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1944コルシカ島沖海戦15

 英国海軍が他国に先駆けて装甲空母として建造したのが、イラストリアス級空母だった。その装甲は500キロ爆弾を用いた急降下爆撃に耐久し得る頑丈極まりないものだった。


 もっとも、皮肉なことにこの自慢の重装甲が、結果的にイラストリア級空母の航空機運用能力に大きな足かせをはめることになっているとも言えた。装甲に覆われた格納庫は狭く、搭載機数を制限していたからだ。

 しかも、英国海軍は基本的に艦載機を格納庫内に収容できる数を前提としていたから、日本海軍や米海軍などが多用しているように飛行甲板に露天繋止を行って搭載機数を増大させることも出来なかった。



 英国海軍の空母にとって艦体寸法や装甲を保ったままでは格納庫の抜本的な拡大は難しかった。

 多大な費用と施工期間の必要な建造、修理用船渠の大型化無しに、現状の建造能力のままで格納庫の増量を図るには、格納庫面積ではなく高さの増大、すなわち多段化を推し進めるしかないが、実際にはそれは不可能だった。


 仮にイラストリア級空母の装甲を保ったまま格納庫の高さ方向を増大した場合、大重量の装甲が艦体上部に集中することになるから、復元性が急速に悪化してしまうからだ。

 荒天時の航行の際に、傾斜から回復できずに転覆する可能性が出てくるし、傾斜が激しければ搭載機の発着艦も難しくなるだろう。


 しかし、現状の設計では日本海軍などが保有する大型空母と比べると搭載機数、すなわち航空打撃力の少なさは問題となる段階に達しているように思われていた。

 結局、イラストリアス級空母は3番艦以降で搭載機数を増大するために舷側装甲を減じると共に、段階的に格納庫の多段化が推し進められる事となっていた。



 K部隊に配属されたインデファティガブルはイラストリアス級の最終6番艦だったから、搭載機数は最も多い組に入っていた。原設計である1番艦イラストリアスの搭載機数が40機にも満たなかったのに対して、同艦では最大で80機程度は搭載できるらしい。

 搭載されている機体も有力なものだった。英空軍の主力戦闘機であるスピットファイアを艦上戦闘機仕様とした新鋭のシーファイアや、同機と同じく大出力のロールスロイス・マーリンエンジンを搭載した単発単葉の艦上攻撃機バラクーダなどが搭載されていたのだ。

 ローマ沖で撃沈されたハーミーズに搭載されていた旧式化した零式艦上戦闘機の初期型や、古式ゆかしい複葉固定脚のソードフィッシュと比べれば搭載機の性能には雲泥の差があるはずだった。


 これまでの戦訓を受けてインディファティガブル搭載の航空隊では戦闘機であるシーファイアの搭載比率が高くなっているらしいが、最近では純粋な戦闘機でも搭載能力が大きくある程度の爆装は容易だったから、専門性の高い対艦攻撃ならばともかく、上陸部隊を援護するための対地攻撃程度ならば戦闘機でも可能だった。

 インディファティガブル自体が就役から半年ほどしか経っていないから乗員の練度がどれほど確保されているのか分からないが、その航空隊の搭乗員は旧式機から機種転換した手練のものも少なくないはずだ。


 この最新鋭のインディファティガブルとそれを補佐する歴戦のフューリアスの配属によって、K部隊の航空戦能力は格段に向上しているはずだった。

 それに、最近では投弾母機の補充も進まないのか、例の誘導爆弾搭載機の襲撃例は減っていた。少なくともローマ沖のようにまとまった数の重爆撃機が一斉に襲撃をかけてくるようなことは無かったようだ。

 あのローマ沖のような損害をK部隊が被ることはもうないのではないか。



 ―――もっとも、あの舌を噛みそうな名前の空母達もこれから何時まで使えるかは分からない、か。

 ぼんやりとK部隊の母艦群が待機しているはずの方向を見ながら笠原大尉はそう考えていた。

 確かに、インディファティガブルの搭載機数は同級の初期建造艦と比べて増大はしているものの、改設計に対する懸念もあった。


 装甲の減厚によって格納庫の多段化が可能となったものの、原設計の寸法そのままでは海面からの飛行甲板高さが過大となってしまうはずだった。ただでさえ建造船渠の関係で艦体寸法に制限があるのだから、復元性に与える影響は大きかった。

