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1944コルシカ島沖海戦28

 K部隊は、英国海軍地中海艦隊主力から高速艦ばかりを抽出して編成された艦隊だった。

 地中海艦隊主力がイタリア戦線における対地支援任務から外せない為に、使い勝手の良い戦力として本体から離れて戦線に投入されていたが、K部隊の本来の編成目的は、火力に優れるものの鈍足である主力艦隊を援護する遊撃部隊というものだった。


 ただし、抽出されたのが高速艦ばかりとはいえ、艦隊単位での火力は十分なものであるはずだった。K部隊が編成された当初に想定されていた仮想敵は、仏伊両国の主力艦隊だったからだ。

 シチリア島上陸作戦当時は、未だ枢軸勢力に留まっていたイタリア海軍に加えてフランス海軍も今以上に有力な艦隊を温存させていた。両国海軍はマルタ島を巡る一連の攻防戦等において少なくない戦力を喪失していたものの、未だに複数の高速戦艦を含む艦隊を有していたのだ。



 これに対して、日英を主力とする国際連盟軍によって決行されたシチリア島上陸作戦は、今時大戦において初めてとなる大規模編成の上陸戦闘だった。この作戦では、陽動のために初めて大規模な特殊戦部隊の投入などが行われるとともに、多数の戦艦などからなる艦砲射撃部隊なども用意されていたのだ。

 しかし、枢軸勢力の高速艦隊が突入を図った場合、火力支援部隊は上陸部隊援護のための対地攻撃と敵艦隊の迎撃という両面作戦を強要される恐れが強かった。

 K部隊は、このような事態に対処するために予め分派されていた警戒部隊だったといえた。


 国際連盟軍上層部の危惧は現実のものとなっていた。同時期に行われていた北アフリカ戦線からの撤退を撹乱するためもあったのか、シチリア島に向けてフランス艦隊が出撃したことが確認されたからだ。

 K部隊もこれに対処するために、日本海軍第1航空艦隊隷下に置かれていた戦艦分艦隊などとともに迎撃任務にあたっていたのだ。


 このような事情もあって、それ以後もいくらかの変遷があったとはいえK部隊の編成は相応に大規模なものだった。



 だが、今現在の戦闘においてK部隊主力は、フランス海軍の軽巡洋艦群に苦戦していた。

 本来、彼我の戦力差は大きいはずだった。

 出撃したフランス艦隊の総戦力はK部隊よりも強大だったものの、単縦陣は緻密さにかける上にフランス艦隊主力に動きが見られなかったことから、実質的にラ・ガリソニエール級軽巡洋艦3隻からなる軽巡洋艦群のみがK部隊と交戦しているようなものだったからだ。


 しかし、火力において遥かに勝るK部隊主力は、敵軽巡洋艦群を制圧しきれていなかった。敵1番艦が脱落した後は、2隻のキング・ジョージ5世級戦艦で敵2番艦を集中射撃しているというのに、なかなか命中弾が得られなかった。敵艦が回避行動に専念していたからだった。

 幾度か主砲の着弾点が描く散布界内に敵艦を捉えたことはあったものの、その都度大角度の転舵を繰り返して敵艦はこちらの照準を阻害していた。



 ただし、損害が無いのはK部隊も同じだった。敵軽巡洋艦群からの射撃が僅少だったからだ。


 戦闘が開始された当時、敵軽巡洋艦群は全力発揮可能態勢にあると思われる3隻のラ・ガリソニエール級軽巡洋艦で構成されていたのだが、そのうち1番艦はすでに戦場から姿を消していた。

 K部隊旗艦であるアンソンから放たれた射撃を受けた敵1番艦は、3基の主砲塔のうち2基を無力化された上に艦尾を被弾によってもがれたことで操舵機能を失ったらしく、同艦は高速で航行する両艦隊から取り残される形で脱落していたのだ。

 それに敵3番艦は、K部隊所属の軽巡洋艦からの集中砲火を受けていた。ラ・ガリソニエール級軽巡洋艦は、戦間期に建造された艦艇としてはバランスの取れた有力な戦闘能力を有していたが、K部隊の軽巡洋艦4隻からの集中射撃を受けて満身創痍といった状態だった。

