表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
293/816

1943馬渡―ショルフハイデ7

 ユ号弾開発計画で研究が進められている誘導方式の一つである音響高調波感応方式は、その名の通り弾頭に備えた集音器で捉えた音響の方向に向けて爆弾自らが誘導を行うものだった。

 勿論、音響と言っても何にでも反応するというわけではなかった。誘導装置の集音器が捉えるのは艦砲の発砲による衝撃波によって発生した音響高調波だった。

 つまり、この誘導方式では艦砲射撃を感知してその方向に突入することになっていたのだ。


 これに対して、熱源追尾式が探知するのもその名の通り熱源だった。こちらが弾頭に備えるのは集音器ではなく感熱装置や熱源増幅装置だった。

 熱源追尾式は、敵艦の煙突から排出される高温の排煙などから放射される熱源を探知し、その方向に爆弾を追尾誘導するものだったのだ。


 この2つの誘導方式は、開発が先行する電波誘導方式と異なり、爆弾に備えられた動翼の操縦系統は弾頭部自体に置かれていた。電波誘導方式が投弾母機に誘導系を置いているのに対して、爆弾弾体自体に誘導系が備えられているのが特徴だったのだ。

 これは操縦に人の手が掛からない完全な自律式だったから、着弾まで爆撃手による誘導操作が必要な電波誘導方式と違って、投弾後は母機による操作は必要ない撃ち放し式だったのだ。


 母機の安全を図るのであれば、2つの誘導方式は有力な選択肢だと言えた。投弾後は直ちに自由な回避行動をとれるからだ。



 だが、この自律式の誘導方式には電波誘導方式と比較すると大きな問題があった。

 爆撃手が直接誘導する電波誘導方式と違って、当然の事ながら自律式の誘導方式では弾体に備えられた誘導装置が標的を独自に探知して誘導する必要があった。

 だが、自律式の誘導方式ではこの時に標的を個別に認識する事が原理上難しかったのだ。


 個別認識といっても、特定の個艦を識別する程の能力までは要求されていなかった。

 状況によっては損害を被った1隻にとどめを刺すために集中攻撃する場合や、逆に単一の標的を重複攻撃することを避けるために攻撃目標を分散させる場合もありうるが、爆弾自体に誘導系を設ける以上、将来的にはともかく現状の技術では人間の爆撃手の判断で誘導する電波誘導方式ほどの柔軟性は期待できないという認識が当初からあったからだ。

 しかし、自律式の2つの誘導方式は個艦の認識どころか、艦種の類別すら困難だと考えられていた。



 音響高調波感応方式の誘導爆弾を対艦戦闘で運用する場合、誤射を覚悟で友軍艦艇との砲撃戦中に敵艦を空襲するという変則的な手法を取らない限り、航空隊単独での攻撃に用いられるはずだった。

 敵艦隊による対空射撃を誘発した上で、その発砲音の音源に向かって誘導爆弾を追尾させようというのだ。


 つまり目標となるのは、正確に言えば敵戦艦の高角砲ということになるのだが、問題はこの高角砲の装備数にあった。単純に大型艦だから装備数が多くなるとは限らなかったからだ。

 日本海軍の場合、戦艦と空母の高角砲の装備数は概ね同等だった。例えば連装65口径10cm高角砲を、遣欧艦隊に配属された常陸型戦艦は12基、天城型空母は10基装備していた。


 他国海軍でもこの装備数はあまり事情は変わらないのではないか。だから、対空戦闘に限定すれば音響から戦艦と空母を識別するのは困難だったのだ。

 そして最近になって各国海軍で就役している高角砲を集中的に装備した防空巡洋艦がさらに問題を複雑化させていた。日本海軍の新鋭防空艦である米代型軽巡洋艦では高角砲の装備数は12基にも達していた。つまり音響の点では場合によっては巡洋艦すら同等の反応を示すようになってしまっていたのだ。



 このような事情は熱源追尾式でもさほど変わらなかった。こちらの場合は艦種によって要求される速力が異なることが遠因となっていた。

 敵艦に雷撃を敢行することを目的とする駆逐艦や、これの嚮導艦となることを期待された軽巡洋艦では、敵艦からの砲火をかいくぐって理想的な射点までたどり着くために他艦種よりも高速性能が要求されていた。

 水雷戦隊の迎撃や、逆に敵艦隊の迎撃網を火力で啓開して支援を行わなければならない重巡洋艦や一部の大型軽巡洋艦もこれに準ずる速力が必要だった。


 これが空母の場合は少しばかり事情が異なっていた。搭載機数の少ない護衛空母はともかく、機動艦隊に配属されるべき艦隊型空母では、敵航空戦力を突破して敵艦隊に有効打を与えるために、攻撃隊一回あたりの出撃機数を重要視していた。