 結局、インディファティガブルを含むイラストリアス級の後期建造艦では、二段化する代わりに一段辺りの格納庫高さが抑えられていた。


 だが、そのような処置は妥協策に過ぎなかった。今次大戦に投入された航空機は大型化が進んでいたからだ。兵装や防御の強化は機体の大型化を招き、その大型化した機体を飛ばすためにエンジンは大出力になっていくから、重量も増大する一方だった。

 このまま搭載機の大型化が進んでいけば、いずれインディファティガブルも狭苦しい格納庫に新鋭機の搭載が不可能となって戦力価値を失ってしまうのではないか。

 シーファイアが現用機として運用できる間はいいが、近い将来は大改装を行うか二線級の機体のみを搭載する補助空母として使用するしかなくなってしまうだろう。

 実際、日本海軍の新鋭機の中にはインディファティガブルの低い格納庫ではすでに運用に支障が出そうなものもあると聞いていた。



 勿論、運用者である英国海軍でもそのような弊害は認識しているはずだった。これは噂話の粋を出るものではないが、英国海軍では英本土で開戦直後の空母不足を補うために建造が進められていた中、小型の量産型とも言える空母群に見切りをつけ始めているらしい。

 そのような数を補うための小型空母は、対潜哨戒が任務の殆どとなる船団護衛用とでも割り切らないと使い物にならないと考えられていたのだ。いくら数が多くとも、性能に勝る新鋭機が運用できないのでは少なくとも最前線で敵主力との戦闘に使うことは出来ないだろう。


 英国海軍がこのような状況で計画している次期主力空母は、現有のイラストリアス級を遥かに超えた戦艦並の巨体となるらしい。急速に進む航空機の大型化を考慮すれば、将来的に艦隊空母として運用するためには最低でもその程度の艦体は必要不可欠と考えられているのではないのか。


 ただし、そのような大型艦がイラストリアス級で精一杯だという既存の施設で建造できるとは思えなかった。

 おそらくは、結局後回しにされていた新造艦の寸法を前提とした施設の改修、あるいは新規建設が行われることになるのだろう。


 その辺の事情は日本海軍も大きくは変わらないようだった。笠原大尉は欧州勤務が長くなっているせいで最近の本土の事情には疎くなってしまっていたが、それでも九州や中国地方に大規模な工廠施設が建造されているという話は聞いていた。

 一部の施設はすでに稼働状態にあるらしく、すでに複数の戦艦か空母が起工されているという話だった。



 当然だが、既存の設備も稼働率は高かった。数から言えば戦時標準規格に従った貨物船やそれを原型とした海防空母に加えて各種護衛艦艇などの就役の方が多かったが、大型艦の建造も加速していた。

 現にニース沖で火力支援を行っている第1航空艦隊の戦艦分艦隊には就役したばかりの大和型戦艦が配属されていた。

 同型艦武蔵と共に戦隊を組んだ大和は、これまでの戦闘で損傷していた常陸型戦艦などが、修理のために本格的な造修施設が存在する日本本土やインドなどに後退するのに併せて、地中海に派遣されてきたのだ。


 2隻の大和型戦艦は本年初頭に就役したばかりだったが、後退する常陸型戦艦や本土に残されている長門以下の戦艦群からも古参の下士官兵が引き抜かれていたから、乗員の練度は平均すれば決して低くはないらしい。

 笠原大尉も敵味方識別帳などに記載された情報以上のことは殆ど知らなかったが、長門型や常陸型などに搭載されている41センチ砲よりも長砲身の新型砲を搭載しているという噂だった。

 主砲塔も日本海軍の戦艦主砲として初めて採用された三連装砲を3基、計9門搭載しているから、火力は従来の戦艦を凌駕しているのは間違いないようだった。


 この2隻の大和型戦艦と金剛型戦艦、金剛、比叡が戦艦分艦隊の主力だった。K部隊の2隻のキング・ジョージ5世級戦艦も船団を護衛してニースに到着した後は戦艦分艦隊の指揮下で艦砲射撃任務に付くはずだった。

