1943ローマ降下戦46
ローマ周辺に展開する敵橋頭堡に向けて砲撃を繰り返していた列車砲が破壊されたらしい。そのような情報をシュラウダー曹長は撤退中の四号戦車の車内で聞いていた。
遠くドイツ本国から延々と続く鉄道網を伝ってイタリア戦線に投入されていた列車砲は、28センチという艦砲並の大口径砲であったらしい。
ドイツ軍にはもっと大口径の列車砲もあったが、そちらは特に堅甲な要塞などを破壊するために建造されたもので、発砲位置での組み立てや専用レールの敷設が必須であるなど運用面での制限が大きく、展開速度には大きな問題があるようだった。
それに対して今回投入されたものは、砲の規模としては格段に小さかったものの運用性は高いもののようだった。欧州内に構築された鉄道網であれば大半が通過できると言うし、急角度のカーブなどがあって砲列態勢では通過できなかったとしても、多少の分解を行えば短時間で通行は容易であるらしい。
今回もそのような汎用性の高さを利用して、ローマ郊外のトンネル内に隠蔽された状態で運用されていたようだった。
つまり発砲後はトンネル内に砲を引き込み、発砲前後の短時間のみトンネルから引き出していたというのだ。
そのように特に隠蔽に気を使った状態であったにも関わらず、その列車砲は橋頭堡からの反撃によってトンネルごと破壊されてしまったらしい。
実際には出入り口となるトンネル端部を破壊されて土砂に塞がれてしまったとか、破壊されたのは投入された2門のうちの1門だけだという噂もあったが、長射程の列車砲であっても無力化されてしまったという事実には変わりないだろう。
仮に残存する列車砲があったとしても、今後の運用はより慎重を来さなければならなくなるからだ。
それ以前に、国際連盟軍の上陸直後で橋頭堡が混乱していた時期ならばともかく、ローマを中心とした戦線が構築されてしまった今では、列車砲の優位性は大部分が失われてしまっていたと考えても良かったのではないか。
戦線といっても流動的で国際連盟軍の各隊は機動をしているか、あるいは友軍と接触している状態だったから、機動性の低い列車砲で狙い撃つのは難しかった。
だから目標は固定された物資集積所などになるが、海岸線近くを狙うのはすでに射程の面からも難しくなっていた。列車砲の射程そのものは戦艦主砲のそれすら凌駕すると言うが、有効射程はそこから更に短くなるし、戦線を押しやられている現状では着弾観測も難しかった。
観測機を上げれば話は別だが、上陸に前後した時期から国際連盟軍は航空戦力を橋頭堡内部に確保されたローマ郊外の複数の飛行場に派遣しているらしく、制空権では不利な状況が続いているようだった。
それに国際連盟軍はかなり大規模な砲兵部隊を上陸させていた。15センチ級の加農砲、加農榴弾砲、さらには大口径榴弾砲まで装備した重装備の部隊が確認されていた。
着弾箇所に生じた破孔や拡散した破片を分析した結果、そのような大口径砲の存在が明らかになったらしい。
だが、そのような大口径砲は大威力、長射程の一方で重量も大きいから小規模な部隊では兵站にかかる負荷が大きいことから運用は難しく、通常は師団砲兵隊ではなく独立した部隊を軍団や軍といった上級司令部直下に配属させることが多かった。
だから大口径砲の出現は、橋頭堡内部の国際連盟軍の規模が拡大していることをも同時に示唆していると言っても良いはずだった。
もっとも、実際の脅威は大口径砲そのものだけではなかった。上陸後しばらくしてから観測機が多数確認されるようになっていたのだ。
制空権が国際連盟軍に優位にあることを嵩にかかっているかのように、比較的高速な固定翼の軽飛行機ばかりではなく、鈍足ながらも空中に停止することも可能な回転翼機も投入されているようだった。
高速の戦闘機などと比べると観測機の撃墜は決して難しくはなかった。鈍足であるのに加えて、着弾観測などのために低空を単純な姿勢で飛行することが多かったからだ。
