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1944コルシカ島沖海戦14

 従来、高々度からの水平爆撃は威力は大きいものの、対艦攻撃の主力とはなりえないと考えられていた。



 確かに高々度から投下された爆弾は重力に引かれて加速していくから、着弾時の運動量は大きかった。それに軽快な急降下爆撃機よりも、多発の重爆撃機の方が運用可能な爆弾の重量も大きかった。

 ただし、急降下爆撃と比べると高々度からの水平爆撃は命中精度が低かった。投弾から落着までの時間が長いから、腕の良い艦長であれば容易に爆撃隊の照準を見切って回避することは難しく無かった。

 それ以前に着弾までの間に風速などの気象条件の変化によるズレが生じやすいから、照準した地点に正確に落着する可能性も低かったのだ。


 だが、高々度からによるものという悪条件に加えて、水平爆撃の基本戦術である編隊単位で一斉に同一目標に向けて投弾する公算爆撃ではなく、単機ごとの爆撃であったにもかかわらず、ローマ沖では投下された爆弾は恐ろしいほどの命中率を叩き出していた。

 一度の爆撃で重巡洋艦2隻、空母1隻それに直掩についていた駆逐艦3隻が沈んでいたのだ。他にも、K部隊に配属されていた戦艦ウォースパイトにも被害が出ていた。


 着弾時に発生した水柱や損害などから、この時に投下されたのは1トンから2トン程度の大型爆弾であると考えられていた。これは重量だけ見れば新鋭戦艦の主砲弾にも匹敵するものだった。

 直撃を受けた重巡洋艦や空母はもちろん、駆逐艦であれば至近弾の衝撃でも致命傷となり得た。



 これは水平爆撃にしては驚異的な命中精度だった。あり得ない数値と言っても良かった。最精鋭の急降下爆撃隊でもここまでの精度を出すのは難しいのではないか。

 だが、現在ではこの命中精度を叩き出した原因も判明していた。おそらくは投下された爆弾が何らかの手段で誘導されていたというのだ。


 電波を用いた無線操縦自体に関しては、安全性の為に無人化が図られていた標的艦などで日本海軍でも実績があった。それどころか同種の爆弾も日本本土では研究中であったらしい。

 海戦の詳報が出てから早期に使用された爆弾の正体が判明したのも、その研究成果があったからではないか。

 前線での艦隊や陸上部隊での勤務が長かったから、笠原大尉もそのような機密度の高い兵器開発に関しては詳しくはないが、おそらく日本軍でも同種の兵器は実戦投入間近なのだろう。



 ただし、実際に誘導爆弾による爆撃の洗礼を受けた笠原大尉達にとっては腹立たしいことに、前線部隊ではともかく上層部ではK部隊を襲撃したこの誘導爆弾の驚異をそれほど高くは見ていないようだった。

 すでに、誘導爆弾に対する対抗手段が出回っていた。それによれば、投弾母機を早期に発見することさえ出来れば、それ程大きな脅威とはならないとされていた。


 K部隊が襲撃された際に確認されていた爆撃機は、ドイツ空軍のDo217だった。当初は時速500キロを超える高速爆撃機として知られていたが、エンジンの大出力化や空気抵抗の削減などで開戦以後は戦闘機の高速化が飛躍的に進んでいたことから、その速度性能も相対的に色あせていた。

 それにDo217は日本軍で言えば陸軍の九七式重爆撃機程度の機体で、重爆撃機に類別されてはいたが双発で機体規模もさほど大きくないから、搭載量も限られていた。


 その程度の機体では1トンを超える大型爆弾を搭載して長距離を飛行するのはかなりの負担がかかっているはずだった。

 爆弾の重量だけでは無かった。そのような爆弾は外寸も大きいから、機内の爆弾倉に収容することは難しいはずだった。だからといって機外搭載となれば空気抵抗源となるから飛行性能に与える影響は大きいだろう。


 交戦した戦闘機隊搭乗員からの報告や、ガンカメラで撮影された不鮮明な写真からすると、使用されたDo217の主翼には延長されている形跡があった。

 目撃例が少ないから確度は低かったが、大型爆弾を機外搭載する為、通常型よりも揚力を稼ぐために特に改造されたのだとすれば納得は容易だった。


 しかし、そのようなやり方は姑息で変則的だった。本来であれば爆弾の重量に見合った規模の機体を用意すべきだった。大型の4発重爆撃機であれば爆弾の機内搭載も可能だったし、機体に小手先の改造を加えて飛行特性を変質させる必要もないはずだった。

