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1944コルシカ島沖海戦5

 今次大戦開戦より5年が経過したこの時期、日英軍は火力戦を念頭においた体制へと移管していた。開戦初期にドイツ軍が行ったような機動戦を行うのは、すでにどの参戦国でも難しくなっていたからだ。



 開戦当時ドイツ軍がポーランドやフランスに圧倒的な勝利を収めたのは、戦車部隊を中核とした機動力を活かした機械化部隊の活躍もあったが、相手側の戦争準備が整っていなかった為でもあった。

 それに短時間であれば意表をついた機動の連続で敵司令部機能の麻痺を狙うことも出来たが、現在の東部戦線のように長期化した戦闘では、開戦初期のような電撃戦など不可能だった。

 攻め込むべき土地が遠すぎて、仮に機動戦を強行したとしても数少ない機械化部隊のみでの突出を余儀なくされてしまうからだ。

 ドイツ宣伝省が公開している華々しい宣伝写真などとは異なり、一部の装備優良部隊を除けばドイツ軍一般師団の輸送手段は、その多くを馬匹に頼っていたから、戦線を移動させる速度を最低速度に合わせなければならない以上は、機械化部隊であっても長期的に見れば前世紀のそれと同じ程度の速度にしかならなかったのだ。


 このような状況が出現したのは、東部戦線だけではなかった。北アフリカ戦線の分水嶺となったエル・アラメインの戦闘でも、ドイツ・アフリカ軍団は前線を突破することに成功しながらも、敵軍予備部隊の投入で足止めをくらった所になりふり構わぬ火力を叩き込まれて後退を余儀なくされていた。

 もはや、相応の火力が追随出来ない限り機械化部隊による浸透など絵空事に過ぎない、各国の軍事関係者にとってそのような共通認識が生まれようとしていたのだ。


 日本軍などでは150ミリ程度の大口径榴弾砲でも機械化部隊に随伴可能な自走砲化が図られているようだが、76ミリ野砲程度ならばともかくここまで大口径になると戦車に準じた車体規模では、十分な数量の弾薬を積み込むことは出来ないのではないか。

 最近では音響観測などによる高精度の観測機材が充実してきたことで、対砲兵戦闘などでは位置を特定されないために短時間で射撃を切り上げる場合が増えていた。

 こうした場合には迅速な陣地転換が可能な自走砲が有利であると考えられるが、腰を据えて継続的な射撃を行うのであれば、自走砲でも従来型の牽引砲と比べて大きな利点は望めないだろう。

 火力を機械化部隊に追随させるのは容易なことではなかったのだ。



 火力戦を前提とした日本軍は、数々の重装備をイタリア戦線に投入していた。


 フランスがドイツに降伏する前、対日関係が良好であった頃の情報では、日本陸軍は師団砲兵隊の装備をそれまでの野砲と軽榴弾砲の組み合わせから、軽榴弾砲と15センチ級の重榴弾砲の組み合わせへと一回り大口径化を図っていた。

 日本国内の道路事情や工業化が進んだことから、日本陸軍は兵站部隊などへのトラック装備、機械化が進められていた。砲兵の大口径化は、牽引車両の充実の他に、このような兵站部隊の高機能化もあってのことなのだろう。

 装備だけが充実しても兵站が疎かでは火力戦などの長期戦には対応できないからだ。


 強化されたのは師団砲兵隊だけではなかった。戦時に軍団直属部隊として配属される独立砲兵部隊は、以前装備していた15センチ級の大射程榴弾砲を一般師団砲兵隊に譲り渡しているようだった。

 勿論、以前同様に重榴弾砲を装備している部隊もあるのだろうが、多くはより大口径の20センチ級の榴弾砲や大口径カノン砲に装備を切り替えているものと考えられていた。



 それだけではなかった。イタリア戦線には日本軍の列車砲も持ち込まれているようだった。前線よりはるか後方にあったはずのドイツ軍の砲陣が遠距離からの砲撃によって一方的に破壊された事が何度かあったのだ。

 当初は、後方への退避が間に合わずに爆破処置されたはずのドイツ軍の列車砲が鹵獲されて使用されているのではないかと考えられていたのだが、着弾点の測定や航空偵察などから日本軍が持ち込んだ列車砲が確認されていたのだ。


 実は、この砲の諸元については大部分が既知のものだった。原型となったのがフランスのシュナイダー社から輸出された砲だったからだ。

 日本軍に売却されたのは10年以上前のことであり、同社で製造されたのも砲身のみで車体部分などは日本独自のものであったとはいえ、砲身などの基部を交換しない限り基本的な性能に変化は無いはずだった。