 その後は状況にもよるが、しばらくの間は2隻ずつの3個戦隊が交互に補給と休息を行いながら海岸地帯への支援砲撃を継続的に実施することになるのではないか。



 勿論ニース近海に展開して上陸部隊を支援しているのは戦艦だけではなかった。日本海軍の8隻もの大型空母とその護衛についている数多くの巡洋艦や駆逐艦も控えていた。

 今の所、上陸第一波部隊となった日本陸軍部隊の揚陸作業も順調に進んでいるらしかった。全軍の先駆けとなって真っ先に上陸した海軍陸戦師団に続いて、それぞれ3個師団と支援部隊からなる重装備の2個軍も揚陸を開始していた。

 後続部隊の上陸を支援するためか、迅速な進撃よりも港湾部を含むニース市街地の確保を優先したために、橋頭堡の面積はさほど広がってはいないが、前線では強固な防御態勢が構築されつつあるようだ。


 一部では確保された飛行場に陸軍機まで進出を開始しているという情報も入っていた。この時点で空挺部隊の降下から敵味方共に大混乱だったローマへの上陸作戦時に比べれば、当初の作戦計画通り順調に進んでいるはずだった。

 むしろ、ヴィシー・フランスやフランス本土に駐留するドイツ軍など枢軸軍の初動は、シチリア島やローマと比べても鈍いような気がしていた。

 主戦線であるイタリア半島や激戦が続いているらしい対ソ戦線に過半の戦力を送り込んでいるのか、あるいは組織的に行っていたという本命であるニース以外への国際連盟軍の上陸を伺わせる欺瞞情報に踊らされて、枢軸軍は貴重な戦力を分散してしまっていたのかもしれなかった。


 何れにせよ、雑多な船団を護衛してニースまで向かわなければならないという面倒はあるものの、今回の作戦ではK部隊には特段の危険は無いはずだった。

 ニースに到着後はしばらくは艦砲射撃に従事することになるから、ドイツ空軍などによる空襲による反撃は十分に考えられるが、自前の空母部隊に加えて上陸支援を行う日本海軍の空母部隊が近海にいるのだから、少数機による奇襲ならばともかく、大規模な攻勢であれば援護も受けられるはずだった。



 しかし、自分にそう言い聞かせながらも、統制の取れない様子の自由フランス軍の船団を眺める笠原大尉は、漠然とした不安を拭い去ることが出来なかった。

 もしも危機が訪れるとすれば、それは思いがけない所からやってくる。そう思っていたからだ。


 ふと、慌ただしい気配を感じて、笠原大尉は振り返っていた。アンソンが抜錨するには早すぎる時間だった。この様子では出港しても港外で船団が航行陣形を組み終わるのを長時間待たされる羽目になりそうだった。

 だが、艦橋入口あたりが騒がしかった。慌ただしくしているのは、アンソン固有の乗員ではなかった。伝令が入ってきたのか司令部要員が集まって怪訝そうな顔を向けていたのだ。


 笠原大尉が眉をしかめて司令部要員達に近づくと、参謀の一人が無言で通信用紙を突き出していた。司令部要員はその用紙を回していたらしい。

 ―――哨戒艦……島風が東進する艦隊を発見した、だと……

 これがK部隊に訪れた危機なのだろうか。眉をしかめながら笠原大尉はそう考えていた。

零式艦上戦闘機の設定は下記アドレスで公開中です

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/a6.html

戦時標準規格船の設定は下記アドレスで公開中です

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/senji.html

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/senji2.html

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/senji3.html

大和型戦艦の設定は下記アドレスで公開中です

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbyamato.html

常陸型戦艦の設定は下記アドレスで公開中です

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbhitati.html

三原型海防空母の設定は下記アドレスで公開中です

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cvmihara.html

島風型駆逐艦の設定は下記アドレスで公開中です

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/ddsimakaze.html

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