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1944コルシカ島沖海戦18

 確かにこれは前代未聞の戦闘になるのかも知れない。岩渕三等兵曹は先程この耳で聞いた艦長の言葉を思い出しながらそう考えていた。



 岩渕兵曹の戦闘配置部署である島風の指揮所は、ひどく狭苦しい所だった。

 第2煙突後端から2番砲塔基部までに至る長大な上部構造物の中に設けられた指揮所は、単純に空間だけ見れば容積は大きいのだが、対空捜索電探を始めとする各種電探の本体や表示面などを次々と収めていった結果、将兵の操作空間には余裕がなくなってしまっていたのだ。


 指揮所に設置されたのは、電探関係の機材だけではなかった。

 本来、雷撃戦用の高速駆逐艦として建造されていた島風は、進水前に行われていた改設計作業によって空母部隊に直属する哨戒艦としての機能を持たされていた。



 空母部隊は、搭載する航空機によって絶大な打撃力を有するものの、打撃力を担当する砲塔を分厚い装甲で覆った戦艦や巡洋艦などとは異なり、広大な飛行甲板という本質的に脆弱な構造物を抱える脆い艦でもあった。

 日本海軍では英国海軍にならって大型空母の装甲化を推し進めていたが、それにも限度があった。新型機になるほどエンジン出力は増大して搭載能力が向上するから、一機辺りの打撃力も向上していくが、空母の装甲強化には構造上限界があるからだ。


 仮に航空機の打撃力強化に対応して戦艦並の装甲を空母に持たせたとしても、最上部の飛行甲板が重くなりすぎて艦としての性能に支障をきたすだろうし、格納庫面積も圧迫されるはずだ。

 それに艦体構造が打撃に耐えたとしても、飛行甲板に損害を受ければ航空機運用能力を失うのに変わりはないはずだった。



 2年前のマルタ島を巡る一連の戦闘において、ドイツ空軍の急降下爆撃機によって赤城、龍驤の2空母を失った日本海軍は、艦隊防空体制の抜本的な強化に取り組んでいた。

 従来より、日本海軍では有事の際には露天繋止機の増大という形で戦闘機の増載を行う計画があったが、実際には初期の計画に記載されていた数値を越えて戦闘機の搭載比率があげられていた。


 この増強された戦闘機隊で防空戦闘を行う予定だったのだが、最近の艦上戦闘機はエンジン出力の増大に伴って搭載量も増大していた。機銃の大口径化や防弾装備の増強も図られていたが、それらの重量増大を補って余りある余剰出力があるから、多少の爆装は十分に可能だった。

 勿論、専用の攻撃機と違って80番通常爆弾のような大重量大容積の対艦用の徹甲爆弾は搭載できないし、構造上機体に大きな負担がかかる急降下爆撃も不可能だったが、上陸部隊などを支援するための陸上攻撃であれば、緩降下爆撃でも十分な戦果を挙げられるはずだった。

 それに、最近では軽量で機体構造にかかる負担は小さいが高速で貫通力の高い噴進弾などの使い勝手の良い兵器も出現していたから、相手が駆逐艦や巡洋艦などの軽快艦艇であれば、戦闘機でも無視できない火力を発揮できるかも知れなかった。



 増強されたのは航空機だけではなかった。

 制限一杯で建造された条約型巡洋艦並の大型の艦体に集中的に高角砲や長距離捜索用の対空電探を装備した米代型防空巡洋艦や、同様に高角砲と高価な電探連動の高射装置を備えた秋月型駆逐艦などの防空艦が、ここ最近になって艦隊に数多く配属されていた。

 これに加えて既存艦でもアレクサンドリアに係留された浮揚船渠などで行われる長期修理の機会を利用して対空兵装の増設工事を実施していたから、第1航空艦隊の防空火力は格段に増強されているはずだった。



 もっとも、直接的な防空戦闘に当たる戦闘機の増載や防空艦の充実といった装備面での充実は、防空体制強化の片一方を示すものでしか無かった。いくら火力を増強したところで、その火力を適切に管理できなければ遊兵となって宝の持ち腐れとなるだけだったからだ。


 参考となったのは4年程前の英国本土における航空戦の戦訓だった。その戦闘は、大国フランスを下したドイツがその余勢を駆って英国本土への上陸を意図した前哨戦として生起した航空撃滅戦だった。

 この当時、ドイツ空軍による攻撃が集中していたのは、当然のことながら欧州本土と英国を隔てるドーバー海峡に接する英国南東部だったが、英国空軍の戦区割はそのような戦況に対応したものとは言えずに正面以外の戦区に残置されて遊兵と化していた戦闘機隊も少なくなかったらしい。