逆に速度差が有りすぎて戦闘機での迎撃が難しくなるほどであるらしい。
実際、ヘルマン・ゲーリング装甲師団隷下の高射砲部隊も、残存した高射機関砲などを用いてかなりの戦果を上げていたようだった。
しかし、その代償は大きかった。常時複数機が在空している観測機や、前線に展開する砲兵観測車によって誘導されたのか、前線近くで発砲した対空砲に対して熾烈な砲撃が繰り返されていたのだ。
貴重な対空砲はそのような対空砲潰しによって次々と消耗していったが、友軍の砲兵隊はこれに有効に対処することが出来ていなかった。
ドイツ軍の砲兵機材は他の列強各国軍の同種機材と比べると、口径の割に軽量である一方で射程は短いものが多かった。また、他国軍と比べると砲兵部隊を集中して運用するのではなく、前線の歩兵部隊などに配属して前進させることも多かった。
つまり重量級ながら長大な射程を持つ砲ではなく、軽量な砲自体を前進させることで火力に機動性を与えようとしていたのだ。
このようなやり方は攻勢が続いたこれまでは大きな問題とならなかった。むしろ前進する歩兵部隊は、配属される砲兵部隊による直接支援火力を部隊指揮官の命令によって受けることが出来たから、刻々と変化する前線の状況を反映して柔軟な対応をとることが可能だったのだ。
だが、防衛戦闘ではそのような利点を発揮させることは難しかった。機動性は低くとも射程の長い他国製の同種砲に対して、固定された陣地から前進できない状況では射程外から一方的な砲撃を受けてしまうからだった。
それに問題は機材の特性だけではなかった。機動力を重んじて構成されていたドイツ軍の組織は、腰を据えて長時間火力を集中させる火力戦に対応するのが難しかったのだ。
単に国際連盟各国軍が装備する砲兵機材にアウトレンジされるだけではなかった。機動戦ではなく大規模な火力戦闘を行うには、各隊から上げられた情報を集約して最優先となる目標を選択、さらに各隊に目標を指示する火力指揮統制組織が必要不可欠だった。
そのような指揮統制組織の指揮下に入るのは師団砲兵隊だけではなかった。迅速な火力集中には、軍団などに直属する重砲部隊や複数の師団砲兵を一手に管制できるかどうか、それが重要だったのだ。
火力統制組織には多くの機材や物資が必要だった。
陣地を変更することなく火力を進捗できる長射程の砲機材もその一つだったが、実際には砲の優劣に加えて火力統制には、十分な情報量を伝達する無線電話や観測機材と言った支援機材の性能も無視できない要素だった。
そして何よりも一瞬で火力を集中すべき箇所を見極める能力を持ち合わせた老練な砲兵将校、彼らが上げてきた情報を一元的に管理し、その情報を適切に加工する十分なスタッフを有する司令部が必要だったのだ。
だが、ドイツ軍ではそのような大規模な砲兵組織を構成するための要員を確保するのは難しかった。
元々機動戦を重視した結果、師団砲兵隊であっても連隊規模でまとまって運用するよりも師団指揮下の各隊に配属させるのが前提となっていたために、将兵を抽出された連隊司令部は貧弱なものでしか無かった。
師団砲兵隊がそのようなものだったから、軍団規模の火力統制を実施するのも難しいようだった。
国際連盟軍の重厚な火力戦に対応することが難しいドイツ軍にとって、射程外から神出鬼没に一方的な射撃を加える長射程の列車砲は、その実効果はともかくとして士気に与えていた影響は決して小さくは無いはずだった。
それと同時に、その破壊はやはり無視できない衝撃をドイツ軍将兵たちに与えていた。実際の損害以上に象徴的な意味合いを持つからだ。
列車砲を破壊したのは爆撃機や襲撃機による空襲では無いらしい。士気に与える影響を考慮したのか箝口令が敷かれていたが、砲撃の跡があったのは確かなようだった。