 だが、攻撃隊の数が増大した場合、発艦に時間の掛かる射出機を多用するのは難しいから、離陸重量に応じて飛行甲板のあるべき箇所に事前に配列される搭載機の数がそのまま攻撃隊の数となった。


 この事前の配列位置は発艦時の重量と離陸速度から求まるのだが、この離陸速度に達するためには発艦する機体による速度と母艦が前進する際に得られる合成風力に依存していた。

 だから、母艦の速度が高ければ高いほど攻撃隊の機数を増大させることが可能だったのだ。それに着艦時も母艦の速力が着艦機の失速速度に近ければより安全だった。


 その一方で、戦艦のような水上砲戦を最優先した艦艇の場合、速力は戦略的な展開速度には大きく関わってくるものの、僚艦に追随できるある程度の水準さえ確保できれば、それほど高いものは要求されない傾向があった。

 仮に駆逐艦並の速力を発揮できる戦艦があったとしても、僚艦から突出しては使い道が限られるし、何よりもそのような高速力を発揮した状態では動揺が激しすぎて、戦艦主砲のような大口径砲を安定して射撃することは難しいのではないか。



 これらの事情は、結果的に艦種ごとの機関出力を平均化させることにつながっていた。大型艦になるほど高速性能を求めると要求される機関出力が級数的に増大するものだから、ある程度の速力に抑えた戦艦と速力を求めた巡洋艦では機関出力の逆転すらあり得たのだ。

 基準排水量で四万トンを超える巨艦である常陸型戦艦の機関出力は15万馬力程度だが、これは同三万トンに満たない翔鶴型空母以下の出力であったし、一万トンが上限の条約型巡洋艦である最上型大型軽巡洋艦や伊吹型重巡洋艦と同等でしか無かった。


 流石に排水量で一割にも満たない駆逐艦よりもは遥かに上ではあったが、艦隊型駆逐艦であれば機関出力は5万馬力程度はあったから排水量に比べればささやかな差でしか無かった。

 これが半ば将来型艦隊駆逐艦の実験艦としてただ1隻だけが建造された島風では出力が七万五千馬力に達していたから、駆逐艦でも2隻もあれば常陸型戦艦の出力に並ぶという奇妙なことがあり得たのだ。


 勿論機関出力がそのまま外部に放出される熱量に比例するというわけではないが、その基準とはなるはずだった。だから、熱源追尾式でも主力艦を狙うはずの大型爆弾が周辺に展開する護衛艦艇に向かってしまう可能性が高かったのだ。



 久慈少佐達、ユ号弾の研究班が電波誘導方式の開発を優先しているのにはこのような事情があった。航空隊の一義的な任務を敵主力艦への攻撃とするのであれば、現状では誘導爆弾の体系は最終的な誘導を人の手で行う電波誘導方式以外にありえない、少佐はそう考えていたのだ。


 そのあたりの矛盾をどう解決するつもりなのか、そう久慈少佐は矢坂大尉に質したのだが、大尉の回答は予想外のものだった。

「熱源追尾、音響高調波感応、このどちらの誘導方式をとるにしても誘導爆弾に限らず、航空攻撃の目標を主力艦である戦艦に限定している現状を見直す時期が来ているのではないでしょうか。

 軍縮条約の改定以後は、日米の主力艦比は向上していますし、後背どころか主要都市が集中する大西洋に戦力を分派せざるを得ない米海軍が太平洋に投入できる戦力を考慮すれば、政治的な状況次第では我が海軍の方が優位となる可能性も少なくないでしょう。

 このような状況で対戦艦攻撃に特化した兵器の開発に集中しては、航空攻撃による柔軟性を制限してしまうことになるのではないでしょうか。

 彼我の戦力に於いて遜色ないのであれば、自軍の損害を度外視して無理攻めを図るよりも、損害を極限させたほうが最終的な被害は小さくなるのではないでしょうか。

 この点において、主力艦を撃沈するのが困難であったとしても、熱源追尾、音響高調波感応方式の誘導弾は有効な兵器となりえるでしょう。

 この場合、戦艦を撃沈可能なほどの大型爆弾は必要ありません。駆逐艦程度を撃沈せしめ、巡洋艦に対して撤退を強要しえる程の損害を与える、その程度で構わないのです。

 その程度の爆弾では戦艦の分厚い防弾鋼板を貫通することはかなわないでしょうが、それでも高射砲などを破壊して抵抗力を削ぐことは出来るでしょう。また、この程度であれば、目標を問わず、かつどの艦艇に対しても威力過剰とはならないと考えられます。」


 久慈少佐は唖然として聞いていた。

「ちょっとまってくれ。だが、電波誘導方式のユ号弾であれば、熱源追尾や音響感応方式の信管が目標を発見不可能な、高角砲の射高外となる高々度からの直接投下によって損害を極限出来るはずだ。その点はどうなのだ」