 ドイツ空軍は大型機を用意するのも困難になっているのではないか。あるいは、そのような大型機は機動性に劣るから対艦攻撃には向いていないと判断したのかもしれない。



 何れにせよ、主翼を多少延長したところで爆弾を搭載したDo217の飛行性能は劣悪なものだったはずだ。そのような機体で正確に投弾位置に機動するのは至難の業ではないか。

 あるいは、そのような水平爆撃時の照準の困難さを補うための誘導爆弾であるとも言えるが、誘導が目視によるのであれば、投弾後も母機はその場に留まらざるを得なかった。

 その間は対空砲火や迎撃機の脅威下に置かれることになるし、悪天候などの視界不良時には命中精度はかなり低下してしまうはずだ。


 実際、K部隊が襲撃された際も、戦闘後半になって偶然飛来したイタリア海軍戦闘機隊が戦闘に加入した後は、誘導爆弾の精度は明らかに悪化していた。

 あるいは目標が脆弱な空母から、対空砲火の充実した新鋭のキング・ジョージ5世級戦艦を含むK部隊本隊に切り替わったことで、対空砲火による妨害効果を無視できなかったのかもしれない。


 爆弾の誘導が本当に高々度からの目視で行われていたのだとすれば、目標となるK部隊の艦艇と投弾母機との間に広がる空域で次々と起爆する高角砲弾によって視界も阻害されていたはずだ。

 場合によっては高角砲弾の弾種を対空榴弾ではなく、煙幕弾を使用することで意図的に視界を遮るのも効果があるかもしれなかった。



 ローマ沖でK部隊に配属されて撃沈された空母はハーミーズだった。世界最初の空母の座を日本海軍の鳳翔と競い合った古参の空母だったが、それだけに今では旧式化していた。

 基準排水量も条約型巡洋艦程度の一万トン級で速力も限られていたから、搭載機数は少なかったし、高速で大重量の新型機を運用するのも難しかった。


 当時ハーミーズに搭載されていたのは、マートレット、つまり零式艦上戦闘機の英国仕様とソードフィッシュの2機種だった。

 元々旧式化していたハーミーズは船団護衛部隊への配属が多かったから、もっぱら対潜哨戒機として運用されているソードフィッシュが搭載されていた。搭載可能な機数もさほど多くないから、固有の飛行隊も一個のみだったらしい。


 ソードフィッシュは、複葉三座で鋼管羽布張り構造の古式ゆかしい機体構造の旧式機だったが、対潜哨戒には有用だったようだ。

 日本海軍遣欧艦隊のように高速戦闘機の援護を受ける機動部隊に襲撃を掛けるにはその性能は不足しているが、低速の潜水艦を相手にするのならば多少飛行速度が遅くとも違いはなかった。

 むしろ信頼性が高く低空、低速時の安定性に優れたソードフィッシュは対潜哨戒機としては新鋭機よりも有用性が高いのかもしれなかった。



 だが、主隊から離れて敵地近隣まで果敢に攻め込むK部隊に配属されたハーミーズは、ソードフィッシュの半数を降ろして戦闘機の搭載が求められていた。

 そこで搭載されたのがマートレットだったが、実際にはその戦闘能力には限界があった。原型となった零式艦上戦闘機は後継機が制式化された今でも日本海軍の正規空母部隊で運用が継続されていたが、それは段階的な性能向上が図られていたからだ。


 激戦の続く地中海戦線に投入された日本海軍空母部隊は、防空能力を高めるために空母の搭載機において戦闘機の比率を上げていた。

 搭載されたのは防弾板や機銃を追加して防御力、火力共に高められた零式艦上戦闘機だった。勿論重量化した機体に対応するためにエンジンもより大出力のものに変更されていた。

 エンジン換装や翼面形状の変更で見た目の上でも零式艦上戦闘機の変化は著しかったが、ハーミーズに搭載されていたマートレットは初期型を原型としたものだった。



 英国海軍により高性能の戦闘機が存在しないわけではなかった。現行型の零式艦上戦闘機も英国仕様が存在していたし、最近ではようやく英国製の高性能な単座戦闘機も配備されるようになっていた。