 だが、英国空軍は前線となった戦区に残された数少ない戦闘機隊を最大限活用することで、侵攻するドイツ空軍を効果的に迎撃することに成功していた。

 そのような戦闘が可能だったのも、各所に設置されていた電探や目視、聴音等による監視哨などからの情報を一元的に管理し、雑多な情報を整理して得られた正確な戦況を判断してから強大な権限でもって戦闘機隊を管制する事のできる戦闘機集団司令部を有していたからだ。

 彼らは、遊兵を作ることなく貴重な戦力を正確にドイツ空軍機に会敵させることで、額面以上の戦力を発揮させていたのだ。



 この英国本土での航空戦闘には、正式な参戦前ながらも義勇兵との建前で日本海陸軍からも航空隊が派遣されていたから、そうした戦況は即座に日本本土にも送られていた。

 第1航空艦隊の防空能力の増強にも、それらの戦訓が生かされていると言えた。従来、直掩機の戦闘は目視による場当たり的なものに過ぎなかった。これを英国本土防空戦時の司令部を参考として空母艦内に構築された指揮所で一元的に指揮を行うこととしていたのだ。


 このような体制が構築された当初は、戦闘機の乗員からの反発もかなりあったらしい。船団護衛部隊の勤務が長かった岩渕兵曹は、航空戦隊のことはよく知らなかったが、電探情報によって統制を行う指揮所からの指揮を訝しむ声も上がっていたらしい。

 ただし、必ずしも戦闘機乗員たちの反発は感情的なものだけではなかったようだ。指揮所からの一元的な管制が始められた当初は、通信機の性能なども低かったからだ。


 従来、単発単座の戦闘機に搭載されている無線通信機の整備はおざなりなものが多かったらしい。索敵情報を後方の艦隊に送信するために長大な空中線を展張可能な他座の攻撃機などはともかく、戦闘機に長距離通信機などは不要だったからだ。

 戦闘機隊が単独で長距離進出する例はこれまでは殆ど無かった。だから長距離無線機のような重量のある機材の搭載を渋る傾向が強かったのだ。

 護衛機や前線への移動などで長距離飛行を行う際は、護衛対象である攻撃機や随伴する航空隊付の輸送機などによる航法支援を受けるのが通常のやり方だった。

 それどころか、熟練の搭乗員であれば僅かな身振り手振りだけで十分な意思疎通が出来るのだからと短距離しか使えない無線機を取り外してしまったことさえあったらしい。



 だが、従来の手法では直掩機を有効に運用できないのも事実だった。皮肉なことに、艦隊を構成する各艦の対空火力の強化が、上空で待機する直掩機にとっても危険になっていたのだ。

 それに、各国軍の航空機は日に日に高速化が進んでいた。今までのように艦隊の直上で漫然と待機を続けているようでは、会敵に成功しても敵攻撃機に十分な打撃を加えることなど出来ないのではないか。


 最初に以前から搭載されていた短距離用無線機の整備が行われた。最近では艦上攻撃機に搭載される機載電探などの弱電機材を担当する整備兵も増えていたから、無線機を専門とする担当を新設していたのだ。

 雑音源となるエンジンからの電子的な遮蔽や、空中線展張時の折り返し法などの工夫で従来と同じ無線機でも格段に使い勝手が上がっていた。

 それに、エンジンの大出力化によって単発単座の戦闘機でも大型無線機などの機材を搭載するのは難しくなくなっていた。機外に空中線を展張させる艦上攻撃機には劣るが、ある程度長距離であっても交信が可能となっていたのだ。



 無線機の機能向上などで戦闘機隊の前方進出は可能となったものの、実際に行ってみるとさらなる問題が起こっていた。指揮所が設けられた空母に搭載可能な対空捜索電探では機能面に不満足な点があったのだ。

 捜索範囲が限られるから、高速の敵機を探知した時点で戦闘機隊を進出させても十分な交戦時間が確保できなかったし、長距離捜索用の電探は早期警戒には十分な機能はあったが、分解能が低いから敵機の正確な位置は分からなかったからだ。

 それに高度に関しては推測するしか無かった。そのせいで初期の訓練では、遠距離で探知した仮想敵編隊に対して進出させた戦闘機隊が会敵出来ない場合も多かったらしいと聞いていた。


 それに電探の性能が向上したとしても、飛行甲板の片隅に置かれた狭い空母の艦橋やその直後の独立したマストなどに搭載するという従来の手法を踏襲する限り、これ以上大型の電探を搭載するのは難しかった。