 そのまま戦闘が推移すれば、3番艦もこれ以上の反撃もままならずに撃沈破されていたのではないか。



 だが、1番艦の脱落後、明らかに敵軽巡洋艦群は戦法を変更していた。それまでは、愚直なまでに有力なK部隊主力と真っ向から同航戦を実施していたのだが、脱落する敵1番艦を回避するために大角度の転舵を行った以後は、蛇行する様に連続して転舵していたのだ。

 それまで大きな損害は敵2番艦に確認されていなかったから、舵の故障などではないはずだった。明らかに戦術として回避行動を取るようになっていたのだ。

 よほど艦長の思い切りがよかったのか、転舵角は大きかった。しかも友軍艦の射撃を行う機会を正確に捉えているかのように絶妙なタイミングで転舵を繰り返していた。


 ほとんど損害を被ることなく、敵軽巡洋艦を無力化した時の高揚はすでにアンソン艦橋から失われていた。僚艦であるハウと2隻掛かりで、たった1隻の軽巡洋艦を集中射撃しているにも関わらず、命中弾が得られなかったからだ。

 アンソンやハウの砲術科員の技量が劣っている訳ではなかった。回避に専念している敵艦の転舵角が大きいために転舵のたびに射撃諸元が無効となってしまうからだった。


 もっとも、射撃諸元に関する制約は敵軽巡洋艦も同様だった。

 キング・ジョージ5世級戦艦が備える14インチ砲に比べればささやかなものだったが、アンソンに相対するラ・ガリソニエール級軽巡洋艦は9門の15.2センチ砲を猛々しく振りかざしていたが、斉射のたびに同艦から放たれた砲弾は見当違いの方角に虚しく水柱を作り上げているだけだったのだ。



 次第にアンソン艦橋内では焦りの色が濃くなってきていた。先程カナンシュ少将が言った時間稼ぎという言葉を思い起こしている乗員も少なくなかったかも知れなかった。

 現在のアンソンとハウは、回避行動に専念する敵軽巡洋艦に振り回されているようなものだった。戦闘能力では圧倒的に勝っているにも関わらず、命中弾を与えられなかったからだ。


 急転舵の連続によってラ・ガリソニエール級軽巡洋艦の速力は大きく低下していた。敵主力との間には距離は出来てきていたが、やや後方から斜めに接近していたK部隊との距離は接近していた。

 そのせいもあって、このまま敵軽巡洋艦に拘束されている間に敵艦隊主力を見逃してしまうのではないか、アンソンの多くの乗員たちはそう考えているのだろう。



 しかし、笠原大尉は回避行動を取り始めた敵軽巡洋艦や、その軽巡群を放置している敵艦隊主力の行動に少しばかり不可解なものを感じていた。どことなく彼らの行動に一貫性がなく、単に場当たり的に行動しているだけのような気がしていたのだ。

 K部隊主力を誘引することだけが敵軽巡洋艦群の目的であったのだとすれば、1番艦が撃破されるのを待つまでもなく、当初から回避行動に専念すればよかったのではないか。


 その場合もK部隊が敵軽巡洋艦群を早々に放置して敵主力に目標を変更するのは容易ではなかった。

 確かに戦艦2隻を含むK部隊に対して、敵軽巡洋艦群が与える脅威は、圧倒的な火力差から決して大きなものではなかった。現在のように正面から戦えば勝敗は明らかだった。

 もしもK部隊が当初から敵主力を標的として軽巡群を無視していた場合、彼らが取りうる行動は主に2つ考えられた。


 1つは敵主力と交戦中のK部隊を挟撃することだった。確かに軽巡群単体では大した戦力とはならないはずだが、K部隊主力の後方を扼す事は出来るはずだった。

 ラ・ガリソニエール級軽巡洋艦は、充実した砲兵装の割に雷装は貧弱だったが、敵戦艦と交戦中で無防備な状態であればキング・ジョージ5世級戦艦に雷撃を加えることも難しくないだろう。

 友軍の軽快艦艇は、敵艦隊に対して劣勢であったから、これを阻止するのは不可能ではないのか。

 そうなれば装甲の充実したキング・ジョージ5世級でも、敵主力と交戦中の状態では不利な体勢は免れないはずだった。



 だが、実際にはK部隊にしてみれば敵軽巡群がこちらに向かってきたほうがまだましだった。

 今回の戦闘におけるK部隊の目的は敵部隊の殲滅ではなかった。後方のコルシカ島で出港を待っている輸送船団の安全を図ることだったのだ。


 輸送船団を構築する輸送船は主に英国海軍の輸送艦隊から派遣された艦艇が多かったが、乗船しているのは英国軍ではなかった。

 すでに南部フランスのニースに設けられた上陸地点には、日本陸軍が主力となる上陸第1波が揚陸していた。コルシカ島の輸送船団に乗船しているのは、これに続く上陸第2波の自由フランス軍だった。


