使用する戦術も洗練されていた。電探搭載の哨戒機が単独で行動することも少なくなっていた。直掩の戦闘機や更に積極的に哨戒機と迎撃機を組み合わせて艦隊のはるか前方で敵編隊を阻止することも増えていた。
使用されるのは電探だけではなかった。敵中深く進攻する司令部偵察機などの長距離偵察機の場合は、自ら電波を発振する電探ではなく逆探を搭載することも多いようだった。
陸軍でも機載電探を搭載する機体も増えていたが、司令部偵察機は敵基地からの電波発振を捉えて電探による探知圏を避けて飛行するために逆探を搭載しているようだった。
また、場合によっては逆探に記録装置を接続して敵電探の使用波長などの諸元を解析することもあるようだったが、そのような電子戦闘とでもいうべき作戦は機密度が高いのか、一下士官搭乗員でしかない青江二飛曹には詳細はわからなかった。
しかし、大柄な双発の司令部偵察機とは異なり、引き絞りきった体躯といってもよい43式艦上偵察機に追加の電波兵器を搭載する空間はなかった。
無理に搭載しても、無骨な空中線などを流麗な機体形状を無視して機外に突出させた無様な姿にしかならないはずだ。当然のことながら、艦上偵察機の開発目的だった高速性能や航続距離にも大きな制限がかせられるのではないか。
艦上偵察機に大柄な電探を搭載する場合は胴体下部に搭載するしか無いが、その場合増槽を搭載することは出来ないからだ。
この点においては既存の艦上攻撃機の方が格段に有利だった。元々艦上攻撃機は、重量のある航空魚雷を装備して海上を長駆進攻するのが目的だったから機内の燃料槽に搭載される燃料は多く、機外に電探を搭載しても十分な航続距離を発揮できたからだ。
発艦時の重量もさほど心配する必要はなかった。推進力となる主機関に加えて弾頭に炸薬が充填された航空魚雷に比べれば、寸法はさほど変わらなくとも真空管や電線で構成された電探の方がよほど軽いからだ。
艦上攻撃機ほどではないが、艦上爆撃機も偵察機に比べれば電探や電波妨害装置などの搭載には適していた。艦攻にくらべれば搭載能力は低いが、空中線はともかく爆弾倉内に本体を納めれば空気抵抗は格段に小さくなるらしい。
それに、二式艦上爆撃機などは、艦攻と共に攻撃隊を編成するために両翼に戦闘機用の増槽を搭載して航続距離を延長することも可能だった。
実際に攻撃隊を編成する場合、指揮官である飛行隊長が座乗する三座の艦攻には状況を把握するために電探を搭載する一方で、機動性に優れる艦爆に電波妨害装置を搭載することも多いらしい。
場合によっては、妨害装置を搭載した艦上爆撃機と直掩機で小規模な編隊を構成して、攻撃隊本隊を離れてより積極的に別方向から突入を装う陽動任務などに投入することもあるらしいと青江二飛曹は空母航空隊の搭乗員から聞いていた。
高速偵察機という当初の開発方針が誤っていたとは思えなかったが、実際に就役する段階においては電波兵器に関する技術が急速に発展したことで現実と乖離してしまった。そのせいで至極限定的な任務にしか投入できなくなった。
それが青江二飛曹が抱いた43式艦上偵察機に対する所感だった。
水上高速偵察機が噂で終わったのも、そのような現状を反映させたものかもしれなかった。噂の内容が真実であるのならば、大雑把に言って水上高速偵察機は43式艦上偵察機に浮舟を括り付けたようなものにしかならないからだ。
ただし、航空本部などの上層部が下したと思われる開発中止という判断には、水上機形態という条件が与えた影響は無視できないはずだった。
陸上機と形状が殆ど変わらない艦上機よりも、荒れ狂う海面を滑走路とする水上機の方が搭載機器に与える悪影響は格段に大きいから、電波兵器の搭載はより困難なものになるからだ。
―――やはり、今回の作戦が強行されたのは、水上機部隊の焦りが原因ではないか……
青江二飛曹は暗然としてそう考えていた。
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