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1944特設水上爆撃隊1

 ―――なぜ自分はこんなところで飛ぶ羽目になったのか……

 離水直後の僚機と連絡を取り合う後席の村上大尉の声を聞きながら、青江二等飛行兵曹はぼんやりとそう考えていた。


 青江二飛曹と村上大尉が乗り込んでいるのは、単発双座の水上偵察機である瑞雲だった。

 最近になって変更された命名基準によれば、「瑞雲」とは愛称に過ぎず正式には43式水上偵察機となるのだが、乗員たちの間では水上機部隊にとって久方ぶりの新型機であったためか、誰もが期待を込めて制式名称ではなく瑞雲と呼んでいた。


 ただし、ほぼ同時にニース沖合の各巡洋艦や待機海域から出撃したのは瑞雲だけではなかった。瑞雲が制式採用されたのは昨年度のことだったが、艦隊航空の主力である空母搭載の航空隊と比べると、重要度の低い水上機部隊の補充は遅れ気味だった。

 それに、使い勝手や任務の違いからしても水上機部隊を二座水偵である瑞雲に集中させるわけにも行かないから、巡洋艦搭載機のおおよそ半数は三座の零式水偵となっていた。

 だから今回の出撃機も零式水偵と瑞雲の混成となっていた。


 そのせいというわけでもないのだろうが、合計で20機弱という決して少なくない数の攻撃隊であるにもかかわらず、青江二飛曹にはどこか迫力に欠けているような気がしていた。

 攻撃隊の全体像を把握するのは難しかった。今回の攻撃隊は、全体の航法を担当する利根の一番機を始めとする零式水偵隊がやや上空を飛行し、低空の瑞雲隊を先導することとなっていた。

 このような変則的な編隊となったのは、基本的な性能の異なる二機種混成であることと、主力である瑞雲を電探探知から逃すためであるらしい。


 もっとも電探探知を避けるためと言うには指定された瑞雲の飛行高度は中途半端なものでしか無かった。おそらく前例のない夜間爆撃や敵艦隊の最終位置の未確定という条件が、徹底した低空飛行を難しくさせていたのだろう。

 あるいは、もっと積極的に敵電探を探知した場合、動きの鈍い零式水偵隊を囮にして瑞雲を接敵させるつもりなのかもしれない。それだけ新鋭機である瑞雲にかかる期待は大きいということではないか。

 飛行隊の編成にもそれが現れているような気がしていた。全体の指揮を執る特設飛行隊の飛行隊長は、零式水偵に乗り込む利根飛行長とされたのだが、次席指揮官である足柄飛行長の村上大尉は瑞雲隊の指揮をとることとなっていたからだ。



 だが、青江二飛曹にはそのような編成はむしろ飛行隊の効率を悪化させているのではないかと考えていた。何らかの理由で利根の飛行長が特設飛行隊の指揮を執れなくなった場合、村上大尉が指揮を受け継ぐのが難しかったからだ。

 最近では機体の信頼性が向上したことで少なくなってはいたが、エンジンや機材の不調で攻撃隊から引き返す機体が一定数出てくるのは珍しくなかった。それが飛行隊長機ではないという保証はないのだ。勿論、戦闘によって脱落する可能性もあった。


 しかし、二座水偵の瑞雲には指揮能力が不足していた。統率を図らなければならない機体が多い上に、機種が異なるのだから編隊を維持させるのも難しいはずだ。

 だが、三座の零式水偵であれば操縦員を除いても二人の偵察員が残るから、航法や通信機能はより充実していたのだ。



 実は、出撃命令がくだされた当初は、村上大尉も零式水偵で出撃するつもりだったらしい。急降下爆撃まで可能である軽快な瑞雲と比べると零式水偵は鈍重ではあるものの、搭載可能な爆弾重量には変わりなく、使い勝手も良かった。

 むしろ最近では水上機の任務では対潜哨戒などが増えていたから、三座で捜索の目が単純に多い零式水偵の方が稼働率が高く、新鋭機である瑞雲の方が無聊を託つ方が多いくらいだった。


 ところが、飛行隊長とされた利根の飛行長からの強い要請で青江二飛曹が操縦する瑞雲が出撃することになったらしい。もっとも、次席指揮官である村上大尉の指揮能力に期待していないというわけではなさそうだった。