 予め予期していたのか、矢坂大尉はよどみない様子で言った。

「確かに従来は重爆撃機による高々度からの投下は、それだけで対空射撃に対する障壁として働いていました。ですが、このような状況がいつまでも続くとは思えません。

 むしろ、誘導爆弾を使用した重爆撃機による水平爆撃が多用されるようになれば、各国海軍ともこれに対応する兵装を備えるようになるでしょう。

 現在でさえ、照準を継続する為には高射砲の射程内にまで踏み込まなければならないのです。より大口径の砲であれば容易に高々度であっても鈍重な重爆を捉えられるのではないでしょうか」

「だが……少なくとも現状ではそのような大口径高射砲を備えた艦は存在していないが……仮にそのような高角砲を備えたとしても、追尾装置に目標を認識させるために高度を下げなければならない熱源追尾や音響方式の方が母機の危険度という点では上回るのではないか」


 矢坂大尉は不思議そうな顔でいった。

「海軍の新造戦艦、大和とかいいましたか。初期練成を終えた後は欧州に派遣されると聞いています。ですが、同艦では主砲、高射砲の他に軽巡洋艦主砲に匹敵する副砲を搭載しているとか……同砲は限定的ながら対空射撃が可能のため、重高角砲などと俗称されているそうですね。

 従来の高射砲と比べれば格段に大口径の同砲であれば高々度まで砲撃可能なのではないですか。大口径の多連装砲であるために、高射砲と比べると機動性は低いでしょうが、目標が鈍重な重爆であればそれ程大きな支障があるとは思えません。

 艦載機による近距離、多方向からの同時攻撃に対処するのは、旋回速度の遅い大口径砲では難しいでしょうが、原理的に少数機、あるいは単機での襲撃とせざるを得ない現状の電波誘導方式による誘導爆弾攻撃では、長距離から砲撃を行うことで砲の機動性の低さを補えるからです」

 久慈少佐は憮然とした表情になっていた。矢坂大尉が就役したばかりの大和型戦艦の情報を正確に得ていたからだ。どうやら陸軍航空本部は予想以上に情報収集能力が高いようだった。


 久慈少佐からの反論が無いのを確認したのか、矢坂大尉は更に続けた。

「熱源追尾方式信管の危険性の件ですが、自分は噴進弾の技術が応用できるのではないかと考えています」

「噴進弾だと……陸軍が対戦車砲に使用しているものか。だが、噴進弾に弾頭を据え付けたとしても、追尾可能な距離が格段に向上しない限り使用は難しいのではないか」

 久慈少佐は首を傾げていた。


「直接噴進弾を打ち込むわけではありません。例えば、敵艦の概略位置に向かって熱源追尾方式の信管を搭載した爆弾を噴進弾の弾頭として発射するのです。敵艦に接近さえできれば、あとは追尾式の信管に従って誘導することも可能でしょう。

 また、この噴進弾による目標至近までの運搬という手法は、電波誘導方式でも適用することが出来るかもしれません……」

「だが、電波誘導方式では爆撃手による誘導が不可欠だ。それには爆弾と目標を視認できる環境が必要となるが、噴進弾で遠距離から打ち込むのであれば、それは難しいのではないか」


 首を傾げたままの久慈少佐に、矢坂大尉は慎重そうな声で言った。

「これは技術的に可能かどうか、その検証から開始すべき段階ではありますが、現在のように誘導系を爆撃機主体に置くのではなく、爆弾本体を主として考えることは出来ないでしょうか。

 放送協会が帝都周辺ですでに遠隔地に映像を送り出すテレビジョン放送を開始していますが、噴進弾の弾頭に据え付けたカメラからの映像を爆撃機に搭載したテレビ受像機で受信できれば、噴進弾の視点で誘導を行えるでしょう。

 勿論、今現在の技術で容易に実現可能とは自分も考えておりません。ですが、現行の電波誘導方式が完成の域に達しているというのであれば、その後の技術開発の方針を選定すべき時期に来ているのではありませんか。

 現状で蓋然性の低い対米開戦を回避するための抑止力として限定的な機能を求めるだけであれば、それ程多数の電波誘導方式の弾頭は必要ないでしょう。

 それよりもこれをさらに改良した兵器開発に予算と技術力を集中させるべきではないでしょうか」


「そういうことか……つまり陸軍が電波誘導方式の弾頭を少数採用するというのは、段階的な技術開発を前提としているということか……」

 久慈少佐はそう言ったが、表情は苦々しかった。おそらく陸軍航空本部は近い将来における空軍創設を見越して、技術開発で主導権を握ろうとして長期的な開発計画まで模索しているのではないか、そう考えていたからだった。

常陸型戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbhitati.html

天城型空母の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cvamagi.html

米代型防空巡洋艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/clyonesiro.html

翔鶴型空母の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/cvsyoukaku.html

伊吹型重巡洋艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/caibuki.html

大和型戦艦の設定は下記アドレスで公開中です。

http://rockwood.web.fc2.com/kasou/settei/bbyamato.html

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