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1944コルシカ島沖海戦19

 空母部隊に直属する哨戒艦として配属された駆逐艦島風には、大型艦に搭載されるのが相応しい寸法の巨大な空中線を持つ対空捜索電探が搭載されていたが、同時にそれで得られた電探情報を集約、加工する指揮所も同時に設けられていた。


 狭苦しい空間ではあったが、指揮所の機能は充実していた。電探の表示面や、得られた情報を指揮官に図示する態勢表示板に加えて、大出力の無線機まで設けられていたからだ。

 電探を装備した島風の哨戒艦としての機能は、その一端でしかなかった。攻撃圏内の広い空母部隊同士の戦闘となった場合、艦隊主力より前方に進出してその搭載電探で周囲の状況を正確に把握し、後方の空母から飛来する戦闘機隊を管制する指揮中枢となるのだ。



 新鋭戦闘機はエンジンの大出力化によって戦力は向上していたが、それは当然敵攻撃機も同様だった。

 特に最近のドイツ空軍は損害の極限を狙ったのか、高速の戦闘機を爆装させて一撃離脱する通り魔的な襲撃が増えていると言うから、艦隊主力の損害を抑えるためには、これを艦隊前方で補足して友軍戦闘機を誘導するのは必要不可欠だった。


 従来は、戦闘機に限らず航空機は発艦してしまえば、その後の指揮統率を図るのは難しかった。攻撃隊として大規模な編隊を組む場合は、飛行隊長級の指揮官に率いられる場合もあったが、それにしても通信機材などの関係から戦闘時や接敵までの誘導を行うような緻密な指揮は不可能だったはずだ。

 ところが、戦闘の高速化という必然と、高性能な通信機の発展という機材面での充実が航空隊の後方からの指揮を可能としていたのだ。



 こうした戦闘を管制する指揮中枢は艦上に置かれるとは限らなかった。航空隊に随伴する航空機そのものに指揮中枢を設ける場合も多かった。

 特に陸軍ではこうした機材の開発が進んでいるらしいと岩渕兵曹も聞いていた。容積の限られる航空母艦格納庫に搭載される艦上機は、大型でも双発機までに限られるが、陸上機であれば重爆撃機や輸送機などの大型の4発機を転用するのも容易だからだろう。

 そうした大型の指揮官機は、当初は実際に重爆撃機を転用したものだったらしい。というよりも、聞き及んだ状況からすると、単に戦隊や飛行団の隊長機に指定された機体に、若干の電探や妨害装置などの電子機材を増載した程度の改造機だったのではないか。


 だが、その程度の改造機であっても、錯綜しがちな敵地上空での航空戦闘を系統立てて有利に進めるには効果が大きかったようだ。

 岩渕兵曹は航空戦のことは概要程度しか知らないが、どんなに事前に打ち合わせを行っていたとしても、複数の隊で過剰に単一の目標を攻撃してしまったり、逆に手付かずの標的に気が付かない場合があるらしい。

 一歩引いた位置から戦場を俯瞰してみる事のできる空中指揮官機から統率を執ることでそうした無駄撃ちなどを防ぐことが出来るのだろう。

 それに大規模な攻撃隊の場合は、攻撃機だけではなく護衛の戦闘機隊の随伴も当然のことになっていたから、配属された他隊をあわせて統率するためにもそうした空中指揮官機が必要だった。



 勿論、海軍でもそうした状況に無頓着なわけではなかった。大規模な攻撃編隊を構成する際には空中指揮官機を指定するのも最近では常識化していた。

 ただし、大型の4発機が運用できる陸軍航空隊と比べると、海軍航空隊、特に艦隊航空隊は不利な条件が多かった。単発の艦上機は容積に限りがあったからだ。


 現在、日本海軍の空母艦載機で乗員が最も多いのは三座の二式艦上攻撃機天山だった。三座の機体であれば昨年度に制式化されたばかりの43式艦上偵察機彩雲もあったが、こちらは高速性能を追求したあまり搭載能力などは低く、空中指揮官機として相応しいかどうかは分からなかった。

 ただし、大重量の航空魚雷を搭載可能な二式艦攻でも、搭載能力で言えば陸軍の一式重爆撃機やその派生型である二式貨物輸送機のような4発機と比べると見劣りがするのも事実だった。


 例えば、一式重爆撃機転用の機体であれば大出力の電探と共に、大規模編隊においてしばしば必要となる電波妨害装置などを搭載した上で、図版などが設けられた指揮官席や複数の無線要員などを配置できるが、艦上攻撃機の場合は機外搭載できるのは電探か電波妨害装置のどちらかだけだった。