 友邦シベリア=ロシア帝国を支援するために、日本陸軍ではシベリアに展開する部隊にシュナイダー社から売却された砲や、これを原型として新規に日本国内で製造された列車砲が何編成か配属されていたらしい。

 バイカル湖畔に両勢力によって幾重にも構築されたトーチカ群を突破するためだったのだろう。

 だが、ソ連によるシベリア=ロシア帝国への進攻が当分はありえないとの判断から、そのうちの一部がイタリア半島に持ち込まれたようだった。



 もっとも、フランス軍情報部では、これら装備面での優越は日英軍などの火力戦体制に対して表面的な見方に過ぎないと判断していた。

 確かに大口径の列車砲や独立部隊配属の重砲などの威力は大きかったが、砲弾の寸法が大きくなるから装填時間は長くなるし、砲架の射界も狭いから砲座の構築や撤収には野砲などよりも多大な時間がかかるはずだった。

 それに英国軍に至ってはそのような大口径砲に大きな期待をかけることなく、砲兵隊の主力は野砲と軽榴弾砲の中間と言っても良い扱いの25ポンド砲で占められていた程だった。


 日英軍の火力戦を支えているのは、数々の機材というよりも、それらを運用する組織体系であると判断されていた。

 枢軸軍側に対して、日英を含む国際連盟軍は火力を要地となる敵陣地に集中する傾向があった。その陣地に相対している部隊の砲兵隊からだけではなかった。上位の軍団配備の独立部隊どころか、隣接する他師団の砲兵からも集中射撃が行われている様子があったのだ。

 だが、従来の重層的なピラミット型の指揮系統ではそのような柔軟な対応は難しいはずだった。従来では軍団砲兵はともかく、師団砲兵隊は特定の師団戦区を管轄する師団長の下で、同じ師団の歩兵、戦車連隊などを支援することになるからだ。


 日英軍の現状を確認する限りでは、少なくとも砲撃戦に関しては従来型の軍団長から師団長、連隊長と上級から下流に繋がる縦割りの指揮系統とは別個に、それら縦割りの指揮系統を縦断する指揮系統が存在するはずだった。

 砲撃の指揮系統に関しては、軍団か、軍クラスの上級指揮官に直属する砲撃司令官とでも言うべき立場の指揮官がいるはずだった。


 おそらく、その指揮官は少なくとも旅団長か師団長級の将官が任命されているのだろう。そのような権威がなければ、各級部隊の指揮系統を飛び越えて各砲兵隊に優先目標を指示することなど出来ないからだ。

 勿論、彼の元にあるのは上級司令部直轄の独立砲兵だけではなかった。各師団砲兵隊などと綿密な連絡をとりあうための有力な通信部隊や前線部隊に随伴する観測部隊も指揮下においているはずだった。

 最近の日英軍は、戦車中隊などでも主力となる中戦車や歩兵戦車の他に軽戦車の随伴が確認されていたが、中隊の指揮や連絡用でなければその軽戦車も前進砲兵観測仕様なのかもしれなかった。

 イタリア戦線の制空権は国際連盟軍側が優位にあったから、各級の観測機や最近では回転翼機による空中からの着弾観測や偵察の効果も無視できないはずだった。



 実のところ、このような変則的な指揮系統は、これまでにも確認されていた。東部戦線で対峙するソ連軍も同様の柔軟な火力戦用の指揮系統を有していると考えられていたのだ。

 イタリアに展開する現在の日英軍と同様かどうかは分からないが、少なくとも砲撃戦に関しては砲兵隊は直属指揮官ではなく、上級司令部の砲兵司令官の指揮を受けることが有るらしい。


 考えてみれば、これは不自然な状況ではなかった。英国軍はともかく、日本軍は友邦シベリア=ロシア帝国を支援するためにシベリア地方に有力な部隊を駐屯させていたが、それと同時に仮想敵であるソ連軍の軍事情報の把握にも注力していたはずだった。

 そうであれば日本軍はソ連軍を研究した結果として類似した指揮系統を保有していたとしてもおかしくはなかった。

 それに両国はバイカル湖畔にトーチカ群を構築していたから、この厳重な防衛線を突破するため、あるいは敵の攻勢をトーチカ群で阻止するために火力戦に特化した機材や指揮系統の研究が盛んに行われていたのではないか。



 ただし、日本軍の場合はこの指揮系統が把握しているのは砲兵隊だけではないと考えられていた。

 開戦以後、日本軍の攻撃機部隊は格段に強化されていた。従来、日本陸軍航空隊は大型の双発重爆撃機を長距離攻撃任務に使用しているとされていたが、最近ではフランス本土などに設けられた独空軍航空基地などに襲撃を掛けるのは、より大型で装備の充実した4発の重爆撃機に限られていた。