 単に、戦力の高い瑞雲の出撃数を増やしたかっただけではないか。


 利根、筑摩の2隻からなる第8戦隊は、特設飛行隊の中で最大の8機を出撃させていた。飛行隊の指揮官が戦隊旗艦でもある利根の飛行長とされるの当然だった。

 だが、飛行隊長ともなると空中指揮に専念するために航法はともかく電信までは手が回らないから、三座の零式水偵に座乗するほかなかった。そのかわり、次席指揮官である第11戦隊からは瑞雲を出させたのではないか。



 ―――利根の飛行長、平沼少佐、だったか……水上機の戦力を過剰に見積もっているのではないか……

 青江二飛曹は発艦直後のフラップの収納などの操作を慌ただしく行いながらも、密かにそう考えていた。


 この予定になかった特設飛行隊の出撃が決定したのは、駆逐艦島風からの報告が切欠となっていた。艦隊前方で前衛に当たる哨戒艦として任務についていた島風が、充実した電探などを用いてフランス艦隊の出撃を確認したのだ。

 もっとも、島風からの報告があった当初は、艦隊司令部は平静を保っていたらしい。むしろ、フランス艦隊の出動を歓迎する雰囲気もあったのではないか。敵艦隊は上陸地点となるニースに向かうものと予想されていたからだ。



 確かに、確認されたフランス艦隊の規模は大きかった。戦艦2隻を中核に、巡洋艦以下の艦艇が10隻以上というものだった。フランス海軍の駆逐艦は、軍縮条約の規定を超えた大型駆逐艦だというから、戦闘艦の質で言えば無視できない戦力なのだろう。

 だが、大規模な上陸作戦のために、国際連盟軍も日本海軍第1航空艦隊をニース周辺海域に展開させていた。艦砲射撃や上陸部隊を乗艦させた輸送艦の護衛などの任務についた艦隊は、フランス艦隊よりも格段に規模が大きかった。

 戦艦だけで4隻があったし、条約型の大型巡洋艦も10隻以上が各分艦隊に分かれて遊弋していた。


 第1航空艦隊も一部の部隊は艦砲射撃を継続していたが、対地射撃では基本的に榴弾である通常弾を使用していたから、対装甲用の貫通弾はどの艦も弾庫に最低でも一会戦分位は残っているはずだった。

 それに、第1航空艦隊には現在のフランス艦隊に望むべくもない強大な航空戦力が存在していた。上陸部隊を載せた輸送艦やその直掩からなる輸送分艦隊に直属する船団護衛用の海防空母を除いても、正規空母8隻からなる有力な部隊だった。

 搭載機はいずれも大出力空冷エンジンによって搭載能力の大きい新鋭機であり、最近になって搭載比率が挙げられている戦闘機も爆装能力があったから、輸送分艦隊隷下の松型駆逐艦や駆逐艇も全力投入すれば、短時間であれば戦艦や大型巡洋艦、水雷戦隊などを海岸から引き抜くのは可能なはずだった。


 だから、フランス艦隊がニースに向かってくるのであれば、むしろ不確定要素であったヴィシー・フランス海軍の残存戦力を漸減出来る機会だと艦隊司令部は捉えていたのではないか。



 しかし、フランス艦隊の行動は実際にはそのような日本海軍の思惑とは外れてしまっていた。ツーロンを出撃したフランス艦隊は、ニースに向かって北上を図ることなく東方に向かっていたからだ。

 以前のシチリア島への上陸作戦が行われた際には、出撃したフランス艦隊は2個隊に別れながらも上陸岸に向かって進撃していた。そのような経緯があったものだから、今回も上陸地点が目標だと思われたのだが、実際には違っていたらしい。

 最終的には、フランス艦隊の目標はコルシカ島から出港する直前だった上陸第2波部隊と判断されていた。この部隊をフランス艦隊が狙う理由はわからないが、上陸第2波が自由フランス軍を主力とすることと関係があるのかもしれなかった。


 もっとも、下士官搭乗員でしかない青江二飛曹が得ていた情報はそれほど多くはなかった。実際にはフランス艦隊の目的は別にあるのかもしれない。だが、第1航空艦隊の艦隊司令部が混乱していたことだけは事実のようだった。


 先のローマへの上陸作戦が一段落した後、第1航空艦隊の司令官級指揮官には大規模な人事異動があった。遣欧艦隊の編成時より艦隊司令官の任に就いていた南雲中将が本国に去っていたのだ。

 雲の上の人事だから詳細は青江二飛曹も聞いていないが、本土では鎮守府長官に就くというから栄転には違いないのではないか。

 南雲中将に代わって第1航空艦隊の司令長官に就任したのは、それまで戦艦分艦隊を率いていた高橋中将だった。高橋中将は、水雷畑の南雲中将と違って砲術家で中央の軍政畑が長かったらしい。