 空母部隊に配備された機外搭載用の電探や電波妨害装置の外観は、概ね航空魚雷から空中線などを突き出したものといったものだったから、容積的にみても航空魚雷一本の搭載が限度の現状の艦上攻撃機において複数基を搭載するのは難しかったのだ。

 それに、どのみち単発機では電源容量も小さいから、複数の電子機材を搭載したところでまともに運用できるとは思えなかった。


 それ以前に日本海軍の艦上機の機体幅は、精々が機首に備えたエンジン幅程度でしか無いから、空中指揮に必要な機材を持ち込むのも難しく、空中指揮と言っても限られた能力しかもたなかった。


 それでも、攻撃隊の指揮にはすでに空中指揮官機は必要不可欠なものとされていた。

 空中指揮が取り入れられた当初は、従来の手法に慣れ親しんた搭乗員たちからの反発も強かったと言うが、戦闘様相の変化や展開の高速化によって空中指揮の優位さが生かされるようになってくると次第におさまっていったらしい。



 島風のような哨戒艦による指揮中枢は、防空戦闘に限ってそのような空中指揮を緻密化したものと言っても良さそうだった。確かに空中の機載電探と比べると艦上の電探は不利な面も少なくないが、そのかわりに艦上の指揮中枢には管理能力の高い指揮所や継続時間という利点が大きかった。

 艦上機は航続距離が限られるから、半日も飛行していれば驚異的な性能となるほどだったし、実際には機載電探や電波妨害装置の搭載で大型の増槽を搭載することも出来ないから滞空時間は限られていた。


 つまり、単一の指揮官がどんなに優秀でも長時間の迎撃を空中指揮するのは不可能だったのだが、指揮中枢を艦上に置いた場合、極端なことを言えば漂泊すれば消耗材が尽きない限りいつまでも戦場に留まっていられることになる。

 これに機材や人員が充実した指揮所による管理能力を加えれば、哨戒艦改装の利点は明らかだったと言えるだろう。



 ただし、現在の島風指揮所に設けられた態勢表示板上に再現されているのは、敵味方機が入り乱れる航空戦などではなかった。そこには島風を中心とした周囲の海域が再現されていたが、置かれているのはフランス艦隊とその迎撃に出動している英国海軍K部隊を示すものだった。

 指揮所の中央に置かれた態勢表示板の前で次々と書き換えられる表示を見つめているのは、本来のこの場所の指揮官である通信長だけではなかった。島風艦長である倉田中佐までこの場に顔を出していた。


 航空戦闘の指揮中枢としての機能だけを見ると、現在の島風には大きな欠点があった。指揮所に配置される将校の中に航空士官がいなかったことだ。

 大規模な防空戦闘に組み込まれるのが前提の指揮所であるのに、航空戦闘に長じた士官が不在なのは奇異なことだったが、搭載機の無い艦に飛行長や飛行士を設ける訳にはいかないという反対意見があったらしいと聞いていた。

 あるいは、空母部隊同士による本格的な航空戦闘といった自体が起こりえない現在の地中海戦線では、老練な航空士官という貴重な人員を配属させる余裕が急拡張されている日本海軍にはなかったのかも知れない。


 その点では、航空支援の迅速化を図るために地上部隊に現役の搭乗員を含む航空士官を随伴させることも珍しくない陸軍よりも、海軍は意識の面で遅れていると言えた。

 島風通信長は少佐と階級も高く、熟練した将校が配属されていたが、通信長にかかる負担は一駆逐艦のそれにしては過大なものとなった。

 もっとも、岩渕兵曹はそのような不自然な態勢が長続きするとは思えなかった。この戦争では、従来の思想では解決できない事態が次々と発生し、そのたびにつじつまを合わせるように是正措置が取られていたからだ。



 ふと、岩渕兵曹は背中に強い視線を感じていた。正確には、兵曹が担当する電探の表示面を背後から覗き込んでいるものがいるらしい。

 岩渕兵曹は間髪をいれずに報告の声をあげた。長距離対空捜索電探に反応があった。反応は表示面の明度や速度からして単発機から双発機程度の小型機の編隊のようだった。


 岩渕兵曹の報告があっても、指揮所に動揺した様子は見られなかった。おそらく、それが味方機の編隊であったからだ。

 島風にその編隊の出撃が知らされたのは一時間ほど前のことだった。ただし、水爆隊の発進を知らせると共に、敵艦隊への誘導を命じるその通信を聞いても、その内容を正確に把握できた島風乗員は少なかった。

