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1943ローマ降下戦43

 ファシスト党愛国者諸君、そう呼びかけて始まったバルボ元帥によるファシスト党党員に向けた放送は、ウンベルト皇太子と共にドイツ軍への抵抗を訴えたものだった。

 さらにその放送に前後してドイツ軍には災いが訪れていた。ローマ周辺の複数箇所に国際連盟軍の空挺部隊が降下していたのだ。



 降下した部隊はこれまで前線で全く確認されていなかった部隊だった。詳細は不明ながらも以前から国際連盟軍に落下傘降下を行う部隊は確認されていた。だが、それらの部隊は戦線後方で撹乱行動を行う遊撃戦部隊と考えられていた。

 シチリア島での戦闘でも枢軸軍の後方に降下した部隊によって橋梁など交通の要衝の破壊や占拠、それに軽装備の兵站部隊や伝令などを狙った襲撃が多発していたが、その規模は残された戦闘の形跡などから大きくとも大隊程度と考えられていた。


 勿論その種の遊撃戦部隊の効果は無視できなかった。おそらく、そのような部隊によるものと思われる連続した襲撃によって、斥候が次々と行方不明になって戦闘団の行軍速度が低下するのをシュラウダー曹長自身も目撃していた。

 しかし、そのような少数精鋭の特殊戦部隊は、破壊工作や陽動は可能であっても長時間の占領などの大兵力が必要な作戦は不可能だった。橋梁などの奪取は可能でも、それは後方に控える正規軍の進軍を前提としての話だったのだ。


 実のところ、それまでのローマ市街地外縁部での戦闘でもイタリア正規軍やローマ在住の一般市民とは異なる部隊の存在が見え隠れしていた。数は少ないが、戦闘力が明らかに他よりも高い部隊があったのだ。

 あるいは、一般市民や正規軍の蜂起を促し、それを支援する為にそれらの部隊はローマに潜入していたのかもしれなかった。

 先の欧州大戦に於いてもイギリス軍はオスマン・トルコ帝国支配下のアラビアに情報将校を潜入させて、現地のアラブ人達による反乱を指導させていた。今回もその先例にならって予め特殊戦部隊を投入したのではないか。



 だが、ローマ周辺に降下した敵空挺部隊は、明らかにこれまで確認されていたそのような遊撃戦部隊とは規模が異なっていた。戦闘状態に入った部隊からの情報は乏しく正確な規模は分からなかったが、少なくとも戦略単位である師団、あるいは旅団級の戦力ではないか。

 しかも、降下した地点は概ねローマの南北に位置する飛行場周辺に分かれており、それぞれの地点に降下した部隊は明らかに原隊が異なっていた。というよりも得られた少数の捕虜が北方が英国人で、南方が日本人であったのだ。

 状況からすると、英国及び日本軍が1個師団ずつ、それに密かに潜入していると思われる遊撃戦部隊を加えると軍団級の大部隊ということになった。


 空挺部隊の規模が軍団級だといっても、短時間の戦闘ならばともかく、彼らは軽装備の歩兵部隊であったし国際連盟軍の拠点から離れたローマに継続的な物資の空中投下が可能だとも思えなかったから、長期間の展開は困難だった。

 逆に言えば、空挺部隊の大規模な投入は、その後に艦隊の支援を受けた大部隊の上陸が控えていると判断しても良いはずだった。支援戦力である空挺部隊が軍団規模ということは、それよりも大規模な軍規模の上陸と考えても良さそうだった。


 イタリア半島の爪先とも言えるカラブリア州には、すでに隣接するシチリア島から出撃した国際連盟軍部隊が上陸していたが、その部隊も軍規模の大戦力であったものの、特殊な構造の大型揚陸艦や上陸支援用の国際連盟軍主力艦隊の姿は確認されていなかった。

 状況からするとカラブリア州に上陸した部隊は助攻であり、イタリア半島南部に構築された前線で枢軸軍主力を拘束する間に、国際連盟軍の主攻を成す部隊がローマに直接侵攻する計画なのだろう。



 これは、枢軸軍、というよりもイタリア王国の離反が明確になった今ではドイツ軍にとって危機的な状況と言ってよかった。

 単に敵戦力が強大だからというだけではなかった。それよりも敵軍の上陸地点のほうが問題となりえた。


 ローマは言うまでもなく、今離反しようとしているイタリア王国の首都であることが一点目の問題だった。

 いくらイタリア半島に進駐したドイツ軍が地方を抑えたとしても、現状の政体を維持したまま国際連盟軍に組し得たからだ。



 だが、それよりもドイツ軍上層部が重要視しているのはローマがイタリア半島の中央部に位置する交通の要衝という点だった。

 もしもローマが国際連盟軍に占拠された場合、オーストリア国境など北部から進駐を開始したB軍集団と南部で抗戦を続ける第10軍などとの連絡が遮断されてしまうからだった。


