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1944コルシカ島沖海戦25

 戦闘は敵艦隊最後尾の軽巡洋艦群とK部隊主力との一方的なものになっていた。敵軽巡洋艦群の前方を航行中の重巡洋艦らしき艦影より前方の動きは鈍かった。殆ど3隻の軽巡洋艦を放置しているのではないか。


 3隻のラ・ガリソニエール級軽巡洋艦の被害は拡大していった。最初に命中弾が発生したのは最後尾の艦だった。

 戦艦主砲は大口径のために装填時間は長いし、アンソンとハウが1隻ずつを相手取っていたのに対して、2隻のキング・ジョージ5世級戦艦に続く4隻もの軽巡洋艦が敵艦唯1隻に向けて集中射撃を行っていたからだ。


 初弾から次々と最後尾の艦には命中弾が発生していた。射撃するK部隊主力の巡洋艦は、アリシューザ級やリアンダー級などの15.2センチ砲を搭載した軽巡洋艦だったから、一発あたりの砲威力はそれほど大きくなかったが、相手も十分な装甲のない軽巡洋艦だった。

 しかも、次第に接近するような態勢にあったものだから、被弾数も時間経過とともに級数的に増えていった。



 対空射撃に気を取られている間に一方的な射撃を開始されたものだから、その艦は反撃もままならないようだった。

 笠原大尉はラ・ガリソニエール級軽巡洋艦は、自艦の主砲に耐久できる程度の、このクラスの艦艇としては有力な装甲を有していると聞いていた。砲の装備数は同等でも、装甲に優越する為にアリシューザ級よりも水上戦闘能力は高いはずだったのだ。

 実際、射撃対象となっているラ・ガリソニエール級軽巡洋艦は、かなりの数の15.2センチ砲弾を被弾しているはずだったが、激しく巻き起こる水柱の陰から観測する限りでは、主砲塔防盾や機関部などの艦体重要構造物といった防御区画の装甲を貫通されている様子は無かった。


 しかし、機関部や主砲塔などの中枢部が無事であったとしても、数に優越する英軽巡洋艦群からの初弾から命中弾が出るほどの激しい射撃によって、その艦の戦闘能力は剥ぎ取られていっているようだった。

 数少ない致命傷を与えられるのではなく、緩慢な失血死を強いられているようなものではないか。


 すでに艦上には複数箇所で火災が発生していた。艦体の装甲部も全面に施されているわけではないから、外部から観測できない艦内も英軽巡洋艦から放たれた主砲弾の炸裂によって損害が続出している可能性が高かった。

 乗員の多くも死傷するか、あるいは火災などへの応急工作に砲術科員を含む人手を取られているのではないか。被弾後もいくらか続いていた対空射撃もすでに止んでいたし、主砲塔が動き出す気配もなかったからだ。



 ―――あの艦はもう死に体だな。このまま放って置いても沈むかもしれん……

 それが笠原大尉の結論だった。すでに最後尾の敵艦は戦力外だった。心なしか速度も落ちているようだった。


 その一方で、アンソンとハウの2隻のキング・ジョージ5世級戦艦が相手取っていたラ・ガリソニエール級軽巡洋艦には、今の所被害らしい被害は生じていないようだった。

 こちらもレーダー照準と目視の併用などによって夜戦としては高い射撃精度で砲撃を継続していたものの、射撃を行っている主砲の門数が少ないせいなのか、敵艦を散布界におさめてはいたものの、未だ命中弾は得られていなかった。



 相次ぐ被弾によって生じる被害への対応に追われているであろう最後尾の1隻と比べると、一見してアンソンとハウと交戦する2隻の方はまだ余裕があるように思えていた。

 はるかに格下と思える相手に中々命中弾すら与えられないアンソンの乗員にも苛立ちが生じているようだった。


 現在の交戦距離はキング・ジョージ5世級戦艦の35.6センチ砲や軽巡洋艦主砲では射程距離内に収めているものの、副砲の13.3センチ砲にはやや距離があるようだった。

 射程内には敵艦をおさめているものの、命中弾を与えるのは難しいと砲術長が考えているのか発砲の形跡はなかった。あるいは、副砲の射撃によって主砲の照準が妨げられると考えているのかも知れなかった。