 だが、空母としては最初期に建造されたハーミーズの艦載機運用能力はすでに陳腐化しており、現行のものより性能に劣っていたとしてもより軽量で翼面荷重も小さい初期型の零式艦上戦闘機を搭載せざるを得なかったのだ。


 ローマ沖での戦闘ではドイツ空軍も護衛の戦闘機部隊を投入していた。性能だけではなく数の上でも水を開けられていたハーミーズ戦闘機隊は、イタリア軍機が参戦するまでドイツ空軍の重爆撃機隊に手を触れることも出来なかったのだ。

 それに旧式化したハーミーズは搭載された対空砲も貧弱だったし、直衛の駆逐艦も旧式艦ばかりが充てがわれていたから、自らの対空火力で重爆撃機に対抗するのも難しかったはずだ。



 現在のK部隊の陣容はこの戦闘の戦訓を受けて艦隊航空戦力が大幅に増強されていた。艦隊司令官であるカナンシュ少将がそれまで配属を待望していた艦隊型空母がようやく配属されていたのだ。

 K部隊に新たに配属されたのはフューリアスとインディファティガブルの2隻だった。


 この内、フューリアスの方はそれほど戦力として期待できなかった。同艦は元々先の欧州大戦時に建造された大型軽巡洋艦を空母として改装したものだった。

 就役時期で言えばハーミーズと大して変わらなかったから老朽化が進んでいた。この作戦が終了する頃には退役してもおかしくない、そんな声まで上がっていたほどだった。


 ただし、基準排水量でハーミーズの倍はあったし、原型が特異な大型軽巡洋艦だったから速力も高く、数は少なくとも新鋭機の運用も可能らしい。

 空母部隊の主力として使うのは難しいにしても、補助的な任務を担う軽空母としては十分な働きをしてくれるのではないか。

 笠原大尉がそう考えるのも、K部隊に配属された空母のもう1隻であるインディファティガブルに大きな期待が掛けられていたからだ。



 インディファティガブルは昨年末に就役したばかりの新鋭艦だった。英国海軍が本格的な装甲空母として建造したイラストリアス級空母の最終6番艦だったが、5番艦であるインプラカブルと共に改イラストリアス級として別級扱いされることも多かった。

 両者の艦体構造には大きな差がなかった。イラストリアス級が建造された英国本土には歴史のある造船所が多かったが、それだけに造船所の配置や機材が旧式化しているところも少なくなかった。

 詳しくは笠原大尉も知らないが、イラストリアス級空母もその弊害を被ってしまっていたらしい。建造や修理に使用できる船渠の寸法に制限があるものだから、全長に対して全幅の大きな肥えた船型とならざるを得なかったらしい。

 そのような事情が早期に解決できるとは思えないから、艦体の抜本的な大型化は難しかったのだ。


 だが、イラストリアス級空母は巡洋艦程度の備砲にも耐久できるという頑丈な装甲が施された結果、搭載機数に大きな制限が課せられていた。

 イラストリアス級の装甲は、日本海軍の翔鶴型などとは異なり飛行甲板を形成する水平装甲だけではなく、格納庫を覆うように艦体側面となる垂直面にも施されていた。

 対航空機戦闘のみを前提とすれば、敵艦備砲による近接射撃に対応した垂直装甲は被弾率が低いから無用の存在に思えた。実際、広大な太平洋で行われる米海軍主力に随伴する敵空母部隊との航空戦闘を想定した翔鶴型では垂直装甲は廃されていた。

 もっとも欧州、特に視界の悪化する荒天が連続する北海やバルト海などでは状況は別かもしれなかった。今次大戦においても視界不良で航空機が運用できない環境の不帰遭遇戦で敵戦艦と遭遇して撃沈された英空母もあった。


 インディファティガブルを含む後期建造艦は、そのようなイラストリアス級空母に抜本的な改良を施した新鋭艦のはずだった。

九七式重爆撃機の設定は下記アドレスで公開中です

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/97hb.html

零式艦上戦闘機の設定は下記アドレスで公開中です

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/a6.html

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/a6m4.html

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/a6m5.html

翔鶴型空母の設定は下記アドレスで公開中です

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cvsyoukaku.html

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