 その一方で、双発の重爆撃機はその軽快さを活かして前線での航空支援に転用されているようだった。


 また、それよりも小型の単発機もそれまでとは機種を一変させていた。フランスがドイツに降伏する以前の日本軍では、戦術偵察機を兼用した単発複座の軽攻撃機を襲撃機として運用していたのだが、原型となった偵察機共々北アフリカ戦線後半頃から姿を消していた。

 軽快な単発機とは言え旧式化が進んでいたから、激戦の続く地中海戦線の航空戦で生き延びることができなかったのだろう。


 その代わりに、日本軍では軽快な各種戦闘機に爆装を施して攻撃機として運用するのが常態化しているようだった。

 同時期、英国軍でも戦闘機としては旧式化したハリケーンに大口径機銃を装備して対地攻撃機に転用していた。日本軍もこれに習ったのではないか。


 もっとも、戦闘機の攻撃機への転用は国際連盟軍に限った話では無かった。ドイツ空軍も旧式化が進んでいたJu-87急降下爆撃機の代わりにFw190などの単発単座の戦闘機を転用する場合が増えていたのだ。

 最近では戦闘機でもエンジンの大出力化によって搭載量が増大していたし、爆装を投棄すれば戦闘機同様の軽快さを発揮できるから、専門の攻撃機よりも残存性は上がっていたのだ。


 ただし、こうした戦闘機転用の攻撃機は、搭載量はともかくとして専門の攻撃機と比べると対地攻撃専用の爆撃照準器の不備や、機体構造から命中率の高い急降下爆撃を行えずに爆撃は中途半端な緩降下に限られるから、単純に対地攻撃時の効率だけみれば機能は限定されているとも言えた。

 ドイツ空軍の場合は、制空権の確保が望めない状況で急激に悪化した急降下爆撃機の損害を補うために、やむを得ずに花形だった急降下爆撃飛行隊をそれまで傍流だった地上攻撃飛行隊に転科して戦闘機を代用としていたのだ。

 しかし、日英軍の場合は即応性と集中によって対地攻撃能力の不足を補っている傾向があるようだった。



 特に日英軍の単発単座の攻撃機は、砲兵と連携して地上部隊の支援を行っている様子があった。少なくとも日本軍は、航空部隊による地上部隊への密接な支援に関して以前から経験を有しているはずだった。

 中国国内では、満州地方が実質上独立した後もソ連から支援を受けた共産主義勢力と国民党政権軍による内戦状態にあった。日本帝国は、これに対して共産主義勢力の浸透を阻止するために、国民党政権への兵器売却と共に以前から軍事顧問団の派遣を行っていた。


 中国国内の状況は内乱と言っても良かった。フランス政府も戦前に上海などに駐留していた武官などから相応の情報を得ていたのだ。

 ただし、背後にソ連の影が見えるとはいえ共産主義勢力は重装備に乏しかった。その代わりに兵員数は多く、士気の低下した国民党政権の一般部隊に対して極端に不利ということはないようだった。


 日本軍も幾度か共産主義勢力に対して満州や上海近郊などで出動する事があったらしいが、重装備の日本軍などは数で勝る共産主義勢力に対して、圧倒的に優位な航空戦力で対抗する事が多かったようだ。

 だが、そのような航空支援には迅速性が要求されていた。下手をすれば弾薬の尽きた友軍が逆に殲滅されてしまうからだ。

 それで無線機を携行した航空隊将校が前線部隊に同行することで密接な航空支援を可能とする体制が構築されていたのではないか。



 おそらく、今次大戦において日本軍は総合的な火力戦を行うために、元々は砲兵隊を指揮するための組織を強化して、航空支援を含めた火力支援を指揮統制するための司令部を軍司令部に併設しているのだろう。


 そうだとすると先ごろの枢軸軍に生じた損害低減の理由も説明がつきそうだった。

 その火力統制組織に何らかの齟齬が生じた結果、不必要な箇所に火力の集中が起こり、逆にこれまで集中攻撃されていたような要地に向けられる火力が低下していたのではないか。それならば友軍に撃ち込まれた砲弾の総数に変化がないのに損害が減少するという不可思議な減少に説明がつくのだ。


 だが、この推測が正しい場合は、別の状況が生じるはずだった。国際連盟軍はそのような大規模な火力戦の展開を前提とする火力調整組織を必要とするほどの戦線を新たに構築しようとしているのではないか。そう考えられたのだ。

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