 捜索と指揮統率の機能を母艦に集約させる限りは、この問題を解決することは出来なかった。


 ただし、指揮所の概念は必ずしも自艦に搭載された電探からの情報に縛られたものではなかった。要は正確な情報を指揮官に客観的な形で提供できればよいのであって、指揮所はその情報の集約と分析を行う部署と考えるべきだった。

 そうだとすれば、指揮所に流入する情報は各種電探ばかりではなく、英国本土防空戦時にそうであったように目視情報なども加味される余地があった。


 勿論、他艦から送られた情報も同様だった。空中線の設置箇所や容積が限られる空母よりも、より高い位置に安定して大出力の空中線を搭載できる戦艦などのほうがより遠距離から敵機群を探知可能ではないか。

 さらに言えば情報源は水上艦艇に限らなかった。単に空中線の位置を上げたいだけであれば、頑丈な檣楼を立てても海面から数十メートル単位でしか無い水上艦艇よりも、航空機に搭載するほうが遥かに有利だった。

 勿論、探知距離や精度に直結する空中線の寸法や高品位な電源の確保といった面では航空機よりも水上艦艇の方が優位にあったが、航空機の場合は探知距離が多少不利でも高速で前進出来る為に配置を容易に転換できるという利点もあった。



 そのような状況の中で、電探哨戒用の艦艇としてみた場合は島風は中途半端な立ち位置のように見えた。

 確かに装備された空中捜索電探は、戦艦や防空巡洋艦などに搭載されているのと基本的には同型である大型で高性能なものだった。

 大型艦には劣るものの、島風には改装工事によって大容量の発電機も増載されていたから、大型の電探を複数搭載しても電源面での支障は生じていなかった。


 この大型電探を搭載した島風のような電探哨戒艦を艦隊主力より前方に展開して、艦隊の哨戒範囲の拡大を図るというのが当初の目的だった。

 もっとも、このような改装内容に批判的な将兵が島風の乗員の中にすらいることを岩渕兵曹は知っていた。単に広範囲な哨戒を行うのが目的であるならば、貴重な大型駆逐艦を危険にさらして艦隊前方に無防備に進出させるよりも、電探搭載機を飛ばしたほうが良いというのだ。


 厄介なことに、それは事実でもあった。膨大な工数となった改装工事によって島風の建造費が跳ね上がっていたことを無視したとしても、駆逐艦一隻よりもは電探搭載機の方が遥かに安価で数を揃えやすいし、航空機に搭載した電探のほうが再配置も容易だった。

 ただし、そのような意見は島風の改装理由の一端だけしか見ていないものだった。各種の電子機材に囲まれたこの指揮所を戦闘部署とする岩渕兵曹はそう考えていた。



 原型を大型の水雷戦用駆逐艦とする島風に搭載されたのは、高性能の電探だけではなかった。その電探からの情報は艦隊主力に位置して一元的に航空戦を指揮する旗艦に電送するだけではなく、艦内に設けられた指揮所でも加工されて利用されていた。

 勿論指揮所に集約される情報は電探に限らず、目視や場合によっては水中探信儀や聴音機から得られた敵潜の情報もあった。様々な手段で得られた情報をまとめて指揮官に提供するために、指揮所の中央には本艦周囲の状況を駒などで図示する態勢表示板が設けられていた。


 態勢表示板はかなり大きなものだった。日本海軍で最初に指揮所という概念の空間が設けられたのは、容積に余裕のある特設巡洋艦だった。

 その利点が認められて空母等の大型艦艇にも指揮所が設けられていたが、容積的には徴用された貨客船を原型とする特設巡洋艦よりも劣っていたから、後発であるにもかかわらずその内装は簡易なものとされていた。

 というよりも、英国本土防空戦の戦訓を受けてとりあえず設けられた特設巡洋艦の指揮所を運用する中で、実際には不必要と判断された機材を削ぎ落としていったという方が正確なのかもしれなかった。


 島風にはそれをさらに簡易としたものが設けられていたが、それでも態勢表示板は大きく、指揮所の容積を圧迫していたのだ。

 だが、考えようによっては、その態勢表示板こそが島風の改装目的であるとも言えた。艦隊前方に進出した島風に期待されていたのは、その態勢表示板を最大限に活用した防空戦闘の指揮能力だったからだ。

天城型空母の設定は下記アドレスで公開中です

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cvamagi.html

米代型防空巡洋艦の設定は下記アドレスで公開中です

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/clyonesiro.html

島風型駆逐艦の設定は下記アドレスで公開中です

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/ddsimakaze.html

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