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1944コルシカ島沖海戦16

 第一報が入ってからしばらくの間は、アンソン座上のK部隊司令部に新たな情報は入らなかった。

 当初は、K部隊が上陸作戦主力となっている日本海軍第1航空艦隊の指揮系統からやや外れた位置にあるためかと考えられていた。



 ニースへの上陸作戦にあたって、英海軍地中海艦隊の一部であるK部隊は、一時的に第1航空艦隊の指揮下に置かれることになっていた。地中海艦隊主力のH部隊は打撃力は高いものの、低速のモニター艦や各種支援艦艇などを多数含むために、艦隊全体でみた場合の速力は低かった。

 それにイタリア半島方面での火力支援も必要だったし、H部隊は大部隊故に小回りがきかないから動かしづらかったのだろう。

 結局、日本海軍他の戦力が引き抜かれた後のイタリア戦線の火力支援は、H部隊と再編成を終えたイタリア王国海軍が担う事になっていた。


 それでK部隊のみが抽出されて自由フランスの主導、というよりも強い要請で立案されたというニースへの上陸作戦に駆り出されることになったのだが、まだ指揮系統上の問題が残されていた。

 上陸作戦全体の指揮は、日本陸軍遣欧方面軍司令官の小畑中将がとっていた。先の欧州大戦においても出征経験のある中将は老練な指揮官だった。

 今回のニースへの上陸作戦が本土奪還を狙う自由フランスの思惑が深く関わっていたとは言え、重装備の2個軍6個師団を基幹とする日本陸軍遣欧方面軍は、幾ばくかの無理をしてまでイタリア戦線から引き抜かれた実質上の主力部隊だった。

 だからその司令官である小畑中将が作戦全体の統帥を取るのは自然な流れだったのだ。



 師団数だけで見れば、自由フランス軍も決して遣欧方面軍に見劣りがする戦力ではなかった。今回の作戦に投入されるのは歩兵師団だけで9個を数えていたからだ。

 ただし、動員された師団の中には新たに独立した旧インドシナ植民地から徴募された将兵で構成された極東師団は含まれていなかった。これまでに編成されていた極東師団は、すべてイタリア戦線に残されていたからだ。


 日本製の兵器を与えられた極東師団が兵員を定数一杯に補充されていたのに対して、上陸作戦に投入される師団の充足率はそれほど高いものでは無かった。

 理由はいくつかあるのだろうが、極東師団は指揮官である士官はともかく、兵員の大半は旧インドシナ植民地出身のベトナムやカンボジアの現地民で構成されていたのに対して、今回の上陸作戦で動員された師団は白人種や現地民との混血などに限定されていたからだ。



 今回のニースへの上陸作戦は、国際連盟軍全体で見れば複雑に思惑が絡み合ったものだった。国際連盟軍主力をなす日英両国からすれば、戦略的な観点から見て主戦線であるイタリア戦線の助攻という位置づけにあることは否めなかった。

 イタリア王国は、国際連盟への離反によって北部がドイツ軍によって占拠されて枢軸側に留まる北イタリア共和国とされてしまったものの、前国王暗殺などの経緯から、国民の大半は親国際連盟、というよりも反独感情が強かった。

 地域住民の広汎な協力を得た上に、火力において勝る国際連盟軍は、イタリア戦線において概ね有利に戦闘を続けていた。

 いずれ旧オーストリア領国境線に達すれば、ドイツ本国への陸上戦力による直接進攻も近い将来現実のものとなるのではないか。


 だが、自由フランスとすればそのような状況にある種の焦りを感じていたはずだった。このままでは国際連盟軍がフランス本土を無視してドイツ本国へそのまま北上する可能性が高かったからだ。

 それに、最近では独ソ戦線の推移などから、これ以上のソ連勢力の拡大を懸念してバルカン半島に目を向けるものも少なくなかった。実際、今回の作戦と同時並行して一部の特殊戦部隊などが、現地の反独勢力などを支援するためにユーゴスラビア王国領内に降下して活動を開始していた。


 この降下作戦はニース上陸作戦の陽動という側面もあったが、国際連盟軍上層部とすればどちらが主か従なのかという感覚は薄かったのかもしれない。

 単にユーゴスラビア王国領内では現地に留まって積極的な武力行使を伴う反独活動が盛んであったために、物資投下などを含む特殊戦部隊の支援のみで十分な戦力となり得ると判断されたからではないのか。

 噂では、四分五裂していた現地勢力を束ねるために、亡命していたユーゴスラビア王国王室からも人員を現地に潜入させることまで行っていたらしい。



 しかし、フランス本土、特にニースを含む地中海に面した南仏では、現在ユーゴスラビア王国領内で行われているような大規模な現地反独勢力による武装蜂起などは期待できそうもなかった。

 同地は対独降伏時の旧政権からの継続性を主張するヴィシー・フランス政権によって曲りなりにも統治されていたからだ。勿論現地の政府機関や警察機構などもほとんど変化はなかったはずだった。