 もちろん、ローマを経由しない連絡路も存在していた。ティレニア海方面ではなく、イタリア半島とバルカン半島に挟まれたアドリア海方面であれば国際連盟軍海軍部隊も容易には侵入できないこともあって比較的安全なはずだった。

 だが、イタリア半島を南北に貫く山脈の存在によって半島中央部を横断する交通の便は悪く、大軍の通過は難しかった。

 それだけではない。いまカラブリア州で交戦する第76戦車軍団が必要とする物資の多くも、鉄道網の結節点でもあるローマを経由して輸送されているものが大半なのだ。

 だから、ドイツ軍にとってローマを損失することによる損害は大きかったのだ。



 このような事態に対してドイツ軍が取るべき手段はいくつか考えられた。

 周辺に展開する第10軍指揮下の第14戦車軍団や、急行して南下するB軍集団からの援軍でもって迅速に国際連盟軍の橋頭堡を挟撃して叩き潰してしまうのだ。


 あるいは、そのような積極案を避けて橋頭堡の包囲に留めるという作戦も考えられるだろう。

 第14戦車軍団が橋頭堡の国際連盟軍を抑えている間に、B軍集団がローマ以北に陣地群を構築してカラブリア州から撤退する第76戦車軍団を収容するのだ。

 その後は南北に長いイタリア半島の地形を活用出来れば、縦深陣地で国際連盟軍の北上を相当の時間阻止することも出来るのではないか。



 今のところ、イタリア王国の離反や国王暗殺などの状況の急変でドイツ軍上層部も方針を定めかねているようだった。だが、いずれの案を取るにしても第14戦車軍団の戦力を迅速にローマ周辺に集結させる必要があった。

 現在ローマ周辺に展開する戦力は第10軍直轄、あるいは第76戦車軍団予備の名目で後方と思われる地帯の警備や再編成にあたっていた2個師団しかなかったからだ。


 だが、シュラウダー曹長にはドイツ軍の戦力集結がうまく行っているとは思えなかった。

 親衛隊によるイタリア王国国王の暗殺という正規の軍人にとってどう評価すればいいのかわからない事態に、何処か上層部の指揮に腰が抜けたようなものがあったのも事実だったが、それ以上に物理的にローマ周辺で部隊の移動が阻害されていたのだ。

 早くもローマ沖に到着したという英国海軍と、ナポリから北上したらしいイタリア海軍からなる混成艦隊による艦砲射撃が、ローマ周辺に展開するドイツ軍に向けられていたのだ。

 両国艦隊ともその編成には有力な艦艇が含まれていたようだった。次第にローマ沖に到着した艦艇があったらしくその数は判然としなかったが、少なくとも戦艦だけでも6隻程度はあったようだ。


 もちろん、両国艦隊には戦艦以外の艦艇も含まれていた。戦艦に比べれば小兵だったが、巡洋艦や駆逐艦も果敢に陸岸近くまで寄って砲撃を行っている姿が確認されていた。

 小口径の砲しか持たない旧式の駆逐艦と思われる古臭い艦の中には座礁を覚悟しているのか、ローマ中心を流れるテヴェレ川の河口に入り込んだ艦もあったという噂だが、激しい艦砲射撃のせいで海岸線近くまでは偵察部隊も接近できないでいた。



 ヘルマン・ゲーリング装甲師団に所属するシュラウダー曹長達の戦闘団が夜間行軍を強行しているのもそれが理由だった。

 一応このあたりは戦艦主砲でも射程外となるはずだが、相手も夜間に危険を犯して海岸線近くまで接近すれば事情は変わってくるし、午後遅くには先遣部隊なのか艦隊航空隊らしい航空機群も確認されていたから、昼間に街道を通過するのは危険だった。


 この時、制空権は両軍とも確立されていなかった。ドイツ軍は半島南部のカラブリア州に上陸した敵部隊に向けていた戦力を含めてローマに航空戦力を集中させようとしていたが、あまりうまくいっていないらしい。

 ローマを航続圏内に置く飛行場の少なくない数に対して日本軍と思われる重爆撃機編隊による航空撃滅戦が開始されていたからだ。

 多くの飛行場に攻撃が分散していたから地上で破壊された航空機は思ったよりも少ないようだが、迅速な部隊の移動は滑走路の破壊と修復などによって阻害されている状態らしい。


 対する国際連盟軍でも、距離があり過ぎて重爆撃機や輸送機、その直援機を除けばローマまで航空戦力を展開させるのは難しいようだった。

 ただし、接近しつつあると思われる日本海軍の正規空母多数がローマ沖に達すれば状況は変化するはずだった。


 ドイツ空軍ではローマ沖の艦隊に重爆撃機で襲撃をかけて、大型艦だけでも少なくとも空母、戦艦各一隻を撃沈したというが、シュラウダー曹長にはいささか信じがたい情報だった。