 敵ラ・ガリソニエール軽巡洋艦の方も、すでに対空射撃を中止していた。勿論、最後尾の艦の様に損害が生じているために射撃を中止した訳ではなかった。自艦に対して射撃を行っている最大の脅威であるアンソンとハウに備えただけだろう。

 闇夜に紛れるような消極的な理由で発砲を止めたわけではなさそうだった。反撃を行うために主砲発砲の邪魔になる対空射撃を中止しただけだろう。

 キング・ジョージ5世級戦艦のひどく重量感のある4連装主砲塔とは全く異なり、ラ・ガリソニエール級軽巡洋艦の3連装15.2センチ砲塔は滑らかに動くと、無造作にすら思える様子で発砲を開始していた。


 アンソンとハウの主砲射撃が作り上げた水柱を突き抜けるように放たれた15.2センチ砲弾は、十数秒ほども飛翔してから次々とアンソンの周囲に若干小ぶりの水柱を次々と立てていた。

 それだけではなかった。アンソンの艦橋を鈍い衝撃が襲っていた。どこかに被弾したらしいが、衝撃は小さかった。


 笠原大尉は昨年度のシチリア島を巡る戦闘でもアンソンと同型艦で、当時K部隊旗艦を務めていたキング・ジョージ5世に乗艦していた。海戦時に何度かキング・ジョージ5世は直撃弾を受けていたが、その時と比べると今アンソンを襲った衝撃は直撃弾によるものとは思えなかった。

 勿論、至近弾に揺らされた程度のものではなかったはずだ。基準排水量で4万トン近くにも達するアンソンが、たかが軽巡洋艦主砲の15.2センチ砲弾程度に揺るがされるはずがなかった。



 しばらくしてから応急指揮官からの報告が上がった。被弾箇所は、連装両用砲塔を半ば取り込む形で広がる重厚なキング・ジョージ5世級戦艦の前後に分かれた上部構造物の間の空間だったらしい。

 第1、第2煙突の間に広がるその空間は、以前は搭載した水上偵察機の格納場所や射出機などの航空兵装が集中的に配置された箇所だった。もしも艦上にとどめ置かれた水上偵察機に被弾した場合、機内に残された燃料に燃え移る可能性もあったはずだ。


 しかし、幸いなことに現在のアンソンやハウは水上偵察機を搭載していなかった。以前は着弾観測機を兼ねた水上偵察機が搭載されていたのだが、去年頃から相次いで艦上から降ろされていた。

 その後の修理工事などの期間を利用して射出機などの航空兵装も撤去される例が多かったし、同級艦で最後に就役したハウはもしかすると水上偵察機を作戦航海中に搭載した例も無かったかも知れなかった。


 以前は、艦上からの直接の目視確認が難しい距離で着弾観測を行うことで長距離水上砲戦に欠かせない存在と考えられていた水上偵察機だったが、最近ではキング・ジョージ5世級戦艦に限らず各国の戦艦や重巡洋艦などの水上砲撃戦を主任務とする艦艇から降ろされる例も増えていた。

 理由はいくつかあった。例えば、射出機を用いる発艦時はともかく、帰還時に着水するためには機体下部に浮舟を備えるか、機体そのものを船艇に似た浮揚構造とする飛行艇とする必要があった。


 だが、最近では航空技術の進歩によって航空機の高速化が進んでいた。エンジン出力の向上などに限らず、空気抵抗を極限まで削減することも通常行われていたが、浮舟にせよ飛行艇構造にせよ水上機に必要な構造物はそのような現状に反して大きな空気抵抗源となっていた。

 日本海軍の二式飛行艇の派生型などの一部の機体では、離着水時のみ浮舟を機体下部に展開させるものの、飛行中は引き上げて主翼下面と一体化させるといった変種もあった。

 しかし、その様に工夫の限りを尽くしても、結局は引き上げ機構の追加や信頼性の低下といった面で、通常形式の陸上機や空母搭載機に劣る面が出てくるのは否めなかった。

 以前はさほど大きなものではなかった陸上機形式と水上機との性能差が無視できなくなっていたのだ。



 それに、少なくとも水上戦闘においては従来ほど長距離砲戦時においても着弾観測機の必要性が薄れていた。精度の高い射撃管制用レーダーの実用化によって、肉眼での観測が難しい遠距離でも水柱の発生位置などを確認することが出来るようになっていたからだ。