 それにフランス本土の住民は、敗戦による反独感情は低くはなかったものの、それ以上に講和直後に枢軸軍に与することを恐れた英国海軍によって行われた旧フランス海軍への一連の攻勢や、勝手に海外植民地の独立を確約してしまった自由フランスへの反感の方が強かったのではないか。


 これに加えて、ドイツ本国同様かそれ以上にフランス本土でもドイツ宣伝省による住民意識の啓蒙が盛んに行われていた。

 それは基本的には、今世紀初頭頃に盛んだった黄禍論の焼き直しだった。極東において急速に勢力を拡大していた日本帝国や、不安定な国内世情を嫌って移民が盛んだった中国人を驚異と捉えたものだった。


 西欧諸国に広まっていった黄禍論だったが、実際には時代や国によって温度差が激しかった。

 極東における自らの利権を最低限の投資で保護することを当初の目的として日本帝国と同盟関係を結んでいた英国では、当然のことながら黄禍論は抑え気味だったし、先の欧州大戦に本格的に参戦した日本帝国を列強の一翼として認めざるを得ない風潮もあった。


 逆に黄禍論が盛んだったのはドイツだった。

 政府や企業としては欧州大戦後の一時期においては日本帝国との技術交流なども盛んだったし、異質な共産主義を掲げるソ連と西欧間の防壁として期待されていた間は、反共主義を掲げるナチス党に対する日英などからの援助すらあったのも確かだった。

 だが、一般市民の間では先の大戦におけるアジア人の交戦国だった日本に対する反感が燻り続けていたのだ。


 ドイツ宣伝省は、ヴィシー・フランス国内で広がっていた反英、反日感情を巧みに煽り立てていた。キリスト教国である欧州に迫る異教徒の黄色人種の驚異をことさらに強調していたのだ。

 その一部は事実でもあった。先の大戦でも欧州に上陸していた日本帝国はともかく、欧州諸国の多くが対独戦線から脱落してしまった今次大戦においては、タイやイラン軍など欧州諸国以外の国際連盟加盟諸国も欧州大陸本土に多数が展開していたからだ。

 そのような状況下では、自由フランス軍の指揮下にあるとは言え、アジア人主体の極東師団をフランス本土に投入することは難しかった。本土住民の反感を強めてしまうだろうからだ。戦後の統治に悪影響を及ぼすような事態は自由フランスとしては避けたかったのではないか。



 ニースへの上陸にあたって、第一波となる日本陸軍遣欧方面軍に同行した自由フランス軍部隊は少なかった。殆ど上陸の先陣を切ったという証明のためだけに投入されたと言っても過言ではなかったはずだ。

 理由はいろいろと言われていたが、本音で言えば貴重な白人の自由フランス軍部隊を危険に晒したくないというものではないか。

 もっとも、白人といってもその実態は怪しいところがあった。本国から海外植民地に展開していた部隊はともかく、ほとんど流刑に近い位置づけにあったマダガスカル島のユダヤ人や比較的フランス人に近いとはいえ混血児まで含まれていたからだ。

 そのような部隊は、単に白人に見えると言うだけで編成されたようなものだから、練度や士気は未知数だった。


 もしかすると、英国海軍から抽出されたK部隊が自由フランス軍主力を輸送する船団の護衛に指名されたのも、戦術的な理由よりも彼らも白人であるために黄禍論を和らげられるとでも考えられたからではないのか。

 そのようなK部隊の位置づけは唯でさえ曖昧なものだった。



 この時期、日本海軍は地中海に投入された全ての部隊を第1航空艦隊司令部が直卒する態勢を改めて、複数の戦隊を指揮する中間司令部を設けるという分艦隊制度を導入していた。

 戦局によって分艦隊司令部指揮下に所属する戦隊は柔軟に入れ替えられるが、基本的には日本本土の連合艦隊司令部指揮下に置かれた戦艦中心の第1艦隊以下の艦種によって大雑把に分けられた序数艦隊の性格を第1航空艦隊隷下の戦艦や空母などに分けられた各分艦隊に割り振ったものと言ってよかった。


 だが、その中では戦艦や空母を主力として巡洋艦や駆逐艦をバランスよく配属させていたK部隊は浮いた存在にしてしまっていた。

 単に戦闘の効率だけを言えば第1航空艦隊司令部に英地中海艦隊からK部隊の指揮が委ねられた以上、戦隊単位に分散させて各分艦隊に配属させてしまえばよいのだが、実際にはそれは難しかった。

 カナンシュ少将率いる単一の司令部を持つK部隊への遠慮もあったが、K部隊において配属された日本海軍の連絡将校が笠原大尉一人だけというのも大きな理由だったはずだ。

 おそらく、K部隊を戦隊単位に分割して各分艦隊に配属したところで第航空艦隊司令部の指揮下で柔軟な指揮系統を維持するのは難しかったはずだ。


 結局、K部隊は指揮系統においては、第1航空艦隊司令部の直下において各分艦隊と同格とするほかなかった。

 だが、これは不条理な妥協案でしかなかった。そのせいでフランス艦隊に相対しなければならないK部隊と、これを支援するはずの接触艦との間に直接の連絡手段がなくなってしまっていたからだ。