 シュラウダー曹長は、少しばかり皮肉気な思いで騒音を出さないように最低限のエンジン出力で走行する周囲の戦車、それに随伴する歩兵部隊を眺めていた。

 戦前にシュラウダー曹長たちが受けた下士官教育によれば、夜間に行軍を行う目的は昼間の熱気によって兵員が損耗するのを避けて、涼しくなってから行動するといったものだった。

 その頃から灼熱の砂漠地帯で行動することを考慮していたとは思えないが、つまりは単に行軍時の効率を考慮したものであった。それが今は強大な敵軍から身を守るために夜の闇に紛れることが目的となってしまっていたのだ。

 その落差にシュラウダー曹長はいささか虚しいものを感じていた。



 装填手が慌てたような声を上げたのは、ちょうどその時だった。林の奥に並進する戦車が見える。その装填手の声に四号戦車の車内に緊張が走っていた。

 慌ててシュラウダー曹長と砲手も装填手の告げた方向に視線を向けていた。


 国際連盟軍はまだ戦車部隊を含む本格的な上陸を行っていないと思われたが、飛行場をめぐる戦闘では重量級の輸送グライダーで持ち込まれたと思われる戦車も確認されていた。

 その輸送手段からして二号戦車程度の軽戦車だと思われたのだが、実際には先行して派遣されていた四号戦車の中には正面から装甲を貫かれたものもあったらしい。

 にわかには信じがたい話だが、正面ならばともかく、行軍隊形で側面を晒している今は脆弱な状態であるのは確かだった。


 だが、シュラウダー曹長が緊張する面持ちで並進する戦車を確認しようとする前に、砲手が気の抜けたような声を上げた。

「何だ、あっちも四号戦車じゃねえか……驚かせやがるぜ。曹長、味方のようですぜ。大方夜間行軍でなれない奴が道を間違えて前衛の俺たちを追い抜かしちまったんじゃないですかね」

 そう言うと砲手は安心した様子でシュラウダー曹長に振り返っていた。おそらく中隊の他の車両も同じことに気がついたのだろう。緊張感が抜け落ちてゆく感覚があった。


 その頃にはシュラウダー曹長も確認していた。月明かりでシルエットになってはいたが、シュルツェンを装着してより鋭角に見える砲塔は確かに曹長が乗り込むのと同じ四号戦車だった。

 ただし、騒音が激しくなるのを避けたのかその戦車にシュルツェンが取り付けられているのは砲塔だけで、車体側面の大面積のものは取り外されて履帯が剥き出しになっているようだった。


 四号戦車を確認しながらも、シュラウダー曹長は不機嫌そうな顔で砲手にいった。

「今日の戦闘では市街地で戦闘不能になって放棄された四号もあったはずだ。鹵獲戦車部隊という可能性もある。警戒は怠るな」

 だが、砲手は不満そうな顔も見せずに並進する四号戦車の後方を指差していた。

「四号の後ろに三号……砲身が短いな。多分短砲身のN型だな。最新鋭の三号、それにそのさらに後ろに突撃砲。それぞれ中隊規模。こんな贅沢な編成は鹵獲戦車じゃ出来ないですよ、曹長」


 シュラウダー曹長はそれに答えずに並進する戦車隊を見つめていた。確かに四号戦車の後ろに三号戦車、三号突撃砲と続いていた。それぞれの車両はヘルマン・ゲーリング装甲連隊でも使用しているものだった。

 だが、この三種の戦車を欠員があるのだろうが、中隊単位でそれぞれ揃えた部隊は無かったはずだった。そのことに砲手も気がついたのか、首を傾げていた。


「変だな。うちの連隊じゃないぞ……ナポリに突っ込んだと思っていたが、第15装甲擲弾兵がもう追いついてきたのかな……」

 シュラウダー曹長も上の空で答えた。

「いや、15の戦車大隊にはまとまった数の突撃砲は配備されていなかったはずだ」

 曹長の視線は更に後方に向けられていた。月明かりのもとでは判然としないが、三号突撃砲の後ろに別の戦車が紛れていたのだ。形状は角ばっていたが、三号戦車とも四号戦車とも違っていた。


 脳裏に並進する部隊の編成を浮かべながら、シュラウダー曹長は唐突に思い出していた。四号戦車、三号戦車、三号突撃砲、この三種類を装備するのはドイツ軍だけではなかった。

 かといって鹵獲されたものでもなかった。イタリアファシスト党の私兵とも言える黒シャツ隊を母体とした装甲部隊にもドイツ製の最新戦車が供与されているはずだったのだ。


「まさか……あれはイタリア軍の中戦車か。それじゃ連中はイタリア軍のレオネッサ、いやチェンタウロ師団なのか。ファシスト党まで裏切ったのか」

 シュラウダー曹長の独り言というには大きなつぶやきに砲手が顔を青ざめるのと、並進する四号戦車が砲口をこちらに向けるのは同じタイミングで起こっていた。

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