だが貴重な列車砲の運用は慎重に行われていたはずだから、戦線が急変動したというのでもない限り国際連盟軍が保有する既存の野砲や重砲の射程に入り込まれたとは考えづらかった。
シベリアーロシア帝国とソ連との国境線での運用を想定していたのか、日本陸軍も列車砲を装備していると言うが、わざわざ地球を半周させて欧州にまで列車砲を持ち込んだ可能性は否定できなかった。
あるいは、国際連盟軍は自走砲化が進んでいたから、機械化部隊を集中投入して局所的に戦線を流動させて長射程の榴弾砲などを進出させたのかもしれなかった。
もっとも、重要なのは長射程の列車砲ですら一方的な攻勢を取れなかったという事実だけだった。そう考えていたシュラウダー曹長は夜闇に紛れているのをいいことに皮肉げな表情を浮かべていた。
―――やはり変則的なやり方が長期間通用するはずはない、ということか。
今回の列車砲による橋頭堡への反撃だけではなかった。シュラウダー曹長はドイツ軍の機動戦、ひいては攻勢に特化した兵備や組織体系が防衛戦闘に回ったことで至る所で綻びを見せているのではないのか、そう考えてしまっていた。
緒戦のドイツ軍の快進撃は、あくまで敵国の戦備が整っていない戦略的な奇襲という側面を伴っていたからではなかったのか。だが、状況が流動的で主導権を握りやすかった攻勢時はともかく、守勢に回れば必要なのは若さからなる勢いではなく、老練な慎重さではないのか。
勿論、一下士官でしかないシュラウダー曹長が気がつく程度のことを軍上層部が分からないはずはなかった。東部戦線、地中海戦線の両面において完全に守勢に回ってしまった今、ドイツ軍は新たな戦略を構築しようとしているのではないのか。
だがそれがどのような形になるのか、今のシュラウダー曹長には検討も付かなかった。
あるいは、攻勢時の機動性よりも防護力、火力を重視した重戦車や突撃砲の存在こそがそれに対応するのかもしれないが、そのような個々の兵備ではなくもっと大局的な戦略面で変化は訪れるのではないのか、おぼろげにシュラウダー曹長はそう考えていた。
これまで見えなかった自身の影が四号戦車の車体に映し出されていた。ふとそれに気がついたシュラウダー曹長は、怪訝そうな表情を浮かべて振り返っていた。
背後には断雲に途切れ途切れになる僅かな月明かりの他に光源があった。夜間も続く砲撃による瞬間だけ生じる閃光ではなかった。
刹那的なそのような閃光ではなく、シュラウダー曹長は奇妙なことにその明かりが人の暮らしに息づくようなもっと温かみのあるものであるような気がしていた。
しばらくしてから、シュラウダー曹長はその正体に気が付いていた。それはローマの街明かりだった。すでにローマの中心街からは遠く離れていたが、慌ただしい戦時故に夜も煌々と照らし出されているローマ市街地の照明が、低い雲底にでも反射して見えているのではないか。
おぼろげな街明かりの様子を見ながら、シュラウダー曹長はふと考えていた。
―――永遠の都ローマか……やはり、あの美しい街は戦争しか知らない野蛮人の我々には少しばかり遠すぎたな。
自嘲的にそう考えながらも、シュラウダー曹長は勢い良く正面に向き直っていた。
確かにヘルマン・ゲーリング装甲師団はローマにはたどり着けなかった。今後の戦闘がどのような形で続くのかも分からなかった。
今回の戦闘でも大きな損害を被ったヘルマン・ゲーリング装甲師団は、後ろ盾であるゲーリング国家元帥の失脚が本当であれば、部隊としての再編成を断念して師団は解隊されて将兵は他隊に吸収されるかもしれなかった。
だが、例えそうなったとしても、曹長自身が戦争に負けたわけではなかった。そう信じて戦意を失わない限り、まだ機会はある。
シュラウダー曹長は自分にそう言い聞かせながら周囲を見渡していた。
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