 ニースへの上陸にあたって、今回の作戦がフランス人による本土奪還作戦であるという証拠づくりのために選抜されたごく少数の自由フランス軍がすでに上陸しているはずだが、長期間自由フランス軍の主力部隊を欠いた状態では政治的な不利は否めないのではないか。

 ヴィシー・フランス政権の正式な枢軸勢力での参戦を受けて、一部ドイツ占領地域の返還などが行われているらしいが、そのように本国での統治体制を固めているヴィシー政権に対して、自由フランス軍は東南アジア植民地の独立を認可したことなどから本国やそれに近い植民地からの支持が低いらしいと笠原大尉も聞いていた。

 自由フランス軍にしてみれば、いち早く主力部隊を上陸させてヴィシー政権の直接打倒やパリ奪還などの目に見える戦果が正当性を主張するためには必要不可欠なのではないか。


 だが、K部隊主力と比べれば戦闘能力に劣る軽巡群であっても、相手が無防備な輸送船であれば一方的に撃破出来るはずだった。そうなれば自由フランス軍主力は本土奪還どころか洋上で戦力を喪失してしまうはずだった。

 そう考えるとここで軽巡群を放置するのは危険だったのだ。



 しかし、結果的に軽巡群の行動には一貫性が無かった。仮に全力でK部隊を迎撃するのであれば、これを残る敵主力は何故積極的に援護しようとしないのか、それも疑問となっていた。

 これが軽巡群を囮とした上で輸送船団を攻撃するために戦域から離脱を図るというものであれば理解できるのだが、笠原大尉の見る限りでは敵主力は漫然と軽巡群前方で航行しているだけだった。

 それに、これまで軽巡以下の敵軽快艦艇の動きが見られないのも妙だった。カナンシュ少将はこれに備えるためにK部隊主力に随伴する駆逐艦群を控えさせていたのだが、それも遊兵と化してしまっているほどだった。


 ―――もしかすると……敵艦隊の指揮系統には相当の混乱が見られるのではないか。

 笠原大尉はそう考えたのだが、実際にはアンソン艦橋から見える曖昧な敵艦隊の行動から大尉の考えを立証するのは難しかった。

 それ以前に戦闘に大きな変化が訪れようとしていた。



 アンソン艦橋に押し殺したような声が響いた。どうやら敵2番艦にようやく命中弾が与えられたらしい。

 アンソンかハウか、そのどちらから放たれたものかはわからないが、戦艦主砲の14インチ砲弾の命中だから、一発だけであってもラ・ガリソニエール級軽巡洋艦の行動を阻害することくらいは出来るのではないか。


 だが、その歓声を打ち消そうとしているかのように悲鳴のような報告が上がった。敵艦隊の先頭を進んでいたはずの敵戦艦がいつの間にか転舵していたらしい。

 後続する重巡以下を切り離した2隻の敵戦艦は、K部隊の前方を塞ぐように緩やかに回頭していた。その前甲板に集中している重厚な4連装砲塔が鎌首をもたげる様にゆっくりとこちらを指向していた。


 それはカナンシュ少将が恐れていた事態のはずだった。3隻の敵軽巡洋艦群は始末を終えたといってよかったものの、このままではアンソンとハウは不利な体勢で敵戦艦との戦闘を強制されそうだったからだ。

 しかも、大きな戦闘能力を有するフランス海軍の重巡洋艦は戦域から離脱しようとしていた。これを阻止しない限り、K部隊の戦略的な敗北は明らかだった。



 ―――蛇に睨まれた蛙というのはこんな気持なのだろうか……

 フランス戦艦の動きを見ながら、笠原大尉はそう考えていた。同時に大尉はふと仁王立ちしているようなカナンシュ少将の様子に気がついていた。

 カナンシュ少将はいつものように険しい表情を浮かべていたが、その額には一筋の汗が伝っていたのだ。

 嫌な予感がして笠原大尉はカナンシュ少将から視線をそらしていた。

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