 だからというのではないが、温厚な高橋中将では参謀長の加来少将を抑え切れないのではないか、そのような声が青江二飛曹にも聞こえていた。

 大規模な司令官の交代があった中で、参謀長の加来少将は留任していたのだが、水雷や砲術出身だったこれまでの艦隊司令長官と違って、加来少将は生粋の航空士官だった。

 先の欧州大戦直後の、まだ海軍航空が海のものとも山のものともつかなかった頃からの古手の航空士官だったのだ。

 加来少将には気になる噂があった。シチリア島上陸作戦の際に、フランス艦隊の襲来に対抗するために航空攻撃に固執していたというのだ。下士官搭乗員にまで話が聞こえてきたというからには、航空隊内部では広く知られている話のようだった。


 加来少将がそのように強硬な航空攻撃を主張したのには、猛将と呼ばれた山口少将の影響があったらしい。二年前まで第2航空戦隊の司令官を勤めていた山口少将はマルタ島沖海戦の終盤においてシチリア島に点在していたドイツ空軍の航空基地に強引な攻撃を行い大損害を出していた。

 その責めを負う形で山口少将は本国に帰還していたが、加来少将はそのような山口少将の不遇に思うところがあったらしい。

 というよりも、航空、水上を問わずに雷撃が不調であったことなどから、マルタ島沖海戦以後に変化しつつある日本海軍の戦法に違和感を抱いていたのかもしれない。



 何れにせよ、フランス艦隊の目標やその迎撃方策などに関して司令部内部で意見の対立があったのは事実のようだったが、今回も加来少将が望んでいたような艦隊への航空攻撃は行われない予定だった。

 急遽コルシカ島から英国海軍の艦隊が出撃すると共に、第1航空艦隊も水上艦を中核とした部隊を派遣することとなっていた。フランス艦隊を追撃する部隊と、彼らの根拠地となるツーロンを撃滅する部隊だった。

 その中には当初航空機を投入する予定はどこにもなかった。状況からして出撃から下手をすると帰還時まで夜間飛行の連続となるし、そもそも抽出された水上艦の分まで対地支援に戦力を振り向ける必要があったから、翌朝からの出撃に備えて今頃はどの空母も艦内総出で整備作業が行われているのではないか。


 そのような慌ただしい状況の中で、唐突にフランス艦隊に対する航空攻撃が割り込むように実施されることとなっていた。ただし、それは第1航空艦隊の主力の一翼を担うと言っても過言ではない空母部隊によるものではなかった。

 明日以降も出撃予定のなかった水上戦闘艦搭載の水上機を集成した特設飛行隊を編成して夜間に敵艦隊に対して爆撃を行うという破天荒なものだったのだ。



 利根の飛行長が中心となって提出された出撃案は、航空攻撃に未練のあった加来少将の目に止まって急遽正式のものとされたらしい。

 これは盲点だった。水上機を搭載する母艦である巡洋艦群は、フランス艦隊の追撃やツーロンへの艦砲射撃などに出動するものの、その搭載機には出撃予定はなかった。遊兵化してしまうその水上機群を集成すれば一個飛行隊程度の戦力は用意できるというのだ。

 搭載機の中にはニース沖から母艦が各方面に出動するものも多かったが、最大機数を出撃させる航空分艦隊所属の利根と筑摩に合わせるために、出撃機はニース沖の待機海域から出撃することで出撃機数を最大数確保するものとされていた。


 この作戦は、加来少将には魅力的な案に思えたのではないか。主力である空母搭載機を動員するのは難しい状況ではあるが、これも航空攻撃には変わりはないし、鈍足の水上機であっても夜間爆撃であれば敵戦闘機や対空射撃の被害は低減できるはずだった。

 それに、穿った見方をすれば、仮に攻撃に失敗したとしても今となっては本流とは言えない水上機部隊によるものなのだから航空攻撃の有用性を否定する材料とはならないとも思われたのではないか。

 戦闘や困難な夜間進撃による水上機部隊の損害さえ無視すれば、失うもののない作戦だった。


 もっとも、やはり作戦が決定された事情に関する詳細は不明だった。青江二飛曹が下士官搭乗員だというばかりではなかった。集成される特設飛行隊が各戦隊や分艦隊をまたがったものであったから、横通しの情報の流れが著しく悪かったのだ。


 ―――こんなことでこの作戦はうまくいくのだろうか……

 無意識のうちに愛機を操りながらも青江二飛曹はそう考えていた。

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