 陸上の目標を射撃する艦砲射撃においてはレーダーによる観測は難しくなるが、そのような場合は状況からして制空権を攻撃側が確保している場合が多かった。

 最近ではそのような場合には水上機と比べても速度や機動性に劣るものの、特別な航空兵装の必要がなく、使い勝手の良い回転翼機を着弾観測機として運用する例も増えていた。



 勿論、水上機から全く仕事がなくなったわけではなかった。戦闘自体が大規模化したことや、防弾装備の充実によって乗機が撃墜されたとしても生存している搭乗員が相対的に増えていた。こうした搭乗員の救出に水上機が活用される機会も増えていた。

 特異な水上戦闘機を除けば、水上偵察機は複座や三座の機体が多かったから、操縦者一名だけの状態なら救出した便乗者を乗せる余裕は十分にあったし、従来から艦隊間などで参謀等の高級要員を便乗させる連絡機として運用されることも多かった。


 だが、水上機の用途がそのような補助的な任務に限られるのであれば、水上戦闘艦や高速の艦隊型空母などに搭載する必要性は薄かった。大型貨客船などを転用した特設水上機母艦で十分だったのだ。

 そのような特設艦艇は、原型が商船だから速力や防護力の点では正規艦艇に劣るが、水上機格納庫に転用可能な貨物倉や重量物を積み下ろすためのデリックなどを備えていたから、射出機などを備えれば十分な能力の水上機母艦として運用することが可能だった。

 それに悪天候時や爆装状態の過荷重状態といった条件での運用能力を切り捨てて、水上機母艦を仮設の水上機基地として割り切ってしまえば射出機さえ不要だった。



 日本海軍では以前より軍縮条約によって制限されていた正規空母の航空隊を補佐するために、高速の専用水上機母艦や巡洋艦搭載機などに大きな期待をかけていたが、保守的な英海軍では戦艦や巡洋艦に搭載する水上機にそこまでの高性能は要求していなかった。

 それに船団護衛用の補助空母などが充実してきたことで、K部隊にもコルシカ島に残置されたフューリアス、インディファティガブルの2空母が配属されたように水上部隊に防空や対潜哨戒などに用いるために若干の空母が配属される例も増えていた。

 だから戦艦などから水上機を降ろしてしまっても支障がないと判断したのだろう。


 ラ・ガリソニエール級軽巡洋艦から放たれた15.2センチ砲弾が命中したのは、水上機が降ろされた後に航空兵装まで残さず撤去されていた箇所だった。

 現在は搭載艇置き場として使用されていたはずだ。命中した砲弾は搭載艇をなぎ払いながら炸裂して若干の火災を引き起こしているらしい。搭載艇の中にはエンジンを搭載しているものもあるから、燃料に引火した可能性もあるが、燃料搭載量は限られていた。

 消火活動も開始されているようだから、これ以上の損害は阻止できるのではないか。



 航空兵装が配置されていた第1、第2煙突間の空間の下部にはボイラー室や機械室ならなる機関部が配置されていた。もしも機関部が被弾によって破損すると、ただでさえキング・ジョージ5世級戦艦の主機関は無理をしていると噂されるから、一気に速力が大きく低下する可能性もあった。


 ただし、機関部は弾薬庫や主砲塔と並んで重装甲が施された重要防御区画とされていた。笠原大尉はキング・ジョージ5世級戦艦に施された各部装甲の正確な値などは知らなかったが、通常は防御区画は主砲戦距離の大落角で着弾する自艦相当の戦艦主砲弾を想定していた。

 この距離では落角は浅くなるから、水平部の装甲に着弾した場合は見かけ上の装甲厚さは増大するし、高速で着弾した砲弾の軌道がそらされる避弾経始による斜面効果も期待できるはずだった。


 おそらくラ・ガリソニエール級軽巡洋艦が備える15.2センチ砲弾では、この距離ではキング・ジョージ5世級戦艦の重要防御区画の装甲に弾かれて大した損害を与えることは出来ないだろう。

 敵艦隊殿艦のように、短時間で損害復旧のための応急工作が追いつかないほど多数の直撃弾を被弾しない限り、アンソンの戦闘能力が低下することはなさそうだった。


 それに対して、ようやく散布界内に敵艦をおさめていたアンソンによる射撃も命中弾を得ていた。だが、それによる損害はアンソンと敵艦では大きな差ができていた。

二式飛行艇の設定は下記アドレスで公開中です

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/h8k.html

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