 前提となる水爆隊がなんのことなのか、それがわかるものが少なかったからだ。


 元々島風は艦隊前方での防空戦闘に関する指揮中枢となることを期待されていたから、友軍の戦闘機に関しては概ね正確な情報を事前に確認していたものの、艦攻や艦爆に関してはそれほど深い知識を有しているものはいなかった。

 ここでも飛行科要員の不在が尾を引いていたのだが、その内に誰かが水爆とは水上爆撃機のことではないかと自信なげに言い出していた。


 日本海軍には艦上戦闘機に浮舟を追加した特異な水上戦闘機が存在していたものの、水上爆撃機などという胡乱げな機種分類はなかった。ただし、水上戦闘機やより大型の水上偵察機にはある程度の爆弾搭載能力があった。

 爆撃照準装置はそれほど本格的なものではないし、機体の構造上急角度での降下も難しいのではないかと思われるが、最新の水上偵察機であれば一世代前の艦上爆撃機に匹敵する程の爆撃能力もあるらしい。


 だが、それを聞いても指揮所要員の意気は上がらなかった。現在時間からして夜間発艦となるから搭乗員には夜間飛行能力が求められるが、航続距離からすれば、第1航空艦隊主力の位置からこの海域まで飛来して帰艦したとしても夜明けまで滞空することは不可能ではないはずだ。

 それに精鋭を揃えた空母航空隊の搭乗員達の中には夜間飛行が可能な技量優秀者は少なくないはずだから、より打撃力の高い艦上攻撃機や艦上爆撃機を投入することは不可能ではなかったはずだ。

 要するに、明日以降の航空戦闘に備えて空母部隊は温存させる必要があるから、つじつま合わせのように現状で使い道のない長距離偵察機である水上偵察機を爆装させて投入したというのが真相ではないか、そう考える乗員が多かったのだ。



 しかし、倉田中佐だけは別のようだった。というよりもこの状況を面白がっているのではないのか、そう考えられるような節さえあったのだ。

 あるいは艦橋を離れて指揮所に陣取っているのもそれが原因かもしれなかった。水爆隊を含めて海空にまたがる状況を正確に把握するには指揮所は最適の場所だったからだ。


 倉田中佐は、岩渕兵曹が担当する電探の表示面からすぐに視線を外して、態勢表示板に戻していた。鋭い目でしばらく表示板を見つめていた中佐は、ややあって表情を緩めながら通信長にいった。

「水爆隊に伝えてくれ。旋回待機を中止、指定の座標を航行中の敵艦隊への突撃に移れ、とな。艦橋、先任に伝令、本艦も敵艦隊に突撃、雷撃戦は待て、主砲は別命あるまで照明弾を装填。まずは水爆隊の為に敵艦隊を照らしてやるぞ」


 指揮所から間接的に指揮をとっているにも関わらず、倉田中佐の操艦は巧みなものだった。探知可能範囲の狭い対水上捜索電探で敵艦隊とK部隊を同時に補足できる位置に陣取りつつ、時間を調整するために水爆隊に旋回待機を要請していたのだ。

 倉田中佐の思惑は明白なものだった。水爆隊と島風を敵艦隊に同時に突撃させると共に、直後の混乱するであろう敵艦隊の頭を抑える位置にK部隊が襲撃をかけるようにしていたのだ。

 うまく行けば、K部隊は自ら電波を出すことなく東進を継続する敵艦隊に対して前方から丁字を描くという有利な態勢をとれるはずだった。勿論島風はK部隊への指揮権があるわけではないが、状況は常時送っていたから、常識的には倉田中佐の思惑通りに進むのではないか。

 たしかに前代未聞の戦だった。3000トンにも満たない駆逐艦が実質的に航空隊と戦艦を含む艦隊を指揮しているのだ。



 すでに、水爆隊の突撃は開始されていた。敵艦隊の動きはまだないが、島風の主砲が照明弾を連続発砲すれば否応なく動きを見せるはずだった。

 だが、緊張する指揮所において、どこか間の抜けた声が上がった。対水上電探の表示面を監視していた兵だった。

「英国海軍が……K部隊が直進を続けています……」

 岩渕兵曹は思わず唖然とした表情で倉田中佐に視線を向けていた。僅かに眉をしかめた中佐は、態勢表示板を見つめていた。

島風型駆逐艦の設定は下記アドレスで公開中です

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/ddsimakaze.html

二式艦上攻撃機天山の設定は下記アドレスで公開中です

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/b6n.html

一式重爆撃機の設定は下記アドレスで公開中です

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/1hbc.html

二式貨物輸送機の設定は下記アドレスで公開中です

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/2c.html

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