 その命令はK部隊においては唐突に下されたように感じられていた。

 実際にはニースの上陸岸付近に展開する第1航空艦隊司令部や上位の英地中海艦隊や日本海陸軍の統一指揮をとる遣欧統合総軍などとの間で協議が行われていたのかもしれないが、実施部隊であるK部隊司令部にはその辺の事情は伺いしれなかった。

 命令内容は簡潔なものだった。K部隊は単独でコルシカ島を目標とすると思われるヴィシー・フランス海軍部隊を阻止しなければならないのだ。


 しかし、K部隊司令部には困惑があった。この時点で予め事態を想定していたのか、カナンシュ少将の命令でK部隊各艦は予定を前倒しさせて湾外で出撃準備を整えていた。

 だから行動開始自体はすぐにでも行えるのだが、司令部参謀の間ではいくつかの疑問があるようだった。

「これまで、トゥーロンのフランス艦隊には攻撃していなかったのか……」

 困惑したような声で誰かが言った。当然の疑問だったが、答えたのは参謀たちの視線が向いた情報参謀ではなく、司令官のカナンシュ少将だったが、簡潔極まりなかった。

「自由フランスの要請だ」


 声を上げた参謀は、怪訝そうな顔になっていたが、すぐにぎょっとなっていた。不機嫌そうな顔でカナンシュ少将が睨んで吐き捨てるようにいったからだった。

「つまりだ。自由フランスの連中がこれ以上戦後もフランスの資産になるもの破壊するのはやめてくれと司令部に泣きついてきたのだよ。今回の上陸作戦が進めば、海軍もこちら側に回るだろうと言ってな」

 その参謀だけではなく、事情を知らなかった司令部要員の殆どが唖然とした表情になっていた。自由フランスは戦後の自陣営の戦力を維持しようとでもしていたのかもしれないが、そのせいで現在の戦力をすり減らされようとしているのだとすれば皮肉だった。


「では、この艦隊は自由フランス軍の船団を撃滅しようと、つまり同胞のフランス人を叩こうとしているということですか」

 気を取り直すように参謀長が海図を指し示しながらいった。

「随分と自由フランス軍も嫌われたものですが、我が海軍の輸送艦も含まれている以上無視もできますまい。ただ、ニースに展開する日本海軍の一部でも反転してくれれば地中海最後の枢軸艦隊を撃滅するのも容易、ですな」

 楽観的な口調で参謀長は言ったが、カナンシュ少将は苦虫を噛み潰したような表情を崩さなかった。

「いや、ニースの日本海軍は反転せんだろう。主力は上陸岸の警戒に当たるはずだ」


 再度唖然とした表情を司令部要員は浮かべた。中には苦々しげな表情を司令部唯一の日本人である笠原大尉にあからさまに向けるものもいた。

 だが、カナンシュ少将はさらに続けた。

「無理もあるまい。電文をよく確認してみろ。接触艦が確認したのは戦艦2隻を主力とする艦隊だ。だが、一年前の海戦ではフランス戦艦は1隻は沈めたものの、3隻の戦艦が撤退していたはずだ。後1隻、おそらくはトゥーロンに留まっているはずだ……」

「しかし、そうだとしても戦艦は1隻のみではありませんか。日本海軍は上陸支援に戦艦を4隻も投入しています。それに事前の情報では、トゥーロンの艦隊の修理は半ば放棄されていたはずではないですか」


 それを聞いてもカナンシュ少将の視線はあくまでも鋭かった。

「その情報は、自由フランス経由でもたらされていたはずだ。だが、少なくとも戦艦2隻を基幹とする艦隊が出港できているのをみると、フランス本国の情報網が当てになるかどうか、怪しいものだ。意図的な欺瞞情報を掴まされた可能性すら否定できんな。

 上陸部隊の支援に加えて、上陸岸の防衛を行うには戦力がどれだけ有っても足りんだろう。私がヴィシー・フランスの指揮官なら、このタイミングでニースに攻勢をかけて彼らを拘束しようとするだろうな。

 それに、戦艦1隻があれば何が出来るか、我ら英国海軍自身がウォースパイドで証明していたはずだぞ」

 疑問を上げた参謀も苦々しい表情でうなずいていた。今次大戦開戦からしばらくしてノルウェーのナルヴィクで発生した海戦において、戦艦ウォースパイドは友軍駆逐艦の援護があったとは言え、ドイツ海軍の駆逐艦の群れを圧倒的な打撃力で一方的に殲滅していた。

 最終的に撃沈出来たとしても、仮に高速のフランス戦艦が上陸岸に押し寄せてくればどのような戦闘が起こるかは明白だった。


 カナンシュ少将は、日が沈み始めたコルシカ島沖の海面に目を向けながら、力強い声でいった。

「おそらく会敵は夜戦となる。空母2隻は自由フランスの護衛駆逐艦どもと共にここに残置、水上戦闘艦のみで進出してこの艦隊を迎撃する。諸君、恐れてはならない。一年前に逃した敵艦隊を、今度こそ撃滅する。艦隊各艦に以上を連絡しろ」

 カナンシュ少将の一声でK部隊司令部は慌ただしく散っていった。

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